子供が可愛いすぎて伯爵様の溺愛に気づきません!

屋月 トム伽

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王位継承者

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キーラのことは、数年前からずっと知っていた。

年に1度のデビュタントの日。王太子殿下であるウィルオール殿下についてデビュタントに来る令嬢たちを迎え出ていた。

デビュタントする令嬢は、陛下に必ず挨拶をする。そうして、ティアラを授かる事になっていた。
ティアラをつけられるのはデビュタントをした成人女性のみなのだ。

デビュタントの会場は多くの貴族たちで湧いていた。その会場を二階からウィルオール殿下を眺めていた。その中でも、キーラは印象に残るほど目に付いていた。

「今年は、誰が一番の美人かな?」

ウィルオール殿下が、令嬢たちを上から眺めながら言う。

「……キーラ・ナイトミュラーでしょう」
「ああ、あの赤髪の……たしかに美人だったねぇ」

にやりとした笑みでウィルオール殿下がこちらを見て言う。

「なにか?」
「いや。リクハルドがそう言うのは初めてだと思って……だが、残念。彼女は婚約者がいるらしいよ」

ウィルオール殿下が笑顔で手すりにもたれて言う。思わず、イラッときて無言でウィルオール殿下を睨んだ。

「……それが?」
「リクハルド。空気が冷たい。もしかして、怒らせたかなぁ?」

そうして、冷ややかな空気をまとったままで、キーラのデビュタントが終わった。

それから、何度かキーラを夜会で見かけた。婚約者がいるのに、いつも一人で壁の花になっているキーラ。表情も暗い。強い意志を宿したような赤い瞳も暗んでいた。そのキーラが、あのヘイスティング侯爵家の次男であったジェレミーとも婚約を結び、婚約破棄。それだけならいつもどおりなのだろう。
その後、キーラの家であるナイトミュラー家から、マクシミリアン伯爵家に婚約の申込みが来た。

そうして、シリルに話した。

「シリル。婚約の申込みが来た」
「こんやく?」
「ああ、キーラ・ナイトミュラーという令嬢と結婚をしようと思う」

目を丸くして静かに聞いているシリル。この子の母親になってくれるのだろうか。それはわからない。わからないが……ヘイスティング侯爵家の手の届くところには置いておけなかった。

「シリルも気に入る顔だ。必ず結婚すると約束する。構わないか?」

シリルが意味もよく理解できずに頷いた。誰にも懐かないシリルに不安はあった。キーラと上手くいくかどうかもわからない。

だから、キーラに期待もしてなかった。だけど、今は違う気持ちがある。自覚できるほどに。

湯浴みからでたシリルは、立ったままでウトウトとし始めている。

「シリル。転ぶぞ。しっかり服を着ろ」
「はい……」

眠そうにシリルが返事する。仕方ないな、と思いながら、シリルに服を着せてあげると、シリルの睡魔は限界で抱き上げるとしがみついて眠ってしまった。



シリル様とリクハルド様が湯浴みしている間に彼の部屋の洗面所で、必死で土で汚れたリュックを手で洗っていた。

「洗濯は大変なのね」

メイドたちは大変だと思いながらジャプジャプと洗っていた。
シリル様が拾ってきた子竜を見れば、こちらも疲れているのか、子供だからなのかはわからないけど、スヤスヤとベッドの上で寝ていた。

すると、リクハルド様が邸にある浴室からシリル様を抱っこして戻ってきた。

「キーラ。ここにいたのか?」
「すみません。私の部屋がないので、リクハルド様のお部屋を借りてました」
「それはかまわないが……何をしているんだ?」
「お洗濯です。シリル様のリュックが土まみれだったので……あら、シリル様」

シリル様を見れば、スヤスヤと眠っている。

「湯浴み中は、元気だったんだが……多分あんまり寝てなかったのだろう。早くキーラに会いたくて森をさまよっていたらしい。風呂から出ればすぐに寝てしまった」
「まぁ……」

私を慕ってくれるシリル様を、抱きしめたくなりうずうずとしてしまう。

「リクハルド様。シリル様をギュッと、してもいいですか? それとも起きるかしら?」
「大丈夫だと思うが……」
「じゃ、じゃあ少しだけ失礼します」

リクハルド様に抱っこされているシリル様を抱きしめると、子供特有の柔らかさに癒される。
そんな私にリクハルド様が、少しだけ目を見開いて驚いた。

すると、リクハルド様がシリル様を抱っこしたままで、私の背に手を伸ばして私とシリル様を包みこんでいた。

しばらく三人で抱き合っていた。
そして、ベッドにシリル様を寝かせると、そっとシリル様の頭にキスをするリクハルド様。シリル様を慈しんでいるのがわかる。
そんなシリル様に、私もそっと額にキスをした。

シリル様をベッドに入れたあとには、リュックをバルコニーにある椅子へと干した。リクハルド様はお茶を淹れ始めている。

その彼をジッと見て話しかけた。ずっと疑問に思っていたことだ。

「リクハルド様……シリル様は、いったい誰なんですか?」

どう考えても、普通の子供ではない。ただの貴族とも違う。
あの王族しか持てない紋章のお守り。ウィルオール殿下自らが渡したお守りなのだ。

あれは、王族のなかでも、王太子もしくは王位継承者にしか持てない特別なお守りだ。それをシリル様が持っているのだ。

「この鷹の紋章のお守りは、王位継承者だけが持つ物ではないのですか?」

王位継承者は、鷹の紋章を絶対に身につけている。だから、ウィルオール殿下も持っているはずだ。それをシリル様が身につけている。いや、持つことをウィルオール殿下が許しているのだ。

そして、側近でも選ばれたものにだけがその居場所がわかる共鳴石を持たされていた。王族の大事に居場所がわかるように、だ。

それが、リクハルド様が持っていた懐中時計に細工されているのだろう。
リクハルド様は、ウィルオール殿下の古くからの友人で伯爵だ。持っていても不思議ではない。騎士団に在籍していたこともあるのだ。

だけど、不思議なのはやはりシリル様だ。

王族とゆかりのない伯爵の子供が身に着けていいものではない。

疑問が頭を離れずに真剣な眼差しでリクハルド様に問うと、彼がゆっくりと淹れたお茶を置いて口を開いた。

私が聞くことを予想していたように。

「……シリルは、王位継承者第二位だ」




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