光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ

文字の大きさ
3 / 41

しおりを挟む

 ありがたい申し出に飛びついたのはいいが、歩き出してすぐに、同居している家族がいるのでは――その可能性を失念していたことに思い至る。蓮の置かれた状況を、説明するのは難しい。家族の反対に遭い、無理だと突き放されたら途方に暮れるしかなかった。

 けれど蓮の心配は杞憂でしかないと、すぐに知ることになる。実家ではなく一人で暮らしていると言われ、案内された家は、蓮が落ちてきた場所からそう遠くなかった。

 歩きながら眺め見た、どこか整然とした街並みも、たどり着いたディルクの家の外観からも、日本ではないとわかる。蓮にとって馴染みのある景色は、残念ながらここまで一切目にしなかった。

 騎士服を身にまとっているディルクとは、違和感なくしっくりくるのだから、異分子なのは間違いなく蓮だ。なんで、という気持ちが強くなる。つい先ほどまでは、一人暮らしをしている学生マンションの近所にある、コンビニの前にいた。

 臨時に入ったバイトの帰りで、土曜の明日は講義もなく、朝はゆっくりできるからと金曜の夜の予定を頭の中に描いていた。

 そこから一時間にも満たない間に、景色も、置かれている状況もがらりと変わってしまっている。今でも、性質の悪いドッキリで、実は――なんて種明かしされる結末を、蓮は頭のどこかで望んでいた。リアルすぎるほどの環境に、それはあり得ないのだと理解していてさえも。

「この家には、使用人が常にいるわけではないから、身の回りのことは自分ですることになるが」
「あ、うん。できる」

 蓮の常識では、使用人がいるのは当たり前ではない。それにある程度年齢を重ねれば、身の回りのことは自分でするもので、むしろできて当然だ。

 ここまでくると、何にどう驚いていいのかわからない。与えられた情報が、多いのか少ないのかも定かではなかった。

 並んで歩きながら、蓮の置かれた状況を理解しようと試みたが、どうしても無理だった。騎士団、王城――身近では決して耳にしない単語ばかりで、混乱だけがひどくなった気がする。
 うまく呑み込むことができない。呑み込みたくないだけかもしれないと、蓮は自己分析してみた。

 それに加えてディルクは、口数が多い方ではない。互いに訊かなければいけないことは山のようにあるはずなのに、積極的に話さない。尋ねても答えは端的で、最低限にしか答えない。訊く方の蓮も今の状況を正しく把握できていないので、何を訊くべきかもわからなかった。

「手を出してもらっても?」
「あ、うん」
「これでレンも、ドアを開けられる」
「へぇ」

 指紋認証の類いなのかと、便利さに感心する。以前マンションの鍵を大学に忘れて、セルフ締め出しにあったことを蓮は思い出す。まだ電車もある時間で、実家に避難できたのは幸いだった。

 あれが飲み会の帰りか何かで、終電だった日には詰んでいた。歩いて行ける距離に、突然押しかけて部屋に入れてくれるような友人宅はなかった。
 金に物を言わせるほどの甲斐性は、親の仕送りに頼る大学生にはない。何より、財布の中身が寂しい月末だった。

 今の状況に比べれば、些細な出来事としか言えない体験を追想していると、ディルクがドアを開ける。前動作もなくぱっと室内に明かりがついて、蓮は軽く目を眇めた。

 ドアの生体認証に、センサーライト、賃貸だと聞いたが、随分最新の設備が整っている。外観からは、想像できない。リノベーション、そんな言葉が浮かんだ。

「おじゃまします」

 ディルクの後に続き、そろり、と遠慮がちに室内へ入る。外の暗さに慣れた目には、光は眩しい。初めて入るタイプの家の物珍しさに、蓮はあちこちに目がいく。

 特別な香りも、飾り気なども一切ない。とても、シンプルな印象を受ける。ある意味、そっけなさが目立つ。

 広めのリビングダイニングには、体面を整えたような必要最低限の家具がある。対面式のキッチンは綺麗に片付けられており、よく知るIHやガスコンロとは少し違うが、なんとなく使い方はわかる感じだ。家の造りはメゾネットタイプで、寝室や客間は二階にあった。

 一人暮らしにしては、随分と広い。家族で住んでいても、違和感のない家だった。

(結婚の予定があるとか?)

 その予定で、ディルクだけが先に住んでいるとしたら、蓮がここに置いてもらえるのも期間限定だ。明日にでも、追い出される可能性もある。無自覚にずっと置いてもらえるとでも思っていたのか、楽観視していた自分に蓮は軽くへこんだ。

「部屋は余分にあるから、あとで案内する」
「ありがと」

 空気の入れ換えのために、窓を開ける背を蓮は何気なく目で追う。暗いところでは黒髪に見えたが、明るいところで改めて見ると違った。

(染めてるわけじゃ、ないよな?)

 手触りの良さそうなさらりとした短い髪は深い藍色で、瞳も同じ色をしている。薄暗いところなら、少し明るい栗色の髪に、色素の薄い瞳の蓮よりも日本人に見えそうだ。
 全身に闇をまとっているようだった騎士服も黒ではなく濃紺に金で、すらりとした体躯によく似合っていた。

 夜の湿気をはらんだ風が、部屋の中へ入り込む。入ったところで立ちすくんだままの蓮にディルクが気づき、ソファへと促した。けれど、座っていいかに迷う。

「さっき、地べたに座ったんだけど」
 さっとはらいはしたが、汚れていないとはいえない。
「気にしなくていい。あ、風呂か」
「え」

 シャワーだけでも貸してもらえたら嬉しいが、戸惑いが強くなる。あまりにも、蓮に都合よすぎた。

「着替えは、ないよな。俺のでいい?」

 あ、うん、と頷いて、前から親しくしている友人のような扱いに困惑する。いいのか? という気持ちと、甘えてしまえ、という気持ちがせめぎ合っていた。

「この家にあるものは、自由に使ってくれていいよ。俺、明日は休みだから家にいるけど、普段は朝から仕事に出ていないから」
「はい?」

 わずかに逡巡していた気持ちが、霧散する。よし、と蓮は心を決めた。

「あのさ、保護してもらってなんだけど、もうちょっと危機感持てよ」

 身元を確かめるでもなく、質問攻めにされるわけでもなく、ディルクはあっさり蓮の存在を受け入れている。さらにはよく知らない相手を留守宅に放っておくつもりでいるなど、正気の沙汰ではない。警戒心が薄いとしか、言いようがなかった。
 普段から騙されていないかと、心配になる。お人好しすぎやしないか。

「俺より、強そうには見えないけど」

 基準はそれか。
 確かにな、と納得させられる。騎士だと言っていたので、間違いなく蓮など瞬殺だ。相手になるわけがない。比べるのさえ、おこがましかった。

「実は強い?」
「いや、げきよわです!」
「なんだそれ」

(笑った)
 少し印象が変わる。思わず、目を奪われた。

「いやでも、留守にするのに、俺をおいて行っていいわけ?」
「悪さするのか?」
「しないけど!」
「なら、いい」

 えぇ、と納得できない。信頼は嬉しいし、正直助かるけれど。

「遠慮せず、くつろいでくれていい」
「……ありがと。助かる」

 結局のところ、蓮はディルクに甘えるしかない。追い出されたら、どこにも行く当てなどなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

異世界召喚に巻き込まれた料理人の話

ミミナガ
BL
 神子として異世界に召喚された高校生⋯に巻き込まれてしまった29歳料理人の俺。  魔力が全てのこの世界で魔力0の俺は蔑みの対象だったが、皆の胃袋を掴んだ途端に態度が激変。  そして魔王討伐の旅に調理担当として同行することになってしまった。

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件

表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。 病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。 この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。 しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。 ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。 強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。 これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。 甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。 本編完結しました。 続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください

最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。

はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。 2023.04.03 閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m お待たせしています。 お待ちくださると幸いです。 2023.04.15 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m 更新頻度が遅く、申し訳ないです。 今月中には完結できたらと思っています。 2023.04.17 完結しました。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます! すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

処理中です...