4 / 41
3
しおりを挟む当面の居場所が見つかり、安心して気が抜けた途端、ぐううと腹が空腹を訴える。身体は蓮が思うより正直で、現金だ。
「風呂より、食事が先だな」
真顔で言われてしまう。なんだか、笑いがこみ上げてきた。
「ディルクは食べた?」
「いや、まだだ。何か買ってくるつもりだったけど、忘れていた」
困った、というように眉を下げる。トンデモナイ拾いものをすれば、忘れもするよなと、蓮は苦く笑った。
「悪い、俺のせいだよな。食材は何もないかんじ?」
「たぶん、それなりにあるとは思う」
妙に曖昧な物言いに、蓮は首を傾げる。一人暮らしなら、食材を用意するのも自分だ。あるかないかは、答えるのに難しくない。
「えっと、把握してないわけ?」
「食材の管理、調達は、主に通いの使用人がしているんだ」
時々目についた物を、ディルクが買うこともある。ここ数日は食品庫に入っておらず、見なければ何があるのかわからないと言った。
「普段の食事はどうしてんの?」
口ぶりから、自炊しているようには思えない。けれど食材は用意してあるというから、蓮は疑問がわいた。
「職場にある食堂で、食べることが多い」
「食材あるんだろ?」
「通いの人がつくりおきしてくれたり、家族が時々来て何かつくったり、そのままかじったり?」
「かじったり?!」
最後のは、納得がいかない。そのままかじるって、なんだ。
「その、料理ができないんだ」
「え、できないのに食材用意してもらってんの」
うっかり、思ったことがそのまま口から飛び出す。しまった、と思っても遅い。親しくもない蓮が口を出すことではないのだが、ディルクは怒ることなく、どこかばつが悪いような表情を浮かべた。自覚はあるようだ。
「その、当初は作る気はあったんだ」
「うん」
「けど、失敗ばかりが続いて、食材を無駄にするくらいならそのまま食べた方がいいかと」
まるで飼い主にしかられた猫や犬のように、しゅん、とする姿に、蓮は気付かれないよう唇を引き結び、軽くうつむく。誰もがかっこいいと形容したがるであろう容姿の、でかい男がしょげる姿がかわいく見えて、うっかり変な声を上げそうだった。
んん、と小さく咳払いして、蓮は気持ちを立て直す。
「実家から通えばいいのに。遠いの?」
「いや、王都の家から通えなくはない」
「なら、実家から通えばいいのでは?」
「兄が結婚していて、子どもも三人いるんだ。学園を卒業したなら、さっさと出て行くべきだろ」
そんな理由だと、実家とはいえ居座りづらい。同じ状況なら蓮も、仕事に就くタイミングで家を出るはずだ。
「あ、ディルクも近々結婚の予定あるとか?」
この話の流れなら、先ほどの疑問を訊くのも不自然ではない。早々に追い出されるのなら、心の準備はしておきたかった。
「ないな。そんな相手はいない」
「そっかぁ……そーいえば、ディルクっていくつ?」
「十九になった」
はい? と、蓮は目をしばたたく。
「うそだろ……まさかの年下?」
「は? 年上?!」
びっくりしたような声が上がる。ぱち、と視線がぶつかった。
そんなに驚くか? と、蓮は心の中で突っ込みを入れる。そこまで、幼い容姿をしていない。ただ単に、ディルクが大人びているだけだ。
「レンは、いくつなんだ?」
「二十一だよ」
「……てっきり、同じ歳くらいかと」
呆然と呟くディルクに、俺も、と蓮は返す。
二歳差などあってないようなものだが、目の前の色気さえ感じさせる男を年下と表現した途端、違和感が強くなった。
完全に負けている。何に対してなのかはわからないが、蓮は手で顔を覆い、天を仰ぎたくなった。
「けっこう、驚きました」
俺もだよ、と今度は心の中で相槌を打つ。
「いや、なんで突然敬語?」
「年上なんで」
「そーいうの、いーよ。俺、拾われたんだし」
捨て犬、捨て猫の類いではないが、似たようなものだと思わないでもない。途方に暮れていたところを、親切なディルクに拾われたようなものだ。
それに元々、上下関係が厳しいような体育会系に、蓮は身を置いたことがない。バイト先でも先輩後輩、果ては社員まで距離が近く、最低限のマナーを守ればいいような緩い環境だった。
それなら、とディルクが頷く。気を遣わなければいけないのはむしろ蓮の方なのに、本当にいい子だ。
「そういえば、レンはなんで落ちてきたんだ?」
「あ」
やっと訊いた。このままなあなあになりそうな予感が、いい意味で裏切られる。危機管理能力は大丈夫なのかと、疑っていた。
訊かれたからといって、正確に答えられるとは限られないのだけれど。
蓮の身に起こったことを、ありのままディルクに話すかに迷う。本人さえもいまだに信じられない、荒唐無稽なことを言って、関わってはいけない危ない人認定され、追い出される可能性がよぎると躊躇した。
「何らかの、魔法に巻き込まれたのか? もしくは、」
「魔法!?」
素っ頓狂な声が出て、ディルクが驚いたように瞳を瞬く。けれどそれ以上に驚いている蓮は、気にしていられなかった。
「え、魔法ってなに」
使えるものなのか? 空想の世界の話ではなくて? と、思考が忙しない。蓮にとっては使えないことが普通で当然で、幼い頃ならいざ知らず、そこそこの大人になった今では、魔法使える? なんて世間話の流れでもする機会はなかった。
「魔法だが?」
真顔で軽く首を傾げるディルクに、蓮はもどかしくなる。知りたいのは、そこではない。
「……ディルクは、魔法を使える、のか?」
訊くのに、えいっとした気合いがわずかにいる。大学の友人たちにそんなことを訊こうものなら、残念な子を見るような眼差しを向けられるか、冗談として受け取って笑われるだけだ。
「使えるが?」
それなのに、当然のように肯定される。まじか、とまったく違う世界にいることを、蓮はここにきて、やっと実感できた。
「レン?」
「俺は、使えない」
「そうなのか?」
「ん。俺、ほんとなんで落ちてきたんだろ」
嘆くような、力のない声が蓮の唇からこぼれ落ちる。あんな誰が見ても不自然な道路の光に、近づかなければよかったと心底後悔した。
「その、落ち込むな。そうだ、食事にでもしようか」
未知の料理以外は作れないんだが、と続けられた台詞に、蓮は吹き出す。顔を上げると、色々な意味で狼狽えるディルクの姿があって、なんだか気持ちが引き上げられた気がした。
「俺、料理できるよ」
「そうなのか?」
ぱあっと、表情が明るくなる。
「俺が作ったのでいいなら、作るけど」
「作ってもらえるなら、助かる。食べに行ってもいいが、この時間は酔っ払いも多いんだ」
絡まれ、あしらうのが面倒だと軽くディルクの眉根が寄った。
「なら、作るよ。ある食材見せて」
どんなにショックを受けても、落ち込んでいても、しっかりと空腹は感じる。人の良さそうな男に拾ってもらえたことを感謝して、何はともあれ、まずは腹ごしらえから始めることにした。
660
あなたにおすすめの小説
異世界へ下宿屋と共にトリップしたようで。
やの有麻
BL
山に囲まれた小さな村で下宿屋を営んでる倉科 静。29歳で独身。
昨日泊めた外国人を玄関の前で見送り家の中へ入ると、疲労が溜まってたのか急に眠くなり玄関の前で倒れてしまった。そして気付いたら住み慣れた下宿屋と共に異世界へとトリップしてしまったらしい!・・・え?どーゆうこと?
前編・後編・あとがきの3話です。1話7~8千文字。0時に更新。
*ご都合主義で適当に書きました。実際にこんな村はありません。
*フィクションです。感想は受付ますが、法律が~国が~など現実を突き詰めないでください。あくまで私が描いた空想世界です。
*男性出産関連の表現がちょっと入ってます。苦手な方はオススメしません。
異世界召喚に巻き込まれた料理人の話
ミミナガ
BL
神子として異世界に召喚された高校生⋯に巻き込まれてしまった29歳料理人の俺。
魔力が全てのこの世界で魔力0の俺は蔑みの対象だったが、皆の胃袋を掴んだ途端に態度が激変。
そして魔王討伐の旅に調理担当として同行することになってしまった。
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
【本編完結】落ちた先の異世界で番と言われてもわかりません
ミミナガ
BL
この世界では落ち人(おちびと)と呼ばれる異世界人がたまに現れるが、特に珍しくもない存在だった。
14歳のイオは家族が留守中に高熱を出してそのまま永眠し、気が付くとこの世界に転生していた。そして冒険者ギルドのギルドマスターに拾われ生活する術を教わった。
それから5年、Cランク冒険者として採取を専門に細々と生計を立てていた。
ある日Sランク冒険者のオオカミ獣人と出会い、猛アピールをされる。その上自分のことを「番」だと言うのだが、人族であるイオには番の感覚がわからないので戸惑うばかり。
使命も役割もチートもない異世界転生で健気に生きていく自己肯定感低めの真面目な青年と、甘やかしてくれるハイスペック年上オオカミ獣人の話です。
ベッタベタの王道異世界転生BLを目指しました。
本編完結。番外編は不定期更新です。R-15は保険。
コメント欄に関しまして、ネタバレ配慮は特にしていませんのでネタバレ厳禁の方はご注意下さい。
不憫王子に転生したら、獣人王太子の番になりました
織緒こん
BL
日本の大学生だった前世の記憶を持つクラフトクリフは異世界の王子に転生したものの、母親の身分が低く、同母の姉と共に継母である王妃に虐げられていた。そんなある日、父王が獣人族の国へ戦争を仕掛け、あっという間に負けてしまう。戦勝国の代表として乗り込んできたのは、なんと獅子獣人の王太子のリカルデロ! 彼は臣下にクラフトクリフを戦利品として側妃にしたらどうかとすすめられるが、王子があまりに痩せて見すぼらしいせいか、きっぱり「いらない」と断る。それでもクラフトクリフの処遇を決めかねた臣下たちは、彼をリカルデロの後宮に入れた。そこで、しばらく世話をされたクラフトクリフはやがて健康を取り戻し、再び、リカルデロと会う。すると、何故か、リカルデロは突然、クラフトクリフを溺愛し始めた。リカルデロの態度に心当たりのないクラフトクリフは情熱的な彼に戸惑うばかりで――!?
完結·氷の宰相の寝かしつけ係に任命されました
禅
BL
幼い頃から心に穴が空いたような虚無感があった亮。
その穴を埋めた子を探しながら、寂しさから逃げるようにボイス配信をする日々。
そんなある日、亮は突然異世界に召喚された。
その目的は――――――
異世界召喚された青年が美貌の宰相の寝かしつけをする話
※小説家になろうにも掲載中
【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。
カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。
異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。
ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。
そして、コスプレと思っていた男性は……。
猫の王子は最強の竜帝陛下に食べられたくない
muku
BL
猫の国の第五王子ミカは、片目の色が違うことで兄達から迫害されていた。戦勝国である鼠の国に差し出され、囚われているところへ、ある日竜帝セライナがやって来る。
竜族は獣人の中でも最強の種族で、セライナに引き取られたミカは竜族の住む島で生活することに。
猫が大好きな竜族達にちやほやされるミカだったが、どうしても受け入れられないことがあった。
どうやら自分は竜帝セライナの「エサ」として連れてこられたらしく、どうしても食べられたくないミカは、それを回避しようと奮闘するのだが――。
勘違いから始まる、獣人BLファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる