光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ

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 唐突に、蓮は目が覚める。
 アラームは――まだ鳴っていない。だとしたらまだ寝ていてもいい時間だ。

 違った、とすぐに否定する。今日は、怠惰な生活を送っても許される休日だった。もちろん、明日も。週休二日万歳と、もう一度心地好い眠りの中に落ちようとして、ふと、何か引っかかりを覚えた。

 完全に覚醒していない思考は、まだうまく働かない。けれど違和感を見ない振りもできず、とりあえず現在時刻を確かめようと瞼を上げた途端、知らない室内が蓮の視界に飛び込んでくる。は、と疑問をたっぷり含んだ息を吐く。焦り、蓮は身体を起こした。

(なんだこれ)

 自室の、ベッドではない。
 殺風景な部屋を茫然と眺め、思考が働きだすと、詰めていた息をゆっくり吐く。昨夜の荒唐無稽な出来事を、完全に思い出した。

(よくある、夢オチでもなかった)

 カーテン越しの、薄い日の光に満たされた部屋の中で、蓮は絶望感を覚える。寝て起きたら全部夢でしたと、そんな展開を期待していたのに、見事に裏切られた。

 夢ならどんなによかったか、と考えてみても感覚はリアルで明瞭だ。明晰夢の可能性に縋りたくなるが、それはそれで醒めない夢の中にいることになる。

 手のひらに視線を落として、握って、開いて、きちんとある感覚を確かめる。間違いなく、現実だ。頬は、たたかないでおく。どうせ痛いだけだ。

 ぐっと、ベッドの上で身体を伸ばす。答えの出ないことを延々とひとりで考え続けても無駄だ。できることをする方が、絶対に有意義だった。

(本当に、今何時だ?)

 ディルクはもう起きているのだろうかと、耳を澄ましてみるがわからない。遠慮せず自由にしていいと言われているので、蓮は階下に行くことにした。

 喉も、乾いている気がする。空腹は、あまり感じない。

 足を下ろしベッドから降りると、ズボンがずり落ちそうになる。着の身着のまま来た世界、着替えなどあるわけがなく、申し出に甘えディルクの服を借りたが、どうにもだぼっとしていていけない。言葉を包んだオブラートを外すと、見事なくらい大きく、サイズが合っていなかった。

 妙に悔しくて、くそう、と蓮は誰にともなく悪態をつく。身長差は推定十センチ以内程度なのに、体格差がありすぎた。

 乱れた服を直してから、なんとなく、そろりとドアを開ける。顔を出して、教えられたディルクの部屋のドアを眺め、開く気配のないことを確かめてから階下に向かった。

 リビングに顔を出すと、ディルクは読んでいた新聞から顔を上げる。とっくに起きていた。

「おはよう。眠れた?」
「おはよう。ぐっすりだった」

 緊張感もなく、初めて会った男の家で熟睡したことに蓮は今更驚く。警戒心のなさは、お互い様なのかもしれない。

(ま、ディルクは騎士だし。騎士道って言葉があるくらいだもんな)

 休日だと言っていたので、当然昨夜の騎士服は着ていない。ラフな格好は幾分か若く見え、言われてみれば年相応の容姿に見えた。
 肌つやがよく、若々しい。十代ってやつはと、年の差などないにも等しいのに蓮は羨ましくなった。

「起こしてくれてよかったのに」
 家主がとうに起きていたと思えば、申し訳なくなる。朝食も、食べた様子はなかった。
「俺が早く起きるのは習慣だ」
「規則正しいんだな」
 そうでなければ、規律の厳しい騎士団に所属するなど無理なのかもしれない。

「あー、その、昨夜わかっただろうけど、俺は料理ができないから、朝食はパンがあるくらいなんだ」

 申し訳なさそうな顔に、蓮は昨夜のやりとりを思い浮かべる。ディルクの言うことは正しくて、正しくなかった。

 食料庫、保存庫と言われる場所には、それなりに食材が揃っている。調味料も、かなり豊富に用意されている。それで料理ができないなど、申告がなければ想像すらできなかった。

 ――これ、どーやって食べてんの?

 想像以上にあった、まるごとある野菜の数々を見れば、きっと蓮でなくてもそんな疑問は浮かぶ。どれもみずみずしくて、新鮮だ。しなびたものはない。

 ――丸かじり?

 虫か! という突っ込みは、脱力感から声にならなかった。
 丸かじりに向かないであろう食材は見ない振りをしても、ああそう、としか言えない。苦い笑みを返して、申し出た通りに蓮が夕食を用意した。

 コンロらしきものの使い方がわからず戸惑い、火加減他すべてにおいて非常に苦労したけれど。

「いつもは、どうしてんの?」
「パンはそのままかじり付くもんだろう?」

 半ば予想通りの答えだ。
 他にあるのか? と言わんばかりのディルクの顔が、整っている容姿のせいでかわいく見えるからなんだかずるい。

「他は?」
「適当な野菜と、牛乳を飲むくらいだな」
 絶対、野菜はそのままかじるんだろうなと察して、蓮はあえて触れないでおく。

「騎士って、身体が資本じゃねぇの?」
「まあ、そうだな」
 だったら、食生活に疑問を持つべきだ。

「俺が作っても?」
「ありがたいが、手間ではないのか?」
「いつも自炊してたし、せっかく食材がいっぱいあるから」

 何もしなくても、食事が用意されて出てくる実家を出てしまえば、蓮が何もしなければ食べるものがない。最初は美味しく感じられたコンビニ弁当も、続けばどれも同じ味がして食べる気が失せた。

 結局、自分好みの味付けができる自炊に落ち着き、大学生活三年目の今に至る。さりげなく料理ができるように仕込んでくれた親には、感謝していた。

 キッチンへ移動しながら、蓮は昨夜確かめた食材たちを思い浮かべる。便利家電の冷蔵庫はないが、同じような機能を持つ、空間魔法のかかった箱があった。

 中の時間は経過するので、長期保存はできない。よく知る冷蔵庫でもそれが普通なのに、時間経過のない物もあると教えられ、蓮はかなり驚いた。魔法って、すごい。

(さて、と)

 メニューは何にするか。
 本音を言えば、妙にホットケーキが食べたい。ふかふかの厚いやつだ。当然、それは蓮が食べたいだけなので却下する。次に、パンがあるならフレンチトーストでもいいかと思ったが、甘い物が食事にならない人も多い。特に男だとそれが顕著だ。

(無難なものがいいよな)

 調味料は一通り味見してある。待っている人がいるので、簡単なメニューにした。

 フライパンでパンをこんがり焼き、粒マスタード塗る。炒めたベーコンにチーズ、野菜はトマトとレタス、それらをパンでぎゅぎゅっと挟んで、サンドイッチにした。スープも同じ材料で、角切りトマトにちぎったレタス、仕上げの溶き卵でコンソメ味だ。

 あまり空腹を感じていなかったけれど、焼けたパンやベーコンの香ばしい香りで食欲がわく。
 どうぞ、とテーブルに並べると、ディルクが目を見張る。まるで幻ではないかと確かめるように、ぱたぱたと数度瞬きした。

「……すげぇ」
「焼いて挟んだだけだろ」
「スープもある」
「調味料あったよ。それ使っただけだし」
「俺には作れない。食べても?」
「もちろん」

 すぐにディルクは手に取って、豪快にかじりつく。定番のものばかりなので大丈夫だろうとは思っても、反応を見るのはやはり少しどきどきした。

「うん、うまい」
「よかった」

 お世辞の可能性も捨てきれないが、表情は綻んでいる。その後の食べっぷりを見れば、疑うのも馬鹿馬鹿しくなった。

「そうだ。後で街に行く?」
「街に?」
 好奇心はあるけれど、特に用はない。

「ここで暮らすのに、必要なものがあるだろ」

 確かに服は借りることができるが、下着はないと困る。今履いているのは、ディルクの買い置きの下着だ。実は少し緩い。

「けど、金がない」
 日本円ならば、そこそこ持っているが使えないのはほぼ確実だ。

「俺が出すよ」
「え」
 ありがたい。けど、飛びついたらいけない気がする。金銭面までは、甘えすぎだ。

「……今のとこ、返すあてがないんだけど」
「こうして、食事をつくってくれればいい」
「家に置いてもらうし、食事くらいいくらでも作るけど、通いの使用人がいるんだろ」
「元々実家の使用人で、毎日来てるわけじゃないんだ」

 調味料他が揃っている理由も、常に、食事が用意されていない理由もわかった。
 それでも、提案は蓮に有利すぎる。いずれ他にも何かできることを探すとして、何もせず置いてもらうのは気が引けていたので、提案は喜んで受けることにした。

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