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第10話 狭いながらも、楽しい我が檻(や)
10-2(完)
しおりを挟む宝物庫には何度も足を踏み入れているが、書物が目当てだったから、北の一角にある図書室にだけこもっていた。
だが、図書室とたった壁一枚隔てただけのそこいらは、楽園――否、まるでゴミ捨て場の様相である。
雪樹は愕然となる。
いや、そこにあるものはどれもこれも立派で、優美である。
彫刻、宝飾品、陶器――。わずかひとつ売り払うだけで、一生遊んで暮らせるだろう逸品揃いだ。
しかし――こうも量が多いと……。
金銀財宝は棚に収まりきらず、床に溢れてしまっている。あまりの量に分類も整理整頓することもあきらめたのか、それらはなんの秩序も規則性も見い出せず、ただただぞんざいに放置されていた。
宝物とはきちんと大切に飾られてこそ、ありがたみを感じるものなのだと、雪樹は認識を新たにした。そしてこの散らかりようを見て、すぐ上の兄・柾の部屋を思い出し、懐かしくもなった。
「これ、全部でいくらくらいになるんですかね?」
「さあな。前に目録を作ろうとしたらしいが、あまりに大量過ぎて、途中で諦めてしまったそうだ」
あまりにおおらか過ぎるだろうと、雪樹は半目になる。以前蓮から贈られ、突っ返したアクセサリーやらも、ここが出処だろう。
「そんなにたくさんあるんですか……」
「宮殿にも置いてある。絵画なんかはきちんと管理しないと傷むから、別にしてあるしな」
言いながら、蓮はその辺に無造作に置かれていたダイアモンドの首飾りを、重たそうにつまみ上げた。宝石たちが放つ輝きに少々胸焼けを起こしながら、雪樹は重ねて尋ねた。
「そのほかの収入は、どうなってるんです?」
「さあ? 考えたこともなかった」
こういうところが上級民らしく鷹揚なのか、蓮は首を傾げるばかりだ。仕方なく雪樹は、別の人間に回答を求めた。皇宮で経理を担当している事務官である。彼らは包み隠さず、お財布事情を明かしてくれた。
皇帝、そして彼の住まいである皇宮は、公人、あるいは公共機関とはみなされていない。よって彼らの生活を滞りなく回す費用は、皇帝の私費で賄われているそうだ。
皇帝の収入といえば、そのほとんどが借地代だ。首都や主要都市の一等地の多くに、皇帝は直轄地を持っている。
平たく言えば、大地主ということだ。
毎年入ってくる借地代の額は莫大なものであり、この広大な皇宮の運営やそこで働く人々の人件費に費やしても大いに余り、余剰を積み重ねているという。
「思ってた以上に、お金持ちなんですね!」
急に目を輝かせ始めた雪樹に、経理係は苦笑を返した。
「そのせいで、最近は何かと理由をつけては、最高議会が援助を求めてきます。議会はゆくゆく、皇帝の財産を召し上げてしまおうと画策しているのかもしれないですね……」
「ふーん……」
父の思惑はさておき、この財政状況なら、学校を一つ二つどころか、百でも二百でも作れそうだ。
――ならば。
雪樹は、後ろで興味なさそうにぼんやり話を聞いていた蓮を、振り向いた。
「ねえ、蓮様。芸術家の育成にも着手しませんか? 才能のある人たちを全力で支援してあげましょうよ!」
「皇帝らしい、慈悲深さだな。――だが、議会なんぞにみすみす財産を奪われるくらいなら、そちらのほうがよっぽどいいか……」
皮肉めいた口調で言いながらも、蓮はその気になったようだ。瞳にいつもの凛々しい光が戻っている。そんな蓮の横で、雪樹はいやらしい笑みを浮かべた。
「芸術っていうのは、結局、余裕のある人の楽しみなんですよ。うまく育てれば、絶対に金になります!」
「――かねに」
「作家も絵描きも、ガンガン育てましょう! 私、前に、蓮様に頼まれたいかがわしい本を買いに行ったとき、すごく高いなって思ったんです。だからそういう本をたくさん作って、安く売れば、絶対にお金になりますよね!」
そういえば、雪樹は以前、商人になりたいと言っていたか。
――金に執着しないくせに、金を稼ぐことは好きなんだな。
指を折り、楽しそうにあらゆる算段を巡らしている雪樹を、蓮は少し冷めた目で眺めた。
「おまえは一国の主である皇帝に、エロ本作りを支援しろというのか」
「ただのドスケベ本を、芸術だと言い切ったのは、蓮様じゃありませんか! ――身につけた技術をどう使うかは、個人の自由かと」
歯をむき出しにし、雪樹は邪悪に微笑んでいる。
「芸術学校が完成したあかつきには、蓮様が校長になってくださいね」
「俺がか?」
「あなたは目が肥えていますもの。例えば生徒の描いた絵が、名画なのか、ただの落書きなのか、その真贋を見極められるでしょう」
「……………………」
これから先、創り出されるだろう数多の「美」に、触れることができる。関わることができる。
想像するだけで、蓮の心は踊った。
「確かにあなたは皇帝だから、その肩書が先行して、どれだけ優れた作品を仕上げても、一人の作り手としては認められないかもしれない。だけどあなたは、この国の芸術そのものを、育てることができる。――それでは、つまりませんか?」
「いや――いや……!」
美しいもの、魂を揺さぶる何かが、生まれる。その瞬間に立ち会えるならば、日々は退屈ではなくなるだろう。
自分が存在する意味も、皇帝として生きる意味も、そこにあるのかもしれない。
「ここは狭い檻かもしれませんが、黙って囚われている必要はないんです。楽しみましょうよ、めいっぱい! 二人で!」
雪樹は蓮の手を取って、大きく上下に振った。なすがままになりながら、蓮は照れくさそうに笑った。
~ 終 ~
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