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宮殿
33.新しいお友だち
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マナヴィカという女の人は、ふわふわした飾りがたくさんついた服を着ていた。キアラの服が、金糸の刺繍が入ってきらきらしているものの形としてはすっきりしているのに対し、ふわふわした飾りや装飾品がついていたり、布を波うたせてひだを作ってあったり、彼女の服は前後左右にふんわりと広がっている。
彼女の周囲にも穏やかな気配を感じるから、ふんわりとした服装が好きな精霊もいるのかもしれない。
「私は、カガルトゥラード第二王子、ゲラルド殿下の正妃、マナヴィカと申します」
誰かとの関係をもとに名乗るのが、普通なのだろうか。しかしカガルトゥラードにはキアラが深い関係になった人はいないし、カガルトゥラードの人たちはキアラの名前に興味がなさそうで、神子様のお名前は、などと聞かれたこともない。
どう答えたらいいのかわからないが、とにかく、失礼がないようにしなくては。
「私は……宮殿、の中のことを、よく知らなくて……ご挨拶、が、遅れて、申し訳ありません」
ベールに気をつけながら膝を折って、しずしずと顔を上げる。返事がない。相手の表情はよくわからないが、やはり、キアラが彼女を知らなかったのはよくなかっただろうか。
「……私のほうから、ご挨拶に伺いたいと思っていましたの。もしかしたら近くの離宮にお住まいになるかもしれませんから」
近くのりきゅう、とは何だろう。首を傾げたキアラに向けられるマナヴィカの視線を、ミオが立ち位置を変えて遮る。
「神子様はそのようなことはなさいません」
「あら……神子様も、オメガでいらっしゃると伺っているけれど」
オメガだと、マナヴィカの近くのりきゅうに行かなければいけないのだろうか。シアに尋ねたいところだが、マナヴィカとミオが話している横で他のことを質問するというのは、嫌がられるかもしれない。
何か別の話題にしなければ、と少し考えて、マナヴィカの言葉に気がつく。
「……マナヴィカ様も、オメガでいらっしゃるのですか」
「……ええ」
神子様も、ということは、誰か他にもオメガの人がいるということだ。オメガならマナヴィカの近くのりきゅうに住むかもしれないと言っていたのだから、おそらく、マナヴィカ自身がオメガなのだろう。首輪こそつけていないが、彼女の首はふんわりした布でしっかり覆われている。
そう考えて聞いてみたのだが、正解だったらしい。
「あの、私は、他のオメガの方にお会いしたのは、初めてなのです。マナヴィカ様は、他にもオメガの方にお会いしたことが、おありになるのですか」
そもそも、キアラが会ったことのある人の数は、他の人よりかなり少ないとは思う。けれどククィツァの集落にはキアラ以外のオメガはいなかったし、ユクガに連れていってもらった市でも、それらしい人は見なかった。カガルトゥラードで以前いた場所ではほとんどの時間を一人で過ごしていたし、オメガやアルファというものを知らなかったからわからない。
「……いいえ、こうしてお話ししたのは、神子様が初めてです」
アルファもオメガも数が少ないのだとベルリアーナが言っていたから、やはり珍しいことなのかもしれない。転ばないよう慎重に歩いてマナヴィカに近づき、キアラはそっと彼女の手を取った。すべすべだ。
「神子様!?」
「マナヴィカ様!」
どうしてかミオたちやマナヴィカの傍にいる人たちが慌てているが、キアラはこの機会を逃したくなかった。
「マナヴィカ様、あの、私とお友だちになってくださいませんか」
「お、お友だち……?」
「はい」
宮殿では、キアラは決まったところにしか行けない。自分の部屋か、礼拝堂か、ゲラルドに誘われれば庭に出ることもある、くらいのものだ。それにほとんどの場所ではベールをつけていなければいけないから、よく知っていると思えるのは自分の部屋くらいしかない。ミオとシアはよくしてくれるが、キアラの侍従という態度を崩してはくれず、廊下で出会った人はみんな端のほうに行ってしまって、親しいと思える相手もいない。
だから、初めて出会った同じオメガのマナヴィカと、友だちになりたい。
「いけませんか」
「……いけなくは、ないですけれど」
戸惑っているようには感じられるが、マナヴィカも嫌がっているようには見えない。マナヴィカの傍にいた精霊も、ぽわぽわとキアラに近寄ってきている。
「よろしくお願いいたします、マナヴィカ様」
「……ええ、よろしくお願いいたします、神子様」
カガルトゥラードに来てから初めての友人だ。
嬉しくてひとしきりにこにこしてから、キアラはこて、と首を傾げた。
「マナヴィカ様、カガルトゥラードでは、お友だちになったら何をするのでしょう」
ヨラガンでは、一緒に馬で出かけたり、隣り合って糸紡ぎをしながらおしゃべりをしたり、そういうことが多かった。機織りを教えてもらうのも楽しかったし、ベルリアーナに文字や計算を教えてもらうのも楽しかった。
しかしカガルトゥラードでは馬に乗って出かけることはないようだし、糸紡ぎや機織りの仕事もない。友だちになったら、何をするものなのだろう。
「……私も、カガルトゥラードのことには、あまり詳しくないのですけれど」
マナヴィカも同じように首を傾けたが、ふっと唇が弧を描くのがベール越しに見えた。
「ヴァルヴェキアでは、一緒にお茶をいただいたりします」
「お茶、ですか」
「ええ。おいしいお茶とお菓子をいただきながら、おしゃべりをしますの」
時間を決めて、庭の一角でおしゃべりをして過ごすのだそうだ。
ずいぶんゆったりした遊びだと思っていたら、ミオとシアに、そっと両手を取られてしまった。
「神子様、そろそろお部屋に戻りましょう」
「あまりマナヴィカ様のお時間を取らせても、いけませんし」
怒っている様子はないが、これ以上マナヴィカと話していてはいけないらしい。わかりましたと頷いて、マナヴィカに向かってまた膝を曲げる。
「申し訳ありません、マナヴィカ様。そろそろ、戻らなくてはならないのですが……また、お話ししてくださいますか」
「ええ、もちろんです。そのうちお茶にお誘いさせてくださいませ」
「……楽しみです」
それでは、と別れようとして、廊下の先にいた人影に二人とも立ち止まる。
「これは神子様、マナヴィカと一緒とは、珍しい」
「……ゲラルド様」
マナヴィカがすぐに頭を下げたので同じようにすべきかと思ったが、ミオとシアからは特に何も言われない。普段ゲラルドが近づいてくるときも、特にキアラの態度に機嫌を損ねる様子もなかったから、改まる必要はないのかもしれない。
そのままゲラルドが近づいてくるのに任せていると、マナヴィカの傍の精霊がそよそよと移動する気配がした。マナヴィカはゲラルドと夫婦なのだから、精霊も近づいていくのかと思っていたが、どちらかというと離れていこうとしているように感じられる。
やはり、ゲラルドはあまり精霊に好かれていない人らしい。
「マナヴィカ、こんなところで何を?」
「……導の灯火の教えを学びに、導士様のもとへ伺っておりましたの」
「そうか、熱心でよいことだな」
ゲラルドの言葉に合わせ、マナヴィカが優雅にお辞儀をしてみせる。王子様の妻なのだから、マナヴィカは元々ヴァルヴェキアというところのお姫様だったのだろう。ベルリアーナより物静かな印象だが、二人とも、仕草が上品なところはよく似ていると思う。
「お褒めにあずかり、光栄です。それでは神子様、私はこれで」
マナヴィカに言われ、キアラも慌てて膝を曲げた。そのまま立ち去るマナヴィカを見送っていると、ゲラルドがすっとキアラの前に立つ。
「神子様、今日のお務めはもう終えられましたか? 少し歩きませんか」
ゲラルドはマナヴィカと夫婦なのだから、もっと彼女と話したほうがいいのではないだろうか。マナヴィカは行ってしまったけれど、ゲラルドなら歩いてでも追いつけるだろう。
少し悩んで、ミオとシアの様子を確認して、キアラはおずおずと頷いた。
「……ゲラルド様に、お時間があるのでしたら」
「それでは、こちらへ。よい庭があるのですよ」
ゲラルドが手を差し出してくれたものの、その手を取っていいのだろうか。キアラではなくて、マナヴィカが彼の隣を歩くべきだろう。
しかしゲラルドの手を取らなければ失礼にもなってしまう。キアラはゲラルドの手にそっと自分の手を重ねた。
「神子様の手は、小さくて可愛らしい」
「……そう、でしょうか……」
「ええ、とても」
ただ、乗せた手をぐっと強く握られてしまって、キアラは体をこわばらせた。
彼女の周囲にも穏やかな気配を感じるから、ふんわりとした服装が好きな精霊もいるのかもしれない。
「私は、カガルトゥラード第二王子、ゲラルド殿下の正妃、マナヴィカと申します」
誰かとの関係をもとに名乗るのが、普通なのだろうか。しかしカガルトゥラードにはキアラが深い関係になった人はいないし、カガルトゥラードの人たちはキアラの名前に興味がなさそうで、神子様のお名前は、などと聞かれたこともない。
どう答えたらいいのかわからないが、とにかく、失礼がないようにしなくては。
「私は……宮殿、の中のことを、よく知らなくて……ご挨拶、が、遅れて、申し訳ありません」
ベールに気をつけながら膝を折って、しずしずと顔を上げる。返事がない。相手の表情はよくわからないが、やはり、キアラが彼女を知らなかったのはよくなかっただろうか。
「……私のほうから、ご挨拶に伺いたいと思っていましたの。もしかしたら近くの離宮にお住まいになるかもしれませんから」
近くのりきゅう、とは何だろう。首を傾げたキアラに向けられるマナヴィカの視線を、ミオが立ち位置を変えて遮る。
「神子様はそのようなことはなさいません」
「あら……神子様も、オメガでいらっしゃると伺っているけれど」
オメガだと、マナヴィカの近くのりきゅうに行かなければいけないのだろうか。シアに尋ねたいところだが、マナヴィカとミオが話している横で他のことを質問するというのは、嫌がられるかもしれない。
何か別の話題にしなければ、と少し考えて、マナヴィカの言葉に気がつく。
「……マナヴィカ様も、オメガでいらっしゃるのですか」
「……ええ」
神子様も、ということは、誰か他にもオメガの人がいるということだ。オメガならマナヴィカの近くのりきゅうに住むかもしれないと言っていたのだから、おそらく、マナヴィカ自身がオメガなのだろう。首輪こそつけていないが、彼女の首はふんわりした布でしっかり覆われている。
そう考えて聞いてみたのだが、正解だったらしい。
「あの、私は、他のオメガの方にお会いしたのは、初めてなのです。マナヴィカ様は、他にもオメガの方にお会いしたことが、おありになるのですか」
そもそも、キアラが会ったことのある人の数は、他の人よりかなり少ないとは思う。けれどククィツァの集落にはキアラ以外のオメガはいなかったし、ユクガに連れていってもらった市でも、それらしい人は見なかった。カガルトゥラードで以前いた場所ではほとんどの時間を一人で過ごしていたし、オメガやアルファというものを知らなかったからわからない。
「……いいえ、こうしてお話ししたのは、神子様が初めてです」
アルファもオメガも数が少ないのだとベルリアーナが言っていたから、やはり珍しいことなのかもしれない。転ばないよう慎重に歩いてマナヴィカに近づき、キアラはそっと彼女の手を取った。すべすべだ。
「神子様!?」
「マナヴィカ様!」
どうしてかミオたちやマナヴィカの傍にいる人たちが慌てているが、キアラはこの機会を逃したくなかった。
「マナヴィカ様、あの、私とお友だちになってくださいませんか」
「お、お友だち……?」
「はい」
宮殿では、キアラは決まったところにしか行けない。自分の部屋か、礼拝堂か、ゲラルドに誘われれば庭に出ることもある、くらいのものだ。それにほとんどの場所ではベールをつけていなければいけないから、よく知っていると思えるのは自分の部屋くらいしかない。ミオとシアはよくしてくれるが、キアラの侍従という態度を崩してはくれず、廊下で出会った人はみんな端のほうに行ってしまって、親しいと思える相手もいない。
だから、初めて出会った同じオメガのマナヴィカと、友だちになりたい。
「いけませんか」
「……いけなくは、ないですけれど」
戸惑っているようには感じられるが、マナヴィカも嫌がっているようには見えない。マナヴィカの傍にいた精霊も、ぽわぽわとキアラに近寄ってきている。
「よろしくお願いいたします、マナヴィカ様」
「……ええ、よろしくお願いいたします、神子様」
カガルトゥラードに来てから初めての友人だ。
嬉しくてひとしきりにこにこしてから、キアラはこて、と首を傾げた。
「マナヴィカ様、カガルトゥラードでは、お友だちになったら何をするのでしょう」
ヨラガンでは、一緒に馬で出かけたり、隣り合って糸紡ぎをしながらおしゃべりをしたり、そういうことが多かった。機織りを教えてもらうのも楽しかったし、ベルリアーナに文字や計算を教えてもらうのも楽しかった。
しかしカガルトゥラードでは馬に乗って出かけることはないようだし、糸紡ぎや機織りの仕事もない。友だちになったら、何をするものなのだろう。
「……私も、カガルトゥラードのことには、あまり詳しくないのですけれど」
マナヴィカも同じように首を傾けたが、ふっと唇が弧を描くのがベール越しに見えた。
「ヴァルヴェキアでは、一緒にお茶をいただいたりします」
「お茶、ですか」
「ええ。おいしいお茶とお菓子をいただきながら、おしゃべりをしますの」
時間を決めて、庭の一角でおしゃべりをして過ごすのだそうだ。
ずいぶんゆったりした遊びだと思っていたら、ミオとシアに、そっと両手を取られてしまった。
「神子様、そろそろお部屋に戻りましょう」
「あまりマナヴィカ様のお時間を取らせても、いけませんし」
怒っている様子はないが、これ以上マナヴィカと話していてはいけないらしい。わかりましたと頷いて、マナヴィカに向かってまた膝を曲げる。
「申し訳ありません、マナヴィカ様。そろそろ、戻らなくてはならないのですが……また、お話ししてくださいますか」
「ええ、もちろんです。そのうちお茶にお誘いさせてくださいませ」
「……楽しみです」
それでは、と別れようとして、廊下の先にいた人影に二人とも立ち止まる。
「これは神子様、マナヴィカと一緒とは、珍しい」
「……ゲラルド様」
マナヴィカがすぐに頭を下げたので同じようにすべきかと思ったが、ミオとシアからは特に何も言われない。普段ゲラルドが近づいてくるときも、特にキアラの態度に機嫌を損ねる様子もなかったから、改まる必要はないのかもしれない。
そのままゲラルドが近づいてくるのに任せていると、マナヴィカの傍の精霊がそよそよと移動する気配がした。マナヴィカはゲラルドと夫婦なのだから、精霊も近づいていくのかと思っていたが、どちらかというと離れていこうとしているように感じられる。
やはり、ゲラルドはあまり精霊に好かれていない人らしい。
「マナヴィカ、こんなところで何を?」
「……導の灯火の教えを学びに、導士様のもとへ伺っておりましたの」
「そうか、熱心でよいことだな」
ゲラルドの言葉に合わせ、マナヴィカが優雅にお辞儀をしてみせる。王子様の妻なのだから、マナヴィカは元々ヴァルヴェキアというところのお姫様だったのだろう。ベルリアーナより物静かな印象だが、二人とも、仕草が上品なところはよく似ていると思う。
「お褒めにあずかり、光栄です。それでは神子様、私はこれで」
マナヴィカに言われ、キアラも慌てて膝を曲げた。そのまま立ち去るマナヴィカを見送っていると、ゲラルドがすっとキアラの前に立つ。
「神子様、今日のお務めはもう終えられましたか? 少し歩きませんか」
ゲラルドはマナヴィカと夫婦なのだから、もっと彼女と話したほうがいいのではないだろうか。マナヴィカは行ってしまったけれど、ゲラルドなら歩いてでも追いつけるだろう。
少し悩んで、ミオとシアの様子を確認して、キアラはおずおずと頷いた。
「……ゲラルド様に、お時間があるのでしたら」
「それでは、こちらへ。よい庭があるのですよ」
ゲラルドが手を差し出してくれたものの、その手を取っていいのだろうか。キアラではなくて、マナヴィカが彼の隣を歩くべきだろう。
しかしゲラルドの手を取らなければ失礼にもなってしまう。キアラはゲラルドの手にそっと自分の手を重ねた。
「神子様の手は、小さくて可愛らしい」
「……そう、でしょうか……」
「ええ、とても」
ただ、乗せた手をぐっと強く握られてしまって、キアラは体をこわばらせた。
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