白銀オメガに草原で愛を

phyr

文字の大きさ
36 / 78
宮殿

33.新しいお友だち

しおりを挟む
 マナヴィカという女の人は、ふわふわした飾りがたくさんついた服を着ていた。キアラの服が、金糸の刺繍が入ってきらきらしているものの形としてはすっきりしているのに対し、ふわふわした飾りや装飾品がついていたり、布を波うたせてひだを作ってあったり、彼女の服は前後左右にふんわりと広がっている。
 彼女の周囲にも穏やかな気配を感じるから、ふんわりとした服装が好きな精霊もいるのかもしれない。

「私は、カガルトゥラード第二王子、ゲラルド殿下の正妃、マナヴィカと申します」

 誰かとの関係をもとに名乗るのが、普通なのだろうか。しかしカガルトゥラードにはキアラが深い関係になった人はいないし、カガルトゥラードの人たちはキアラの名前に興味がなさそうで、神子様のお名前は、などと聞かれたこともない。
 どう答えたらいいのかわからないが、とにかく、失礼がないようにしなくては。

「私は……宮殿、の中のことを、よく知らなくて……ご挨拶、が、遅れて、申し訳ありません」

 ベールに気をつけながら膝を折って、しずしずと顔を上げる。返事がない。相手の表情はよくわからないが、やはり、キアラが彼女を知らなかったのはよくなかっただろうか。

「……私のほうから、ご挨拶に伺いたいと思っていましたの。もしかしたら近くの離宮にお住まいになるかもしれませんから」

 近くのりきゅう、とは何だろう。首を傾げたキアラに向けられるマナヴィカの視線を、ミオが立ち位置を変えて遮る。

「神子様はそのようなことはなさいません」
「あら……神子様も、オメガでいらっしゃると伺っているけれど」

 オメガだと、マナヴィカの近くのりきゅうに行かなければいけないのだろうか。シアに尋ねたいところだが、マナヴィカとミオが話している横で他のことを質問するというのは、嫌がられるかもしれない。
 何か別の話題にしなければ、と少し考えて、マナヴィカの言葉に気がつく。

「……マナヴィカ様も、オメガでいらっしゃるのですか」
「……ええ」

 神子様も、ということは、誰か他にもオメガの人がいるということだ。オメガならマナヴィカの近くのりきゅうに住むかもしれないと言っていたのだから、おそらく、マナヴィカ自身がオメガなのだろう。首輪こそつけていないが、彼女の首はふんわりした布でしっかり覆われている。
 そう考えて聞いてみたのだが、正解だったらしい。

「あの、私は、他のオメガの方にお会いしたのは、初めてなのです。マナヴィカ様は、他にもオメガの方にお会いしたことが、おありになるのですか」

 そもそも、キアラが会ったことのある人の数は、他の人よりかなり少ないとは思う。けれどククィツァの集落にはキアラ以外のオメガはいなかったし、ユクガに連れていってもらった市でも、それらしい人は見なかった。カガルトゥラードで以前いた場所ではほとんどの時間を一人で過ごしていたし、オメガやアルファというものを知らなかったからわからない。

「……いいえ、こうしてお話ししたのは、神子様が初めてです」

 アルファもオメガも数が少ないのだとベルリアーナが言っていたから、やはり珍しいことなのかもしれない。転ばないよう慎重に歩いてマナヴィカに近づき、キアラはそっと彼女の手を取った。すべすべだ。

「神子様!?」
「マナヴィカ様!」

 どうしてかミオたちやマナヴィカの傍にいる人たちが慌てているが、キアラはこの機会を逃したくなかった。

「マナヴィカ様、あの、私とお友だちになってくださいませんか」
「お、お友だち……?」
「はい」

 宮殿では、キアラは決まったところにしか行けない。自分の部屋か、礼拝堂か、ゲラルドに誘われれば庭に出ることもある、くらいのものだ。それにほとんどの場所ではベールをつけていなければいけないから、よく知っていると思えるのは自分の部屋くらいしかない。ミオとシアはよくしてくれるが、キアラの侍従という態度を崩してはくれず、廊下で出会った人はみんな端のほうに行ってしまって、親しいと思える相手もいない。
 だから、初めて出会った同じオメガのマナヴィカと、友だちになりたい。

「いけませんか」
「……いけなくは、ないですけれど」

 戸惑っているようには感じられるが、マナヴィカも嫌がっているようには見えない。マナヴィカの傍にいた精霊も、ぽわぽわとキアラに近寄ってきている。

「よろしくお願いいたします、マナヴィカ様」
「……ええ、よろしくお願いいたします、神子様」

 カガルトゥラードに来てから初めての友人だ。
 嬉しくてひとしきりにこにこしてから、キアラはこて、と首を傾げた。

「マナヴィカ様、カガルトゥラードでは、お友だちになったら何をするのでしょう」

 ヨラガンでは、一緒に馬で出かけたり、隣り合って糸紡ぎをしながらおしゃべりをしたり、そういうことが多かった。機織りを教えてもらうのも楽しかったし、ベルリアーナに文字や計算を教えてもらうのも楽しかった。
 しかしカガルトゥラードでは馬に乗って出かけることはないようだし、糸紡ぎや機織りの仕事もない。友だちになったら、何をするものなのだろう。

「……私も、カガルトゥラードのことには、あまり詳しくないのですけれど」

 マナヴィカも同じように首を傾けたが、ふっと唇が弧を描くのがベール越しに見えた。

「ヴァルヴェキアでは、一緒にお茶をいただいたりします」
「お茶、ですか」
「ええ。おいしいお茶とお菓子をいただきながら、おしゃべりをしますの」

 時間を決めて、庭の一角でおしゃべりをして過ごすのだそうだ。
 ずいぶんゆったりした遊びだと思っていたら、ミオとシアに、そっと両手を取られてしまった。

「神子様、そろそろお部屋に戻りましょう」
「あまりマナヴィカ様のお時間を取らせても、いけませんし」

 怒っている様子はないが、これ以上マナヴィカと話していてはいけないらしい。わかりましたと頷いて、マナヴィカに向かってまた膝を曲げる。

「申し訳ありません、マナヴィカ様。そろそろ、戻らなくてはならないのですが……また、お話ししてくださいますか」
「ええ、もちろんです。そのうちお茶にお誘いさせてくださいませ」
「……楽しみです」

 それでは、と別れようとして、廊下の先にいた人影に二人とも立ち止まる。

「これは神子様、マナヴィカと一緒とは、珍しい」
「……ゲラルド様」

 マナヴィカがすぐに頭を下げたので同じようにすべきかと思ったが、ミオとシアからは特に何も言われない。普段ゲラルドが近づいてくるときも、特にキアラの態度に機嫌を損ねる様子もなかったから、改まる必要はないのかもしれない。
 そのままゲラルドが近づいてくるのに任せていると、マナヴィカの傍の精霊がそよそよと移動する気配がした。マナヴィカはゲラルドと夫婦なのだから、精霊も近づいていくのかと思っていたが、どちらかというと離れていこうとしているように感じられる。
 やはり、ゲラルドはあまり精霊に好かれていない人らしい。

「マナヴィカ、こんなところで何を?」
「……しるべ灯火ともしびの教えを学びに、導士様のもとへ伺っておりましたの」
「そうか、熱心でよいことだな」

 ゲラルドの言葉に合わせ、マナヴィカが優雅にお辞儀をしてみせる。王子様の妻なのだから、マナヴィカは元々ヴァルヴェキアというところのお姫様だったのだろう。ベルリアーナより物静かな印象だが、二人とも、仕草が上品なところはよく似ていると思う。

「お褒めにあずかり、光栄です。それでは神子様、私はこれで」

 マナヴィカに言われ、キアラも慌てて膝を曲げた。そのまま立ち去るマナヴィカを見送っていると、ゲラルドがすっとキアラの前に立つ。

「神子様、今日のお務めはもう終えられましたか? 少し歩きませんか」

 ゲラルドはマナヴィカと夫婦なのだから、もっと彼女と話したほうがいいのではないだろうか。マナヴィカは行ってしまったけれど、ゲラルドなら歩いてでも追いつけるだろう。
 少し悩んで、ミオとシアの様子を確認して、キアラはおずおずと頷いた。

「……ゲラルド様に、お時間があるのでしたら」
「それでは、こちらへ。よい庭があるのですよ」

 ゲラルドが手を差し出してくれたものの、その手を取っていいのだろうか。キアラではなくて、マナヴィカが彼の隣を歩くべきだろう。
 しかしゲラルドの手を取らなければ失礼にもなってしまう。キアラはゲラルドの手にそっと自分の手を重ねた。

「神子様の手は、小さくて可愛らしい」
「……そう、でしょうか……」
「ええ、とても」

 ただ、乗せた手をぐっと強く握られてしまって、キアラは体をこわばらせた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

追放された『呪物鑑定』持ちの公爵令息、魔王の呪いを解いたら執着溺愛ルートに入りました

水凪しおん
BL
「お前のそのスキルは不吉だ」 身に覚えのない罪を着せられ、聖女リリアンナによって国を追放された公爵令息カイル。 死を覚悟して彷徨い込んだ魔の森で、彼は呪いに蝕まれ孤独に生きる魔王レイルと出会う。 カイルの持つ『呪物鑑定』スキル――それは、魔王を救う唯一の鍵だった。 「カイル、お前は我の光だ。もう二度と離さない」 献身的に尽くすカイルに、冷徹だった魔王の心は溶かされ、やがて執着にも似た溺愛へと変わっていく。 これは、全てを奪われた青年が魔王を救い、世界一幸せになる逆転と愛の物語。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

最強で美人なお飾り嫁(♂)は無自覚に無双する

竜鳴躍
BL
ミリオン=フィッシュ(旧姓:バード)はフィッシュ伯爵家のお飾り嫁で、オメガだけど冴えない男の子。と、いうことになっている。だが実家の義母さえ知らない。夫も知らない。彼が陛下から信頼も厚い美貌の勇者であることを。 幼い頃に死別した両親。乗っ取られた家。幼馴染の王子様と彼を狙う従妹。 白い結婚で離縁を狙いながら、実は転生者の主人公は今日も勇者稼業で自分のお財布を豊かにしています。

トップアイドルα様は平凡βを運命にする【完】

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

処理中です...