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帰還
67.キアラの秘密
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ファルファーラは昔から精霊にあふれた地で、また人々にとっても精霊は身近な存在だった。
特にファルファーラの王族は、エポナペネの湖で精霊と縁を結び、よき友、よき理解者として、いずれ永の眠りにつくまでその精霊と生きるのが習わしだった。
「其方のいま一人の親、フィオレも、この地にて精霊と契りを結んだのだ」
フィオレは神子でこそなかったが、まだ幼いころにエポナペネの湖を訪れ、あの岩に触れて精霊と縁を結んだ。フィオレはその精霊をシハユと名づけ、尽くし、シハユもまたフィオレを慈しんでいたそうだ。
やがてファルファーラの王となったフィオレは、伴侶としてシハユを選んだ。
「……人と、精霊が……結ばれることが、あるのですか」
「フィオレはオメガであったゆえ」
オメガであれば、精霊との子を宿すこともできるのだという。シハユもフィオレを受け入れ、人と精霊の間の子とあって、フィオレの腹にいる間から、精霊たちが我も我もと赤子に祝福を授けた。そうして月日が経って、フィオレはその子を産み落とした。
「それが其方だ」
人は加護を受けた精霊によって髪の色が決まるというが、赤子の髪はきらきらと銀色に輝いていて、これでは自分たちではなくあらゆる精霊の子のようだと、フィオレとシハユは笑ったそうだ。
実際、王子とあって、人の世話係もたくさんついていたものの、常に多くの精霊が赤子を囲んでいたという。
「……私の、お父様と、お母様が、シハユ様と、フィオレ様……」
「ああ、フィオレは男ぞ」
「えっ」
「また、精霊に性別はない」
「えっ……」
困惑して声を上げるキアラに、精霊が楽しそうに笑う。
「此方らは在るもの。産み、育て、繋ぐものではない。ゆえに性別など要らぬもの」
髪を撫でつけるように撫でてくれる精霊には、確かに、なんというか、硬さも柔らかさもない。人と同じようにキアラを抱えてくれているが、中身の詰まった何かというよりは、木漏れ日やそよ風のような心地いいものに、そのまま抱かれているような感覚なのだ。
「……人と、子を育めるのに、ですか」
「契りし子が求めば応じもすれど、此方らは在り、消えるもの。繋ぐは本性ではない」
精霊の言葉が難しくて、キアラはきゅ、と眉根を寄せた。人と精霊では好きなことが違う、というようなことを言われているようなのだが、きちんとわかっていない気がする。キアラが知っている言葉が少ないから、うまく言い表す言葉が見つからない。
なだめるようにキアラの背中を撫でて、精霊が眉間に指をあててくる。
「よい。其方は今、人の地にあるもの」
「でも……精霊様のことを、わかりたい、です」
精霊の動きが止まって、ふわりと柔らかな香りが漂ってきた。包み込むように頬に触れられて、精霊が穏やかに微笑んでいるのがわかる。
「さても美しき子ならん。ろうたかるべし」
美しいという言葉が出てきた理由はわからないし、ろうたかるべし、という言葉もよくわからなかったが、精霊が喜んでいるようなので、キアラはよしとした。そろそろ、新しく知ったことが多すぎていっぱいいっぱいだ。
「……ヒュルカの子らは、皆美しな」
「精霊様、ヒュルカ、とは……」
「おお、そうであったな」
ヒュルカというのは、遥か昔、ファルファーラを拓いた人なのだそうだ。キアラのように銀の髪をして、あらゆる精霊と仲良く過ごし、フィオレと同じように精霊の子を宿して育てた。
「ファルファーラの王家のものは、皆ヒュルカの子よ」
「私の……ずっと前の、おじいさま、か、おばあさま、ですか」
「然り」
ヒュルカという人を、ルガートは知っているだろうか。フィオレも、シハユから聞いて知っていただろうか。
少し考え込んで、キアラは精霊がこちらを見つめているのに気がついた。
「精霊様、どうなさいましたか」
「其方に聞くべきあり」
精霊から、キアラに質問があるらしい。いそいそと、精霊の膝の上で居ずまいを正し、キアラはきちんと精霊を見上げた。
「此方は、其方の心地ゆかし。其方には、この後取るる道が三つある」
一つは、このままここに残って、精霊として生きていく道。キアラは今、片親が精霊である影響もあって、人とも精霊とも、いわばどっちつかずのような状態にある。そのため心が体を抜け出して、夢でエポナペネを訪れるようなことになってしまったのだそうだ。
「今は夢の底にて眠るシハユに会うたのも、其方が夢に出でしゆえ」
「そう、なのですか……」
もう一度、シハユに会って、父と呼べばいいのか母と呼べばいいのかわからないが、親子として言葉を交わしてみたいと思う。
けれど、体と心が離れてしまうのは本来よくないことで、契りを結んだ今は、心がさまよい出てしまわないよう、目の前の精霊が止めてくれるのだそうだ。
「……嫌か」
「……もう一度、シハユ様にお会いしたいです」
「……いずれシハユの目覚めるときも来よう」
精霊は、人よりもずっと長いときを生きる。けれど傷つけば休まなければならないのは同じなのだそうだ。シハユはファルファーラが滅びたときにひどく傷ついてしまって、今は精霊の庭の、さらに奥深くで眠りについている。キアラが夢であの石に触れようとしたときは、そのままでは心が体から離れたまま、意図せず精霊になってしまいかねなかったから、無理やり起きて止めに来てくれたらしい。
少しだけにじんだ目元をこすって、キアラはまた精霊を見上げた。労わるように撫でてくれる優しい手が、穏やかな日差しのように、ざわついた気持ちを包んでくれる。
「いま一つは、ファルファーラを再び興す道」
キアラがファルファーラの生き残りであることはどの精霊も知っていて、キアラがファルファーラを復興させたいと思うなら、喜んで手を貸してくれるという。人の世がどうなるかわからないが、ルガートたちもいることだし、ファルファーラから逃げ延びた他の人々も、キアラが国を立て直そうとしていることを知れば、戻ってくるかもしれない。
「ルガート様を、ご存じなのですか」
「此方の在るところは精霊の庭のみにあらず」
少し難しかったが、精霊のことしか知らないわけではない、ということらしい。
ちょっと力の入ってしまったキアラの肩を撫でて、精霊がむにっと眉の間を広げてくる。
「う」
「愛らし顔を、しかめるでない」
眉間にしわが寄ってしまったのを、伸ばしてくれているらしい。自分でも額を押さえてちょっと動かして、ぱちぱちと何度か瞬きをする。よしよしと精霊が撫でてくれたので、たぶん収まっただろう。
「……精霊様、もう一つは、何ですか」
気を取り直して、精霊が言っていたこの先取れる道の三つめについて尋ねてみる。ふわり、とそよ風が吹いた気がした。
「其方にも、わかりおろう?」
「……はい」
面白がっているような声音で言われて、キアラは素直にうなずいた。精霊も、おそらく、キアラが選ばないとわかっていて、一つめと二つめの話をしたのだろう。
またキアラを撫でてから、精霊がそっと膝の上から降ろしてくれる。改めて向かい合って立つと、精霊の姿は、人よりも遥かに大きかった。先ほどまでは少し大きい人くらいに感じていたのだが、この精霊は大きさを自由に変えられるのだろうか。
「ヒュルカの子よ」
「はい、精霊様」
普通に向かい合っていれば首が痛くなるところなのだが、精霊は、キアラが立っている地面の遥か下に足をついている。目に見えない段差がある、とでも考えればいいのだろうか。
「此方と其方は契りを結ばねばならぬ」
「……口づけなさったのは、違うのですか」
なんだかすーすーするものを飲まされたのだが、あれは違うのだろうか。
首を傾げたキアラに、精霊が手を伸ばしてきて撫でてくれる。その手は普通の、少し大きい人くらいの大きさに思えるから、なんとも不思議な感覚だ。
「あれは手付。其方が随分と不安定であったゆえ、急いだ。許せよ」
「怒ってはおりません」
精霊と口づけをしたと言ったら、ユクガは怒るだろうか。そもそも、ゲラルドのことも話せていないのだが、話したほうがいいだろうか。あまり話したいことでもないけれど。
別のもので悩み始めたキアラに、精霊が困ったように笑う。
「不快であったか。それもすまぬ」
「い、いいえ……そうではなくて……私には、番がいるのに、他の方と口づけをしたとお話ししたら、お嫌かと思ったのです」
「然り然り、人は番に他のものが近づくと、嫌がるのぅ」
どこか面白がっているようなのはなぜだろう。
しかしそれよりも、ユクガが嫌がるようなことは言いたくない。ただ、言わないでいるのも隠し事をするようで嫌だ。
「……困りました……」
「……ヒュルカの子よ、契りを結びたいのだが」
悩んでいたら精霊にも困ったように言われてしまった。はっとして精霊に向き直ると、どこかほっとしたようにも見える。
「も、申し訳ありません、悩んでおりました」
「構わぬ。さて、契りを結ぶには名が要る」
精霊は、加護を持っている人間がお願いをしたとき、気が向きさえすれば助けてくれる。
ただ、特定の精霊と契りを結ぶと、その人間が永の眠りにつくまで、その精霊は生涯の助けとなる。傍にいて、よき友として、あるいはフィオレとシハユのように、伴侶となることもある。
「ゆえに、其方が此方に名を付けよ」
「私が、ですか」
「他に誰がおる」
確かに、ここにはキアラ以外にいないけれど。
「……よろしいのですか」
精霊が、不思議そうに見下ろしてくる。言葉が足りなかったかもしれない。
「精霊様は、私と、契りを結んでも、よろしいのですか」
ため息をつかれたのがはっきりわかった。
精霊は人とは好きなものが違う、ようだから、人と一緒にいなければならなくなるのはあまり嬉しくないだろう、と思ったのだが、違うのだろうか。それに、契りを結ぶにしても、精霊が気に入った相手かどうか、という問題もある。
「……ヒュルカの子よ」
「は、はい」
「其方と契りを結ぼうとした精霊はな、実はごまんとおる」
五万。精霊はそんなにたくさんいるのだろうか。いや、空を見ても草原を見てもあれだけたくさんいたのだから、五万以上はいそうな気もする。
「契りを結びたるは一たりにあらねど、初物は譲れぬ。此方が勝ち取った」
ところどころわからなかったが、この精霊がキアラと契りを結びたいと思ってくれているらしいことはわかった。
「……では、私が精霊様に名前を差し上げても、よろしいのですね」
「然り。良き名を所望する」
良い名前とは、どんなものだろう。
特にファルファーラの王族は、エポナペネの湖で精霊と縁を結び、よき友、よき理解者として、いずれ永の眠りにつくまでその精霊と生きるのが習わしだった。
「其方のいま一人の親、フィオレも、この地にて精霊と契りを結んだのだ」
フィオレは神子でこそなかったが、まだ幼いころにエポナペネの湖を訪れ、あの岩に触れて精霊と縁を結んだ。フィオレはその精霊をシハユと名づけ、尽くし、シハユもまたフィオレを慈しんでいたそうだ。
やがてファルファーラの王となったフィオレは、伴侶としてシハユを選んだ。
「……人と、精霊が……結ばれることが、あるのですか」
「フィオレはオメガであったゆえ」
オメガであれば、精霊との子を宿すこともできるのだという。シハユもフィオレを受け入れ、人と精霊の間の子とあって、フィオレの腹にいる間から、精霊たちが我も我もと赤子に祝福を授けた。そうして月日が経って、フィオレはその子を産み落とした。
「それが其方だ」
人は加護を受けた精霊によって髪の色が決まるというが、赤子の髪はきらきらと銀色に輝いていて、これでは自分たちではなくあらゆる精霊の子のようだと、フィオレとシハユは笑ったそうだ。
実際、王子とあって、人の世話係もたくさんついていたものの、常に多くの精霊が赤子を囲んでいたという。
「……私の、お父様と、お母様が、シハユ様と、フィオレ様……」
「ああ、フィオレは男ぞ」
「えっ」
「また、精霊に性別はない」
「えっ……」
困惑して声を上げるキアラに、精霊が楽しそうに笑う。
「此方らは在るもの。産み、育て、繋ぐものではない。ゆえに性別など要らぬもの」
髪を撫でつけるように撫でてくれる精霊には、確かに、なんというか、硬さも柔らかさもない。人と同じようにキアラを抱えてくれているが、中身の詰まった何かというよりは、木漏れ日やそよ風のような心地いいものに、そのまま抱かれているような感覚なのだ。
「……人と、子を育めるのに、ですか」
「契りし子が求めば応じもすれど、此方らは在り、消えるもの。繋ぐは本性ではない」
精霊の言葉が難しくて、キアラはきゅ、と眉根を寄せた。人と精霊では好きなことが違う、というようなことを言われているようなのだが、きちんとわかっていない気がする。キアラが知っている言葉が少ないから、うまく言い表す言葉が見つからない。
なだめるようにキアラの背中を撫でて、精霊が眉間に指をあててくる。
「よい。其方は今、人の地にあるもの」
「でも……精霊様のことを、わかりたい、です」
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「さても美しき子ならん。ろうたかるべし」
美しいという言葉が出てきた理由はわからないし、ろうたかるべし、という言葉もよくわからなかったが、精霊が喜んでいるようなので、キアラはよしとした。そろそろ、新しく知ったことが多すぎていっぱいいっぱいだ。
「……ヒュルカの子らは、皆美しな」
「精霊様、ヒュルカ、とは……」
「おお、そうであったな」
ヒュルカというのは、遥か昔、ファルファーラを拓いた人なのだそうだ。キアラのように銀の髪をして、あらゆる精霊と仲良く過ごし、フィオレと同じように精霊の子を宿して育てた。
「ファルファーラの王家のものは、皆ヒュルカの子よ」
「私の……ずっと前の、おじいさま、か、おばあさま、ですか」
「然り」
ヒュルカという人を、ルガートは知っているだろうか。フィオレも、シハユから聞いて知っていただろうか。
少し考え込んで、キアラは精霊がこちらを見つめているのに気がついた。
「精霊様、どうなさいましたか」
「其方に聞くべきあり」
精霊から、キアラに質問があるらしい。いそいそと、精霊の膝の上で居ずまいを正し、キアラはきちんと精霊を見上げた。
「此方は、其方の心地ゆかし。其方には、この後取るる道が三つある」
一つは、このままここに残って、精霊として生きていく道。キアラは今、片親が精霊である影響もあって、人とも精霊とも、いわばどっちつかずのような状態にある。そのため心が体を抜け出して、夢でエポナペネを訪れるようなことになってしまったのだそうだ。
「今は夢の底にて眠るシハユに会うたのも、其方が夢に出でしゆえ」
「そう、なのですか……」
もう一度、シハユに会って、父と呼べばいいのか母と呼べばいいのかわからないが、親子として言葉を交わしてみたいと思う。
けれど、体と心が離れてしまうのは本来よくないことで、契りを結んだ今は、心がさまよい出てしまわないよう、目の前の精霊が止めてくれるのだそうだ。
「……嫌か」
「……もう一度、シハユ様にお会いしたいです」
「……いずれシハユの目覚めるときも来よう」
精霊は、人よりもずっと長いときを生きる。けれど傷つけば休まなければならないのは同じなのだそうだ。シハユはファルファーラが滅びたときにひどく傷ついてしまって、今は精霊の庭の、さらに奥深くで眠りについている。キアラが夢であの石に触れようとしたときは、そのままでは心が体から離れたまま、意図せず精霊になってしまいかねなかったから、無理やり起きて止めに来てくれたらしい。
少しだけにじんだ目元をこすって、キアラはまた精霊を見上げた。労わるように撫でてくれる優しい手が、穏やかな日差しのように、ざわついた気持ちを包んでくれる。
「いま一つは、ファルファーラを再び興す道」
キアラがファルファーラの生き残りであることはどの精霊も知っていて、キアラがファルファーラを復興させたいと思うなら、喜んで手を貸してくれるという。人の世がどうなるかわからないが、ルガートたちもいることだし、ファルファーラから逃げ延びた他の人々も、キアラが国を立て直そうとしていることを知れば、戻ってくるかもしれない。
「ルガート様を、ご存じなのですか」
「此方の在るところは精霊の庭のみにあらず」
少し難しかったが、精霊のことしか知らないわけではない、ということらしい。
ちょっと力の入ってしまったキアラの肩を撫でて、精霊がむにっと眉の間を広げてくる。
「う」
「愛らし顔を、しかめるでない」
眉間にしわが寄ってしまったのを、伸ばしてくれているらしい。自分でも額を押さえてちょっと動かして、ぱちぱちと何度か瞬きをする。よしよしと精霊が撫でてくれたので、たぶん収まっただろう。
「……精霊様、もう一つは、何ですか」
気を取り直して、精霊が言っていたこの先取れる道の三つめについて尋ねてみる。ふわり、とそよ風が吹いた気がした。
「其方にも、わかりおろう?」
「……はい」
面白がっているような声音で言われて、キアラは素直にうなずいた。精霊も、おそらく、キアラが選ばないとわかっていて、一つめと二つめの話をしたのだろう。
またキアラを撫でてから、精霊がそっと膝の上から降ろしてくれる。改めて向かい合って立つと、精霊の姿は、人よりも遥かに大きかった。先ほどまでは少し大きい人くらいに感じていたのだが、この精霊は大きさを自由に変えられるのだろうか。
「ヒュルカの子よ」
「はい、精霊様」
普通に向かい合っていれば首が痛くなるところなのだが、精霊は、キアラが立っている地面の遥か下に足をついている。目に見えない段差がある、とでも考えればいいのだろうか。
「此方と其方は契りを結ばねばならぬ」
「……口づけなさったのは、違うのですか」
なんだかすーすーするものを飲まされたのだが、あれは違うのだろうか。
首を傾げたキアラに、精霊が手を伸ばしてきて撫でてくれる。その手は普通の、少し大きい人くらいの大きさに思えるから、なんとも不思議な感覚だ。
「あれは手付。其方が随分と不安定であったゆえ、急いだ。許せよ」
「怒ってはおりません」
精霊と口づけをしたと言ったら、ユクガは怒るだろうか。そもそも、ゲラルドのことも話せていないのだが、話したほうがいいだろうか。あまり話したいことでもないけれど。
別のもので悩み始めたキアラに、精霊が困ったように笑う。
「不快であったか。それもすまぬ」
「い、いいえ……そうではなくて……私には、番がいるのに、他の方と口づけをしたとお話ししたら、お嫌かと思ったのです」
「然り然り、人は番に他のものが近づくと、嫌がるのぅ」
どこか面白がっているようなのはなぜだろう。
しかしそれよりも、ユクガが嫌がるようなことは言いたくない。ただ、言わないでいるのも隠し事をするようで嫌だ。
「……困りました……」
「……ヒュルカの子よ、契りを結びたいのだが」
悩んでいたら精霊にも困ったように言われてしまった。はっとして精霊に向き直ると、どこかほっとしたようにも見える。
「も、申し訳ありません、悩んでおりました」
「構わぬ。さて、契りを結ぶには名が要る」
精霊は、加護を持っている人間がお願いをしたとき、気が向きさえすれば助けてくれる。
ただ、特定の精霊と契りを結ぶと、その人間が永の眠りにつくまで、その精霊は生涯の助けとなる。傍にいて、よき友として、あるいはフィオレとシハユのように、伴侶となることもある。
「ゆえに、其方が此方に名を付けよ」
「私が、ですか」
「他に誰がおる」
確かに、ここにはキアラ以外にいないけれど。
「……よろしいのですか」
精霊が、不思議そうに見下ろしてくる。言葉が足りなかったかもしれない。
「精霊様は、私と、契りを結んでも、よろしいのですか」
ため息をつかれたのがはっきりわかった。
精霊は人とは好きなものが違う、ようだから、人と一緒にいなければならなくなるのはあまり嬉しくないだろう、と思ったのだが、違うのだろうか。それに、契りを結ぶにしても、精霊が気に入った相手かどうか、という問題もある。
「……ヒュルカの子よ」
「は、はい」
「其方と契りを結ぼうとした精霊はな、実はごまんとおる」
五万。精霊はそんなにたくさんいるのだろうか。いや、空を見ても草原を見てもあれだけたくさんいたのだから、五万以上はいそうな気もする。
「契りを結びたるは一たりにあらねど、初物は譲れぬ。此方が勝ち取った」
ところどころわからなかったが、この精霊がキアラと契りを結びたいと思ってくれているらしいことはわかった。
「……では、私が精霊様に名前を差し上げても、よろしいのですね」
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