78 / 78
帰還
73.ユクガの伝えたいこと
しおりを挟む
お祈りをしていると、いろいろな精霊が集まってくる。ヨラガンに多い風の精霊はおしゃべりが好き、火の精霊は日向ぼっこが好き。土の精霊はお昼寝が好きで、水の精霊は意外といたずらが好き。
「……いけませんよ」
池からつかず離れずぽわぽわ漂っている精霊に声をかけると、ぴゃっとどこかへ行ってしまった。推測ではあるけれど確実に、ミオとシアにいたずらをしようとしていたに違いない。
当のミオとシアは、一瞬不思議そうな顔をしたあと、すぐに思い当たったのか尋ねてくる。
「精霊ですか」
「はい」
立ち上がって裾を払い、中庭のような広い空間の真ん中にある池に、水の精霊に足場を作ってもらって踏み込む。そうして水面を渡ると精霊にお礼を伝え、キアラは控えてくれていたミオとシアのもとに戻った。キアラが祈りを捧げている場所は、精霊の力を借りなければ入れない。
ヨラガンの城にある精霊の間で日に一度、精霊にお祈りをすること。それが今のキアラの仕事だ。
ククィツァに頼まれたわけではなく、むしろ特に何も頼まれなかったので当初はやることがなかった。城を案内してもらったときに精霊を祀るための場所があったから、キアラにできることをしようと、日に一度のお祈りをすることにしたのだ。エルヴァに聞いたところによれば、キアラがお祈りをするとヨラガンに精霊が集まって人を助けてくれやすくなるそうなので、きちんと効果もあるはずだ。
「終わったか」
「はい、エルヴァ様。お待たせいたしました」
池の傍に植えられた木の枝で休んでいた小鳥が、ぱたぱたとキアラの肩に戻ってくる。エルヴァはキアラが祈りを捧げる側の精霊であるし、ファルファーラから一貫して、キアラ以外にほぼ興味を持たない。例外はユクガくらいのような気がするが、キアラの番だからちょっかいを出しているようにも見える。
そっと指で撫でると、気持ちよさそうにふくふくと丸くなるのがかわいいと思っているのは、内緒だ。
「このあとはいかがなさいますか」
「そうですねぇ……」
しかし、お祈りが終わってしまえばやることがないという状況は変わらない。ミオに尋ねられて、キアラはこて、と首をかしげた。
ククィツァにはたまに会っているが、忙しそうなので仕事の邪魔はできない。ベルリアーナも、ヨラガンの宰相という立場にあるそうで、日々忙しくしている。ジュアンはその部下にあたるのだそうだ。なお、ベルリアーナの人使いが荒すぎると言って嘆いていたのをベルリアーナ本人に見つかり、さらに忙しくなっていた。サルヒとラーツァにも引き合わせてもらったのだが、二人ともキアラのことを覚えていなくて、人見知りされてしまった。
「……訓練場に、行きましょうか」
「はい」
「承知しました」
もとの集落にいた人たちは、遊牧生活を続けていたり、ヒェカインには住んでいるけれど城にはいなかったり、つまりはキアラが気軽に会いに行けるところにはいない。ユクガから、迎えに行くまで城の中にいるように、と言われているのだ。
そうすると、キアラが深く関わっている人たちは、あとは兵営にしかいない。
城の中はほぼ自由に出入りしていいと、他ならぬククィツァに言われているので、キアラがどこを歩いていても、特に止められることもない。キアラのことを城の中の人たちに知らせるのは大変ではないかと思ったのだが、銀色の髪のことを伝えればいいだけと言われて、なるほどとうなずくことになった。
「キアラ様」
邪魔にならないように、城の一角に設けられた訓練場を入口から覗くと、すぐにラグノースが気づいてくれた。隣にはローロもいるが、訓練中だろう。少しためらって、周りの人たちも休憩を始めたようなので、いそいそとラグノースの傍に行く。
「こんにちは、ラグノース様、ローロ様。弓の訓練、ですか」
「はい。さすがにヨラガンの人たちほどとはいきませんが……俺も結構当たるようになってきましたよ」
ルガートたちはキアラの護衛ということになっているが、ミオとシアはいるし、城の中を五人もぞろぞろと連れて歩くわけにもいかない。普段はヨラガンの兵士たちに加わって、訓練とか、獣を追い払うとか、盗賊を捕まえるとか、いろいろ武芸を磨いているそうだ。今日はリンドベルとレテは町の見回りらしい。
訓練場に置いてある的を見てみれば、地面に落ちているものもあるが、いくつかは矢が刺さっている。
「ラグノース様もローロ様も、お上手なのですね」
ファルファーラでは、精霊に頼めば遠距離の相手を簡単に倒せたため、弓術はあまり盛んではなかったのだそうだ。しかしヨラガンでは弓が使えて当たり前なので、周囲に習いつつ馴染んでいこうとしているらしい。
キアラには武芸のことがよくわからないので、的に当たるだけでもすごいと思う。素直に褒めたら周りの人たちがそわそわしだして、キアラも周囲を見回すことになった。
「……何か、あるのですか……?」
「いやぁ……キアラ様にお声がけいただけるの、いいですね」
ラグノースが誇らしげな理由がよくわからない。
首を傾げていたら、ミオがつかつかとラグノースに近寄って思いきり足を踏みつけた。
「ッてぇ!」
「み、ミオ、いけません」
「……何を騒いでいる?」
落ちついた声が聞こえてきて、振り返るとルガートを従えたユクガがいる。
「ユクガ様」
小走りで近づいていけばユクガも微笑んでくれて、軽々とキアラを抱き上げてくれた。頬に触れてくる柔らかい口づけが、こそばゆい。
訓練場にいるとは限らないが、キアラが兵営に来るのはユクガに会えるかもしれないからだ。邪魔をしてはいけないとは思うものの、こうして会えたときに、抱き上げたり口づけたりしてくれるから、嬉しくてついつい来てしまう。
「来ていたのか」
「はい、お祈りは終わりましたから」
初めこそ危ないから来てはいけないと言われてしまったが、キアラができる限りこっそり、外から行儀よくそっと覗いていたら、額を押さえたユクガに許してもらえたのだった。
頭痛でもするのかと思って聞いたら、そうだけどそうではない、のようなよくわからない返事をもらった。ひとまずキアラには治せないと言われてしまったので、しょんぼりしたのは確かだ。
キアラを抱っこしたまま訓練場の中を進んで、ユクガが兵士たちに声をかける。
「予定通り模擬戦を行う。組み合わせはこの書き付けの通りに」
見ていくなら壁際に避けているように言われて、キアラはミオとシアを連れて素直に端に寄った。代わりというわけではないだろうが、兵士たちが集まって書き付けを覗き込み、それぞれ散らばっていく。
四角に区切られた部分で二人が向かい合って、木刀を打ちつけ合い始めた。四角の横にも兵士が立って、二人の様子を観察している。
「ミオ、シア、もぎせん、とは何ですか」
手本になる兵士が前に立ち、大勢の兵士が同じように動いて真似をしていたり、先ほどまでの弓の訓練だったり、そういうものはキアラも見たことがあるが、もぎせんというものはよく知らない。
聞いてみると、近くの四角に区切られた場所にいる兵士たちを示しながら、ミオが教えてくれる。
「模擬戦というのは、実戦に備えるために、実戦のように戦う試合のことです」
向かい合って木刀を打ちつけ合っているのが、試合をしている人たち。四角の長い辺の真ん中あたりに立っているのが、どちらの勝ちか判断する審判という人。
「試合の様子を見ながら、試合をしていない兵士も戦い方を学べますし、試合をしている兵士は、戦っている様子を見てもらうことで、弱点や気づいていない癖を指摘してもらうことができます」
ユクガやルガートは四角の中にいないから審判なのかと思ったが、戦っている様子を観察して、指導をする役割なのだろうということだった。ユクガもルガートも強いので、普通の兵士では相手にならないのだろう、ということらしい。
ただ、キアラはユクガが戦っているところをしっかり見たことがない。
強い、のだからきっと格好いいのだろうとも思う。お願いしたら、ユクガの戦っているところを見せてもらえないだろうか。それとも、そのように野蛮なことを望むものではないと、たしなめられてしまうだろうか。
そろっとユクガのほうに視線を向けると、真剣な顔で試合というものを見ている。やはり、邪魔をしてはいけないだろう。
ユクガに倣って真面目な顔で試合というものを見てみるけれど、剣を握ったことのないキアラでは、どちらが勝ちそうなのかもよくわからない。何かの理由で試合が止まって、審判がどちらの勝ちか告げて、試合をしていた人たちが四角から出ていくと、次の人たちが試合を始める。
「……退屈か」
ふっと声をかけられて、慌てて見上げるとユクガが微苦笑でこちらを見ていた。
「い、いいえ、あの、私には、難しくて」
「……ルガート」
キアラを抱きしめてくれたものの、ユクガがルガートを探して声をかける。二人とも試合を見なくてはいけなくて、忙しいはずなのだが、どうしたのだろう。
ただ、二人が見ていないところでも試合はしているから、すべてを見て回るというわけでもないのかもしれない。
「今日こそ決着をつけるからな」
「……主たる方の御前で、無様な姿はお見せできません」
歩いてきたルガートに、ユクガが何かを宣言したかと思えば、ルガートも静かに言葉を返した。
こて、と首を傾げたキアラを撫でて、ユクガが歩いていったのと別の方向に、ルガートも離れていく。
「……ミオ、シア、ユクガ様たちは何をお話しなさっていたのですか」
二人に視線を向けると、真面目な顔とも何かをこらえているともつかない表情で、何だか肩が震えている。
「……模擬戦が終わったら、ユクガ様とルガート殿が試合をなさるのでしょう」
「お二人ともお強いですから、キアラ様にも見応えがあると思いますよ」
「……ただの阿呆どもであろう」
ミオとシアが教えてくれたあとに、エルヴァがぼそりとつぶやく。何か話したいことがあるのかと思ったものの、そのあとが続かなかったから、興味は薄いらしい。
「ミオ、シア、ユクガ様とルガート様の試合が始まる前に、私に試合の見方を教えてくださいませんか」
「承知しました、キアラ様」
細かいところは、すぐ忘れてしまうような気もするけれど。
だって、真剣な顔で何かをしているユクガは、キアラの知っている中で一番格好よくて、心がそれでいっぱいになってしまうのだ。
周りの兵士たちが優しく道を空けてくれたので、試合を始める前のユクガにおずおずと近づいて、声をかける。
「……ユクガ様、お怪我をなさらないでくださいませ」
「……ああ」
約束する、と口づけを落としてもらって、キアラはふに、と微笑んだ。
「……ルガートに勝ったら」
一度そこで言葉を切って、ユクガがキアラの頬を撫でる。大きくてごつごつしている手にそっと頬を寄せると、ユクガも小さく笑みを見せてくれた。
「改めてお前に伝えたいことがある」
「では、教えてくださるのを楽しみにしております」
「ああ」
もう一度キアラに口づけて、ユクガが四角に区切られた場所に向かうのをキアラはにこにこと送り出した。
きっと、今日はユクガが勝ってくれるだろう。
「……いけませんよ」
池からつかず離れずぽわぽわ漂っている精霊に声をかけると、ぴゃっとどこかへ行ってしまった。推測ではあるけれど確実に、ミオとシアにいたずらをしようとしていたに違いない。
当のミオとシアは、一瞬不思議そうな顔をしたあと、すぐに思い当たったのか尋ねてくる。
「精霊ですか」
「はい」
立ち上がって裾を払い、中庭のような広い空間の真ん中にある池に、水の精霊に足場を作ってもらって踏み込む。そうして水面を渡ると精霊にお礼を伝え、キアラは控えてくれていたミオとシアのもとに戻った。キアラが祈りを捧げている場所は、精霊の力を借りなければ入れない。
ヨラガンの城にある精霊の間で日に一度、精霊にお祈りをすること。それが今のキアラの仕事だ。
ククィツァに頼まれたわけではなく、むしろ特に何も頼まれなかったので当初はやることがなかった。城を案内してもらったときに精霊を祀るための場所があったから、キアラにできることをしようと、日に一度のお祈りをすることにしたのだ。エルヴァに聞いたところによれば、キアラがお祈りをするとヨラガンに精霊が集まって人を助けてくれやすくなるそうなので、きちんと効果もあるはずだ。
「終わったか」
「はい、エルヴァ様。お待たせいたしました」
池の傍に植えられた木の枝で休んでいた小鳥が、ぱたぱたとキアラの肩に戻ってくる。エルヴァはキアラが祈りを捧げる側の精霊であるし、ファルファーラから一貫して、キアラ以外にほぼ興味を持たない。例外はユクガくらいのような気がするが、キアラの番だからちょっかいを出しているようにも見える。
そっと指で撫でると、気持ちよさそうにふくふくと丸くなるのがかわいいと思っているのは、内緒だ。
「このあとはいかがなさいますか」
「そうですねぇ……」
しかし、お祈りが終わってしまえばやることがないという状況は変わらない。ミオに尋ねられて、キアラはこて、と首をかしげた。
ククィツァにはたまに会っているが、忙しそうなので仕事の邪魔はできない。ベルリアーナも、ヨラガンの宰相という立場にあるそうで、日々忙しくしている。ジュアンはその部下にあたるのだそうだ。なお、ベルリアーナの人使いが荒すぎると言って嘆いていたのをベルリアーナ本人に見つかり、さらに忙しくなっていた。サルヒとラーツァにも引き合わせてもらったのだが、二人ともキアラのことを覚えていなくて、人見知りされてしまった。
「……訓練場に、行きましょうか」
「はい」
「承知しました」
もとの集落にいた人たちは、遊牧生活を続けていたり、ヒェカインには住んでいるけれど城にはいなかったり、つまりはキアラが気軽に会いに行けるところにはいない。ユクガから、迎えに行くまで城の中にいるように、と言われているのだ。
そうすると、キアラが深く関わっている人たちは、あとは兵営にしかいない。
城の中はほぼ自由に出入りしていいと、他ならぬククィツァに言われているので、キアラがどこを歩いていても、特に止められることもない。キアラのことを城の中の人たちに知らせるのは大変ではないかと思ったのだが、銀色の髪のことを伝えればいいだけと言われて、なるほどとうなずくことになった。
「キアラ様」
邪魔にならないように、城の一角に設けられた訓練場を入口から覗くと、すぐにラグノースが気づいてくれた。隣にはローロもいるが、訓練中だろう。少しためらって、周りの人たちも休憩を始めたようなので、いそいそとラグノースの傍に行く。
「こんにちは、ラグノース様、ローロ様。弓の訓練、ですか」
「はい。さすがにヨラガンの人たちほどとはいきませんが……俺も結構当たるようになってきましたよ」
ルガートたちはキアラの護衛ということになっているが、ミオとシアはいるし、城の中を五人もぞろぞろと連れて歩くわけにもいかない。普段はヨラガンの兵士たちに加わって、訓練とか、獣を追い払うとか、盗賊を捕まえるとか、いろいろ武芸を磨いているそうだ。今日はリンドベルとレテは町の見回りらしい。
訓練場に置いてある的を見てみれば、地面に落ちているものもあるが、いくつかは矢が刺さっている。
「ラグノース様もローロ様も、お上手なのですね」
ファルファーラでは、精霊に頼めば遠距離の相手を簡単に倒せたため、弓術はあまり盛んではなかったのだそうだ。しかしヨラガンでは弓が使えて当たり前なので、周囲に習いつつ馴染んでいこうとしているらしい。
キアラには武芸のことがよくわからないので、的に当たるだけでもすごいと思う。素直に褒めたら周りの人たちがそわそわしだして、キアラも周囲を見回すことになった。
「……何か、あるのですか……?」
「いやぁ……キアラ様にお声がけいただけるの、いいですね」
ラグノースが誇らしげな理由がよくわからない。
首を傾げていたら、ミオがつかつかとラグノースに近寄って思いきり足を踏みつけた。
「ッてぇ!」
「み、ミオ、いけません」
「……何を騒いでいる?」
落ちついた声が聞こえてきて、振り返るとルガートを従えたユクガがいる。
「ユクガ様」
小走りで近づいていけばユクガも微笑んでくれて、軽々とキアラを抱き上げてくれた。頬に触れてくる柔らかい口づけが、こそばゆい。
訓練場にいるとは限らないが、キアラが兵営に来るのはユクガに会えるかもしれないからだ。邪魔をしてはいけないとは思うものの、こうして会えたときに、抱き上げたり口づけたりしてくれるから、嬉しくてついつい来てしまう。
「来ていたのか」
「はい、お祈りは終わりましたから」
初めこそ危ないから来てはいけないと言われてしまったが、キアラができる限りこっそり、外から行儀よくそっと覗いていたら、額を押さえたユクガに許してもらえたのだった。
頭痛でもするのかと思って聞いたら、そうだけどそうではない、のようなよくわからない返事をもらった。ひとまずキアラには治せないと言われてしまったので、しょんぼりしたのは確かだ。
キアラを抱っこしたまま訓練場の中を進んで、ユクガが兵士たちに声をかける。
「予定通り模擬戦を行う。組み合わせはこの書き付けの通りに」
見ていくなら壁際に避けているように言われて、キアラはミオとシアを連れて素直に端に寄った。代わりというわけではないだろうが、兵士たちが集まって書き付けを覗き込み、それぞれ散らばっていく。
四角に区切られた部分で二人が向かい合って、木刀を打ちつけ合い始めた。四角の横にも兵士が立って、二人の様子を観察している。
「ミオ、シア、もぎせん、とは何ですか」
手本になる兵士が前に立ち、大勢の兵士が同じように動いて真似をしていたり、先ほどまでの弓の訓練だったり、そういうものはキアラも見たことがあるが、もぎせんというものはよく知らない。
聞いてみると、近くの四角に区切られた場所にいる兵士たちを示しながら、ミオが教えてくれる。
「模擬戦というのは、実戦に備えるために、実戦のように戦う試合のことです」
向かい合って木刀を打ちつけ合っているのが、試合をしている人たち。四角の長い辺の真ん中あたりに立っているのが、どちらの勝ちか判断する審判という人。
「試合の様子を見ながら、試合をしていない兵士も戦い方を学べますし、試合をしている兵士は、戦っている様子を見てもらうことで、弱点や気づいていない癖を指摘してもらうことができます」
ユクガやルガートは四角の中にいないから審判なのかと思ったが、戦っている様子を観察して、指導をする役割なのだろうということだった。ユクガもルガートも強いので、普通の兵士では相手にならないのだろう、ということらしい。
ただ、キアラはユクガが戦っているところをしっかり見たことがない。
強い、のだからきっと格好いいのだろうとも思う。お願いしたら、ユクガの戦っているところを見せてもらえないだろうか。それとも、そのように野蛮なことを望むものではないと、たしなめられてしまうだろうか。
そろっとユクガのほうに視線を向けると、真剣な顔で試合というものを見ている。やはり、邪魔をしてはいけないだろう。
ユクガに倣って真面目な顔で試合というものを見てみるけれど、剣を握ったことのないキアラでは、どちらが勝ちそうなのかもよくわからない。何かの理由で試合が止まって、審判がどちらの勝ちか告げて、試合をしていた人たちが四角から出ていくと、次の人たちが試合を始める。
「……退屈か」
ふっと声をかけられて、慌てて見上げるとユクガが微苦笑でこちらを見ていた。
「い、いいえ、あの、私には、難しくて」
「……ルガート」
キアラを抱きしめてくれたものの、ユクガがルガートを探して声をかける。二人とも試合を見なくてはいけなくて、忙しいはずなのだが、どうしたのだろう。
ただ、二人が見ていないところでも試合はしているから、すべてを見て回るというわけでもないのかもしれない。
「今日こそ決着をつけるからな」
「……主たる方の御前で、無様な姿はお見せできません」
歩いてきたルガートに、ユクガが何かを宣言したかと思えば、ルガートも静かに言葉を返した。
こて、と首を傾げたキアラを撫でて、ユクガが歩いていったのと別の方向に、ルガートも離れていく。
「……ミオ、シア、ユクガ様たちは何をお話しなさっていたのですか」
二人に視線を向けると、真面目な顔とも何かをこらえているともつかない表情で、何だか肩が震えている。
「……模擬戦が終わったら、ユクガ様とルガート殿が試合をなさるのでしょう」
「お二人ともお強いですから、キアラ様にも見応えがあると思いますよ」
「……ただの阿呆どもであろう」
ミオとシアが教えてくれたあとに、エルヴァがぼそりとつぶやく。何か話したいことがあるのかと思ったものの、そのあとが続かなかったから、興味は薄いらしい。
「ミオ、シア、ユクガ様とルガート様の試合が始まる前に、私に試合の見方を教えてくださいませんか」
「承知しました、キアラ様」
細かいところは、すぐ忘れてしまうような気もするけれど。
だって、真剣な顔で何かをしているユクガは、キアラの知っている中で一番格好よくて、心がそれでいっぱいになってしまうのだ。
周りの兵士たちが優しく道を空けてくれたので、試合を始める前のユクガにおずおずと近づいて、声をかける。
「……ユクガ様、お怪我をなさらないでくださいませ」
「……ああ」
約束する、と口づけを落としてもらって、キアラはふに、と微笑んだ。
「……ルガートに勝ったら」
一度そこで言葉を切って、ユクガがキアラの頬を撫でる。大きくてごつごつしている手にそっと頬を寄せると、ユクガも小さく笑みを見せてくれた。
「改めてお前に伝えたいことがある」
「では、教えてくださるのを楽しみにしております」
「ああ」
もう一度キアラに口づけて、ユクガが四角に区切られた場所に向かうのをキアラはにこにこと送り出した。
きっと、今日はユクガが勝ってくれるだろう。
147
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(2件)
あなたにおすすめの小説
追放された『呪物鑑定』持ちの公爵令息、魔王の呪いを解いたら執着溺愛ルートに入りました
水凪しおん
BL
「お前のそのスキルは不吉だ」
身に覚えのない罪を着せられ、聖女リリアンナによって国を追放された公爵令息カイル。
死を覚悟して彷徨い込んだ魔の森で、彼は呪いに蝕まれ孤独に生きる魔王レイルと出会う。
カイルの持つ『呪物鑑定』スキル――それは、魔王を救う唯一の鍵だった。
「カイル、お前は我の光だ。もう二度と離さない」
献身的に尽くすカイルに、冷徹だった魔王の心は溶かされ、やがて執着にも似た溺愛へと変わっていく。
これは、全てを奪われた青年が魔王を救い、世界一幸せになる逆転と愛の物語。
最強で美人なお飾り嫁(♂)は無自覚に無双する
竜鳴躍
BL
ミリオン=フィッシュ(旧姓:バード)はフィッシュ伯爵家のお飾り嫁で、オメガだけど冴えない男の子。と、いうことになっている。だが実家の義母さえ知らない。夫も知らない。彼が陛下から信頼も厚い美貌の勇者であることを。
幼い頃に死別した両親。乗っ取られた家。幼馴染の王子様と彼を狙う従妹。
白い結婚で離縁を狙いながら、実は転生者の主人公は今日も勇者稼業で自分のお財布を豊かにしています。
【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
* ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。
BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
本編完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
きーちゃんと皆の動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら!
本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
精霊の加護が存在するしっかりした世界観と登場人物の丁寧な描写にするすると最新話まで読んでしまいました!宮殿編に入って登場人物が増え、すべてを魅了するかのようなキアラとキアラを取り巻く人間関係にワクワクしています。
aka様
読んでくださってありがとうございます。
最新話まで追いついてくださったとのことで…長くて大変じゃなかったでしょうか…💦
でもするする読めたと言ってくださってとても嬉しいです。ありがとうございます☺️
宮殿編は登場人物それぞれの思惑があり、キアラが気づいたり気づかなかったりと、もどかしいところもあるかもしれないのですが、この先も楽しんでいただけたら幸いです(*'ω'*人
草原のお話とても好きです。
13話、体調不良のエピソードに一瞬不穏になりましたが、慶事と判明して良かった……となりました。
無垢受けちゃんの破壊力が相変わらず半端ないですが、このあとも楽しみに拝読します!
T_Tectorum様
読んでくださってありがとうございます。BLじゃなくてただのファンタジーになってないか…? と悩んでいた部分もあったのですが、楽しんでいただけているようで安心しました…!
慶事に関しては、この面々で気づきそうなの誰もいないな…と思ってあのようになりました。不穏にしようとしたわけではなかったんです…(;OvO)
この先も一生懸命彼らの物語を紡ぎたいと思っております! ゆっくりお付き合いいただけたら嬉しいです