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前編
10.信じられる、信じられない
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レーネは北の砦の筆頭魔術師という肩書だが、レーネのいる小隊の隊長はオルランドだ。だからレーネはオルランドの命令には従うし、何か隊として判断を下す場面があったなら、オルランドの決定を優先する。
そのオルランドの上官が誰かといえば、北の砦の場合は、砦の最高責任者そのものになる。オルランドは小隊を率いてこそいるが、実際には各小隊をまとめる立場の、さらに上の階級に位置するらしい。
レーネはそのあたりの細かいことを覚えておくのが苦手なので、とりあえずオルランドが上司とだけ理解している。そこに筆頭魔術師という立場が絡んでいて扱いにくい人物だろうと思うのだが、オルランドは嫌な顔一つしないから好きだ。
「おう、来たか」
「……すごく待ち構えられてた感じがして嫌だ」
それに対して、北の砦の最高責任者のイダンのことは、すごく苦手だ。騎士たちには人気があるし、いい人なのはわかっているが。
「相変わらずつれねぇなぁ」
魔術師たちは、あまり組織立って動くことはない。それぞれ小隊に入ったりある程度の役職はあったりするが、自立的に、個々で動くことがほとんどだ。筆頭魔術師としてレーネが全員に号令をかけることもないではないが、年に数回あるかないかのレベルでしかない。
一方騎士たちは、士官学校時代から上下関係がきっちり決まっている。隊長の命令順守、先輩の手を煩わせないよう先回り、上官の前ではだらしない姿などしない、などといった、レーネたち魔術師は首を傾げてしまうような、不思議なルールをいくつも持っている。
それに従ってぴしっと直立の姿勢を保っているオルランドも不思議だが、イダンはさらに不可解だ。この砦の中ではイダン以上の階級の騎士がいないからかもしれないが、基本的に姿勢は悪いし人をからかうような物言いが多い。今だって、レーネを見ながらにやにや笑っている。
その視線にさらされたくなくて、レーネはすっとオルランドの背中に隠れた。
「おい、話がしにくいだろ」
「……魔物の暴走の原因について、調べたんだけど」
イダンのにやにや笑いが収まって、椅子に座り直す。真面目に話を聞いてくれる気になったらしい。
「ユッダ山脈の向こう側で、ギガント二体が争ってる。被害を避けるために魔物が避難してるのが実態だと思う」
少し考え込むようにイダンが顎を撫でて、それからまたレーネに目を向けてきた。あまり関与したくないのだが、やはり対策まで期待されているらしい。
「……争っている原因は不明、超大型種二体の討伐は現実的じゃない。できるとしたら、どこかもっと遠くに誘導する……くらいだと思うけど」
「わかった。何日保たせりゃいい」
そういうところだ。どうやって調べたかなど、レーネはほとんど何も説明していない。なのに、レーネの持ってきた情報を疑うこともなく、何か打つ手を考えていると無条件に信じてくれる。確証もないのに信頼を寄せてきて、レーネ自身も実現可能性を疑っている作戦を、あっさり支持してくる。
イダンの期待が怖くて、苦手だ。
「……君、本当にうまくいくと思ってるのかい」
オルランドを盾にしたままぽそりと聞くと、イダンがまた豪快な笑みを浮かべる。
「レーネ、オメーは俺のできねぇことができるすげぇやつだ。そんなやつに見合う男になろうと思ったら、自分のできること全力でやるしかねぇだろ」
「……でも、失敗するかもしれないし……」
「そんときゃ別の方法でやり直しゃいい。俺でもわかるぞ、それくらい」
言い方に虚を突かれて、レーネはぱちぱちと瞬きをくり返した。それから込み上げてきた笑いのまま、オルランドの後ろでくつくつと喉を鳴らす。
本当に、イダンは苦手だ。
でも、気兼ねしなくてよくて、大ざっぱなようでいて責任感はちゃんとある。
「……十日はほしい。あとオルランド隊は連れていかせて」
「わかった。つーわけだオルランド、行ってこい」
「……了解しました」
大ざっぱな指示に几帳面な返事をして、オルランドがレーネに肩越しの視線を向けてくる。何が起きているのか説明しろの顔だ。ひとまずぽんぽんとオルランドの背中を叩いて促し、レーネは本部を後にした。
オルランドに隠すようなことはないが、開発途中の魔法について誰かに聞かれるのはよくない。魔法の解除の仕方も構築できていないし、魔物に意識を憑依できると知ったら悪用される可能性だってある。道中でももの言いたげなオルランドを困った笑顔でなだめすかして、元の救護テントから残りの六人も連れ出す。まだすべては話せないが、短くて十日間、長ければもう少しかかる遠征の準備はしてもらう必要があるから、その説明はしないといけない。
前線から少し離れ、砦に近い場所で輪になった面々にどう説明したものか、まずは謝ったほうがいいだろうか。
「えっと……ごめんみんな、遠征に巻き込んだ」
ただ、返ってきたのが思っていた反応と違う。いつもの三人は納得というかそんなに困っていなさそうだが、新人四人がきょとんとした顔をしている。
もっと怒られたり文句を言われたりするものだと思っていたのだが、もしかして話が通じていないのかもしれない。謝罪から入るのは間違っていたようだ。
「レーネ、何日くらいかかるんだ?」
「最短十日のつもり」
どうやって話したらいいのか、焦って言葉を探しているとモリスに聞かれて、それは簡単な話だったからすぐに回答する。しかしそれ以上の説明を求められることはなくて、ある程度準備がいると冷静に砦へ入っていこうとする三人に戸惑ってしまった。どうして遠征することになったのか、巻き込んだのはなぜなのか、もっと話したほうがいいはずなのに、彼らにこれ以上の言葉を求めている様子がない。
新人四人と一緒にぽかんと取り残されていたら、サンサがレーネたちを振り返って苦笑した。
「レーネくん、君があとでちゃんと説明してくれるって、僕らはわかってるから。ほら、君たちも早く遠征の支度しに戻らないと」
その言葉で新人たちも動き出して、それぞれの部屋割りの相手のもとに駆けていく。彼らも疑問だらけだろうに、サンサの言葉だけで納得できたのだろうか。
呆けていた背中にそっと何かが触れて、レーネは勢いよく振り返った。ティノールトの空色の目が、静かにレーネを見下ろしている。
「俺たちも部屋に戻りましょう」
ティノールトも気にならないのだろうか。あとで説明する、なんて言われたところで、本当に教えてくれるのかどうかわからないのに。
ぽやんと見上げているのをどう思ったのか、ティノールトがひょいとレーネを抱き上げた。
「ティノールトくん……!?」
「お疲れなら俺が運びます」
確かにたくさん魔法を使ったし、開発途上の魔法を使って怖い思いはしたし、疲れはある。だが自分の足で歩けないほどではない。小さな子どもでもないのに、レーネがそう何度も抱っこされるというのはおかしな話だろう。
しかしレーネの困惑が伝わるはずもなく、重たげな様子をすることもないまま軽々とティノールトが歩いていく。
「ティノールトくん」
ほぼすべての騎士と魔術師が魔物の撃退に出払っているから、廊下に人影はない。念のため魔法で辺りを探ったが、近くの部屋にも誰もいない。
「はい」
「…… stop」
ぴたりとティノールトの足が止まって、じっとレーネを見つめてくる。本当はCommandを使うようなことではないし、了解も得ずCommandを使ったのは悪いような気もするが、他に彼を止める方法が思いつかなかったのだ。
おそるおそる手を伸ばしてティノールトの頬を撫で、従順にCommandに従ってくれたことを褒める。それから下ろしてくれるようにお願いして、Kneelの姿勢。
「 Good boy、ティノールトくん」
何度も撫でて、突然Commandを使われて感じただろう不安を和らげる。それに関してはもちろんレーネが悪い。
ただ、撫でられることには嬉しそうな様子を見せてくれるものの、ティノールトは眉尻を下げている。気分を害したかもしれない。
「……嫌、でしたか」
「嫌じゃない。君が僕を助けようと思ってやってくれたことは、わかってる」
彼なりの思いやりなのはわかっている。レーネが混乱して動けなくなっていたのは確かだし、疲れていなかった、とは言えない。
嫌だったというよりも、レーネがその厚意に甘んじるのをよしとできなかっただけだ。
疑似的なPlayはおしまい、と差し出した手でティノールトを引っ張り、立ち上がる手助けをしようとしたつもりが後ろにたたらを踏むという情けなさは披露してしまったものの、レーネは一応ティノールトより年上である。
きちんとできることは示しておきたいし、ティノールトが頼れるような相手でありたい。
「助けてくれてありがとう、ティノールトくん。ちゃんと僕も、君のこと守るから」
「……はい」
今の場面で、守るという言葉はおかしかった気がする。助けるとか頼れるようになるとか、他にもっと適切な何かがあったはずだ。しかしティノールトに違和感はなさそうで、レーネに返事をしたときも、少し嬉しそうに見えた。
どうにも落ちつかない妙な感じに首を傾げ、考えても答えは出ないだろうと首を振る。
遠征の準備が先決だ。
そのオルランドの上官が誰かといえば、北の砦の場合は、砦の最高責任者そのものになる。オルランドは小隊を率いてこそいるが、実際には各小隊をまとめる立場の、さらに上の階級に位置するらしい。
レーネはそのあたりの細かいことを覚えておくのが苦手なので、とりあえずオルランドが上司とだけ理解している。そこに筆頭魔術師という立場が絡んでいて扱いにくい人物だろうと思うのだが、オルランドは嫌な顔一つしないから好きだ。
「おう、来たか」
「……すごく待ち構えられてた感じがして嫌だ」
それに対して、北の砦の最高責任者のイダンのことは、すごく苦手だ。騎士たちには人気があるし、いい人なのはわかっているが。
「相変わらずつれねぇなぁ」
魔術師たちは、あまり組織立って動くことはない。それぞれ小隊に入ったりある程度の役職はあったりするが、自立的に、個々で動くことがほとんどだ。筆頭魔術師としてレーネが全員に号令をかけることもないではないが、年に数回あるかないかのレベルでしかない。
一方騎士たちは、士官学校時代から上下関係がきっちり決まっている。隊長の命令順守、先輩の手を煩わせないよう先回り、上官の前ではだらしない姿などしない、などといった、レーネたち魔術師は首を傾げてしまうような、不思議なルールをいくつも持っている。
それに従ってぴしっと直立の姿勢を保っているオルランドも不思議だが、イダンはさらに不可解だ。この砦の中ではイダン以上の階級の騎士がいないからかもしれないが、基本的に姿勢は悪いし人をからかうような物言いが多い。今だって、レーネを見ながらにやにや笑っている。
その視線にさらされたくなくて、レーネはすっとオルランドの背中に隠れた。
「おい、話がしにくいだろ」
「……魔物の暴走の原因について、調べたんだけど」
イダンのにやにや笑いが収まって、椅子に座り直す。真面目に話を聞いてくれる気になったらしい。
「ユッダ山脈の向こう側で、ギガント二体が争ってる。被害を避けるために魔物が避難してるのが実態だと思う」
少し考え込むようにイダンが顎を撫でて、それからまたレーネに目を向けてきた。あまり関与したくないのだが、やはり対策まで期待されているらしい。
「……争っている原因は不明、超大型種二体の討伐は現実的じゃない。できるとしたら、どこかもっと遠くに誘導する……くらいだと思うけど」
「わかった。何日保たせりゃいい」
そういうところだ。どうやって調べたかなど、レーネはほとんど何も説明していない。なのに、レーネの持ってきた情報を疑うこともなく、何か打つ手を考えていると無条件に信じてくれる。確証もないのに信頼を寄せてきて、レーネ自身も実現可能性を疑っている作戦を、あっさり支持してくる。
イダンの期待が怖くて、苦手だ。
「……君、本当にうまくいくと思ってるのかい」
オルランドを盾にしたままぽそりと聞くと、イダンがまた豪快な笑みを浮かべる。
「レーネ、オメーは俺のできねぇことができるすげぇやつだ。そんなやつに見合う男になろうと思ったら、自分のできること全力でやるしかねぇだろ」
「……でも、失敗するかもしれないし……」
「そんときゃ別の方法でやり直しゃいい。俺でもわかるぞ、それくらい」
言い方に虚を突かれて、レーネはぱちぱちと瞬きをくり返した。それから込み上げてきた笑いのまま、オルランドの後ろでくつくつと喉を鳴らす。
本当に、イダンは苦手だ。
でも、気兼ねしなくてよくて、大ざっぱなようでいて責任感はちゃんとある。
「……十日はほしい。あとオルランド隊は連れていかせて」
「わかった。つーわけだオルランド、行ってこい」
「……了解しました」
大ざっぱな指示に几帳面な返事をして、オルランドがレーネに肩越しの視線を向けてくる。何が起きているのか説明しろの顔だ。ひとまずぽんぽんとオルランドの背中を叩いて促し、レーネは本部を後にした。
オルランドに隠すようなことはないが、開発途中の魔法について誰かに聞かれるのはよくない。魔法の解除の仕方も構築できていないし、魔物に意識を憑依できると知ったら悪用される可能性だってある。道中でももの言いたげなオルランドを困った笑顔でなだめすかして、元の救護テントから残りの六人も連れ出す。まだすべては話せないが、短くて十日間、長ければもう少しかかる遠征の準備はしてもらう必要があるから、その説明はしないといけない。
前線から少し離れ、砦に近い場所で輪になった面々にどう説明したものか、まずは謝ったほうがいいだろうか。
「えっと……ごめんみんな、遠征に巻き込んだ」
ただ、返ってきたのが思っていた反応と違う。いつもの三人は納得というかそんなに困っていなさそうだが、新人四人がきょとんとした顔をしている。
もっと怒られたり文句を言われたりするものだと思っていたのだが、もしかして話が通じていないのかもしれない。謝罪から入るのは間違っていたようだ。
「レーネ、何日くらいかかるんだ?」
「最短十日のつもり」
どうやって話したらいいのか、焦って言葉を探しているとモリスに聞かれて、それは簡単な話だったからすぐに回答する。しかしそれ以上の説明を求められることはなくて、ある程度準備がいると冷静に砦へ入っていこうとする三人に戸惑ってしまった。どうして遠征することになったのか、巻き込んだのはなぜなのか、もっと話したほうがいいはずなのに、彼らにこれ以上の言葉を求めている様子がない。
新人四人と一緒にぽかんと取り残されていたら、サンサがレーネたちを振り返って苦笑した。
「レーネくん、君があとでちゃんと説明してくれるって、僕らはわかってるから。ほら、君たちも早く遠征の支度しに戻らないと」
その言葉で新人たちも動き出して、それぞれの部屋割りの相手のもとに駆けていく。彼らも疑問だらけだろうに、サンサの言葉だけで納得できたのだろうか。
呆けていた背中にそっと何かが触れて、レーネは勢いよく振り返った。ティノールトの空色の目が、静かにレーネを見下ろしている。
「俺たちも部屋に戻りましょう」
ティノールトも気にならないのだろうか。あとで説明する、なんて言われたところで、本当に教えてくれるのかどうかわからないのに。
ぽやんと見上げているのをどう思ったのか、ティノールトがひょいとレーネを抱き上げた。
「ティノールトくん……!?」
「お疲れなら俺が運びます」
確かにたくさん魔法を使ったし、開発途上の魔法を使って怖い思いはしたし、疲れはある。だが自分の足で歩けないほどではない。小さな子どもでもないのに、レーネがそう何度も抱っこされるというのはおかしな話だろう。
しかしレーネの困惑が伝わるはずもなく、重たげな様子をすることもないまま軽々とティノールトが歩いていく。
「ティノールトくん」
ほぼすべての騎士と魔術師が魔物の撃退に出払っているから、廊下に人影はない。念のため魔法で辺りを探ったが、近くの部屋にも誰もいない。
「はい」
「…… stop」
ぴたりとティノールトの足が止まって、じっとレーネを見つめてくる。本当はCommandを使うようなことではないし、了解も得ずCommandを使ったのは悪いような気もするが、他に彼を止める方法が思いつかなかったのだ。
おそるおそる手を伸ばしてティノールトの頬を撫で、従順にCommandに従ってくれたことを褒める。それから下ろしてくれるようにお願いして、Kneelの姿勢。
「 Good boy、ティノールトくん」
何度も撫でて、突然Commandを使われて感じただろう不安を和らげる。それに関してはもちろんレーネが悪い。
ただ、撫でられることには嬉しそうな様子を見せてくれるものの、ティノールトは眉尻を下げている。気分を害したかもしれない。
「……嫌、でしたか」
「嫌じゃない。君が僕を助けようと思ってやってくれたことは、わかってる」
彼なりの思いやりなのはわかっている。レーネが混乱して動けなくなっていたのは確かだし、疲れていなかった、とは言えない。
嫌だったというよりも、レーネがその厚意に甘んじるのをよしとできなかっただけだ。
疑似的なPlayはおしまい、と差し出した手でティノールトを引っ張り、立ち上がる手助けをしようとしたつもりが後ろにたたらを踏むという情けなさは披露してしまったものの、レーネは一応ティノールトより年上である。
きちんとできることは示しておきたいし、ティノールトが頼れるような相手でありたい。
「助けてくれてありがとう、ティノールトくん。ちゃんと僕も、君のこと守るから」
「……はい」
今の場面で、守るという言葉はおかしかった気がする。助けるとか頼れるようになるとか、他にもっと適切な何かがあったはずだ。しかしティノールトに違和感はなさそうで、レーネに返事をしたときも、少し嬉しそうに見えた。
どうにも落ちつかない妙な感じに首を傾げ、考えても答えは出ないだろうと首を振る。
遠征の準備が先決だ。
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