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滑り丘とホタル川
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この町は田や畑が広がる農業地帯と、人が多く住む住宅街とに大きく分かれている。
俺の家や野崎さんの家はこの広い農業地帯の中にある。
なので、お隣同士と言ってもそれぞれポツンと存在する距離の離れた家だったりする。
「この町の遊びスポットを教えてあげます」
と鼻息を荒くした女の子三人組に連れられた俺とレムネアは、まずは美津音ちゃんを先頭にして農業地帯外れのこの丘にやってきたのだ。
「まずはここ……です。滑り丘」
美津音ちゃんに案内されたのは、足元に短い草が生え散らかしたちょっとした丘だ。
丘上に立つと田園風景を景色よく眺めることができた。
もちろん俺がいま耕している休耕地も確認できる。
ここは本当に畑も田んぼも多い。遠目でもナスやトマトが生ってる畑がわかる。
お、あそこでは苗の植え付けをしているな。時期的にキャベツ辺りかな? みんな凄いや。この町には先輩方がいっぱいだ。
「……俺も早くああいう風に」
「? なにか仰りましたか、ケースケさま」
「いや、なんでも」
俺はレムネアに苦笑で答えながら、改めて眼下の景色を見渡した。
遠い山の線に囲まれた緑広がる光景は、都会住みの長かった俺にとっては心洗われるものだった。
「にしても空気がウマイな、景色も絶景で言うことなし」
「えー、なに言ってるのケースケお兄さん。こんな面白みのない景色ぃ」
ショートカットが如何にも元気そうなリッコは、眉をひそめてこちらを見た。
とても不満げだ、どこを見ているとでも言いたそう。
「え、そうなのか? じゃあ、この丘に上らせてなにを見せたかったんだよ」
「見せたかったものなんてないよ。ねぇミッツン?」
「はい……です。言いましたよねケースケお兄さん、ここは『滑り丘』」
そう言ってごそごそと、女の子三人組は丘の上に放置してあった薄い板をそれぞれ手に取った。
「ああ、わかりました」
ポンと手を叩いてレムネアが笑う。
彼女もそこに落ちていた板を拾って俺に見せつけてくる。
「お、わかった? レムネアお姉ちゃんは理解が早い!」
「さすがお姉さん……」
なんのこった。俺は全然わからねー。
よほどハテナ顔をしてしまっていたのだろう、レムネアが少しドヤ顔をしながら板を丘の上に置き直して。
「ふふ。これはたぶん、こうやって使うんですよケースケさま」
ちょこん、と板の上に座り込んだ。
え? なにそれ?
「はっ!」
と気合の声を入れると、下りの斜面を板に乗って滑り出す。
――ざざざざざ!
20メートルほど続くそのなだらかな斜面を、レムネアは一気に滑りおりた。
「続けー!」
「続き、ます」
リッコの声で、美津音ちゃんが滑り出す。
それを確認したのちにリッコ自身も美津音ちゃんを追い掛けるように続いた。
「キャッハー!」
楽しそうに斜面を滑っていく二人。
二人もあっという間に滑り終え、下でレムネアと合流する。
三人は手をパンと合わせあって、キャッキャとはしゃいだ。
「ケースケさまたちも、お早くー!」
レムネアがこっちに向かって手を振った。
俺も? 俺もこれやるの?
逡巡していると、隣に立っていた女の子――たしか「なぎさちゃん」が、ニッコリ笑って俺の足元に板を置いてくる。
「子供の遊びです。でもお付き合いして貰えるなら、これを使ってくださいな」
ニッコリ。
あ、これ断れないやつだ。俺は頬を引きつらせながら板に座った。
「……お手柔らかに」
「いきますよ」
慣れない俺への気遣いだろうか。
なぎさちゃんが俺の背を押してくれた。途端。
――頬を風が切る。
草の上に置いた板は、思いのほか斜面をスムーズに滑っていく。
外から見てるよりもこれ、スピード感があるな。
ざざざざざ、と。
草の上を滑る音。
ひゅおおおお、と。
下りながら風を切る音。
なんだか坂の下で皆が声を掛けてきている気もするが、耳にはその二つしか届かない。 外界から遮断された俺は今、風の中にいる。
「……うはっ」
声が出た。
気持ちいい。
案外板の上でバランスを取る必要があって、気持ちいいだけじゃなく楽しくもあった。
すごいな。子供の遊び、凄い。
めっちゃ楽しい。
小さな頃、じいちゃんの家に遊びに来ていた頃を思い出してしまい、懐かしい気持ちになった。
この遊びはしたことなかったが、地元の子と結構ワイルドに遊んでたっけな。
「どうでしたか、お兄さん」
下にたどり着くと、まっさきに美津音ちゃんが訊ねてくる。
「気持ちよかった。思ってたより断然楽しい」
「よかった……です」
ニコっと微笑む美津音ちゃん。
その後、俺たちはしばらく丘滑りをして遊んだ。
どうやら三人の中で一番運動神経がいいらしいリッコは、板の上に立って、まるでスケボーでもするように坂を駆け下りたりもしていた。
中学生時分て、めっちゃ運動神経発達してるからな。
大人になるといくら仕事で身体を動かしていても、学校体育の授業みたいな身体の動かし方はしなくなるんで動きは鈍くなる。
少なくとも俺は、真似しようとして転んだものだ。
「もうちょっと腰を下げないとダメですよ、ケースケさま」
「いかにも自分は出来そうなことを言うじゃないか、レムネア」
「これくらいできますとも。冒険者を舐めないでください」
そう言って、レムネアは見事に立ちすべりを決める。
「やるじゃんおねーちゃん! 凄い運動神経、私よりうまいかも!」
「むふん。どうですケースケさま、私でよろしければコーチ致しますが」
こいつ! ちょっとドヤ顔だ!
ちくしょう、やるな冒険者。なんか悔しいじゃないか。
「いや、俺は一人で……」
「なに言ってるんですか、お兄さん。お嫁さん相手にそんな意地張ったら恥ずかしいですよ?」
「そうだよかっこわるー」
断ろうとしたが、ナギサとリッコの女子中学生ズが俺の背中を押してレムネアにくっつけようとする。
やめろ、それに嫁じゃないし!
「やってみましょう、ケースケさま」
「むう。……じゃあ、うん」
結局レムネアに教わること三十分ほど。
どうにか俺も立ちすべりができるようになった。レムネアと横に並んで丘から滑り降りる俺。
「おにーさんもうまくなったね、やるやるぅ!」
「凄い……です、お兄さん」
「レムネアさんの教え方がよかったのですねぇ」
三人組が褒めてくれた。悪い気分はしない。よしよし大人としての面目躍如。
子供の遊びと侮るなかれだな。案外奥が深い、やったぜヒュー!
「楽しいですね、ケースケさま!」
「んー。……まあ、つまらなくはない」
心の中でハシャいでしまったことを悟られまいと、少し不愛想に答えてしまった俺なのだが。
「ふふふ」
「なにがおかしいんだよレムネア」
「いえ。ケースケさまも素直じゃないときがあるんだな、って」
バレバレだったようだ。ちぇっ。
◇◆◇◆
やがてひと段落した俺たちは次の場所に向かった。
それがここの川だ。
少し流れのある小さな川で、山から続いているそうな。
たしかこの辺は、ここから田畑への水を引いているんだったかな?
ここが私の推し、と胸を張ったリッコが説明してくれた。
「ここはホタル川っていうの」
「ここに来るなら釣り竿持ってきたかったかも」
「大丈夫だよナギサ、釣り竿なくても」
と、リッコが河原にあった大きな石を抱え込む。
中学生の女の子が抱え込むくらいには大きな石だ。ちょっと危なくないか?
そう思い止めようとしたのだが、俺よりも先にナギサが眉をひそめていた。
「もう、なに言ってるのリッコ。ダメだよ石打ちは禁止されてるでしょ?」
「ちょっとだけ、ちょっとだけだから」
「ダメ! 少なくとも私が見てる前ではダメ!」
ナギサに怒られたらしいリッコは、渋々の面で抱えた石を下ろした。
「……なんの話? ナギサちゃん」
「リッコがやろうとしていたのは石打漁と言って――」
へえ。
川の石に大きな石をぶつけて、その衝撃波で石の傍に隠れている魚を気絶させて獲る方法らしい。
そんなことができるんだ。さすが地元っ子、詳しいな感心してしまう。
「でもこの川では禁止されているんです。危ないし、魚を無差別に獲ることになっちゃうから」
そういうものなんだ。
俺はジトっとした目でリッコを見た。
「ダメだろ、禁止されてることをやろうとしちゃ」
「えへへ」
「笑って誤魔化そうとしてもダメだぞ、そういうのはしっかりしておかないと」
「そうだよリッコ。大人なお兄さんが管理責任を問われちゃうんだから」
そうそう。
「そんなことになったら、ただでさえ町に馴染めていないボッチなお兄さんを、さらに馴染めない状態にしちゃうよ?」
ん? ナギサちゃん?
ちょっとキビシイこと言ってない?
「あー」
あー、じゃないよリッコ。
なに納得してやがんだ。確かに俺はまだ、町に馴染みきれてないけどさ!
「ごめんね、お兄さん。私が悪かった」
「同情的な目で見んなよ!」
文句を言ってみるも笑われるだけだった。
まあいいけどな、好意的に接してもらえてることは伝わるから。
リッコが特別に人懐っこいのか、この時分の中学生はこんなものなのか。
それはわからないけど、距離を取られていないのは悪い気がしない。
「魚獲りはダメかー。ちぇー、それならせめて夜に連れてくればよかったな」
「夜は……ホタル綺麗、お姉ちゃんに……絶対合う」
「だよねミッツン。見たかったー、レムネアお姉さんとホタルの綺麗コラボ!」
――ホタル?
そうか、だからホタル川なんだ。
「ホタルいるんだここ」
「そうですよお兄さん、今の時期なら夜になるとそれはそれは綺麗なものです」
返事をしてくれたのはナギサだった。まあ今は明るいのですが、と締めくくった彼女は、ちょっと残念そうな顔をする。
俺の横にいたレムネアが俺のシャツを引っ張ってきた。
「ケースケさま、ホタルとはいったい」
「夜になると淡い光を放つ虫だよ」
「なんと! 夜光甲殻!」
急にレムネアは腰を落とし。
「この世界には魔物が居ないと仰ってましたが、やはり居るのではないですか!」
どこからともなく取り出した杖を構えて身構えた。
いや、どんな虫を想像しているんだ?
俺は彼女に、その虫が一センチ程度の大きさでしかなく害はないものだと伝える。
「あ、そうなのですか? ……そうですか、一メートルを超える夜光甲殻の類ではなかったのですね」
「どんな虫だよ、こわいトコだなぁ」
思わず苦笑してしまったが、レムネアにとっては笑いごとではないのだろう。笑うでもなく、ホッとした様子で杖をどこかへと消し去った。
と、目を丸くしている美津音ちゃんと目が合う。
ああそうか、杖の出たり消えたりを認識しちゃったな?
俺は、シー、と黙っててジェスチャーをして、美津音ちゃんに片目を瞑ってみせた。
コクコク、と真剣な顔をして頷く彼女は、きっと真面目な子だ。ちゃんと俺たちの秘密を守ろうとしてくれているに違いない。
「……確かにレムネアさんとホタルのコラボは夢のようかも」
レムネアを見てナギサが一人で頷く。
リッコとナギサは、俺たちのちょっと変な挙動を気にした風もなく川を見ながら。
「ざーんねん、まだ夜は遠い」
「そうね……。レムネアさんにホタルを見せたかったかも」
二人で肩を落とす。
そんな彼女たちに、レムネアが笑ってみせた。
「また今度一緒に来ましょう! この場所は逃げません」
と俺の方を見る。
「私もケースケさまもこの町に住むことになったんです、機会はまたありますよ。ね、ケースケさま?」
「そうだな、またいつでもこれるさ」
俺が笑いながら言うと、美津音ちゃんがこちらを見た。
「本当……ですか? 今度また……一緒に、ここへ」
「ああ。みんなで飲み物とお菓子でも持って、夜のホタルを見学しにこよう」
「やった! 約束だよおにーさん!」
「言質取りましたからね、忘れたは通用しませんから」
リッコとナギサが被せ気味に声を上げた。
それくらいは全然付き合うよ、俺もホタルみたいし。
苦笑しながらそう答える。
「念のために……装備を整えてきましょう。夜なら魔物が出る可能性もゼロでは――」
「ゼロだから。装備要らないから」
さりげに真顔なレムネアに、俺も真顔で答えたのだった。
俺たちはこうして、川を眺めつつ少し水辺で遊び、ホタル川を満喫した。
そして最後の場所。ナギサが推すスポットへと行くことになった。
そこはこの小さな町の外れにある住宅街だった。
普通の宅地に混ざって、小さな雑貨屋や飲み屋を兼ねた食事処がポツンポツンとある通りがある。都会に慣れている身だと規模が小さすぎてピンとこないのだが、たぶんここが町のメインストリートなのだろう。
ナギサが俺たちを案内したのは、そんな通りの一角にある小さな駄菓子屋だった。
あれ……と俺が思ったのは、なんとなくその店構えに見覚えがある気がしたからだ。
「ここは?」
「私たちの本拠地、『文具駄菓子ゲームの店・伊勢屋』です、ケースケお兄さん」
「イセ……?」
そうだ。俺はここに来たことがあるぞ。
と、小さな頃じいちゃんの家に遊びにきたときのことを思い出したのだった。
俺の家や野崎さんの家はこの広い農業地帯の中にある。
なので、お隣同士と言ってもそれぞれポツンと存在する距離の離れた家だったりする。
「この町の遊びスポットを教えてあげます」
と鼻息を荒くした女の子三人組に連れられた俺とレムネアは、まずは美津音ちゃんを先頭にして農業地帯外れのこの丘にやってきたのだ。
「まずはここ……です。滑り丘」
美津音ちゃんに案内されたのは、足元に短い草が生え散らかしたちょっとした丘だ。
丘上に立つと田園風景を景色よく眺めることができた。
もちろん俺がいま耕している休耕地も確認できる。
ここは本当に畑も田んぼも多い。遠目でもナスやトマトが生ってる畑がわかる。
お、あそこでは苗の植え付けをしているな。時期的にキャベツ辺りかな? みんな凄いや。この町には先輩方がいっぱいだ。
「……俺も早くああいう風に」
「? なにか仰りましたか、ケースケさま」
「いや、なんでも」
俺はレムネアに苦笑で答えながら、改めて眼下の景色を見渡した。
遠い山の線に囲まれた緑広がる光景は、都会住みの長かった俺にとっては心洗われるものだった。
「にしても空気がウマイな、景色も絶景で言うことなし」
「えー、なに言ってるのケースケお兄さん。こんな面白みのない景色ぃ」
ショートカットが如何にも元気そうなリッコは、眉をひそめてこちらを見た。
とても不満げだ、どこを見ているとでも言いたそう。
「え、そうなのか? じゃあ、この丘に上らせてなにを見せたかったんだよ」
「見せたかったものなんてないよ。ねぇミッツン?」
「はい……です。言いましたよねケースケお兄さん、ここは『滑り丘』」
そう言ってごそごそと、女の子三人組は丘の上に放置してあった薄い板をそれぞれ手に取った。
「ああ、わかりました」
ポンと手を叩いてレムネアが笑う。
彼女もそこに落ちていた板を拾って俺に見せつけてくる。
「お、わかった? レムネアお姉ちゃんは理解が早い!」
「さすがお姉さん……」
なんのこった。俺は全然わからねー。
よほどハテナ顔をしてしまっていたのだろう、レムネアが少しドヤ顔をしながら板を丘の上に置き直して。
「ふふ。これはたぶん、こうやって使うんですよケースケさま」
ちょこん、と板の上に座り込んだ。
え? なにそれ?
「はっ!」
と気合の声を入れると、下りの斜面を板に乗って滑り出す。
――ざざざざざ!
20メートルほど続くそのなだらかな斜面を、レムネアは一気に滑りおりた。
「続けー!」
「続き、ます」
リッコの声で、美津音ちゃんが滑り出す。
それを確認したのちにリッコ自身も美津音ちゃんを追い掛けるように続いた。
「キャッハー!」
楽しそうに斜面を滑っていく二人。
二人もあっという間に滑り終え、下でレムネアと合流する。
三人は手をパンと合わせあって、キャッキャとはしゃいだ。
「ケースケさまたちも、お早くー!」
レムネアがこっちに向かって手を振った。
俺も? 俺もこれやるの?
逡巡していると、隣に立っていた女の子――たしか「なぎさちゃん」が、ニッコリ笑って俺の足元に板を置いてくる。
「子供の遊びです。でもお付き合いして貰えるなら、これを使ってくださいな」
ニッコリ。
あ、これ断れないやつだ。俺は頬を引きつらせながら板に座った。
「……お手柔らかに」
「いきますよ」
慣れない俺への気遣いだろうか。
なぎさちゃんが俺の背を押してくれた。途端。
――頬を風が切る。
草の上に置いた板は、思いのほか斜面をスムーズに滑っていく。
外から見てるよりもこれ、スピード感があるな。
ざざざざざ、と。
草の上を滑る音。
ひゅおおおお、と。
下りながら風を切る音。
なんだか坂の下で皆が声を掛けてきている気もするが、耳にはその二つしか届かない。 外界から遮断された俺は今、風の中にいる。
「……うはっ」
声が出た。
気持ちいい。
案外板の上でバランスを取る必要があって、気持ちいいだけじゃなく楽しくもあった。
すごいな。子供の遊び、凄い。
めっちゃ楽しい。
小さな頃、じいちゃんの家に遊びに来ていた頃を思い出してしまい、懐かしい気持ちになった。
この遊びはしたことなかったが、地元の子と結構ワイルドに遊んでたっけな。
「どうでしたか、お兄さん」
下にたどり着くと、まっさきに美津音ちゃんが訊ねてくる。
「気持ちよかった。思ってたより断然楽しい」
「よかった……です」
ニコっと微笑む美津音ちゃん。
その後、俺たちはしばらく丘滑りをして遊んだ。
どうやら三人の中で一番運動神経がいいらしいリッコは、板の上に立って、まるでスケボーでもするように坂を駆け下りたりもしていた。
中学生時分て、めっちゃ運動神経発達してるからな。
大人になるといくら仕事で身体を動かしていても、学校体育の授業みたいな身体の動かし方はしなくなるんで動きは鈍くなる。
少なくとも俺は、真似しようとして転んだものだ。
「もうちょっと腰を下げないとダメですよ、ケースケさま」
「いかにも自分は出来そうなことを言うじゃないか、レムネア」
「これくらいできますとも。冒険者を舐めないでください」
そう言って、レムネアは見事に立ちすべりを決める。
「やるじゃんおねーちゃん! 凄い運動神経、私よりうまいかも!」
「むふん。どうですケースケさま、私でよろしければコーチ致しますが」
こいつ! ちょっとドヤ顔だ!
ちくしょう、やるな冒険者。なんか悔しいじゃないか。
「いや、俺は一人で……」
「なに言ってるんですか、お兄さん。お嫁さん相手にそんな意地張ったら恥ずかしいですよ?」
「そうだよかっこわるー」
断ろうとしたが、ナギサとリッコの女子中学生ズが俺の背中を押してレムネアにくっつけようとする。
やめろ、それに嫁じゃないし!
「やってみましょう、ケースケさま」
「むう。……じゃあ、うん」
結局レムネアに教わること三十分ほど。
どうにか俺も立ちすべりができるようになった。レムネアと横に並んで丘から滑り降りる俺。
「おにーさんもうまくなったね、やるやるぅ!」
「凄い……です、お兄さん」
「レムネアさんの教え方がよかったのですねぇ」
三人組が褒めてくれた。悪い気分はしない。よしよし大人としての面目躍如。
子供の遊びと侮るなかれだな。案外奥が深い、やったぜヒュー!
「楽しいですね、ケースケさま!」
「んー。……まあ、つまらなくはない」
心の中でハシャいでしまったことを悟られまいと、少し不愛想に答えてしまった俺なのだが。
「ふふふ」
「なにがおかしいんだよレムネア」
「いえ。ケースケさまも素直じゃないときがあるんだな、って」
バレバレだったようだ。ちぇっ。
◇◆◇◆
やがてひと段落した俺たちは次の場所に向かった。
それがここの川だ。
少し流れのある小さな川で、山から続いているそうな。
たしかこの辺は、ここから田畑への水を引いているんだったかな?
ここが私の推し、と胸を張ったリッコが説明してくれた。
「ここはホタル川っていうの」
「ここに来るなら釣り竿持ってきたかったかも」
「大丈夫だよナギサ、釣り竿なくても」
と、リッコが河原にあった大きな石を抱え込む。
中学生の女の子が抱え込むくらいには大きな石だ。ちょっと危なくないか?
そう思い止めようとしたのだが、俺よりも先にナギサが眉をひそめていた。
「もう、なに言ってるのリッコ。ダメだよ石打ちは禁止されてるでしょ?」
「ちょっとだけ、ちょっとだけだから」
「ダメ! 少なくとも私が見てる前ではダメ!」
ナギサに怒られたらしいリッコは、渋々の面で抱えた石を下ろした。
「……なんの話? ナギサちゃん」
「リッコがやろうとしていたのは石打漁と言って――」
へえ。
川の石に大きな石をぶつけて、その衝撃波で石の傍に隠れている魚を気絶させて獲る方法らしい。
そんなことができるんだ。さすが地元っ子、詳しいな感心してしまう。
「でもこの川では禁止されているんです。危ないし、魚を無差別に獲ることになっちゃうから」
そういうものなんだ。
俺はジトっとした目でリッコを見た。
「ダメだろ、禁止されてることをやろうとしちゃ」
「えへへ」
「笑って誤魔化そうとしてもダメだぞ、そういうのはしっかりしておかないと」
「そうだよリッコ。大人なお兄さんが管理責任を問われちゃうんだから」
そうそう。
「そんなことになったら、ただでさえ町に馴染めていないボッチなお兄さんを、さらに馴染めない状態にしちゃうよ?」
ん? ナギサちゃん?
ちょっとキビシイこと言ってない?
「あー」
あー、じゃないよリッコ。
なに納得してやがんだ。確かに俺はまだ、町に馴染みきれてないけどさ!
「ごめんね、お兄さん。私が悪かった」
「同情的な目で見んなよ!」
文句を言ってみるも笑われるだけだった。
まあいいけどな、好意的に接してもらえてることは伝わるから。
リッコが特別に人懐っこいのか、この時分の中学生はこんなものなのか。
それはわからないけど、距離を取られていないのは悪い気がしない。
「魚獲りはダメかー。ちぇー、それならせめて夜に連れてくればよかったな」
「夜は……ホタル綺麗、お姉ちゃんに……絶対合う」
「だよねミッツン。見たかったー、レムネアお姉さんとホタルの綺麗コラボ!」
――ホタル?
そうか、だからホタル川なんだ。
「ホタルいるんだここ」
「そうですよお兄さん、今の時期なら夜になるとそれはそれは綺麗なものです」
返事をしてくれたのはナギサだった。まあ今は明るいのですが、と締めくくった彼女は、ちょっと残念そうな顔をする。
俺の横にいたレムネアが俺のシャツを引っ張ってきた。
「ケースケさま、ホタルとはいったい」
「夜になると淡い光を放つ虫だよ」
「なんと! 夜光甲殻!」
急にレムネアは腰を落とし。
「この世界には魔物が居ないと仰ってましたが、やはり居るのではないですか!」
どこからともなく取り出した杖を構えて身構えた。
いや、どんな虫を想像しているんだ?
俺は彼女に、その虫が一センチ程度の大きさでしかなく害はないものだと伝える。
「あ、そうなのですか? ……そうですか、一メートルを超える夜光甲殻の類ではなかったのですね」
「どんな虫だよ、こわいトコだなぁ」
思わず苦笑してしまったが、レムネアにとっては笑いごとではないのだろう。笑うでもなく、ホッとした様子で杖をどこかへと消し去った。
と、目を丸くしている美津音ちゃんと目が合う。
ああそうか、杖の出たり消えたりを認識しちゃったな?
俺は、シー、と黙っててジェスチャーをして、美津音ちゃんに片目を瞑ってみせた。
コクコク、と真剣な顔をして頷く彼女は、きっと真面目な子だ。ちゃんと俺たちの秘密を守ろうとしてくれているに違いない。
「……確かにレムネアさんとホタルのコラボは夢のようかも」
レムネアを見てナギサが一人で頷く。
リッコとナギサは、俺たちのちょっと変な挙動を気にした風もなく川を見ながら。
「ざーんねん、まだ夜は遠い」
「そうね……。レムネアさんにホタルを見せたかったかも」
二人で肩を落とす。
そんな彼女たちに、レムネアが笑ってみせた。
「また今度一緒に来ましょう! この場所は逃げません」
と俺の方を見る。
「私もケースケさまもこの町に住むことになったんです、機会はまたありますよ。ね、ケースケさま?」
「そうだな、またいつでもこれるさ」
俺が笑いながら言うと、美津音ちゃんがこちらを見た。
「本当……ですか? 今度また……一緒に、ここへ」
「ああ。みんなで飲み物とお菓子でも持って、夜のホタルを見学しにこよう」
「やった! 約束だよおにーさん!」
「言質取りましたからね、忘れたは通用しませんから」
リッコとナギサが被せ気味に声を上げた。
それくらいは全然付き合うよ、俺もホタルみたいし。
苦笑しながらそう答える。
「念のために……装備を整えてきましょう。夜なら魔物が出る可能性もゼロでは――」
「ゼロだから。装備要らないから」
さりげに真顔なレムネアに、俺も真顔で答えたのだった。
俺たちはこうして、川を眺めつつ少し水辺で遊び、ホタル川を満喫した。
そして最後の場所。ナギサが推すスポットへと行くことになった。
そこはこの小さな町の外れにある住宅街だった。
普通の宅地に混ざって、小さな雑貨屋や飲み屋を兼ねた食事処がポツンポツンとある通りがある。都会に慣れている身だと規模が小さすぎてピンとこないのだが、たぶんここが町のメインストリートなのだろう。
ナギサが俺たちを案内したのは、そんな通りの一角にある小さな駄菓子屋だった。
あれ……と俺が思ったのは、なんとなくその店構えに見覚えがある気がしたからだ。
「ここは?」
「私たちの本拠地、『文具駄菓子ゲームの店・伊勢屋』です、ケースケお兄さん」
「イセ……?」
そうだ。俺はここに来たことがあるぞ。
と、小さな頃じいちゃんの家に遊びにきたときのことを思い出したのだった。
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異世界の冒険者パーティで荷物番を務める俺は、名前もないようなMOBとして生きている。だが、俺には他者には扱えない「鑑定」スキルがあった。俺は自分の平穏な雇用を守るため、雇い主である女性冒険者たちの装備の致命的な欠陥や、本人すら気づかない体調の異変を「鑑定」で見抜き、誰にもバレずに密かに対処し続けていた。英雄になるつもりも、感謝されるつもりもない。あくまで業務の一環だ。しかし、致命的な危機を未然に回避され続けた彼女たちは、俺の完璧な管理なしでは生きていけないほどに依存し始めていた。剣聖、魔術師、聖女、ギルド職員。気付けば俺は、最強の美女たちに囲まれて逃げ場を失っていた。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
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アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
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出来損ないと追放された俺、神様から貰った『絶対農域』スキルで農業始めたら、奇跡の作物が育ちすぎて聖女様や女騎士、王族まで押しかけてきた
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「お前のような魔力無しの出来損ないは、もはや我が家の者ではない!」
過労死した俺が転生したのは、魔力が全ての貴族社会で『出来損ない』と蔑まれる三男、カイ。実家から追放され、与えられたのは魔物も寄り付かない不毛の荒れ地だった。
絶望の淵で手にしたのは、神様からの贈り物『絶対農域(ゴッド・フィールド)』というチートスキル! どんな作物も一瞬で育ち、その実は奇跡の効果を発揮する!?
伝説のもふもふ聖獣を相棒に、気ままな農業スローライフを始めようとしただけなのに…「このトマト、聖水以上の治癒効果が!?」「彼の作る小麦を食べたらレベルが上がった!」なんて噂が広まって、聖女様や女騎士、果ては王族までが俺の畑に押しかけてきて――!?
追放した実家が手のひらを返してきても、もう遅い! 最強農業スキルで辺境から世界を救う!? 爽快成り上がりファンタジー、ここに開幕!
10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)
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10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。
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彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。
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これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。
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旧版を基に再編集しています。
第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。
旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。
この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
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