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駄菓子屋伊勢
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そうだ。
じいちゃんちに来るたびに遊びに行ってた場所がある。
それが確かここ。
別に今まで忘れていたわけじゃないが、場所がわからなかった。
この駄菓子屋の奥の座敷で、よくカードゲームをやってたっけ。
「どうしましたケースケお兄さん? ぼんやりしちゃって」
「あ、いや。なんでもない、ごめんナギサちゃん」
反射的に謝って、俺は店頭に並んだ駄菓子を見た。
ガム、スモモ、麩菓子に酢イカ。
懐かしいな、品ぞろえが昔とあまり変わってない気がするぞ。
思わず手に取ろうとしたところで、視線を感じた。レムネアが興味深げな顔で駄菓子の棚と俺の方を交互に見渡していたのだ。
「ケースケさま、ここにあるものは何なのですか? どれも綺麗な色をしていますが」
あーな。この手のお菓子は原色バリバリの着色がされているか、地味で素朴な色かの両極端だ。彼女の目は、ガムや飴といったキラキラした色の物にまず吸い寄せられたらしい。
「駄菓子といって、子供向けの安いお菓子だよ。味はまあ甘かったり辛かったり、ジャンクだったり素朴だったり、色々かな」
「ほうほう、お菓子なのですか。これらが全部?」
言いながらレムネアは店の棚を見渡した。
キラキラした目でそんなことを訊ねられてしまうと、なんか自慢げに答えてしまいたくなる。
俺は心持ち胸を張りながら頷いた。
「そう、全部だ」
「凄い!」
ふふん、素直な反応ありがとうレムネア。
なんかわからないけど、ちょっと気持ち良かったぞ。そうなんだよな、駄菓子屋ってワクワクするんだよ。
「食べてみるか?」
「いいんですか!」
「ああ。美味しいぞ?」
俺は笑って、財布から千円札を二枚取り出した。
「ほらこのお金で。……いや、レムネアはこっちのお金がわからないだろうから、ナギサちゃんに渡すのがいいか」
「私ですか?」
「ああ。これを使ってみんなで駄菓子を買ってくれよ、俺も久しぶりでわからないからさ」
後ろにいたリッコがピョコンと跳ねる。
「いいの!? おにーさん!」
「これくらいはな。大人の財力って奴だ」
『やった、ありがとー!』『ありがとうございますお兄さん』『ありが……とう、です。ケースケお兄さん』
三人娘が三様にお礼を言ってきた。
無秩序に奢るのは教育上悪いだろうけど、これくらいなら構わないだろう。
今日はレムネア共々世話になってるしね。
「うふふ。さすがお兄さんですね」
ナギサがお札を受け取って、皆が店の中に入っていった。
本格的にお菓子を漁っていく姿勢だなアレ。
それにしてもナギサはちゃっかりしてそうだよなー。最後にここへ俺たちを連れてきたのも計算ずくに違いない。
元気活発なリッコに大人しい美津音ちゃん、お淑やかそうだけど計算高いナギサか。
面白い組み合わせの三人だな。
そこにレムネアが加わって四人組か。
異世界から来たばかりの彼女に、仲がいい友達ができるのは良いことだと思う。
レムネアは日々笑っているけど、元の世界へ戻れないという喪失感は絶対にあるはずなんだ。少しでもそれが埋まるといいんだがな。
時刻は夕方、十六時時半。
夏の始まりである7月初めは、まだまだ日が高い。
なんとなし、店の中に入るのを躊躇っていると、奥からドタドタと足音が近づいてきた。
「ケースケ、ケースケなのか!?」
突然背後から、若い男の声で名を呼ばれた。
なんだ? 俺が驚きながら振り向くと、そこには赤い短髪を逆立てた男が立っていた。
「え、えっと……?」
「俺だよ俺、わかんねぇかなぁ!」
と男は、田舎には不似合いなその赤い髪を両手を使って隠す。
一瞬、髪が全て隠れて坊主頭を想起させる。
「あああ? レイジ!? レイジか?」
「そうだレイジだ、伊勢レイジ。久しぶりだなぁ、聞いてたよ、こっちに越してきたんだってな」
子供の頃、じいちゃんちに来ては一緒に遊んだレイジだった。
昔は坊主頭だったから、赤い髪なんかされててわからなかったよ。
「なんでレイジがこんなところに?」
「知らなかったか。まあそりゃそうか」
と彼は苦笑し。
「ばあちゃんが死んだあとは俺がこの店やってんだ。つっても本業は他にあるから趣味みたいなもんだけどな」
と頭を掻いた。
なるほどな、昔から子供たちのリーダー的な奴だった。
こういう、子供が集まる場所を絶やしたくなかったんだろうな。
「ふーん。なかなか似合ってるぞ、駄菓子屋店主」
「そうか? 案外嬉しいもんだな、そう言って貰えるのは」
ニシシ、といった感じに歯を剥き出しにして笑うレイジの顔は、ワルガキのそれだった。変わってなさそうな一面が、俺には嬉しい。
「にしても、ナギサが『呼んできたよ』っていうから、誰のことかと思ったらおまえだったかぁ」
「ん、ナギサちゃん?」
「ああ。前にナギサには源蔵さんちのお孫さん、つまりおまえの話を聞かせたことがあってな。友達だったんだ、ってさ」
「――――!」
そっか。
ナギサは色々と事情を知っててここに俺を連れてきたんだ。
頭が下がるな、ちゃっかりしてるだけじゃなく気も利くじゃないか。
「ナギサちゃんは賢いんだな」
「あのグループのまとめ役だぜ? そりゃあ賢いさ」
クックと笑うレイジだ。
ああ見えてナギサも悪戯が好きで、リッコと共に小さな悪さをして歩いているそうだ。
なんだよ自分は良い子でござい、って顔してるのは表面上なのか。
「でも町の人らからは二人とも愛されてるよ。悪意のないかわいい悪戯だ、皆彼女たちを見守ってる」
「レイジもその一人、ってわけだ」
「そう。そしてケースケ、おまえもその一人になるってわけさ」
違いない。
リッコもナギサも、レムネアに良くしてくれる。
俺もそれに報わないとな。
「ったくよー。あんな美人の嫁見つけて田舎にやってくるなんてよー。独身男の風上にも置けない奴だぜ」
「い、いや。レムネアは別に――」
「皆まで言うな。わかってるわかってる、農業がうまくいくまでは結婚を預けてるんだってな? そりゃーおまえ、ちゃんと成功させなきゃだよなぁ」
どこでそんな話になってんだ?
話の出所を聞いてみたら、佐藤のおばさんだと言っていた。
ああ、あのときの? 美津音ちゃんと畑から帰るときに会ったおばさん?
一言もそんなこと言った記憶ないんだけど!
「美人だってのは聞いてたけど、まさかあそこまでとはな。モデルも裸足で逃げ出す美人じゃないか、どこで捕まえてきたんだよ羨ましい」
拳でトン、と胸を叩かれた。
レイジは笑っている。祝福してくれているのだろう。
誤解ではあるんだけど、その気持ちは嬉しい。
俺はこの場で誤解を解くことをやめて、頷いた。
「俺には勿体ない美人さんだよな」
あはは、と笑ってみせた。――と。
ポトリ、と駄菓子が床に落ちる。
いつの間に居たのか、レムネアが顔を真っ赤にして立っていた。手にした駄菓子を落としたのはもちろん彼女。
「わわわ、私は別に、勿体なくなど……!」
はわわ、と目をぐるぐるしながら駄菓子屋の奥に引っ込んでしまった。
タイミング合いすぎだろう、これ。
レイジが楽しそうに大声で笑った。
「うはははは、かわいー!」
「チャカすなよ、レイジ」
「だってよぉ、あはは。ちぇー、うらやましいぞーこいつ!」
胸に軽く肘を入れてくる。
そんなこと言われてもなー。
「……あの感じなら、すぐに町にも馴染めると思うぞ?」
「え?」
「いやさ、この小さな町だろ? 新しく入ってきたよそ者の話はすぐに伝わってくるんだよ。まだみんな、おまえたちを計りかねてるみたいでさ」
レイジも俺たちの噂話を色々と耳にしていたらしい。
少し心配していたとのこと。
「でもレムネアさんのあの感じと、おまえが町の子供に優しくしてたことが伝われば、自然と町の人らもケースケたちを受け入れるようになると思うぜ」
俺からも良いように言っておくしさ、と奴は笑った。
その笑顔は、小さな頃に遊んだこの土地の子供リーダー、『レイジ』のままだった。
心強さが俺の中に生まれる。
そういやここに遊びにきて、最初はボッチだった俺を遊びに誘ってくれたのもレイジだったっけ。
「ありがとな、レイジ」
「なんの。俺たち友達だろ」
そうだ。
この町での、最初の友達。
「感謝の印に、俺も駄菓子買うわ」
「お? それなら駄菓子と言わず、このスーパーボールくじを引いてくれ!」
「こんなもの、大人の俺が貰ってどうするんだよ」
「5年売れ残ってるんだよ! 助けると思ってさー!」
「趣味でやってるんだろ、この駄菓子屋!」
「であろうとも、売り上げは大事なんだ!」
やめちまえよ、駄菓子屋。と言って俺は笑った。
ぜってーやめない。とレイジも笑う。
結局俺たちは二人でスーパーボールくじを買って、ハズレを引いたのだった。
「もー二人ともー」
スーパーボールを跳ねさせて遊んでいた俺たちのところに、リッコがやってきた。
「おねーちゃんになにしたの? 真っ赤になって小さくなっちゃったんだけど」
「あははリッコ、なんでもない。ほらケースケ、レムネアさんの誤解を解きに行こう」
誤解というかなんというか。
だけどまあ、フォローは必要か。
俺は苦笑しながら駄菓子屋の中に入っていく。
こうして俺は久々に旧友に会うことができたのだった。
◇◆◇◆
この日から次第に、町の人とすれ違ったときの挨拶も好意的に返して貰えるようになっていった。
「おはようございますー」
「あらレムネアちゃん、おはよう今日も早いわねぇ。旦那さんは?」
「あ、はい後ろから」
遅れた俺は長靴のカカトをトントンしながら、レムネアに追いついた。
朝方。
まだ夜が明けたばかりの早朝だ。東の空が白々と明るくなってきた時間。
この間レイジが言った通り、俺たちは美津音ちゃんたちの面倒を見ているという評判が立ったらしく、だんだんこの地域に受け入れられてきた気がする。
「おはようございます宇野のおばさん」
「うふふ、今日も仲良しみたいね。うらやましいわレムネアちゃん、今が一番熱々ね」
「いえ、あの……はい」
俺とレムネアは同時に引きつった笑いを浮かべながらも、おばさんの言葉を受け入れる。
周りの誤解に合わせるのが、地域に馴染むコツだと気づいたのだ。結果として俺は旦那さん扱いだった
「今日もお互い畑仕事頑張ろっか。困ったことがあったらいつでも聞いてね、今から農業を始めるのって凄い大変でしょうから」
「はい、ありがとうございます。それじゃあまた!」
あとで余りものの野菜持っていくわね、と手を振られながら俺とレムネアは顔を見合わせる。
「皆さんの反応が変わった気がしますねケースケさま」
「うん。三人娘たちとレイジのお陰だなぁ」
俺のそんな言葉に、レムネアが優しい笑顔を見せた。
「そこも含めて、結局はケースケさまの行いの結果だと思いますよ。仲良くしていきたい、という気持ちが伝わったんだと思います」
「んー。そんなものか?」
「そうですよ。ケースケさまは誠実ですから」
あはは、なに言ってやがる。
「レムネアが子供たちと仲良くしてくれたから、俺も馴染めたってだけだよ。俺が誠実なはずあるもんか」
会社を辞めるときだって、自分勝手だと言われ揉めた。
仕事がイヤになったからって会社の責任を放棄するような奴が、誠実なわけ――。
「いえ、誠実ですよ。貴方は私を受け入れてくれるときも、決して流されるわけでなく自分の状況をしっかり鑑みた言葉を掛けてくださってました」
「え、なにそれ。思い出せない」
「ケースケさまは、最初私をここに置いて下さるつもりがなかったと思うのです」
「ああ、いや。それは、……うん」
バツが悪い気持ちで俺は頭を掻く。
それはそう。俺がレムネアを雇おうと思った直接の切っ掛けは、彼女の『草を抜く魔法』を見たからだ。
雇ってください、と言ってくる彼女を、手のひらくるっくるで受け入れたのである。
「そんな顔をなさらないでください。そこでちゃんと利害を考えるのは誠実な証拠です、それに」
レムネアが俺の目を見据えた。
それは力を感じる目だった。喜びとやる気に溢れた目。俺を信頼している目。
「だからこそ、私はちゃんと評価して雇って貰えたのだと思うことができたのです。ケースケさまは、私を認めた上でここに居させてくれているのだ、と」
――あ。と、俺は思った。
そうか、彼女も少しづつ変わってきているんだ。
レムネアの言葉に俺は心を打たれた。
最初は自分を否定していた彼女が、少しずつ変わろうとしている。自分を認められるようになろうとしているのだ。
俺との生活が、彼女に良い方向への刺激を与えていた。
そう思うと、なんだかとても嬉しくなってくる。
「……俺は、俺が思ってたよりも誠実なのか」
「少なくとも、私やここの方々に対しては誠実でしたよ」
そういうことにしておこう。
少なくともレムネアが俺を認めてくれている、それは嬉しいことだった。
俺は大きく深呼吸。
明け方の湿りけある冷えた空気が、全身に満ち溢れる。
「そっか。じゃあまあ、今日も畑仕事を頑張るか」
「はい、ケースケさま!」
彼女と一緒の初心者田舎生活は、まだ始まったばかり。
頑張ろう、と思えるのは良いことだ。なにより楽しい気分になれる。
白々とした明け方の日を浴びながら、俺たちは肩を並べて畑へと歩き出したのだった。
じいちゃんちに来るたびに遊びに行ってた場所がある。
それが確かここ。
別に今まで忘れていたわけじゃないが、場所がわからなかった。
この駄菓子屋の奥の座敷で、よくカードゲームをやってたっけ。
「どうしましたケースケお兄さん? ぼんやりしちゃって」
「あ、いや。なんでもない、ごめんナギサちゃん」
反射的に謝って、俺は店頭に並んだ駄菓子を見た。
ガム、スモモ、麩菓子に酢イカ。
懐かしいな、品ぞろえが昔とあまり変わってない気がするぞ。
思わず手に取ろうとしたところで、視線を感じた。レムネアが興味深げな顔で駄菓子の棚と俺の方を交互に見渡していたのだ。
「ケースケさま、ここにあるものは何なのですか? どれも綺麗な色をしていますが」
あーな。この手のお菓子は原色バリバリの着色がされているか、地味で素朴な色かの両極端だ。彼女の目は、ガムや飴といったキラキラした色の物にまず吸い寄せられたらしい。
「駄菓子といって、子供向けの安いお菓子だよ。味はまあ甘かったり辛かったり、ジャンクだったり素朴だったり、色々かな」
「ほうほう、お菓子なのですか。これらが全部?」
言いながらレムネアは店の棚を見渡した。
キラキラした目でそんなことを訊ねられてしまうと、なんか自慢げに答えてしまいたくなる。
俺は心持ち胸を張りながら頷いた。
「そう、全部だ」
「凄い!」
ふふん、素直な反応ありがとうレムネア。
なんかわからないけど、ちょっと気持ち良かったぞ。そうなんだよな、駄菓子屋ってワクワクするんだよ。
「食べてみるか?」
「いいんですか!」
「ああ。美味しいぞ?」
俺は笑って、財布から千円札を二枚取り出した。
「ほらこのお金で。……いや、レムネアはこっちのお金がわからないだろうから、ナギサちゃんに渡すのがいいか」
「私ですか?」
「ああ。これを使ってみんなで駄菓子を買ってくれよ、俺も久しぶりでわからないからさ」
後ろにいたリッコがピョコンと跳ねる。
「いいの!? おにーさん!」
「これくらいはな。大人の財力って奴だ」
『やった、ありがとー!』『ありがとうございますお兄さん』『ありが……とう、です。ケースケお兄さん』
三人娘が三様にお礼を言ってきた。
無秩序に奢るのは教育上悪いだろうけど、これくらいなら構わないだろう。
今日はレムネア共々世話になってるしね。
「うふふ。さすがお兄さんですね」
ナギサがお札を受け取って、皆が店の中に入っていった。
本格的にお菓子を漁っていく姿勢だなアレ。
それにしてもナギサはちゃっかりしてそうだよなー。最後にここへ俺たちを連れてきたのも計算ずくに違いない。
元気活発なリッコに大人しい美津音ちゃん、お淑やかそうだけど計算高いナギサか。
面白い組み合わせの三人だな。
そこにレムネアが加わって四人組か。
異世界から来たばかりの彼女に、仲がいい友達ができるのは良いことだと思う。
レムネアは日々笑っているけど、元の世界へ戻れないという喪失感は絶対にあるはずなんだ。少しでもそれが埋まるといいんだがな。
時刻は夕方、十六時時半。
夏の始まりである7月初めは、まだまだ日が高い。
なんとなし、店の中に入るのを躊躇っていると、奥からドタドタと足音が近づいてきた。
「ケースケ、ケースケなのか!?」
突然背後から、若い男の声で名を呼ばれた。
なんだ? 俺が驚きながら振り向くと、そこには赤い短髪を逆立てた男が立っていた。
「え、えっと……?」
「俺だよ俺、わかんねぇかなぁ!」
と男は、田舎には不似合いなその赤い髪を両手を使って隠す。
一瞬、髪が全て隠れて坊主頭を想起させる。
「あああ? レイジ!? レイジか?」
「そうだレイジだ、伊勢レイジ。久しぶりだなぁ、聞いてたよ、こっちに越してきたんだってな」
子供の頃、じいちゃんちに来ては一緒に遊んだレイジだった。
昔は坊主頭だったから、赤い髪なんかされててわからなかったよ。
「なんでレイジがこんなところに?」
「知らなかったか。まあそりゃそうか」
と彼は苦笑し。
「ばあちゃんが死んだあとは俺がこの店やってんだ。つっても本業は他にあるから趣味みたいなもんだけどな」
と頭を掻いた。
なるほどな、昔から子供たちのリーダー的な奴だった。
こういう、子供が集まる場所を絶やしたくなかったんだろうな。
「ふーん。なかなか似合ってるぞ、駄菓子屋店主」
「そうか? 案外嬉しいもんだな、そう言って貰えるのは」
ニシシ、といった感じに歯を剥き出しにして笑うレイジの顔は、ワルガキのそれだった。変わってなさそうな一面が、俺には嬉しい。
「にしても、ナギサが『呼んできたよ』っていうから、誰のことかと思ったらおまえだったかぁ」
「ん、ナギサちゃん?」
「ああ。前にナギサには源蔵さんちのお孫さん、つまりおまえの話を聞かせたことがあってな。友達だったんだ、ってさ」
「――――!」
そっか。
ナギサは色々と事情を知っててここに俺を連れてきたんだ。
頭が下がるな、ちゃっかりしてるだけじゃなく気も利くじゃないか。
「ナギサちゃんは賢いんだな」
「あのグループのまとめ役だぜ? そりゃあ賢いさ」
クックと笑うレイジだ。
ああ見えてナギサも悪戯が好きで、リッコと共に小さな悪さをして歩いているそうだ。
なんだよ自分は良い子でござい、って顔してるのは表面上なのか。
「でも町の人らからは二人とも愛されてるよ。悪意のないかわいい悪戯だ、皆彼女たちを見守ってる」
「レイジもその一人、ってわけだ」
「そう。そしてケースケ、おまえもその一人になるってわけさ」
違いない。
リッコもナギサも、レムネアに良くしてくれる。
俺もそれに報わないとな。
「ったくよー。あんな美人の嫁見つけて田舎にやってくるなんてよー。独身男の風上にも置けない奴だぜ」
「い、いや。レムネアは別に――」
「皆まで言うな。わかってるわかってる、農業がうまくいくまでは結婚を預けてるんだってな? そりゃーおまえ、ちゃんと成功させなきゃだよなぁ」
どこでそんな話になってんだ?
話の出所を聞いてみたら、佐藤のおばさんだと言っていた。
ああ、あのときの? 美津音ちゃんと畑から帰るときに会ったおばさん?
一言もそんなこと言った記憶ないんだけど!
「美人だってのは聞いてたけど、まさかあそこまでとはな。モデルも裸足で逃げ出す美人じゃないか、どこで捕まえてきたんだよ羨ましい」
拳でトン、と胸を叩かれた。
レイジは笑っている。祝福してくれているのだろう。
誤解ではあるんだけど、その気持ちは嬉しい。
俺はこの場で誤解を解くことをやめて、頷いた。
「俺には勿体ない美人さんだよな」
あはは、と笑ってみせた。――と。
ポトリ、と駄菓子が床に落ちる。
いつの間に居たのか、レムネアが顔を真っ赤にして立っていた。手にした駄菓子を落としたのはもちろん彼女。
「わわわ、私は別に、勿体なくなど……!」
はわわ、と目をぐるぐるしながら駄菓子屋の奥に引っ込んでしまった。
タイミング合いすぎだろう、これ。
レイジが楽しそうに大声で笑った。
「うはははは、かわいー!」
「チャカすなよ、レイジ」
「だってよぉ、あはは。ちぇー、うらやましいぞーこいつ!」
胸に軽く肘を入れてくる。
そんなこと言われてもなー。
「……あの感じなら、すぐに町にも馴染めると思うぞ?」
「え?」
「いやさ、この小さな町だろ? 新しく入ってきたよそ者の話はすぐに伝わってくるんだよ。まだみんな、おまえたちを計りかねてるみたいでさ」
レイジも俺たちの噂話を色々と耳にしていたらしい。
少し心配していたとのこと。
「でもレムネアさんのあの感じと、おまえが町の子供に優しくしてたことが伝われば、自然と町の人らもケースケたちを受け入れるようになると思うぜ」
俺からも良いように言っておくしさ、と奴は笑った。
その笑顔は、小さな頃に遊んだこの土地の子供リーダー、『レイジ』のままだった。
心強さが俺の中に生まれる。
そういやここに遊びにきて、最初はボッチだった俺を遊びに誘ってくれたのもレイジだったっけ。
「ありがとな、レイジ」
「なんの。俺たち友達だろ」
そうだ。
この町での、最初の友達。
「感謝の印に、俺も駄菓子買うわ」
「お? それなら駄菓子と言わず、このスーパーボールくじを引いてくれ!」
「こんなもの、大人の俺が貰ってどうするんだよ」
「5年売れ残ってるんだよ! 助けると思ってさー!」
「趣味でやってるんだろ、この駄菓子屋!」
「であろうとも、売り上げは大事なんだ!」
やめちまえよ、駄菓子屋。と言って俺は笑った。
ぜってーやめない。とレイジも笑う。
結局俺たちは二人でスーパーボールくじを買って、ハズレを引いたのだった。
「もー二人ともー」
スーパーボールを跳ねさせて遊んでいた俺たちのところに、リッコがやってきた。
「おねーちゃんになにしたの? 真っ赤になって小さくなっちゃったんだけど」
「あははリッコ、なんでもない。ほらケースケ、レムネアさんの誤解を解きに行こう」
誤解というかなんというか。
だけどまあ、フォローは必要か。
俺は苦笑しながら駄菓子屋の中に入っていく。
こうして俺は久々に旧友に会うことができたのだった。
◇◆◇◆
この日から次第に、町の人とすれ違ったときの挨拶も好意的に返して貰えるようになっていった。
「おはようございますー」
「あらレムネアちゃん、おはよう今日も早いわねぇ。旦那さんは?」
「あ、はい後ろから」
遅れた俺は長靴のカカトをトントンしながら、レムネアに追いついた。
朝方。
まだ夜が明けたばかりの早朝だ。東の空が白々と明るくなってきた時間。
この間レイジが言った通り、俺たちは美津音ちゃんたちの面倒を見ているという評判が立ったらしく、だんだんこの地域に受け入れられてきた気がする。
「おはようございます宇野のおばさん」
「うふふ、今日も仲良しみたいね。うらやましいわレムネアちゃん、今が一番熱々ね」
「いえ、あの……はい」
俺とレムネアは同時に引きつった笑いを浮かべながらも、おばさんの言葉を受け入れる。
周りの誤解に合わせるのが、地域に馴染むコツだと気づいたのだ。結果として俺は旦那さん扱いだった
「今日もお互い畑仕事頑張ろっか。困ったことがあったらいつでも聞いてね、今から農業を始めるのって凄い大変でしょうから」
「はい、ありがとうございます。それじゃあまた!」
あとで余りものの野菜持っていくわね、と手を振られながら俺とレムネアは顔を見合わせる。
「皆さんの反応が変わった気がしますねケースケさま」
「うん。三人娘たちとレイジのお陰だなぁ」
俺のそんな言葉に、レムネアが優しい笑顔を見せた。
「そこも含めて、結局はケースケさまの行いの結果だと思いますよ。仲良くしていきたい、という気持ちが伝わったんだと思います」
「んー。そんなものか?」
「そうですよ。ケースケさまは誠実ですから」
あはは、なに言ってやがる。
「レムネアが子供たちと仲良くしてくれたから、俺も馴染めたってだけだよ。俺が誠実なはずあるもんか」
会社を辞めるときだって、自分勝手だと言われ揉めた。
仕事がイヤになったからって会社の責任を放棄するような奴が、誠実なわけ――。
「いえ、誠実ですよ。貴方は私を受け入れてくれるときも、決して流されるわけでなく自分の状況をしっかり鑑みた言葉を掛けてくださってました」
「え、なにそれ。思い出せない」
「ケースケさまは、最初私をここに置いて下さるつもりがなかったと思うのです」
「ああ、いや。それは、……うん」
バツが悪い気持ちで俺は頭を掻く。
それはそう。俺がレムネアを雇おうと思った直接の切っ掛けは、彼女の『草を抜く魔法』を見たからだ。
雇ってください、と言ってくる彼女を、手のひらくるっくるで受け入れたのである。
「そんな顔をなさらないでください。そこでちゃんと利害を考えるのは誠実な証拠です、それに」
レムネアが俺の目を見据えた。
それは力を感じる目だった。喜びとやる気に溢れた目。俺を信頼している目。
「だからこそ、私はちゃんと評価して雇って貰えたのだと思うことができたのです。ケースケさまは、私を認めた上でここに居させてくれているのだ、と」
――あ。と、俺は思った。
そうか、彼女も少しづつ変わってきているんだ。
レムネアの言葉に俺は心を打たれた。
最初は自分を否定していた彼女が、少しずつ変わろうとしている。自分を認められるようになろうとしているのだ。
俺との生活が、彼女に良い方向への刺激を与えていた。
そう思うと、なんだかとても嬉しくなってくる。
「……俺は、俺が思ってたよりも誠実なのか」
「少なくとも、私やここの方々に対しては誠実でしたよ」
そういうことにしておこう。
少なくともレムネアが俺を認めてくれている、それは嬉しいことだった。
俺は大きく深呼吸。
明け方の湿りけある冷えた空気が、全身に満ち溢れる。
「そっか。じゃあまあ、今日も畑仕事を頑張るか」
「はい、ケースケさま!」
彼女と一緒の初心者田舎生活は、まだ始まったばかり。
頑張ろう、と思えるのは良いことだ。なにより楽しい気分になれる。
白々とした明け方の日を浴びながら、俺たちは肩を並べて畑へと歩き出したのだった。
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彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。
そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。
これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。
○○○
旧版を基に再編集しています。
第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。
旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。
この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。
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