魔法使いが無双する異世界に転移した魔法の使えない俺ですが、陰陽術とか武術とか魔法以外のことは大抵できるのでなんとか死なずにやっていけそうです

忠行

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生存決闘 5 魔術がなくても呪術があるさ

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「汚れ無き雫よ・真白き小瓶を・清きに満たせ」

 この呪文は【清水浄化ウォーター・ピュリフィケーション】を発動させるものであった。
 泥水や毒物が混ざった水であっても、たちどころに不純物を取り除いて清潔な真水にすることができる。
 液体状であれば魔法薬ポーションであっても相応の魔力を消費すれば無害な水にすることも可能。
 ただし〝この魔術〟では生物の体液に対して行使し、その生物を害することはできない。
 たとえば血液を水や猛毒に変えて対象を即死させるような真似は〝この魔術〟では不可能だ。
 先ほど狼に襲われた鬼一のように生存決闘サバイブ・デュエルで戦う相手は対戦者だけとは限らない。野生動物との対峙や野外における水や食料の調達なども自力で乗り越えなければならないのだ。
 まさに生存サバイブを賭けた決闘デュエルである。
 迷いの森の起伏ある丘陵や緑豊かな草原、河川や沼沢といった地形には様々な動植物が生息している。
 生徒たちの生存決闘サバイブ・デュエルの舞台に選ばれるほどなので、それほど危険な動物や凶悪な魔獣は存在しないが、それでも熊や狼といった生身の人間にとってはじゅうぶん驚異となる獣と遭遇することがあるのであなどれない。
 そして、自然そのものも。

「――汚れ無き雫よ・真白き小瓶を・清きに満たせ――」

 鬼一は3回ほど【清水浄化ウォーター・ピュリフィケーション】を試みるも先程の【昏倒電圧《スタン・ボルト》】同様不発に終わり、さすがにあきらめてこの世界のルーン魔術ではなく自らの世界の呪術を行使した。

「水行を以て濁水を清水と為す、清め。急々如律令」

 幾重にも草を重ねて作った器に汲んだ沼の水から茶褐色が抜け落ち、たちまち透明な清水となった。
 いっこうに行使できないルーン魔術ではなく持ち前の呪術、五行の術でそのままでは飲めない沼の水を浄化したのだ。

「甘露、甘露。音羽の滝や銀河泉の名水に引けを取らない馥郁たる妙味なり。……これをこの世界のルーン魔術で作って飲みたいものだ」

 およそ飲料水にはふさわしくない泥水を無害な飲み水に変える。
 この世界の魔術でできる事は鬼一が修めた数多の呪術でじゅうぶん再現可能なのだが、鬼一には異世界の魔術を習得したいという知的好奇心にもとづく欲求があった。
 生命維持に必要な水分補給。飲料水の確保もまた野外における生存決闘サバイブ・デュエルでは重要となる。
 まして今回のような時間無制限の場合はなおさらだ。人がひとりで持ち運べる水と食糧の量には限度がある。現地で調達しなければならない。

「火行を以て熱を生ず、熱せよ。急々如律令」

 呪術で加熱することで湯を沸かし、そこに採取した野草を入れる。
 コーカスとチャイブ――日本でいう行者ニンニクとニラに似た野菜だ。
 これらはそれぞれ有毒植物であるイヌサフランとスイセンに酷似しているため、食用にするさいは注意が必要である。
 山菜採りなどで、見た目が似ていて確実な判断ができない時は絶対に採取したり食べたりはしないのが鉄則だ。
 鬼一は幼い頃に修めた山岳修行のさいに毒草について学び、見分けることができた。
 またこの世界についての動植物に関する知識も学院で学んでいる。そうでなくては魔術師の必須スキルである錬金術など習得できない。

「アリフレテラ大陸はドラゴンやグリフォンが実在するファンタジー世界なんだから、俺のいた世界の動植物が存在していてもおかしくはない。中世ヨーロッパ風ファンタジー世界にじゃがいもが出てくるのはおかしいとかいう類のツッコミは野暮野暮!」

 どこかのだれかにむかって意味不明な主張をしつつ、野草のスープで腹を満たした。

「鳥獣草木、百果百草。緑にあふれた山は食べ物の宝庫だな、珍しい薬草も手に入るし。それらを捕る技術と知識があれば、の話だが」

 そう独語し、山ウドの塊にかじりつく。
 生存決闘サバイブ・デュエル開始から三日目。鬼一はストリックランド派の生徒を相手に兵糧攻めによる持久戦を仕掛けていた。
 すべての生徒たちの後から迷いの森に降り立った鬼一はまず鳥獣寄せの長嘯術で大量のカラスやイナゴを呼び出して周囲に放った。
 狙いは生徒たちの所持する食料。無数の虫や動物に喰い荒らされ、彼らが所持していた三日分の食料は一瞬にして消えてしまった。
 鬼一は開始早々に相手の糧道を断ち、その後は防戦一方。ひたすら身を隠して戦闘を避けている。
 食料を失ったあせりと、予期せぬ攻撃に晒された怒りに駆られた生徒たちは鬼一を探すことに躍起になったが、これは鬼一の誘いであった。
 野営の跡をあえて残すことで追跡者たちを迷いの森の深部に、より過酷な環境に追い込んだ。
 広大な平原には大小無数の池沼が点在している。いや、沼のあいだに陸地が点在していると言ったほうが正確なのかもしれない。
 わずかばかりの固い地面を探しながら進まなければならないので、そこはまるで巨大な迷路だった。
 なんとか歩ける固さの地面はどこも湿っており、一歩あるくごとに水がじわりと染み出して、ひどいところでは膝まで泥に沈んでしまう。
 視界を晒されたぎる葦や木々が密生していて、魔術で燃やしたり切り開きながら進まねばならないところもあった。
 よどんだ沼の放つ腐敗臭は酷く、蛭や蚊にも悩まされた。




「もうダメだ。腹が減って動けねぇ……」

 慣れない自然環境と飢えと渇きの前に気力と体力を失い、棄権する生徒。

「き、きもち悪うゥゥゥいいいぃぃぃィィィ……ウボァーッ! お、オエーッ! ゲェーッ! お、おおうおぉぅえっ! うえっ! ヴぉおおごおおおぇえええッ! ぼふぉきゃおぇッ! うげぇェェェッッッ!! ごばぁーっ、ゲホッゲホッ……ごばぁ……おぅぇっおえぇ……ごばぁ……げほごほ……ブォッエェェエェェ……ベチャチャチャ……」

 飢えに耐えかねて口にした野草の毒にあたり、大量に吐瀉する生徒。

「は、腹が痛ぇぇぇェェェ」

 うんこぶりぶりブリブリぶりぶりブリブリぶりぶりブリィッッッッッ!!! プッッー!!! ブチャァァァッ!! ブフォッ! ブフォッ! ゾンギン!! ゾフッ!! キュゴガッ!! ゾザザザガギギギ!! ……ビチッビチチチチチチッ、ブチュルルル……ブチャ……プスゥ……、ブビッブピッ、ブリッ…………。……ぢゅっぢゅぅぅ、チュミチューン、ブリブリッ、ブッ、ブス~、……ブッ、ププッ、ブビッ、ブリブリッ、ブビィーッ、ブリブリブリブリ…………。

 おなじく毒草に当たり、激しい腹痛と下痢に脱水症状になる生徒。
 ひとり、またひとりと、リタイアする者が続出していた。



「おお、これはヘンルーダじゃないか。少しもらっておこう」

 そんな彼らをよそに鬼一は普段は街中では手りにくい錬金素材を入手したりと、野外実習を満喫中だ。

「さぁて、今宵の寝床はこの樹の上にするか。しかし――」

 地面についた、多数の大蛇が這い回ったような跡が気になった。

「ある種の蛇は集団で狩りをしたり交尾をするそうだが……」

 迷いの森は深く、広い。
 奥に行けば行くほど剣呑な生物にあふれ、魔獣すら生息している。いまだに未知の動植物が発見されることもあるくらいだが、生存決闘サバイブ・デュエルの舞台に選ばれたこの辺りは全体から見れば入り口に近い。
 鬼一が下調べした限りではこのような大きさ、そのような習性を持った蛇は生息していないはずであった。
 そう、この三週間のあいだに法眼はあらかじめ生存決闘サバイブ・デュエルに選ばれた土地を歩き回り、地形の把握に努めめていたのだ。
 最低限の土地勘がなければ、潜伏してやり過ごすことはむずかしい。
 ストリックランド派の生徒がひたすら戦闘訓練にいそしむなか、鬼一は生存決闘サバイブ・デュエルの場を探索し続けていた。
 情報こそ戦闘力に勝る力だ。
 もちろん許可を得ての行動である。
 そして相手側が戦いの場の自全調査をまったくしていないことを知り、あきれてしまった。
 戦いを地図の上でしか考えていない。
 戦術面ばかり考えて戦略的な思考ができていない。
 実に愚かで危険な考えだ。
 ふたたび攻めてくるかもしれないロッシーナ帝国との緊張が高まるなかで、このような近視眼的な思考の持ち主が軍学校としての側面も持つ魔術学院の講師として存在することに鬼一は危惧の念を抱かずにはいられなかった。
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