可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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七章 奏歌くんとの七年目

10.初めての花火大会

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 予想通り、花火大会と盆踊りは私と奏歌くんとやっちゃんと茉優ちゃんと美歌さんと百合とさくらで行くことになった。海香と宙夢さんはさくらを美歌さんに預けて二人で過ごすとのことだった。

「小さい子がいると自由にお買い物も外食もいけないから、たまには羽を伸ばして来たらいいですよ」
「ぱぁぱ、またね。まぁま、ばいばい」

 あっさりと両親に別れを告げてカボチャパンツの金魚柄の甚平を着せられたさくらは、しっかりと美歌さんに抱っこされていた。

「またね、じゃなくて、ここがさくらの家だからね?」
「バイバイじゃなくて、『行ってきます』でしょう?」

 宙夢さんと海香は美歌さんが好きすぎるさくらに困り果てていたようだが、美歌さんは美歌さんで考えることがあったようだ。

「奏歌もこのくらいの時期に海瑠さんに出会ってたら、『まま、ばいばい』って言って、海瑠さんのところに行ってたような気がするのよね」

 母親というものは複雑なものだ。
 運命のひとに早く出会ってしまうと、子どもが早いうちからそっちの家に入り浸りになる。奏歌くんも6歳のときから「うちの子じゃないみたい」と美歌さんが呆れるほどに私のマンションに入り浸っていたから、私は何も言えない。さくらも奏歌くんのような成長過程を辿るのかもしれないと、海香も宙夢さんも薄々勘付いているのだろう。

「海香先輩、二人目を考えてるみたいよ」
「え? 海香が二人目を?」
「子どもは一人で十分って思ってたけど、さくらちゃんがあまりに早く親離れしそうだから、二人目を作ってもいいかもしれないって言ってたわ」

 美歌さんの話が本当ならば、さくらはお姉ちゃんになる。妹か弟が生まれてもさくらは変わることはないだろうが、二人目もさくらと同じく早くに運命のひとに出会ってしまったら海香と宙夢さんは立ち直れないのではないだろうか。
 それでも、二人の間に新しく赤ちゃんができるとすればおめでたいことには変わりなかった。

「さくら、お姉ちゃんになるかもしれないのよ」
「さく、ねぇね?」
「そうよ。弟か妹が出来たら、さくらは嬉しい?」

 真剣にさくらに聞いてもよく分かっていないようで首を傾げて、美歌さんに笑いかけていた。美歌さんさえ取られなければ、さくらは弟妹ができても赤ちゃん返りを起こしたりしないような気すらする。2歳にしてこれだけ安定しているのは羨ましかった。

「海瑠さん、浴衣着て来た?」

 さくらを迎えに行くついでに私も車で迎えに来てくれた美歌さんが篠田家に一度戻ると、奏歌くんと茉優ちゃんとやっちゃんが待っていた。奏歌くんは白地に大胆に筆を走らせたような濃紺の模様の浴衣を着ていた。茉優ちゃんは紺色の地に白い花の浴衣を着ている。やっちゃんは千歳緑の浴衣を着ていた。
 私は白地に黒と赤の椿模様の浴衣を着ている。合流した百合は黒地に蝶の模様の浴衣を着ていた。

「美歌さんは浴衣じゃないんですね」
「さくらちゃんを抱っこできないから」

 海香と宙夢さんの抱っこは仰け反って嫌がる場面ばかり見ているが、美歌さんに抱っこされていると「絶対に降りません」とばかりにしっかりと腕と足を絡ませているさくら。こういうところも分かりやすい。
 始めに街の商店街に連れられて行った。

「ここの広場で盆踊りがあるんだよ」

 商店街には提灯が吊るされて、そこを歩く奏歌くんが私に教えてくれる。下駄のカランコロンという良い音が響いている。

「露店で好きなものを買ったらいいわ。奏歌、海瑠さんと見て来て良いわよ」
「はーい! 行こう、海瑠さん」

 奏歌くんの手を差し出されて私はその手を握る。私より小さいけれど、節のある男の子の手だった。

「タコ焼きでしょ、焼きそばでしょ、唐揚げ、ベビーカステラ、ポテトフライ、銀杏……色々あるよ」
「銀杏って……?」

 茶わん蒸しに入っていたりするあれなのだろうか。
 銀杏が売っていると聞いて驚いている私に、奏歌くんが露店の前に連れて行ってくれる。網に入れた銀杏を殻ごと炙って、割れたところで紙袋に入れて塩を振りかけて売っているのだ。

「銀杏とかあったの!?」
「百合!?」

 後ろから見ていた百合が声を上げる。
 支払いを終えた奏歌くんが私と百合に銀杏の殻を割って手の平の上に黄色く艶々光る熱々の焼けたての銀杏を置いてくれた。食べるとほんのり塩味がして、もっちりとした感触が口に広がる。

「美味しい!」
「ダーリン、もっとちょうだい」
「奏歌くんは私のダーリンよ!」

 手を差し出す百合に苦笑しながら奏歌くんが剥いてくれる。しばらく三人で銀杏の露店の前で銀杏を奏歌くんに剥いてもらって食べていた。
 袋の中の銀杏は三人で食べるとすぐになくなってしまった。続いてタコ焼きを奏歌くんが買う。

「海瑠さん、お箸があるからどうぞ」

 浴衣に合わせた巾着からマイ箸を取り出す奏歌くん。小さな楊枝で食べるのは不安だったので、奏歌くんの心遣いは有難かった。箸でたこ焼きを摘まんで食べる。奏歌くんと百合は楊枝で差して食べていた。
 外側はカリッと焼けていて、中はとろりと柔らかい。熱くてはふはふと息を吐いていると、奏歌くんも百合も同じ状態だった。唐揚げもポテトフライも三人で分けて食べる。
 奏歌くんと二人きりのデートのような気分だったのに、ちゃっかりと百合が一緒に来てしまっているのはなんとなく面白くないが、百合だから仕方がない。
 お腹がいっぱいになった頃に広場で音楽が流れ始めた。
 別行動をしていた美歌さんとさくら、茉優ちゃんとやっちゃんも合流して広場に集まる。広場では盆踊りが始まっていた。

「海瑠さんじゃないですか! 百合さんもいる! 本物のダンサーの盆踊りが見られるなんて」

 浴衣姿の沙紀ちゃんも盆踊りの列の中にいて、私と百合に手を振って来る。私たちも盆踊りの輪の中に入った。最初は踊り方が分からなかったけれど、他のひとの真似をしていれば分かって来る。
 沙紀ちゃんは何故かキレッキレの動きで踊っていたけれど、他のひとと雰囲気が違ったので、あれが正しい盆踊りではないのだろう。奏歌くんも慣れた様子で踊っている。

「奏歌くん盆踊り上手ね」
「小さい頃から踊ってるからね。海瑠さんと一緒なのは初めてだね」

 奏歌くんは毎年このお祭りに来ていたようだ。私が気付かなかっただけで、いろんな行事がこの街でもあっていたのだ。
 踊り終わって飲み物を買って、川べりまで歩いていく。春には桜並木になる川べりは、今は葉桜が茂っていた。日も落ちた川べりで川面を渡る涼しい風に当たっていると、ドーンと大きな音が聞こえる。
 空を見上げたら大輪の花火が咲いていた。

「綺麗……」

 見惚れていると奏歌くんが隣りに来てそっと手を繋いでくれる。六年生になったのに嫌がらないどころか、自分から手を繋いでくれる奏歌くんにちょっと感動してしまう。

「海瑠さん、ハート形の花火だよ」
「本当だ! ハート形なんてあるのね」

 暗い夜空にピンクに輝くハート形の花火が咲く。
 続いて上がった花火は、途中で色が変わった。

「奏歌くん、色が変わった!」
「うん、他にも柳もあるよ」
「柳?」
「あ、あれ!」

 指さす奏歌くんの手の先を見れば、豪華な火の粉が柳のように降り注いでいる。これが柳と呼ばれる花火なのだろう。
 線状に真ん中から火の粉が伸びる菊花火や、火の粉が尾を引かず点状になる牡丹花火なども奏歌くんが教えてくれる。

「初めて見る花火が奏歌くんと一緒で良かった」

 分からないことは教えてくれるし、奏歌くんとこの美しい光景を共有できる。幸せに浸る私の手を奏歌くんがぎゅっと握る。

「来年は、僕が海瑠さんを誘うよ」
「本当? 嬉しい」

 来年には奏歌くんは中学生で13歳になっている。微妙な年頃だろうが忘れずに私のことを誘ってくれるだろうか。
 誘ってくれなくても夏休みは奏歌くんと過ごすのだろう。
 今年の夏が終わっても、奏歌くんとの関係は続いていく。
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