可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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八章 奏歌くんとの八年目

30.奏歌くんのためのミュージカルと撮影会

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 二回目の奏歌くんのためのミュージカル公演は、公民館の小ホールで行われた。小ホールは客席が絨毯になっていて、そこに椅子を置く形式なので、奏歌くんと茉優ちゃん、二人のためだけの椅子が二つ並んでいる。
 その後ろでやっちゃんは狭い舞台に向けて三脚を伸ばしてカメラを設置していた。

「出演前にかなくんと真尋さんと百合さんとみっちゃんで写真撮っとこう」
「いいの? やっちゃん?」
「茉優ちゃんも後で一緒に撮るからな」

 公演前には舞台に奏歌くんも上がってもらって、それっぽい衣装を着た私と百合と真尋さんと撮影をした。奏歌くんとの撮影が終わると茉優ちゃんも加わって来る。

「私もよかったんですか?」
「茉優ちゃんと一緒に見られて嬉しいよ」
「せっかくだから、見て欲しいな」

 遠慮している茉優ちゃんに言うと嬉しそうに微笑む。
 茉優ちゃんとの撮影も終わると、奏歌くんと茉優ちゃんが観客席に座って、ミュージカルが始まる。客席の照明を落として、舞台の照明は変えることができないが、とりあえず付けたままで歌って踊って演じる。
 悲劇の皇妃の物語が、死の象徴を翻弄する皇妃と皇太子の親子のコミカルなミュージカルになっていて、客席の奏歌くんからも茉優ちゃんからも笑い声が上がっていた。
 皇妃に迫られてたじたじになって、地上に返す死の象徴。皇太子を唆して皇妃に自分を幻滅させようとしたら、裏目に出てしまって、皇太子と皇妃に挟まれてキスを求められる死の象徴。
 こんな解釈があり得るのかというくらい無茶苦茶なミュージカルだったけれど、コミカルな中に原作の歌をきっちりと入れてくるのが海香のすごいところだ。
 孤独な皇太子を誘う歌を歌いながら、積極的な皇太子にたじたじになり、逃げようとしたら後ろに皇妃がいて飛び上がる死の象徴なんて聞いたことがない。
 歌がシリアスなだけに、ギャップが酷くて、奏歌くんも茉優ちゃんも笑いっぱなしだった。
 公演が終わるとやっちゃんが動画のデータをパソコンに移して編集している。

「これ、明日にはDVDに焼いてかなくんとみっちゃんと百合さんと真尋さんの分作るから」
「僕にもいいんですか?」
「私のもあるのね!」

 出演者と奏歌くんの分はやっちゃんはきっちりと作ってくれるようだ。安心して私はやっちゃんにお願いした。
 衣装を着替えて片付けて、荷物を纏めて小ホールから出る。

「昨日からありがとうね、奏歌くん。本当にお誕生日おめでとう」
「ありがとう、百合さん。百合さんも僕のために演じてくれてありがとう」
「うん、お礼はお弁当がいいな」
「百合!」

 まだ百合は奏歌くんのお弁当を狙っているようだった。

「奏歌くんのお誕生日を祝えてよかったよ。14歳おめでとう」
「ありがとう、真尋兄さん。真尋兄さんに祝ってもらえて嬉しかった」
「僕も祝えて嬉しかった。これからも時々会ってくれる?」
「もちろんだよ」

 兄弟の繋がりも深くなったようで私は真尋さんと奏歌くんの様子を暖かく見守っていた。
 真尋さんは自分の車で帰って、茉優ちゃんはやっちゃんと帰って、私は百合の車で奏歌くんとマンションまで送ってもらう。休みの日なので奏歌くんは当然のように私の部屋に来るつもりだったようだ。
 奏歌くんと二人きりになると、奏歌くんが私の手を取る。

「海瑠さん、すごく幸せな誕生日だった。二回も演じてくれてありがとう」
「奏歌くんに喜んでもらえたらな私も嬉しいよ」
「もっと、贅沢なこと、頼んで良い?」

 きらりと奏歌くんのハニーブラウンの目が悪戯っぽく輝く。奏歌くんのリクエストならば、私は何でも聞くつもりだった。

「僕のためのコンサートを、部屋でもして欲しいな。欲張りすぎ?」
「全然! 一緒に奏歌くんも踊ろう」

 手を取って奏歌くんと踊っていると、奏歌くんの背が伸びていることに気付く。私よりは小さいけれど、茉優ちゃんと同じくらいにはなったのではないだろうか。
 歌って踊るのは奏歌くんのお気に入りのチャールストンステップ。
 それから、今日の公演の皇太子に奏歌くんを割り当てて、私は死の象徴となって奏歌くんを誘う。
 原作通りに奏歌くんは孤独で逃げ惑う皇太子を演じてくれた。
 お前の友は私だけだと誘う死の象徴に、抗えず誘惑に乗ってしまう皇太子。
 反乱と自殺に皇太子を追い込む死の象徴として、私は奏歌くんの顎を指先で掬った。
 奏歌くんのハニーブラウンの目が私を映している。
 そのまま私は奏歌くんの唇に口付けていた。
 うっとりと目を閉じる奏歌くんに、私は触れるだけの口付けを終えて、はっと我に返った。

「か、か、奏歌くん、ご、ごめんなさい、つい」
「海瑠さん、キスしてくれた……」
「だ、だって……奏歌くんが愛しくて、可愛くて」

 死の象徴としての役に入り込んでいただけではない。
 私、瀬川海瑠が奏歌くんのハニーブラウンの目に魅入られたのだ。
 ほっぺたを真っ赤にしている奏歌くんに、何を言おうかと迷ったが、奏歌くんは照れながらも笑ってくれる。

「ファーストキスだね。前にほっぺたにしてくれたことがあったけど、唇は初めて」
「ご、ごめんね。奏歌くんはまだ14歳なのに」
「もう14歳だよ。僕、海瑠さんに男として認められたみたいで嬉しかった」

 最高の誕生日プレゼントだと喜ぶ奏歌くんに、私もだんだん顔が熱くなってくる。

「私もファーストキスだ」
「海瑠さん、前も言ってたね」
「演技でしたふりはしてきたけど、本当にキスしたのは、初めて」

 劇団の規則で恋愛は禁止だったし、劇団に入るまでというか、奏歌くんに出会うまで私はそういうことをしたいと思う相手もいなかった。無理やりされそうになったら怪力で逃れていたし、そういう雰囲気にならないように気を付けて来たつもりだ。
 恋なんて知らなかった。
 奏歌くんに出会って愛しいという気持ちを知って、今奏歌くんにキスしたいくらいに恋をしている。

「誕生日プレゼントにもらっておくけど、頻繁にはしないようにしようね」
「う、うん。奏歌くんもまだ中学生だし」
「来年の誕生日にも、キスして欲しいな」

 15歳の奏歌くんともキスをする。
 それを考えただけで昨日が奏歌くんのお誕生日だったのに、もう次のお誕生日が楽しみになって来る。
 誕生日だけの奏歌くんと私の二人だけの秘め事。
 ソファに座った奏歌くんは、私に猫の姿になるように促して、膝の上に頭を乗せさせてくれた。私を撫でる奏歌くんの手も6歳のときよりもずっと大きくなっている。

「真尋兄さんが現れて、僕はちょっとだけ不安だったんだ」
「不安? どうして?」
「真尋兄さんは、僕に似てるから、海瑠さんを取られないか心配だった」

 撫でながら正直に不安を口にしてくれる奏歌くんに、私は「そんなことない」と答える。

「私にとっては奏歌くんだけが運命のひとだよ」
「うん、それも言ってくれたし知ってる。不安だったのも、海瑠さんがキスしてくれたから消えちゃった。僕って現金だね」

 くすくすと笑う奏歌くんの笑い声が甘く聞こえる。奏歌くんは中学生になって少し声が低くなった気がしていた。

「奏歌くん、声変わりした?」
「うん、ちょっと低くなったかなって思うことがある」

 声変わりとは一気に声が変化するのではなく、声が出にくい期間があったり、違和感のある期間があったりして、ちょっとずつ下がっていくようなのだ。

「僕はあまり声が変わって欲しくないんだけどね」
「声変わりは嫌?」
「海瑠さんと歌えなくなっちゃう」

 劇団の歌は全員女性の役者なので、男役でも女性の低音域くらいの音で構成されている。奏歌くんが完全に男性の低い声になってしまったら歌えない曲が出てくるのは確かだろう。

「男性でも、テノールとバスがいるから、奏歌くんはどっちになるかな?」
「テノールくらいがいいな」

 私は声域が広く、女性のソプラノから男性のテノールくらいまでの音域を歌うことができる。奏歌くんがテノールくらいで声変わりが止まるとすれば、劇団の歌を歌うのも不可能ではないだろう。
 奏歌くんと出会ってもう九年目に入る。
 奏歌くんは順調に大人に近付いていた。
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