可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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八章 奏歌くんとの八年目

29.すき焼きとアイスクリームケーキでお誕生日

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 いつもは篠田家のお誕生日に来た日に奏歌くんに渡す「奏歌くんのためのコンサートチケット」も、今日は既に「奏歌くんのためのミュージカル」が終わっていた。奏歌くんはその件に関して、言いたいことが私にあったようだ。
 篠田家に着くと私と百合と真尋さんに紅茶を淹れてくれて、私の隣りに座って真剣な表情になる。

「あんなすごいことをしてくれるんだったら、先に知っておきたかったな」
「サプライズでプレゼントしたかったの」

 奏歌くんに説明をせずに今日は午前中に迎えに行く約束をして、公民館に百合の車で連れて行っていきなりのミュージカル公演だったので、奏歌くんには若干の不満が残ったようだった。

「先に知ってたら、やっちゃんにお願いして、撮影してもらったのに」
「あ、そっか! やっちゃんに撮影してもらえばよかったのか」
「僕だけの公演にしてくれたのは嬉しいけど、あんな豪華な公演が記録に残らなかったのが悲しいんだ」

 どんよりと肩を落としている奏歌くんのために私と百合と真尋さんで話し合いを始める。

「次のスケジュールが空くのはいつ?」
「僕は明日も休みですよ」
「海瑠も明日休み取ってるでしょ? 私も明日に休みを変えてもらう?」
「真尋さん、百合、明日、お願いできる?」

 お願いすると真尋さんも百合も快く受け入れてくれた。

「明日、もう一度奏歌くんのためのミュージカルを開いて、やっちゃんに撮影しておいてもらうのはどうかな?」
「もう一回してくれるの?」
「奏歌くんがそんなに残念に思ってくれるなら、私たちもやらなきゃ」
「初めてできた弟のお誕生日だから、兄にいいとこ見せさせてよ」
「私もご飯をいただくし、その分は働くわ」

 私と真尋さんと百合の言葉に奏歌くんはハニーブラウンのお目目をキラキラさせて感動していた。
 それにしても百合の報酬は篠田家のご飯やクッキーなのだが、劇団の女役トップスターがそんな感じでいいのだろうか。

「ありがとう。真尋兄さん、百合さん、本当にありがとう」

 手を握って真尋さんと百合に感謝を告げる奏歌くんは本当に嬉しそうで、私も幸せな気分になることができた。小ホールの貸し出しは真尋さんが電話で予約をしてくれた。ちょうどよく予定が入っていなかったので小ホールは簡単に借りることができたようだ。
 仕事から帰って来たやっちゃんには事後報告になってしまうが、撮影のお願いをする。

「やっちゃん、明日、奏歌くんのためのミュージカルの撮影をしてくれない?」
「かなくんのためにミュージカルするのか?」
「今日、お誕生日お祝いにしたんだけど、撮影者がいなかったのが奏歌くんは嫌だったみたいなの」

 奏歌くんが不満に思うならもう一度公演をすることくらい私は喜んで引き受ける。奏歌くんに喜んでもらうために海香を脅して脚本を書かせて、百合を買収して出演させたミュージカルなのだ。なお、どちらも使ったのは奏歌くんと作ったクッキーだったが。

「いいけど、動画? 写真?」
「どっちかな? 奏歌くん、どっち?」
「やっちゃん、どっちともできる?」
「動画を撮る方のカメラを定点にして、写真は別に撮れば、できないことはないよ」

 ただし、とやっちゃんが条件を付け加える。

「茉優ちゃんにも見せてやってくれよ」

 茉優ちゃんは演劇に興味はあまりないかと思っていたがそういうことはないようだ。

「茉優ちゃんは、劇場はひとが多いから行きにくいだけで、演劇自体は嫌いじゃないみたいだから、見せたら喜ぶと思うよ」
「いいかな、奏歌くん?」
「うん! 僕一人じゃもったいない」

 奏歌くんの了承も得て、二回目の公演は茉優ちゃんと奏歌くんを観客に、やっちゃんを撮影者として迎えてのものになりそうだった。やっちゃんが脚本を確認する。

「ここの見せ場で写真を撮って、こっちでは動画をズームした方がよさそうだな」

 コピーした脚本に細かい撮影のための指示を書いていくところはさすがプロだ。撮影もできる、写真や動画加工もできる、取材記事も書ける、万能の広報としてやっちゃんは劇団の中でかなりの地位を築き上げている。
 劇団広報のトップと男役トップスターの私と女役トップスターの百合と他の劇団の若手俳優の真尋さんが揃った公演は、確かに奏歌くんの言う通りとても贅沢だった。
 打ち合わせが終わるとやっちゃんは奏歌くんのお誕生日のご馳走を作っていく。真尋さんと百合が増えたが、あまり関係ないようだった。

「今日はすき焼きだよ。肉を多めに買っといてよかった」
「すき焼き!?」

 百合の目がきらーんと光る。

「海瑠さん、うちのすき焼きは美味しいんだよ」
「食べ方を教えてね」
「うん!」

 テーブルの上にガスボンベのコンロが準備されて、その上に鉄鍋が乗る。茉優ちゃんも美歌さんも席について、やっちゃんが何も乗っていない鉄鍋の上でさしのしっかりと入ったお高そうな牛肉を焼いていく。

「最初は脂を出すためにいい肉を焼くんだ。ワサビが大丈夫なら、ワサビ醤油で食べると美味しいよ」

 それぞれのお皿に焼けたお肉を乗せてくれるやっちゃんに、奏歌くんが説明してくれる。鉄鍋は牛肉から落ちた脂でてらてらと光っていた。
 熱々の焼けたてのお肉をワサビ醤油でいただく。奏歌くんもちょっぴりのワサビなら平気なようで、つけて食べていた。

「美味しい!」
「このお肉、ものすごく高級なんじゃ!?」
「最高!」

 感動する私と真尋さんと百合に、やっちゃんは苦笑している。

「次からの肉は安い奴だよ。最初だけうちはいい脂を出すためと、ちょっとした贅沢でいい肉を使うんだ」

 次に入れられたお肉は明らかにパックからして違うのが私にも分かった。一枚一枚広げられていないし、固まるようにして一気に鉄鍋の中に入れられる。お肉の上からお砂糖と醤油とお出汁を入れて、やっちゃんがネギと糸こんにゃくとゴボウとキャベツとお豆腐を煮ていく。
 その間に奏歌くんがみんなに生卵を配っていた。

「生卵に浸けて食べると美味しいよね」
「生卵に浸けるの?」
「うん。余った卵は卵かけご飯にするんだけど、余らないことが多いかな」

 すき焼きの流儀はよく分かっていないが卵を割ることはできる。百合が卵を割るのに苦心していると、茉優ちゃんがそっと手伝って割ってあげていた。

「そろそろ煮えたから、お好きなものをどうぞ」

 やっちゃんの号令でみんなの箸が鉄鍋に向かう。
 お肉を取ったり、お野菜を取ったりして、生卵にくぐらせて食べる。

「美味しい……すき焼きの味がマイルドになる」
「でしょ? すき焼きに生卵は最高なんだよ」

 食べて感動する私に、奏歌くんが胸を張っていた。
 すき焼きを食べ終わると、ケーキが出される。奏歌くんのお誕生日ケーキは良く冷えたアイスクリームケーキだった。

「夏だからアイスクリームにしてって言ったら、やっちゃんが作ってくれたんだ」
「すごい! アイスクリームケーキって作れるんだ」
「下のスポンジは僕も手伝ったよ」

 奏歌くんとやっちゃんが作ってくれたアイスクリームケーキを切り分けてみんなでいただく。奏歌くんは紅茶を、美歌さんはコーヒーを淹れてくれた。

「またいつでも遊びに来てくださいね」
「ありがとうございます」
「百合さんも遠慮せずに来てくださいね」
「はい! 喜んで!」

 真尋さんはいいのだが、百合に遠慮せずなどと言ってしまうと本当に遠慮しなくなるのだが、美歌さんが言っているので仕方がない。
 美味しい夕食とアイスクリームケーキをいただいてその日は百合にマンションに送ってもらった。
 翌日は奏歌くんのための二回目の公演がある。
 そこにはやっちゃんが撮影陣として参加してくれて、茉優ちゃんも見に来てくれるはずだ。
 たった一度で終わるはずの公演がもう一回に増えたことは、奏歌くんをたくさん祝いたかった私にとっては嬉しいことだった。
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