可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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九章 奏歌くんとの九年目

17.お正月と奏歌くんの呼び方

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 お正月は着物を着て奏歌くんと神社にお参りに行って、海香の家に挨拶に行った。
 家に入れてもらうとベビーベッドで泣いているかえでのオムツを宙夢さんが替えようとしていて、素早くさくらが新しい紙オムツとお尻拭きを宙夢さんに渡している。

「かえでが生まれてからさくらが張り切っちゃって」
「かえちゃん、かわいいの! みかさん、いらっしゃい」

 抱っこしたいんだけど体格の問題で抱っこさせてもらえないことや、かえでがもう少し大きくなったら公園に一緒に行きたいことなどをさくらが4歳の拙い言葉で伝えていく。床に座ってさくらを膝に乗せて美歌さんは穏やかにそれを聞いていた。

「さく、みかさんがすき。かえちゃんもかわいい」
「私もさくらちゃんが大好きよ」
「かえちゃん、さくのこぶんにするの!」
「子分!?」
「まちがえた、おとうとだった!」

 どういう間違えなんだろうと思ってしまうのだが、さくらは「まちがえちゃった」と照れている。どこをどう間違えれば弟が子分になるのか私には分からないが、姉とはそういうものなのかもしれない。

「海香も私のこと、上手く使える役者として見てる気がするし」
「気のせいよー。私だって海瑠が生まれたときにはオムツも替えたし、可愛がったのよ!」
「最近の脚本を見てるとなぁ」

 懐疑的な眼差しになる私に、海香は目を逸らしていた。
 海香の家を訪ねた後には莉緒さんの家を訪ねる。莉緒さんはいつもの着物姿で私たちを待っていてくれた。

「あけましておめでとうございます、茉優ちゃん、奏歌くん」
「お祖母ちゃん、あけましておめでとうございます」
「今年もよろしくお願いします」

 挨拶をする茉優ちゃんと奏歌くんに莉緒さんがお年玉を上げている。私も奏歌くんと茉優ちゃんには準備していたが、一つ気付いたことがあった。

「さくらにお年玉を準備してなかった!」

 口に出して言うと、美歌さんが笑い声をあげる。

「まださくらちゃんは4歳よ。お年玉を上げるのはちょっと早いわ」
「そうなんですか? 奏歌くんのときは……6歳だったか」
「6歳くらいまでは上げても親が貯金するだけだからね」

 美歌さんには私の知らないことを教えてもらえる。奏歌くんに出会ったことで、私は美歌さんややっちゃんとも出会えた。それが私の人生の中に常識を与えていくことになったので、やはり奏歌くんには感謝しかない。
 お正月の挨拶回りを終えて篠田家に戻ると、真尋さんが来た。奏歌くんと茉優ちゃんにお年玉を用意している。

「弟にお年玉を上げられる日が来るなんてすごく嬉しい。茉優ちゃんも受け取って」
「ありがとうございます」
「真尋兄さん、ありがとう。茉優ちゃんは僕のお姉さんみたいなものだから、真尋兄さんの妹でもあると思うよ」
「そうか、僕には妹もできたんだ」

 嬉しそうにしている真尋さんに私は心が和む。真尋さんがいると奏歌くんが育った後を思わせるようなビジュアルで、奏歌くんと並んでいると私が眼福なのだ。

「真尋さんとまた舞台に立ちたいわ。奏歌くんと立っているのを奏歌くんが見てくれてるみたいで、すごく幸せなの」
「海瑠さんは本当に奏歌くんが好きですね」
「大好きなの」

 当然のように答えると奏歌くんの顔が赤くなる。照れていた奏歌くんだったが、真尋さんに言いたいことがあったようだ。真正面から真尋さんを見る。真尋さんの方が背が高いが、私より低いので、奏歌くんは少し上を向く様子になっていた。

「真尋兄さん、兄なんだから僕のことは、奏歌って呼び捨てにして」
「いいのかな?」
「うん、そっちの方が本当の兄弟みたいで嬉しい」

 ずっと兄弟が欲しかった奏歌くんにとっては、年の離れた兄だったけれど真尋さんと打ち解けられたことは何よりも嬉しいことなのだろう。奏歌くんのお願いを聞いて、真尋さんが微笑む。

「分かったよ、奏歌」
「ありがとう、真尋兄さん……ううん、僕も兄さんって呼ぶ!」
「これからもよろしくね」

 真尋さんと奏歌くんの仲の良い様子に私は和んでしまった。
 お正月が過ぎると冬休みの間、奏歌くんは毎日私の家に朝早くから通ってきてくれて、朝食を作って、お弁当も作って、私を稽古に送り出してくれた。

「朝早くて大変じゃない?」
「早く寝てるし、眠くなったらハンモックでお昼寝するよ」

 冬場のハンモックは寒いので、中に毛布を入れてある。ダブルのハンモックだが、奏歌くんの身体は大きくなっていたし、もう一緒に寝ることはなくなっていた。別々に寝るのも寂しいのであまり使っていないが、私が猫の姿になって奏歌くんが蝙蝠の姿になったときには、二人で入ることもある。

「奏歌くん、行ってきます」
「行ってらっしゃい、海瑠さん」

 マンションを出るときにも私は一人だけではない。行ってらっしゃいと言ってくれる存在がいることが幸せで幸せで堪らなかった。
 冬休みの休みの日に私と美歌さんと奏歌くんは海香のところに呼ばれた。内容は分かっていた。

「春公演の脚本を書かなきゃいけないから、そろそろかえでを保育園に預けたいのよ。さくらみたいに頻繁じゃないけど、かえでも犬の姿になることがあって、暗示をお願いしたいの」

 保育園入園のためにさくらは奏歌くんに暗示をかけてもらって、猫の姿にならないようにしてもらった。今度は小さなかえでの番だった。
 まだ乳児なので制御ができないとはいえ、人前で犬の姿になってしまうのはよろしくない。

「かえちゃん、わんわん、めーよ」
「う?」

 ベビーベッドの中で白い子犬の姿になっているかえでに、さくらが言い聞かせている。

「さく、にゃーにゃだけど、おうちのそとでは、にゃーにゃにはならないの。かえちゃんも、おうちのそとで、わんわん、めーよ」

 言い聞かされても小さなかえでに分かるはずがない。
 さくらを美歌さんが抱っこする。

「これから、奏歌が言い聞かせるからね」
「かなちゃん、よろしく」
「かなちゃんなの、僕!?」

 これまでさくらが奏歌くんを呼んだことはなかったが、さくらの中で奏歌くんは『かなちゃん』だった。母親の美歌さんの恋人のつもりなのだから、美歌さんの息子の奏歌くんは息子の気持ちなのかもしれない。
 4歳のさくらに『かなちゃん』と呼ばれても奏歌くんは怒ったりしない。ちょっと苦笑はしていたが。

「かえでくんは人間の子だよ。かえでくんが犬になっていいのはお家の中だけ。お外ではかえでくんはただの人間の子ども」

 言い聞かせる奏歌くんの目が赤く光っている。真里さんから教えてもらった暗示の力を使っているのだろう。話を聞いていたかえでは、黒い目をくりくりさせながら人間の姿に戻ってベビーベッドで蠢いていた。

「ママ、かえちゃん、さくとおなじほいくえん、いける?」
「申し込みはしてるから、行けるといいんだけど」
「さく、かえちゃんのおへや、みにいく!」

 かえでくんが無事に保育園に行けるようになりそうで、さくらは期待しているようだった。姉とはこんなものなのだろうか。弟が泣くと素早くオムツとお尻拭きを取り出し、抱っこしたいとせがんで体格的に無理だと断られて抗議する。
 私は海香に抱っこされたことがあるのだろうか。少し気になって来てもいた。

「海香は私を抱っこしたことがある」
「あるわよ。オムツも替えたわ」
「そっか……全然覚えてない」

 私にとって昔のことは曖昧過ぎて覚えていない。それを言えば海香に笑われてしまう。

「赤ちゃんのときのことを覚えていないのは、みんなよ」
「さく、おぼえてる! みかさん、だっこしてくれて、さく、みかさんとけっこんするんだってわかった!」

 大きな声で返事をしたさくらに美歌さんが驚いている。

「さくらちゃん覚えてるの?」
「うん、はじめてみたときから、さく、みかさんがだいすきだった」

 初めて抱っこされたときからさくらは美歌さんに抱かれていると大人しかった。それが運命を感じていたからなんて驚きだ。

「私もさくらちゃんが大好きよ」

 美歌さんの言葉に微笑むさくら。運命とはこんなにも強いものなのだと実感した。
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