忘れられない君の香

秋月真鳥

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ヴォルフラム(攻め)視点

4.衝撃の事実とアレクシスのヒート

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 ハインケス子爵家のお茶会では、両親や兄たちにアレクシスへの想いをばらされそうでひやひやしたが、第三王子のフィリップが来ていることには驚いた。フィリップはヴォルフラムの学友なのでお茶会に参加してもおかしくはないのだが、ハインケス子爵家は身分が低い。
 フィリップに余計なことを言わないように視線で頼んでお茶会を楽しんだが、途中で庭を散策に言ったときにアレクシスが春になったら馬に乗って出かけようと誘ってくれそうだったのを遮って悲鳴が聞こえてヴォルフラムはぞっとした。

 熟れすぎて地面に落ちた果実のような濃厚で吐きそうなフェロモンが垂れ流されている。
 少し離れた位置にいたフィリップにヒートになったオメガが迫っていたのだ。覆い被さるようにしてフィリップを誘惑するオメガのフェロモンに吐き気しかしないのに、中心が兆してきて、反応してしまうのが悔しい。
 フィリップを助けたいが、アルファの発情であるラット状態になったフィリップに触れるのは危ないし、近付きすぎればヴォルフラムもオメガのヒートのフェロモンにやられてしまうと分かっているので動けずにいると、アレクシスが素早く動いた。

 オメガをフィリップから引きはがし、右の小脇にフィリップ、左の小脇にヴォルフラムを抱えて屋敷の中に走り込む。フィリップもヴォルフラムも成人しているアルファなので軽いわけがない。それを軽々と二人も抱えて屋敷に走り込んだアレクシスの取った行動は迅速だった。

「ヒートになったオメガが庭にいます。フィリップ殿下が襲われそうになっていたので、救出しました。部屋を貸してください。フィリップ殿下をお一人にさせてあげてください」
「フィリップ殿下はラットを起こしそうになっているのですか? 緊急の抑制剤を持って行きます。部屋に案内するように」

 すぐにフィリップは隔離されて緊急用の抑制剤を打たれて、ヴォルフラムはアレクシスと二人きりで鍵のかかる小部屋に入った。
 
「あなたの前で、他のオメガのフェロモンに反応しているところなど見せたくなかった」
「治まりそうですか?」
「もう少しあなたの匂いを嗅いでいたら落ち着くと思う」

 膝の上に横抱きにされて抱き締められていると、アレクシスの心地いいフェロモンで反応しかけていた中心も落ち着いてくる。
 まだラット状態に入っていなかったのでよかったが、入っていたらアレクシスに襲い掛かっていたかもしれないと思うと恐ろしい。
 できるだけ早くアレクシスと番になってしまいたい。
 ヴォルフラムはアレクシスの香りに包まれながらそう思っていた。

 フィリップにヒート事故を仕掛けようとしていたオメガは捕らえられて連れて行かれた。フィリップが学園にいたころに何度も告白してきて断られていたオメガだった。
 あのオメガは二度と表に出られないように処理されるだろう。

 帰りの馬車の中で、アレクシスは契約書を父ではなくヴォルフラムが作ったことに気付いたようだった。あんな紙切れ一枚、ヴォルフラムの気持ち一つでどうにでもなるのだと理解してくれたのならばありがたい。最初に欲望のままに作ってしまった契約書にアレクシスは捉われているようだったから、もうそんなことはしなくていいのだと伝えたかった。

「おれが頼んで作ってもらった。だから、アレクシスは気にしなくていいんだ。契約を破ったからって、父が借金の肩代わりをやめることはない」
「そうだったのですね」
「すまない、黙っていて。おれがどうしてもアレクシスと結婚したくて、番になりたかったから」

 正直に白状すると、アレクシスが困ったような顔になる。

「わたしと結婚したいだなんて、あなたは変わったひとですね」
「ずっと憧れていたんだ。アレクシス、あなたは素晴らしいひとだ。おれはあなたのことを運命ではないかと思っている」

 初めて出会ったときからヴォルフラムはアレクシスを愛している。
 アレクシスだけを運命だと思って追いかけ続けていた。
 それを口にしたいのだが、自分のやったことを思うと清廉潔白なアレクシスに嫌われてしまわないだろうかとヴォルフラムは口を閉ざす。

 アレクシスも何か言いたそうにしていたが、それを聞き出すことはできなかった。

 冬が深まってバルテル侯爵家の庭も雪に埋もれるようになってくると、アレクシスがヴォルフラムに控えめに伝えてきた。

「あの……そろそろヒートなのですが……」
「あ、いや、アレクシスの心の準備ができていないなら、おれは待っても構わないよ。おれもアレクシスもまだ若いし、急ぐようなことでもないし」

 本当はすぐにでも抱きたいし、番になりたい。
 欲望はものすごくあるが、アレクシスの気持ちがないのならば体を繋げても仕方がない。契約も破って構わないとアレクシスに伝えてあるので、アレクシスは遠慮なくヴォルフラムを拒むことができるだろう。

 そんなことを思っていたら、アレクシスがとんでもないことを口にした。

挿入れるのは初めてではないので、手間は取らせないと思うのですが」

 考えなかったわけではなかった。
 オメガとしてヒートがつらくてアレクシスが体を慰めるために抱かれたことがあるのではないかとか。それはオメガにとっては救済措置であり、純潔を失うようなことではないと貴族社会ではされているので、ヴォルフラムはそれも含めてアレクシスを愛さなければいけない。
 分かっているのに、目の前が真っ赤になって落ち着けない。

「アレクシス……経験が……いや、そうだな。オメガはヒートの期間に体を慰めるために交わっても、応急処置として純潔は守られると貴族社会では決まっているからな」
「ヴォルフラム様?」
「すまない、少し一人になりたい」

 これ以上アレクシスの顔を見ているのもつらくて、ヴォルフラムはその場を離れてしまった。
 部屋に戻ってヴォルフラムは一人、部屋の中を冬眠前の熊のように歩き回る。
 長い真っすぐな金髪を掻き乱し、アレクシスが誰かに抱かれたことで頭がいっぱいになってしまっているのをどうにかしようとするが、無理だった。

 貴族は一定の年齢になると閨教育を受けるし、特に男性は実地で習うこともある。ヴォルフラムはアレクシス以外を望んでいなかったので、実地の閨教育は丁重にお断りして、書物だけで性交を学んだ。
 その書物もかなりマニアックなことまで書かれていたのだが、ヴォルフラムは真面目に閨教育にも励んだ。

 その結果として、アレクシスを抱くときには苦しい思いをさせないで済むはずだったのに、アレクシスが誰かに抱かれたという事実に冷静になれないでいる。

「アレクシス、誰に体を許したんだ……。アルファか? ベータか?」

 学園でも必死にアレクシスに興味を持つものを遠ざけていたつもりだったが、アレクシスの方からアプローチしたのならばヴォルフラムがどうにもできる範囲ではなかった。
 アレクシスが誰か他の男に抱かれた。
 そのことが頭から離れない。

「おれで上書きしてしまえばいい。番になればアレクシスは他の男を拒むようになる。二度と他の男に奪われないようにすればいい」

 近付いているアレクシスのヒートで、ヴォルフラムはアレクシスの体を上書きしてしまおうと決めた。

 ヒートまでの期間、ヴォルフラムはアレクシスを責めないように必死で自戒していた。
 オメガのヒートは本当につらく、耐えられないで短い年月で命を落とすオメガも少なくない。オメガの自死も増えているのだと聞いていたから、アレクシスを追い詰めるようなことはしたくなかった。

 何があろうとヴォルフラムはアレクシスを愛していて、アレクシスだけを生涯の伴侶とすると決めていたので、アレクシスにどんな過去があろうともそれは変わらないつもりだった。

 ヒートが始まったアレクシスは立ち上がれないようで、ヴォルフラムが肩を貸す。
 しっかりとした体付きに立派な胸筋、がっちりとした腹筋、丸い発達した大殿筋。見事な体付きのアレクシスから放たれる甘い桃のような香りに、ヴォルフラムはその場でアレクシスを押し倒さないように必死だった。

「ヴォルフラム様、わたしの部屋に寄ってください」
「すぐにでも寝室に連れて行きたい」
「チョーカーの鍵が……」

 夫夫の寝室に連れて行こうとすると、アレクシスがチョーカーの鍵を部屋に置いているという。鍵を取るまで付き添いたかったが、アレクシスは部屋に入られるのを嫌がっているので部屋の前で待っていた。

 しばらくしてもアレクシスは出てこないし、部屋の中で大きな物音がしたのでアレクシスが倒れたかと心配になりドアを開けると、部屋中にアレクシスのフェロモンが充満していて、それだけでヴォルフラムはラット状態に入りそうになった。

「あ、アレクシス、あれは……?」
「あれは、ち、違うのです。いえ、違わないのだけれど……。すみません、勝手にあなたのものを借りるようなことをしてしまって」

 それだけではなく目に飛び込んできた光景にヴォルフラムは立ち尽くす。
 アレクシスのベッドはヴォルフラムの衣服で巣作りがされていた。
 やはりという思いと、アレクシスは本能的にヴォルフラムを求めていたのだという気持ちが溢れて、歯止めが効かなくなる。

「おれたちの初夜だから、できるだけ優しくしたいと思っているのに、アレクシス、あなたはおれを煽るようなことをして」
「あおる?」
「ダメだ。もたない。アレクシス、あなたの寝台を使うことを許してほしい」

 オメガの作った巣には招かれなければアルファは入ってはいけないことになっている。
 ラット状態に入りかけていても、必死に許可を取ってヴォルフラムはアレクシスをベッドに押し倒した。
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