忘れられない君の香

秋月真鳥

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ヴォルフラム(攻め)視点

9.罠にかけられたアレクシス

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 事業の立て直しでバルテル侯爵家も経済的に落ち着き、領地経営もうまくいくようになったので、アレクシスとヴォルフラムは社交にも励まなければいけなくなってきていた。
 それまでは借金持ちの侯爵家ということでバルテル侯爵家を軽く見る貴族たちが多かったが、これからは事業が立て直って資産も増やしていく過程でバルテル侯爵家は見直されてきていた。

 第三王子のフィリップの婚約が発表されるという王都でのパーティーに出るために、ヴォルフラムはアレクシスと共にバルテル侯爵家の王都のタウンハウスに向かっていた。アレクシスが学生時代にはそこから学園に通っていたという王都のタウンハウスは最低限整ってはいるが、改修が必要なところも多かった。
 これもヴォルフラムが采配すべきだったと反省しつつ、王都に来たついでに改修の確認をして、婚約パーティーに望んだ。
 フィリップの婚約者は隣国の王女でベータの女性だった。
 オメガはただでさえ数が少ないし、王族ですらオメガを産むのは難しい。ベータでもフィリップは納得して婚約したに違いなかった。

「ヴォルフラム、よく来てくれた。わたしの婚約者のエメリーヌ殿下だ」
「お初にお目にかかります、エメリーヌ殿下。わたしは学生時代にフィリップ殿下の学友だったヴォルフラム・バルテルと申します」

 バルテル侯爵家に婿入りしたときからヴォルフラムの家名はバルテルになっている。男性同士の結婚なので、アレクシスがバルテル侯爵で、ヴォルフラムは侯爵家が持っている爵位の中から伴侶に相応しいものをもらうというのが普通なので、バルテル伯爵になっている。

「フィリップ殿下の御学友の方なのですね。わたくしはエメリーヌと申します」
「わたしはアレクシス・バルテルです。ヴォルフラム様の伴侶です」
「初めまして、アレクシス様。男性同士の夫夫なのですね」
「ヴォルフラム様はアルファで、わたしがオメガですので」

 説明をするアレクシスにエメリーヌの目が大きく見開かれる。

「アレクシス様はオメガなのですか? こんなに格好いいオメガは始めて見ました。背もとても高くて素敵です」
「エメリーヌ殿下、わたし以外の男性をそんなに褒めると妬けます」
「フィリップ殿下ったら。オメガのアレクシス様がわたくしと何かあるはずがありませんわ」

 ころころと笑うエメリーヌにフィリップが話して聞かせる。

「昨年のハインケス子爵家のお茶会で無礼なオメガがヒートのフェロモンをまき散らせて襲い掛かったのですが、アレクシス殿はわたしとヴォルフラムを両脇に抱えて助けてくださったのです」
「まぁ!? フィリップ殿下とヴォルフラム様を一度に持ち上げたのですか?」

 とてもオメガとは思えないような格好いい姿だったアレクシスを思い出すだけでヴォルフラムは胸が熱くなる。アルファとして体格のいい男性であるヴォルフラムとフィリップを必要だったとはいえ両脇に抱えるだなんて、アレクシスくらいしかできないだろう。

「フィリップ殿下、その話はお許しください。失礼を致しました」
「とても助かりました。おかげで無礼なオメガに襲われずにすみました」

 礼まで言われてアレクシスは恐縮している。本当に謙虚で控えめなアレクシスにますます惹かれてしまう。

 フィリップに挨拶をした後には、ヴォルフラムの両親にアレクシスは囲まれていた。

「去年のお茶会の話をされていましたね。あのときのアレクシス様の凛々しく格好よかったこと」
「こんな素晴らしい方と結婚できてヴォルフラムは本当に幸せですね」

 学園時代からアレクシスのことは話していたため、両親もアレクシスのことを知っていて、特に母は同じオメガとしてアレクシスに憧れすら抱いている。きらきらと輝く目で見られてアレクシスは困っているようだった。

 晩餐会が終わり、場所を広間に移してダンスが始まったころに、アレクシスの近くに細身で小柄な男性が近寄ってきた。いかにもオメガらしい整った顔立ちの若い男性はアレクシスに囁いている。

「助けていただけませんか?」
「どうされましたか?」
「バルテル侯爵はオメガとお聞きしました。ヒートが始まってしまいそうなのです。安全な場所までついてきてもらえませんか?」

 ヒートが突発的に始まりそうなときには、オメガのための控室が用意されていて、そこには抑制剤も用意されていて、内側から鍵をかければ力の強いアルファでも壊せないくらい頑丈で、いわゆるシェルターの機能を果たすと聞いている。
 貴族が集まる屋敷にはどこにでもそんなシェルターがあって、ヒート状態になったオメガやラット状態になったアルファが駆け込めるようになっていた。
 フィリップがハインケス子爵家でラット状態になりかけたときにアレクシスがフィリップを押し込んだのもその部屋だ。

「それは心細いでしょう。幸いわたしは体術も剣術も心得があります。お守りしましょう」

 シェルターとなる部屋に行くまでにヒートが始まってしまえば、アルファだけでなくベータもそのフェロモンに惑わされることがあるという。体術と剣術の心得があるオメガのアレクシスに守ってもらうのが一番オメガの男性にとっては心強いのだろう。

「ヴォルフラム様、少し失礼します。この方を送ってきます」
「気を付けて」

 見送るつもりだったが、ヴォルフラムも番を持つアルファなので、番のフェロモン以外が作用することはないので、アレクシスのことが気になってしまってそっと二人の後を尾行した。
 オメガはよろめき、アレクシスに支えられている。

 オメガ同士なのでそういう意図はないと分かっているが、アレクシスに知らない男が触れるのは不快でイライラしてきたところで、オメガがアレクシスに言っているのが聞こえた。

「この部屋に誰か潜んでいるかもしれません。安全かどうか見てきてくれませんか?」
「分かりました。ここで待っていてください」

 オメガの男性に言われてアレクシスが部屋に入った瞬間、オメガの男性は部屋のドアを外から閉めてしまった。中でがちゃっと鍵が閉められた音がした。

「貴様、何をした!」

 慌てて駆け寄ったヴォルフラムに、オメガの男性は怯えた表情で逃げようとしたが、すぐにその細い腕を折れるほど強く掴んで押さえ付けてしまう。

「洗いざらい吐け! でないと、四肢を引き抜いてくれる!」
「お許しください! バルテル侯爵に懸想しているアルファが、バルテル侯爵をこの部屋に連れてくればわたしにいい縁談を紹介してくれると……」
「中にアルファがいるのか!?」

 最初からシェルターとなる部屋にアルファが潜んでいて、アレクシスが部屋の中を確認しに入ったところで鍵をかけてアレクシスを襲う。そういう手はずになっていたようだ。
 オメガの男性は警備の兵士に引き渡し、ドアノブをガチャガチャいわせても、ドアを蹴り破ろうとしても、シェルターとなる部屋は堅牢でびくともしない。

「アレクシス! アレクシス! 無事か!?」

 近くにいた警備の兵士に部屋の鍵を持ってくるように命じて、アレクシスに声をかけ続けたヴォルフラムだったが、意外に早くドアは開いた。
 血に濡れた白い手袋を外しつつ、アレクシスがドアを普通に開けて出て来る。

「アレクシス!」
「ヴォルフラム様、ヒート促進剤を打たれました。加減ができずに相手のアルファを殴りすぎてしまったかもしれませんが……このまま帰る馬車を手配してくれますか?」

 一応部屋の中を確認すると、体格のいいアルファが顔面を殴打されて、鼻血を吹いているだけでなく、恐らく鼻の骨も折れているような状態で泡を吹いて倒れていた。
 ヒート促進剤を打たれたというアレクシスの体からはフェロモンの香りが濃厚にしている。

「何もされていないか?」
「殴りすぎて手袋をダメにしました。ヴォルフラム……あなたの香りを嗅ぐと力が抜ける……。早く帰りたい」

 普通はヒートになれば交わること以外考えられなくなって、力も入らなくなるのだが、番ではないアルファの前でなければアレクシスは全く力も抜けず、それどころか加減ができないほどにアルファを殴ってしまったようだ。

 手早く警備の兵士に中の状況を説明し、捕らえたオメガの男性とアルファの男性の処分はこの婚約パーティーの主催者であるフィリップに任せて、ヴォルフラムはアレクシスを支えて馬車に乗り込んだ。
 馬車の中で密着していると、アレクシスのフェロモンが強く香ってきて、ヴォルフラムは我慢できなくなりそうになる。

「アレクシス……」
「ヴォルフラム、こ、こんなところで、ダメです」
「分かっている。分かっているけれど」

 アルファの鋭い牙を通さないチョーカーの上からアレクシスの首筋にキスをして、ヴォルフラムは必死に耐えていた。
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