忘れられない君の香

秋月真鳥

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ヴォルフラム(攻め)視点

11.アレクシスの真実

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 翌日、アレクシスの手の甲の傷を医者に診せた。
 人間の口腔内というのは雑菌に満ちているため、歯が当たって怪我をしたのだったら気を付けておくに越したことはない。

「大袈裟です、ヴォルフラム様。このくらいはよくあったことです」
「大袈裟ではない。他人の口腔内の雑菌は危険なのだ」

 大袈裟だと遠慮しようとするアレクシスを説き伏せて医者に診せて、傷になっている部分を消毒してもらい、包帯まで巻くと、アレクシスは困ったような顔をしていた。
 医者が帰ってからアレクシスの包帯を巻いた右手が汚れないように、ヴォルフラムはアレクシスのためにパンを千切り、食事まで口元に持って行って食べさせようとする。

「ヴォルフラム様、平気です」
「その『ヴォルフラム様』というのも、そろそろやめてほしいのだが」
「呼び捨てにするのは夜のことを思い出すのでちょっと」
「それなら、ヴィーと呼んでくれてもいい」

 ヴォルフラムは明らかに男性の名前だったので、女装をさせられていた時期は両親も兄もヴォルフラムのことを「ヴィー」と呼んでいた。あまりいい印象のある呼び方ではないが、アレクシスにとっては「ヴィー」は初恋の少女でずっと思っていてくれた相手のはずだ。

「ヴィー……それでしたら、わたしのことはアレクと」
「アレクとヴィーか。悪くないな」

 昼間はアレクシスに「ヴィー」と呼ばれ愛されて、夜はアレクシスに「ヴォルフラム」と閨の中で密やかに呼ばれるのを考えると浮き立つような気持になる。
 朝食を食べ終わると、アレクシスは食後のお茶を飲みながら昨日の出来事について語ってくれた。

「ヒートを起こしそうだと嘘をついたオメガの連れて行った部屋には、わたしと体格が変わらないくらいのアルファがいました。彼は『学園時代からあなたを想っていた。あなたを他の男に盗られるなんて許せない』と言って、隠れていたドアの陰から走り出て、わたしにヒート誘発剤を打ったのです」

 ドアの陰に隠れていたので最初はいることに気付かなかったのだろう。オメガがドアを閉め、中にいたアルファがドアの鍵を閉めた後で起きた事件に、ヴォルフラムはアレクシスの横に移動してそのがっしりとした腰を抱いた。

「怖かっただろう?」
「怖くはなかったのですが、ひたすらに気持ち悪くて。あなたがわたしのことを学園時代から『憧れていた』と言われたときには、わたしは確かに嬉しかったのだと思います。同じことを言われているはずなのに、あのアルファだと気持ち悪くて、触れられたくなくて、気が付けば殴っていました」

 ヴォルフラムが告げた「学園時代からアレクシスのことを見ていた。憧れていた」という言葉はアレクシスに響いていたが、同じようなことを言っていてもアレクシスを襲おうとしたアルファに関してはアレクシスは気持ち悪さしか感じなかったという。
 アレクシスが確かに自分を愛してくれているという実感がわいて幸せになると共に、ヴォルフラムはアレクシスを罠にはめたオメガとアルファを許さない気持ちがわいてきていた。

「無理やりにヒート状態にして襲おうなんて相手に情を感じることはない」
「もちろんです。それに比べて、あなたは辛抱強く待ってくれたし、紳士でした。わたしはあなたと結婚できてよかったと思っているのです」

 アレクシスから素直な言葉が聞けて嬉しくて、ヴォルフラムは今ならば自分が動揺せずに冷静にアレクシスに聞けるのではないかと思っていた。
 いつかは明らかにしたかった、アレクシスの過去の男のことを。

「アレク、決してあなたを責めたりしないから教えてほしい。あなたが過去に経験があると言ったのは、どういう状況で、どういう男娼だったのだ?」
「男娼? わたしは男娼を買ったことはありません」
「では娼婦か?」

 オメガではあるがアレクシスは男性である。ヒートのときに後ろも疼くのだろうが、前も反応する。後ろではなく前を慰めてもらったのだろうか。
 意外な返答にヴォルフラムが首を傾げていると、アレクシスがソーサーにカップを置いて立ち上がった。

「すまない、アレク。聞かれたくないことだったか?」
「いいえ。ヴィー、わたしの部屋に来てくれますか?」

 怒らせてしまったかと焦ったが、アレクシスは冷静にヴォルフラムの手を取って自分の部屋に招く。
 アレクシスの部屋はアレクシスのフェロモンの香りに包まれていて、ヴォルフラムにとっても心地がいい。
 ヴォルフラムを椅子に座らせると、アレクシスは恥じらいながらも何本か棒のようなものを取り出して見せた。それが男性器を模した張り型であることに気付いて、ヴォルフラムは机の上に並べられた張り型に目を見開く。

「こ、これは?」
「借金がどうしても返せないと思ったときに、これで自分の後ろを拡張して、娼館に身売りに行こうとしました」
「身売りに!? アレク、あなたは買われたのか?」
「買われませんでした。こんな大柄なオメガは買い手がいないし、他の男娼や娼婦が取り合いになるので帰ってくれと言われました」

 身売りをするまで追い詰められていたことにも驚いたが、アレクシスが自分で張り型で後ろを拡張していたことにもヴォルフラムは驚いていた。

「それでは、経験があるというのは?」
張り型これを入れたことがあるという意味です」

 がらがらとヴォルフラムの中で何かが崩れていく音がする。
 アレクシスが他の男に抱かれたのだと勘違いして、初夜では手荒に抱いてしまった。その後もずっと他の相手を意識しすぎて、アレクシスに集中できていなかったときもあった。
 床に崩れ落ちたヴォルフラムをアレクシスが立ち上がらせようとする。
 その手をそっと外して、ヴォルフラムはアレクシスの脚に縋り付いて許しを求めた。

「おれはアレクが他の男に抱かれたのだと思って嫉妬してしまっていた。嫉妬のあまりアレクを手酷く抱いたり、責めるようなことを口にしてしまった」
「そうなのですか? ヴィーはずっとわたしに優しかったですよ?」
「すまなかった」
「謝ることはないです。誤解を生むようなことを言ってしまったわたしも悪かったのです」

 ヴォルフラムを立たせて、アレクシスが小さくため息をつく。

「娼館に身売りしようとしたなどと言ったら、ヴィーはわたしを汚らわしいと思ってしまうかもしれない。そう考えると、この話題は避けていました。一人で迎えたヒートのときも、わたしは浅ましくもこの張り型で自分を慰めていたのです」

 白に近い灰色の睫毛を伏せて恥じらうアレクシスに、ヴォルフラムは机の上に並べられた張り型をじっくりと見る。これがアレクシスの中に入っていたのかと思うと、全部焼き捨てたい気持ちになるが、同時にどのようにしてアレクシスが自分でこれを使って慰めていたのか見たい気持ちも生まれる。

「一番太いものでこのサイズか……足りなかったのではないか?」
「ヴィーのものを受け入れて、やっと満たされました。張り型では全然満たされなくて」

 一番太い張り型を見ても、アレクシスの中心よりも細くて短い。ヴォルフラムの長大なものとは比べ物にならなかった。

「これは捨てますね」
「ま、待って」
「え?」

 捨ててほしい気持ちと、これを使っているところを見せてほしい気持ちが複雑に絡み合って、ヴォルフラムはアレクシスを止めてしまう。

「おれの前で一度、使ってみてくれないか?」
「い、嫌です。そんな、恥ずかしい」

 拒むアレクシスに、確かに恥ずかしいだろうし、正気のときはしてくれそうにないとヴォルフラムは今のところは諦める。ヒートの期間ならばアレクシスの体は快感に流されやすくなるので、ヴォルフラムの願いを叶えてくれるのではないか。

「これはおれが処分しておく」
「分かりました。お願いします」

 大小ある数種類の張り型をヴォルフラムはアレクシスから受け取って、夫夫の寝室のサイドテーブルの引き出しにしまった。
 ヒートまであともう少し。
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