忘れられない君の香

秋月真鳥

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後日談

アレクシスの出産

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 アレクシス二十四歳、ヴォルフラム二十三歳の春、ヒート前にヴォルフラムがアレクシスを呼んでソファでアレクシスの体を脚の間に抱きかかえながら話しだした。首筋に顔を埋めて、うなじの匂いを嗅いだり、耳の後ろを唇で擽ったりするので、アレクシスは落ち着かないまま話を聞いていた。
 身長差はあるが、膝の上に乗らなければヴォルフラムを潰すことはないので、最近はヴォルフラムはアレクシスを膝の間に抱えるのを好む。アレクシスの体格に合わせてソファも大きなものが選ばれているので、二人で座っても狭くはない。
 この体勢だとヴォルフラムの目の前をアレクシスが完全に遮ってしまうので、ヴォルフラムは前が見えないし、飲食ができないのが問題ではあったが。

「そろそろ子どもを持ってもいいかと思っているんだ」

 チョーカーを巻いたうなじに口付けられて、吐息の熱さにびくりと体を震わせたアレクシスは、ヴォルフラムが最初何を言っているのか理解できなかった。

「子ども……?」
「次のヒートでは、避妊用の薬を飲まないでほしい」

 新婚生活を二人で続けたいと願うヴォルフラムのために、アレクシスはヒートのときには避妊用の薬を飲んでいた。オメガのヒートの期間にアルファと抱き合うと妊娠の確率は非常に高くなるし、アレクシスもヴォルフラムも体力があるので際限なく抱き合ってしまって、最初のヒートで妊娠しなかったのが奇跡のようなものだった。
 避妊用の薬なしだったら、アレクシスはヴォルフラムの精を胎に溢れるほど受けて、妊娠してしまう確率は極めて高かった。

「わたしにできるでしょうか」

 まずは妊娠できるかを心配してしまうアレクシスに、ヴォルフラムが服越しに割れた腹筋を撫でて首筋で囁く。

「今回できなかったら、次回も挑めばいいし、次回できなくても、その次もある。アレクもおれも若いし、急がなくてもいい。それにできなかったら養子をもらうという手もある」

 実子でなくてもヴォルフラムと一緒ならば養子に来た子を可愛がれる自信があったが、できればヴォルフラムとの間に子どもは欲しい。
 一年の新婚期間を終えて、ヴォルフラムも子どもを迎える心の準備ができたのだろう。アレクシスの方も子どもを産めないオメガと噂される前に、ヴォルフラムとの間の子どもが欲しかった。

「わたしも欲しいです、ヴィー」
「次のヒートで授かるようにたっぷり注いであげるよ」

 腹を撫でられて、耳朶に吐息をかけられて、アレクシスはまだヒートの期間ではないのにフェロモンを漏らしてしまうくらいまで高まっていた。

 期待をして迎えたヒートで、ヴォルフラムとアレクシスは体力の続く限り体を交わした。
 後ろから突き上げるヴォルフラムが背中に覆い被さるようにして、うなじの噛み跡に舌を這わせて、何度もそこに歯を立てるのに、ヴォルフラムの中心から与えられる刺激と共に快感が走ってアレクシスは絶頂し続ける。
 アルファのヴォルフラムは吐き出す精の量も尋常ではないが、オメガのアレクシスは中心がもうほとんど反応してなくて、とろとろと透明の液を垂らすだけになっている。

「アレク、出すよ。受け止めて」
「はい、ヴォルフラム……あぁっ!」

 最奥を突かれて熱い飛沫を吐き出される感覚に、アレクシスは再び中で絶頂していた。

 たっぷりと交わったヒートが終わってひと月して、アレクシスは医者の診察を受けていた。男性のオメガは妊娠しても胎児が小さいことが多く、悪阻が来るまでなかなか気付かないのだが、ヴォルフラムは名医と呼ばれる医者を呼んでアレクシスを診察させた。
 診察にはヴォルフラムが付き添ってくれていた。

「ご懐妊ですね。バルテル侯爵様、おめでとうございます」

 医者に言われてアレクシスはずっと握っていたヴォルフラムの手を強く握り、アレクシスの座っている椅子の横に立つヴォルフラムを見上げる。

「ヴィー、聞きましたか?」
「しっかり聞いた。先生、これから気を付けることとかありますか?」
「悪阻が出て来るのは個人差がありますが、それまでは今まで通りに食事をして、激しくない程度の運動も心掛けてください。転んだり、お腹を打ったりするようなことは避けてください。悪阻が出てきたら、食べられるものを食べられるときに食べて、水分補給だけはしっかりとしてください」
「周囲に妊娠していたひとがいないので出産までの行程も分からないのですが」
「男性オメガの妊娠を説明した本をお譲りします。これで夫夫で勉強されるといいと思います」

 男性オメガの妊娠の本をもらってアレクシスは分厚い本の表紙を撫でる。
 妊娠したのだという実感は薄いが、名医が言っているので間違いはないだろう。

「痛みや出血があったら、すぐに医者を呼んでください。わたしが呼べなければ、違う医者でもいいです。一刻を争う場合があります」
「分かりました。先生、これからよろしくお願いします」
「できる限りサポートさせていただきます」

 医者に頭を下げるヴォルフラムに、父親の自覚のようなものを見出して、アレクシスは心強く思った。

「雑菌が入るといけないので、性行為は控えてください。口での行為もバルテル侯爵様はされないように」

 当然言われるとは思っていたが、口でヴォルフラムを慰めるのも禁止されてしまって、アレクシスは一抹の寂しさを覚える。ただでさえヴォルフラムは若くて性欲旺盛なアルファなのに、自分のために我慢をさせてしまうというのは申し訳ない。

「手でなら?」
「アレク、おれのことはいいんだ。妊夫にんぷにそういうことをさせようと思ってない」

 手でご奉仕するのはいけないのかと聞くアレクシスに、ヴォルフラムはそういうことは求めていないとはっきり言ってくれた。

「番のフェロモンはオメガを守りますし、精神を安定させるので、バルテル伯爵様はバルテル侯爵様にフェロモンを与えるようにしてください」
「分かりました」

 妊娠してもヴォルフラムのフェロモンを浴びるのはいいことだと分かってアレクシスはほっとする。爽やかな好ましい香りのヴォルフラムのフェロモンに包まれると、アレクシスは安心するのだ。

 医者が帰ってから、二人でオメガの妊娠を説明する本を読んで、出産までの行程を頭に入れる。
 男性オメガは産む場所が女性と違うので、胎児が小さいうちに出てくるということで、妊娠期間も十月十日ではなく、九か月ほどが平均だと書かれていた。お腹も女性のように大きくなることは少なく、目立たないことが多いようだ。
 それでも服のサイズが変わるので、妊夫用のゆったりとした服を用意しておくように書かれている。
 子どもは未熟児として生まれるので、しばらくは医者に泊まり込んでもらう必要があるようだ。母乳が出るかどうかはオメガの体質によるらしいが、出るものはミルクがいらないくらいに出るらしい。
 妊娠中は市販の薬も抑制剤もヒート促進剤も、薬は何も飲んではいけない。必要な場合には医者に確認して処方してもらうようにと書いてある。
 さすがに抑制剤やヒート促進剤を飲むことはないが、飲まされることがないようには気を付けなければいけないとアレクシスは心に刻む。
 フィリップの婚約のパーティーで、油断したつもりはないのだが、飛び掛かってきたアルファにヒート促進剤を打たれてしまった過去があるだけに、警戒はしておかなければいけないと思っていた。

「執務は続けても構わないようだが、夜は早く眠るようにしよう。適度な運動が必要だから、お茶の時間の前に庭を散歩することにしよう」
「はい、ヴィー」
「おれが代わりに産むことはできないから、それ以外のことならなんでも協力する。執務もいつでも代わるし、疲れたらすぐに言ってほしい」

 妊娠する前からだが、ヴォルフラムはアレクシスにいつも優しく甘い。
 甘えていいのだと全身で表現してくれているから、アレクシスも素直にヴォルフラムには甘えることができる。

 妊娠したことをハインケス子爵夫妻に伝えたら、すぐに訪問するという手紙が来た。
 ハインケス子爵夫妻を迎えると、子爵夫人がアレクシスの手を握ってアレクシスを見上げる。

「本当におめでとうございます。ヴォルフラムに子どもが生まれるだなんて、こんな嬉しいことはありません」
「ありがとうございます。まだ実感はないのですが、ヴォルフラム様と一緒に出産まで頑張ろうと思います」
「あの、アレクシス様、お願いがあるのですが」
「何でしょう?」

 上目遣いにヴォルフラムとよく似た青みがかった緑の目で見つめられて、アレクシスは首を傾げる。

「孫も生まれるのです、わたくしのことは『お義母様』と呼んでもらえませんか?」
「いいのですか?」
「それなら、わたしのことは、ぜひ『お義父様』と」
「お義母様、お義父様、これからよろしくお願いします」

 ハインケス子爵夫妻とも心の距離が縮まったようでアレクシスは嬉しかった。

 妊娠生活は順調で、悪阻が来るようになったのは四か月くらいからだった。
 魚や肉の匂いで気持ち悪くなってしまうので、ヴォルフラムの食卓にも魚も肉も並ばなくなった。
 パンとヨーグルトと果物とドライフルーツとチーズは平気だったので、それを中心にメニューが組まれるようになった。

「ヴィーまで付き合わせてすみません」
「気にしなくていい。アレクが気持ちよく食事ができるのが一番だ」

 筋肉を維持するために良質のたんぱく質が必要だが、魚も肉もダメとなると、ヴォルフラムはそれを補うために大豆を料理に取り入れていた。屋敷の采配はヴォルフラムに任せているし、料理のメニューもヴォルフラムが決めるのだが、アレクシスの気分が悪くなる匂いがするものは徹底的に排除されたので、悪阻の期間もそれほど苦しむことなく過ごすことができた。

 八か月目にはアレクシスの割れた腹筋の下で、お腹が僅かに膨らみを帯びて、お腹を撫でるのが癖になっているアレクシスに、ヴォルフラムも何度もお腹に耳を付けて赤ん坊の様子をうかがっていた。

「今、蹴った?」
「蹴りましたね」
「なかなかやんちゃな子のようだ。アレクをあまり苛めないでくれよ」
「このくらいは平気ですよ」

 お腹の子どもに話しかけるヴォルフラムは、既に子煩悩な父親に見えた。
 九か月を迎えて、医者がアレクシスに提案した。

「これ以上胎児が大きくなると、出産が厳しくなります。帝王切開はできればしたくないので、陣痛促進剤を使うのはどうでしょう」

 アレクシスのお腹は体格がいいのであまり目立たないが、男性オメガにしては胎児が大きくなりすぎているようだった。

「陣痛促進剤に危険はないのですか?」
「このまま胎児が大きくなりすぎる方が危険です。帝王切開は胎児のために麻酔も最小限になりますし、バルテル侯爵様が耐えられるか分かりません」

 医者に確認してヴォルフラムはアレクシスの顔を見る。アレクシスは小さく頷いた。

「お願いします」

 陣痛促進剤を点滴で入れて、アレクシスは出産に臨んだ。
 出産はものすごい痛みを伴うとは聞いていたが、陣痛の時点で吐きそうなくらい痛いし、立てなくなったアレクシスはベッドで横になってヴォルフラムに腰をさすってもらっていたが、胎児が降りてくる感覚に、内臓を引き絞られるような痛みを感じる。

「もう少しです。いきんで」

 医者に言われるとおりにいきんでいると、思っていたよりもずっと小さな赤ん坊がアレクシスの脚の間から生まれてきた。戸惑っていると、まだ痛みが続いている。

「バルテル侯爵様、伯爵様、もう一人います」
「双子か!」

 それでお腹が予想外に大きかったのかと納得する間もなく、二人目を産み落として、アレクシスは産湯をつかわせてもらってベビーベッドに産着を着せられて二人並んで眠る小さな小さな赤ん坊に涙していた。

「先生、こんなに小さくても育つんでしょうか?」
「二人とも超未熟児ではないです。普通の男性オメガの産む赤ん坊よりも若干小さいくらいです。二か月ほどしっかりとミルクを飲ませて面倒を見れば、問題はないと思います」

 心配になったアレクシスだが、医者に言われて胸を撫で下ろす。
 アレクシスの胸からは母乳が出たので、赤ん坊に咥えさせてみると、飲むのがあまり上手ではないが一生懸命吸って飲んでいる。一人はアレクシスそっくりの褐色肌の赤ん坊だが、もう一人はヴォルフラムに似た白い肌の赤ん坊だ。
 どちらも可愛く、アレクシスはお乳を飲ませ終えると順番に抱っこする。アレクシスが抱いていない方はヴォルフラムが抱っこしていた。

「名前を考えていませんでしたね」
「おれはいくつか候補を考えていたのだが」
「ヴォルフラム様に付けてもらいたいです」

 まさか双子とは思わなかったのと、男女どちらか分からなかったので、名前を考えていなかったアレクシスに、ヴォルフラムの方は候補を考えていたと言ってくれる。頼もしく名前を聞こうと待っていると、ヴォルフラムは褐色の肌の男の子を抱っこして口を開いた。

「この子はレオ。色々思い浮かべていたけど、顔を見た瞬間、レオだと思った」
「レオ。いい名前ですね」

 褐色肌にぽやぽやの金髪の男の子にはレオという名前が付けられた。
 続いて白い肌に灰色がかった白い髪の女の子をヴォルフラムが抱っこする。

「この子はアレクシア」
「え? わたしの名前と似すぎていませんか?」
「わざとだよ。アレクシスの娘だからアレクシア。娘が生まれたら絶対に付けようと思っていたんだ」
「アレクシア……」

 自分と一文字しか違わない名前を付けられたアレクシアを見つめて、アレクシスは小さく微笑む。
 その名前にヴォルフラムのアレクシスへの愛がこもっているような気がして嬉しかったのだ。

「二人も一度に産んでくれてありがとう。乳母の手配は一人しかしてなかったから、急遽もう一人雇おう」

 でも、とヴォルフラムが続ける。

「育児はおれたちもしような」
「はい。わたしもこんなに可愛い子どもたちを自分の手で育てたいです」

 レオとアレクシア。
 二人の親になったアレクシスとヴォルフラムは、ベビーベッドで眠る双子を見てお互いに目を細めていた。
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