そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥

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一章 ご寵愛の理由

10.アレクサンテリ陛下の注文

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 午後のお茶をラヴァル夫人とご一緒した後に、わたくしはラヴァル夫人に相談してみた。

「アレクサンテリ陛下のジャケットを縫うようにお願いされたのです。どのような形がよいのでしょうか?」
「デザインはレイシー様が皇帝陛下に着てほしいと思うようなものにすれば、皇帝陛下はお喜びになると思われます」
「色は白を基調に、紫か青を差し色にして、刺繍も入れようと思っております」
「皇帝陛下は青い蔦模様がお好きと聞いております。青い蔦模様のハンカチを常に持ち歩いていて、時々それを眺めておられるのを目にするとのことです」

 そういえば、アレクサンテリ陛下はわたくしと馬車に乗ったときも、わたくしがお茶を零してしまったらすぐに青い蔦模様の刺繍をされたハンカチで拭いてくださった。
 あの青い蔦模様は夢の中に出て来る模様をわたくしなりに再現したものだ。確か、国境くにざかいの村で厄除けのために施される蔦模様だった気がする。

「分かりました。大変参考になりました。ありがとうございます」
「糸も布も最高級のものを惜しみなく使ってくださいね。皇帝陛下のお召し物ですので」
「はい!」

 ラヴァル夫人の助言は本当にためになる。
 心を込めてわたくしはラヴァル夫人にお礼を言った。

 ラヴァル夫人と縫物の話をしているときに、侍女が入ってきてわたくしの元に一通の手紙を届けてきた。
 その封蝋が誰のものなのか分からないでいるわたくしに、ラヴァル夫人がペーパーナイフを渡しながら教えてくれる。

「皇太后陛下からのお手紙でございます。すぐに開けて返事を書かれませ」
「皇太后陛下から!?」

 皇太后陛下といえば、前の皇帝陛下の妻で、アレクサンテリ陛下のお母上ということになる。
 緊張しながらペーパーナイフで手紙を開けると、中から出てきたのはお茶会の招待状だった。
 皇太后陛下とのお茶会!?

「アレクサンテリ陛下にご相談しなくていいのでしょうか?」
「日程は明日と書かれていますね。返事を今書いた方がいいでしょう」
「ど、どうすればいいのでしょう?」
「ご招待に応じた方がいいと思われます。皇太后陛下と交流を持つのも妃としての役目です」

 まさか、皇帝宮に来て二日目で皇太后陛下からのお茶会のお誘いを受けるとは思わなかった。
 震える手で返事を書いて侍女に預けると、ラヴァル夫人がわたくしを励ましてくれる。

「レイシー様のお茶会でのマナーも問題ありません。堂々として参加されてください」
「は、はい。ドレスはどのようなものを着ればよろしいでしょうか?」
「明日には注文したドレスが届くでしょう。個人的なお茶会で皇太后陛下と二人きりということもありますので、ドレスは華美なものではなく、落ち着いたものを選ぶといいでしょう。明日、お茶会の前に伺って、ドレス選びもお手伝いいたしましょう」
「よろしくお願いします」

 ラヴァル夫人が手伝ってくれるなら安心だ。
 その後は商人が呼ばれて、わたくしはラヴァル夫人と応接室に行って靴を選ぶことになった。
 これまではレナン殿があまり背が高くなかったので踵の低い靴を履くように言われていたが、アレクサンテリ陛下はどんな靴を選んでもいいと仰った。
 きれいに磨かれた美しい靴を見ていると、ラヴァル夫人がいくつか候補を持って来てくれる。

「最初はこれくらいの踵の低めのものを履いて慣れていくといいでしょう。お茶会や夜会に出るときにはもう少し高いものを。婚約式や結婚式のときにはこちらの一番高いものを履くのはいかがですか?」

 何足も靴を差し出されて、試しに履いてみると、どれも美しくて格好よくて選べない。足のサイズを伝えていたのか、どれもわたくしの足にぴったりだった。

「どれにすればいいのでしょう。どれも素敵で選べません」
「選ぶ必要はないのです。これら全部をいただきましょう」
「全部!?」

 踵が低めのものが三足、少し高めのものが三足、一番高いものが二足、合計八足もラヴァル夫人は商人から買うことを決めてしまった。
 普段用の靴は持っていたが、皇宮に来るときに履いてこられるような靴は一足しかなかったようなわたくしである。驚いて言葉が出なかったが、支払いは澄んでいるようで商人は頭を下げて応接室から出て行った。
 大量の靴も、わたくしが運ぶことなく、侍女が部屋まで運んでくれた。

「それでは、また明日伺いますね」
「明日もよろしくお願いします、ラヴァル夫人」

 ラヴァル夫人を見送ってから、わたくしは部屋に戻って型紙を作ることにした。
 高価な衣装を縫うときには、型紙をまず紙で作って、それに合わせて安い布で型紙に縫い代を付けて切って布の型紙を作って、その布を縫い合わせて立体的な型紙を作るのだ。
 それをお客様に一度着てもらって調整してから、解いて修正し、型紙として使って本番用の布を断つ。
 型紙の布を縫い合わせるところまでは出来上がったので、わたくしはアレクサンテリ陛下のお帰りを待っていた。

 夕食の時間になってもアレクサンテリ陛下は帰ってこなかった。

「皇帝陛下は今日は公務で食事をなさってから戻ってくるそうです。妃殿下には寂しい思いをさせるが一人で食事をしてほしいと伝言を預かっております」
「妃殿下ぁ!?」

 わたくし、いつの間にか妃殿下と呼ばれるようになっていたようです。
 そのつもりで皇宮に上がったのだが、実際に呼ばれると挙動不審になってしまう。
 食堂に行って一人で食べる夕食は気楽だったが、味気ない気持ちもあった。
 わたくしは寂しがり屋というわけではないが、ディアン子爵家では家族で食事をしていたし、学園でも食堂で食事をしていて、学友やソフィアと一緒だった。
 昨日はアレクサンテリ陛下と夕食をご一緒できたので、そのせいでさらに寂しくなっているのかもしれない。

 料理はとても美味しかったが、心は満たされない思いで部屋に戻ると、ジャケットのための包みボタンを作って気を紛らわせた。包みボタンはジャケットの布と同じもので作る。
 集中して作業をしていたので時間を忘れていたが深夜になっていたようだ。
 ドアがノックされて、侍女がそっと中を覗いてくる。

「まだ灯りが点いているので、お声をおかけしてみました。皇帝陛下がお戻りになられましたが、ご挨拶をされますか?」
「させていただきます」

 包みボタンと道具を置いて立ち上がったわたくしは、今日縫った布の立体的な型紙を持って廊下に出た。幸いなことに集中しすぎていてまだお風呂に入っていなかったし、パジャマにも着替えていない。
 廊下に出るとアレクサンテリ陛下がわたくしを待っていた。

「お帰りなさいませ。執務お疲れさまでした」
「お帰りなさい……そうか、この宮殿に戻ってくるとレイシーが迎えてくれるのか。幸せだな」

 目元を朱鷺色に染めて微笑むアレクサンテリ陛下に、わたくしは縫い合わせた立体的な布の型紙を差し出す。

「これがジャケットの下縫いになります。身に着けていただけますか?」
「もうこんなに進めてくれたのか?」
「これはまだまだ型紙の段階です。これをアレクサンテリ陛下に身に着けていただいて、微調整して、本縫いの布を断ちます」
「そうなのか」

 わたくしの説明に納得しつつ、アレクサンテリ殿下は着ていた上着を脱いで、破れないように慎重に布の型紙を縫い合わせたものを身に着けた。
 袖の長さ、ダーツの入り具合、シルエットなどしっかりと確かめて、修正を入れるところは印をつけて、わたくしはアレクサンテリ陛下にその型紙を脱いでもらった。

「ありがとうございます。これで本縫いの布が断てます」
「そんなに早く作業が進むものなのか?」
「お時間はもう少しいただきますが、納品までそれほどかからないと思います」

 難しいデザインのジャケットよりもシンプルな形の方がアレクサンテリ陛下の長身と堂々とした体躯を引き立てると思って、シンプルなデザインを選んでいる。
 その話をすると、アレクサンテリ陛下がわたくしにお願いしてきた。

「もう一着頼みたいものがあるのだが」
「なんでしょう?」

 アレクサンテリ陛下にはミシンのお礼もあったし、馬も用意してくださるということなのでそのお礼もある。なんでも注文には答えるつもりだった。
 聞き洩らしのないように神経を研ぎ澄ますわたくしに、アレクサンテリ陛下は仰った。

「レイシーの婚約式のときの衣装だ。納期は二週間後までに」
「わたくしの婚約式!? 婚約式だなんて、ひ、必要ありません!?」

 思わず拒否してしまった。
 婚約しきって、あれでしょう?
 貴族や皇族の前で、わたくしはアレクサンテリ陛下の側妃だか妾妃だかになりますって宣誓する儀式。
 そんなことをすればわたくしが貴族や皇族に目をつけられるのは間違いない。
 怖すぎる!

 ご辞退申し上げるつもりで言葉を重ねようとするわたくしに、アレクサンテリ陛下はいい笑顔で仰った。

「最高の材料を用意させよう」
「え?」
「最高級のシルク、最高級の織りのヴェール、レースもフリルも使い放題だ。光沢のあるリボンも準備させよう」
「最高級のシルク……最高級の織りのヴェール、レースにフリルにリボン……」

 縫物の企業をディアン子爵家の領地に立ち上げようと考えていたわたくしにとって、素晴らしい材料は一度触れてみたい、できれば自分で縫ってみたい憧れの素材だった。

「わたくし、やります!」
「デザインも、どの材料を使うかも、全てレイシーに任せる。レイシーの一番いいと思うものを作ってほしい。レイシーは婚約式ではわたしの隣に立ってくれるだけで十分だからね」
「はい!」

 やってしまった。
 最高級の材料につられてわたくしは婚約式に参加することになってしまったのだった。
 そのことにわたくしが気付くのは、アレクサンテリ陛下をお部屋に見送ってから、自分の部屋に帰ってからだった。
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