そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥

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一章 ご寵愛の理由

11.皇太后陛下のお茶会

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 アレクサンテリ陛下が昨日は帰りが遅くなったので報告できなくて、翌日の朝食のときにわたくしは皇太后陛下からのお茶会のお誘いについてアレクサンテリ陛下に報告した。

「昨日、皇太后陛下からお茶会の招待状をいただきました。ラヴァル夫人にご相談して、招待をお受けすることに致しました」
「母上からのお茶会の招待?」
「いけませんでしたか?」

 いつも穏やかに微笑んでいるアレクサンテリ陛下が珍しく苦い表情をしたので、わたくしはいわゆる未来の姑に苛められるのかと身構えてしまったが、アレクサンテリ陛下が考えているのはそのようなことではなかったようだ。

「わたしもまだレイシーとお茶をしたことがないのに、母上に先を越されてしまうとは……。レイシー、その時間、わたしも参加できるようにスケジュールを調整するので、招待状を見せてくれるかな?」
「は、はい。すぐに持ってきます」
「いや、侍女に持って来させよう」

 朝食の席から立ち上がろうとしたわたくしをアレクサンテリ陛下が静かに手で制した。
 侍女から招待状を受け取ったアレクサンテリ陛下はじっくりとそれを読み、朝食を食べ終わったテーブルで手紙を書いて侍女に渡していた。

「母上にこれを届けるように」
「心得ました」

 その間にわたくしも美味しい朝食を食べ終わる。
 こんな風に毎日美味しい食事を食べていたらわたくしは太ってしまうのではないだろうか。
 ディアン子爵家は貧乏だったので、ほとんど庶民と同じような食事しか食べてこなかった。そのせいでわたくしは背は女性にしては高めであるが、体付きは痩せて貧相な自覚はある。少しは太った方がいいのかもしれないが、皇帝宮に閉じこもりきりで、運動不足なのは否めない。

「アレクサンテリ陛下、庭を散歩しても構いませんか? それと、わたくしのために馬を用意してくださっていると聞きました。乗馬もさせていただきたいです」
「庭はいつでも自由に散歩して構わない。乗馬は日程を調整しよう」
「ありがとうございます。中庭の家庭菜園も準備をしていいですか?」
「レイシーの思うようにしてほしい。レイシーが暮らしやすいのが一番だからね」

 わたくしのことを思ってくださるアレクサンテリ陛下のお気持ちは本当にありがたい。ただ、こんなによくしていただいていいのかと思ってしまう。
 それもわたくしをお飾りの妃に据える代償なのかもしれないと思うと、ありがたく受け取っておこうと思う。

 朝食後、わたくしは執務に向かうアレクサンテリ陛下を見送って、部屋に戻った。
 昨日の続きで、ジャケットの布の型紙を調整し、解いて型紙の形に戻して、本縫いの布にあてて待ち針で固定して布を断っていく。縫物で一番緊張するのはこの瞬間だ。縫い間違えたときには解いて縫い直せばいいのだが、断ち間違えたときにはどうしようもない。
 なんとか布が全部断ち終えたところで、ラヴァル夫人の来訪が告げられた。

 ラヴァル夫人が部屋に来るのと共に、部屋に大量の衣装が運び込まれる。侍女がこれまで入っていたサイズが若干合っていない衣装を全部取り出して、新しい衣装をクローゼットに仕舞っていく。

「おはようございます、レイシー様。衣装もちょうど届いたようですね。今日のお茶会の衣装を決めましょうか」
「おはようございます、ラヴァル夫人。よろしくお願いします」

 クローゼットにかけられたドレスを見て、ラヴァル夫人はラベンダー色の胸の下で切り替えがあってスカートがそのまますとんと下に落ちるタイプのドレスを選んでわたくしに合わせて見た。

「ドレスはこれでいいでしょう。靴はまだ慣れていないかもしれませんが、少し踵の高いものを履きましょう」
「分かりました。髪型はどうすればいいですか?」
「レイシー様はお若いので下ろしていても構わないと思います。今のようにハーフアップにされるといいかと思われます」

 わたくしは普段から髪をハーフアップにしている。わたくしの髪はかなり長いので、まとめるとなるとボリュームがありすぎるのだ。

「この髪、少し長すぎますよね。切りましょうか」
「お待ちください、レイシー様。髪を切られるのでしたら、皇帝陛下にご相談の上でなさってください」

 ものすごい勢いで止められてしまった。
 正直わたくしは長すぎる髪は乾くのが遅いし、髪を洗うと首がもげそうなくらい痛くなるのでさっぱりしたかったのだが、これもアレクサンテリ陛下の好みに合わせないといけないようだった。
 それもそうだ。
 わたくしは側妃か妾妃になってアレクサンテリ陛下に養われるのだ。髪の長さまでアレクサンテリ陛下の思いのままでないといけないのだろう。

「ディアン子爵家がいよいよ困窮したら切って売ろうと思っていた髪ですので、アレクサンテリ陛下にわたくしが嫁ぐということになったので、もう必要ないかと思ったのですが……」
「大切な御髪を売ろうと思っていたのですか?」
「はい。妹のソフィアの結婚のときには資金が必要だと思っておりましたので」

 正直に答えるとラヴァル夫人が目を見開いている気がする。恥ずかしくて俯くと、ラヴァル夫人が優しい声でわたくしに告げる。

「このことは他の方に話してはいけませんよ」
「アレクサンテリ陛下には?」
「皇帝陛下にはお話ししてもよろしいかもしれませんが、大切な美しい御髪を切るのだけはおやめください」
「はい」

 やはり、困窮していて髪を売らなければいけないという発想自体、貴族や皇族には受け入れがたいようだった。わたくしは今後このことは話さないようにしようと心に決めた。

 昼食を挟んでラヴァル夫人の妃教育を受けてから、わたくしはお茶の時間に合わせて身支度を整えた。新しいドレスはわたくしの体にぴったりで、踵が少し高い靴もとても格好よく見える。
 誇らしく思っていると、侍女がアレクサンテリ陛下の帰還を伝えた。

 ドレスを着たままでラヴァル夫人と共にアレクサンテリ陛下を迎えに行くと、アレクサンテリ陛下は白に赤と金の差し色が入った衣装を身に纏って堂々と現れた。

「お帰りなさいませ、アレクサンテリ陛下」
「ただいま、レイシー。お茶会に一緒に行こうと思って迎えに来た」
「ありがとうございます」

 皇太后陛下にお会いするのは緊張すると思っていたが、アレクサンテリ陛下がご一緒ならば心強い。腕を示されて、わたくしはその腕に手を添えてエスコートされる。

「行ってらっしゃいませ、皇帝陛下、レイシー様」
「ラヴァル夫人、行ってきます」

 送り出してくれるラヴァル夫人に挨拶をして、わたくしは皇太后陛下の住まう皇太后宮に向かった。
 皇太后宮の庭の四阿あずまやでお茶会は開かれた。
 誰が来るのか緊張していたが、皇太后陛下とわたくしとアレクサンテリ陛下だけのようだった。

 香りのいい紅茶がカップに注がれて、テーブルのスタンドにはお茶菓子と軽食が並べられている。

「初めまして。皇帝陛下の母のエレオノーラ・ルクセリオンです」
「わたくしはディアン子爵家のレイシーと申します」
「存じ上げております。皇帝陛下が随分とご執心と聞いております」

 ご執心!?
 そういうことになっているのか。
 それならば、アレクサンテリ陛下と仲がいいところを見せなければいけないのかもしれない。
 それにしても、アレクサンテリ陛下のお母上のはずなのに、アレクサンテリ陛下のお名前を呼ばず、皇帝陛下と呼んでいる。
 名前を呼ばれなかったとアレクサンテリ陛下が仰っていたのは、もしかして皇太后陛下のことなのだろうか。もしかするとアレクサンテリ陛下と不仲の可能性もあるので警戒はしておく。

「わたくしはレイシー嬢と楽しく親睦を深めたかったのに、皇帝陛下がどうしても参加すると仰って」
「母上、わたしはまだレイシーとお茶をしたことがないのです。母上に先を越されるわけにはいきません」
「嫉妬ですか? 嫉妬深い夫は嫌われますよ?」
「レイシーはわたしを嫌ったりなど……レイシー、嫌ったりなど、しないよね?」

 あ、そこ、不安になっちゃうんだ。
 ちょっとかわいいとか思ってしまった。
 アレクサンテリ陛下の超絶整ったまばゆいお顔が、しょんぼりと叱られた子どものようになっているのがかわいい。
 この顔、どこかで見たことがあるような気がするのだが、こんな整った顔はこの世に二つとないので、気のせいだと思っておく。

「アレクサンテリ陛下のことを嫌ったりしません」

 好きかどうかはまだ分かりませんけれど。
 そこは心の中でだけ言っておく。
 優しいし、穏やかだし、美しいし、何よりこの国一番の権力者であるし、伴侶として申し分のない方だということは理解しているのだが、アレクサンテリ陛下にわたくしが抱く感情は、恋愛ではなくて、敬愛に近いような気がする。
 政略結婚のようなものなので、それで問題はないだろう。

「自分のことを名前で呼ばせているのですね。わたくしにも、名前では呼ばないでほしいと仰っていたのに」
「それは……反抗期だったのです」
「長い反抗期でしたこと。このような息子ですが、レイシー嬢、どうぞよろしくお願いしますね」
「わたくしの方こそ、よろしくお願いします」

 皇太后陛下に頭を下げると、皇太后陛下はころころと鈴を転がしたように笑う。
 とても美しいし、アレクサンテリ陛下のお母上というのも納得の顔面の整い具合だ。
 髪の色は白銀で、目の色はアイスブルー。アレクサンテリ陛下の柘榴色の目は、お父上に似たのかもしれない。

「楽しくお話いたしましょう。皇帝陛下など放っておいて」
「わたしを挟まずにレイシーと話さないでください」
「わたくしにまで嫉妬することはないでしょう。レイシー嬢は刺繍や縫物が得意と聞きました。そのドレスの刺繍はレイシー嬢がされたのですか?」

 アレクサンテリ陛下を無視して話を進めようとする皇太后陛下にどう対応するのが正解なのか分からないが、聞かれたことには答える。

「これはわたくしではありません。仕立て職人さんがしてくださいました。もう少し落ち着いてきたら、自分の衣装には自分で刺繍をしたいと思っています」
「レイシーは今、わたしのジャケットを縫ってくれているのです。わたしは婚約式にそれを着ようと思っています」
「婚約式にレイシー嬢の仕立てたジャケットを身に着けるのですか。それは楽しみですね」

 その発言、裏を読んだ方がいいのか、そのままに受け取っていいのか、わたくしは混乱していた。
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