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一章 ご寵愛の理由
14.ジャケットの完成と柘榴の瞳
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皇帝宮に来て一週間が経った。
アレクサンテリ陛下のジャケットが完成したので、その旨を伝えたら、アレクサンテリ陛下は公務を早く終わらせてお茶の時間に合わせて皇帝宮に帰ってきた。
「おかえりなさいませ、アレクサンテリ陛下」
「ただいま。レイシー」
日に焼けた様子のない肌はとても白いので、アレクサンテリ陛下は微笑むと目元が朱鷺色に染まる。それが嬉しいからなのか、照れているからなのか分からないが、美形というのは微笑み一つでもものすごく麗しいのだと驚いてしまう。
皇帝宮に住むようになって毎日高価で香りのいいボディクリームを体に塗り込まれ、高級な化粧水や乳液を使って、髪も上等な香油で梳いてもらっているので、わたくしも多少はマシになってきたと思うのだが、鏡に映るのは華のない地味な顔立ちである。
それを気にしているわけではないが、アレクサンテリ陛下のお顔はいつも眩しく感じてしまう。
「ジャケットができたのだと聞いて、今日は書類仕事だったから大急ぎで全部終わらせてきたよ。レイシーが作ってくれたジャケットを見せてもらえるかな?」
「アレクサンテリ陛下のために心を込めて作りました。試着してみてください。少しでも合わないところがあったら調整します」
お茶室に入ると、いそいそと着ていた上着を脱いで、わたくしの作ったジャケットを身に着けるアレクサンテリ陛下。赤と金の縁取りのある裾の長めの上着もよくお似合いだったが、紫を差し色にした裾と袖と襟に小さな青い蔦模様が縁取りのようにして刺繍されているジャケットもなかなかよく似合う。
侍女に鏡を持って来させて、確認をしたアレクサンテリ陛下は、嬉しそうに裾の青い蔦模様を指先でなぞっていた。
「この模様を刺繍してくれたのだね。わたしは昔この模様に助けられたことがあるんだ」
「この模様をご存じだったのですか?」
「国境の村に伝わる模様だと聞いている。わたしのことを大切に思ってくれていたひとが、わたしの服にこの青い蔦模様を刺繍してくれた。大切な思い出の模様なのだ。ありがとう、レイシー」
アレクサンテリ陛下を大切に思ってくれたひと。
そのひとのことをアレクサンテリ陛下はお好きなのだろうか。
皇太后陛下は前皇帝陛下がとても一途な方だったと話しておられたが、アレクサンテリ陛下もその方のことを一生思っているのだろう。だからこそ、結婚はしないと拒んでいた。
「わたくし、アレクサンテリ陛下の味方ですからね!」
「レイシーが味方になってくれるだなんて嬉しいな」
思う方と結婚できなくて、代わりにわたくしを仮初めの側妃や妾妃として選んだのだったら、わたくしはアレクサンテリ陛下に協力するつもりだった。子どもを産むのはかなり怖いが、政略結婚とはそういうものなのでわたくしが望まれていることを果たすのは当然だとも思っている。
アレクサンテリ陛下は大切な方に気持ちを伝えたのだろうか。
その方はアレクサンテリ陛下に何と答えたのだろうか。
考えると胸が痛むような気がして、わたくしは思考を打ち切った。
「軽く腕を回してみてください。違和感はありませんか?」
「わたしのために作られたのがよく分かるくらい体にしっかりと添っている。とても着心地がいいよ」
「それならばよかったです」
確認して修正するところもなさそうだと分かると、わたくしは安堵する。
アレクサンテリ陛下に満足していただけたことが嬉しいし、これで婚約式のドレスに取り掛かれる。残りの日数は一週間と少ししかなかったので、大急ぎで取り掛からねばならない。
「嬉しいからずっと着ていたいけれど、汚してしまうとよくないね。残念だけど着替えさせてもらうね。これは婚約式の日に着て、その後は大事な日に着させてもらおう」
「余裕があるときにはいつでも作ります」
「今は余裕がないのだったね。婚約式のドレスも楽しみにしているよ」
お茶室の椅子にアレクサンテリ陛下が座るとわたくしも座らせてもらう。
お茶の準備がされて、水色に銀の縁取りのカップに紅茶が注がれる。
「アレクサンテリ陛下は青や水色がお好きなのですか?」
皇帝陛下の色が赤なので赤と金の縁取りの服をいつも着ている印象だが、アレクサンテリ陛下は青い蔦模様のハンカチを大事にしている様子だし、アレクサンテリ陛下とお茶会をするとなったら侍女がいそいそと水色のカップを用意していたので、これがアレクサンテリ陛下のお好きなものなのだろうと予測できる。
「皇帝は代々真紅の瞳をしている。父もそうだった。わたしが生まれたころには亡くなっていたが、祖父もそうだったと聞いている。それで、皇帝の色が赤と決まったようなのだ」
「そうなのですね。アレクサンテリ陛下も柘榴色の瞳ですね」
「柘榴……あなたもわたしの目を柘榴に例えるのだね。皇帝の色が赤と決められているので、身に着けるものは赤が多いのだが、好きなのは青や紫かな」
あなたも、とアレクサンテリ陛下は仰った。
わたくし以外にアレクサンテリ陛下の目を柘榴に例えた相手がいたのだろうか。
――あなたの目は、柘榴石に似てるね。あなたのことは、ガーネくんって呼ぶことにしましょう!
夢の中のわたしの声が聞こえて、わたくしは混乱してしまった。
アレクサンテリ陛下は長身で、堂々とした体躯で、顔立ちもまばゆいくらいに美しくて、夢の中のガーネくんとは似ていない。
小さくて愛らしくてぷにぷにとしていた六歳のガーネくんは、大きくなってもわたくしよりも背が低いくらいだっただろうし、大きくなってもかわいかったに違いない。
アレクサンテリ陛下がガーネくんに似ているはずはない。
同じ柘榴色の瞳だとしても、ガーネくんはもっと髪の色は濃かったし、顔立ちも女の子かと思うくらい可愛かったが、こんなに整っていなかった。
妙なことを考えそうになって、わたくしは思考を振り払ってキッシュをお皿に取った。バターたっぷりの生地で作られたキッシュは、貧乏子爵家のわたくしはこれまでほとんど食べられなかった。とても美味しいので、お茶で出されると毎回食べてしまう。
最初はもったいないので出されたものを全部食べなければいけないような気分になっていたのだが、ラヴァル夫人がそうではないことを教えてくれた。
「レイシー様は残したもので手を付けられていないものは、使用人たちに下げ渡されるので、レイシー様がお好きなだけ食べるようにしてください。全部食べていたらスタイル意地ができなくなってしまいます」
せっかくわたくしの体に合った素晴らしいドレスや服を作ってもらったのに、スタイルが変わってしまって着られなくなったら悲しい。
ラヴァル夫人に教えてもらってから、わたくしは遠慮なく自分の食べられる分だけを食べるようにして、食べないものは下げ渡されるように無駄に手を付けることはなくなった。
「レイシーはいつも美味しそうに食べるね。わたしもついつい食べたくなってしまう」
「このキッシュとても美味しいですよ。アレクサンテリ陛下もぜひ」
「いただこう。……確かにこれは美味しい」
シャンピニオンとソーセージが入ったキッシュは卵も新鮮でとても美味しかった。食べてしまうのがもったいなくてちびちびと食べていると、アレクサンテリ陛下がしみじみと呟く。
「大切なひとを亡くしてしまってから、わたしは食べることも完全に義務になってしまった。生きるためにだけ砂を噛むように食事をして、生きるためにガラスを飲むように息をしていた。それがレイシー、あなたが来てから、わたしは毎日が幸せで楽しくてたまらない」
「大切な方を亡くしたのですか?」
聞いてはいけないと思うより先に口に出ていた言葉に、わたくしは後悔する。アレクサンテリ陛下に悲しい記憶を思い出させて苦しめてしまうのではないだろうか。
わたくしの言葉にアレクサンテリ陛下は目を伏せた。長いけぶるような睫毛が、アレクサンテリ陛下の頬に影を落とす。
「父が暗殺された後のことだった。逃がされていたわたしにかけられた追っ手によって、わたしの大切なひとは殺されてしまった。その直後に叔父の軍勢が助けに来て、わたしはなぜもう少し早く来られなかったのかと彼らを責めてしまった。あと数分早く叔父の軍勢が到着していれば、わたしの大切なひとは死なずにすんだのに」
その声はとても静かだったが、重く、血を吐くような響きがあった。
何も言えずにいるわたくしに、アレクサンテリ陛下がぱっと顔を上げる。
「ずっとつらかったけれど、レイシーに出会えて、わたしは心救われた。レイシーが一緒にいてくれると、この世界が暗く冷たく絶望に満ちたものではなく、希望もあるのだと分かる」
「どうして、わたくしなのですか?」
わたくしはアレクサンテリ陛下のことを救った覚えはなかった。
求婚するくらいだから素性は調べられただろうが、アレクサンテリ陛下がわたくしの何を知っているか分からない。アレクサンテリ陛下は誰かとわたくしを間違っているのではないだろうか。
「レイシーがレイシーであるだけでわたしは救われるのだ。感謝している」
答えになっていないのだが、アレクサンテリ陛下はそのように思っているのだろうとわたくしは自分を納得させた。
お茶の時間の後からはわたくしは自分のドレスの制作に取り掛かった。
型紙を作って、布でその型紙に合わせて型紙を作り、縫い合わせて着てみる。違和感のある所は修正して、布の型紙を作り上げると、それに合わせて本縫いの生地を断っていく。
生地を裁つまでが一番気を張る作業で、後は縫い間違えても解いて縫い直せばいいので気が楽である。
集中して作業をしていると、ドアがノックされて、アレクサンテリ陛下が廊下に立っていた。アレクサンテリ陛下は手にガラスの器とフォークとガラスのグラスの乗ったトレイを持っていた。
「少し休憩したらどうかなと思って。桃は好きかな?」
「大好きです」
トレイを受け取ると、きれいに剥かれてくし形に切られた桃がガラスの器に乗っている。グラスには熱くない紅茶が入っていた。
「無理をしないで頑張ってね」
「はい。ありがとうございます」
トレイを受け取って、わたくしはアレクサンテリ陛下を見送って、ソファに座って桃と紅茶で一息ついた。
わたくしは果物も大好きなのだが、アレクサンテリ陛下にそのことを伝えただろうか。
桃は完熟していて蕩けるように甘くて瑞々しかった。
アレクサンテリ陛下のジャケットが完成したので、その旨を伝えたら、アレクサンテリ陛下は公務を早く終わらせてお茶の時間に合わせて皇帝宮に帰ってきた。
「おかえりなさいませ、アレクサンテリ陛下」
「ただいま。レイシー」
日に焼けた様子のない肌はとても白いので、アレクサンテリ陛下は微笑むと目元が朱鷺色に染まる。それが嬉しいからなのか、照れているからなのか分からないが、美形というのは微笑み一つでもものすごく麗しいのだと驚いてしまう。
皇帝宮に住むようになって毎日高価で香りのいいボディクリームを体に塗り込まれ、高級な化粧水や乳液を使って、髪も上等な香油で梳いてもらっているので、わたくしも多少はマシになってきたと思うのだが、鏡に映るのは華のない地味な顔立ちである。
それを気にしているわけではないが、アレクサンテリ陛下のお顔はいつも眩しく感じてしまう。
「ジャケットができたのだと聞いて、今日は書類仕事だったから大急ぎで全部終わらせてきたよ。レイシーが作ってくれたジャケットを見せてもらえるかな?」
「アレクサンテリ陛下のために心を込めて作りました。試着してみてください。少しでも合わないところがあったら調整します」
お茶室に入ると、いそいそと着ていた上着を脱いで、わたくしの作ったジャケットを身に着けるアレクサンテリ陛下。赤と金の縁取りのある裾の長めの上着もよくお似合いだったが、紫を差し色にした裾と袖と襟に小さな青い蔦模様が縁取りのようにして刺繍されているジャケットもなかなかよく似合う。
侍女に鏡を持って来させて、確認をしたアレクサンテリ陛下は、嬉しそうに裾の青い蔦模様を指先でなぞっていた。
「この模様を刺繍してくれたのだね。わたしは昔この模様に助けられたことがあるんだ」
「この模様をご存じだったのですか?」
「国境の村に伝わる模様だと聞いている。わたしのことを大切に思ってくれていたひとが、わたしの服にこの青い蔦模様を刺繍してくれた。大切な思い出の模様なのだ。ありがとう、レイシー」
アレクサンテリ陛下を大切に思ってくれたひと。
そのひとのことをアレクサンテリ陛下はお好きなのだろうか。
皇太后陛下は前皇帝陛下がとても一途な方だったと話しておられたが、アレクサンテリ陛下もその方のことを一生思っているのだろう。だからこそ、結婚はしないと拒んでいた。
「わたくし、アレクサンテリ陛下の味方ですからね!」
「レイシーが味方になってくれるだなんて嬉しいな」
思う方と結婚できなくて、代わりにわたくしを仮初めの側妃や妾妃として選んだのだったら、わたくしはアレクサンテリ陛下に協力するつもりだった。子どもを産むのはかなり怖いが、政略結婚とはそういうものなのでわたくしが望まれていることを果たすのは当然だとも思っている。
アレクサンテリ陛下は大切な方に気持ちを伝えたのだろうか。
その方はアレクサンテリ陛下に何と答えたのだろうか。
考えると胸が痛むような気がして、わたくしは思考を打ち切った。
「軽く腕を回してみてください。違和感はありませんか?」
「わたしのために作られたのがよく分かるくらい体にしっかりと添っている。とても着心地がいいよ」
「それならばよかったです」
確認して修正するところもなさそうだと分かると、わたくしは安堵する。
アレクサンテリ陛下に満足していただけたことが嬉しいし、これで婚約式のドレスに取り掛かれる。残りの日数は一週間と少ししかなかったので、大急ぎで取り掛からねばならない。
「嬉しいからずっと着ていたいけれど、汚してしまうとよくないね。残念だけど着替えさせてもらうね。これは婚約式の日に着て、その後は大事な日に着させてもらおう」
「余裕があるときにはいつでも作ります」
「今は余裕がないのだったね。婚約式のドレスも楽しみにしているよ」
お茶室の椅子にアレクサンテリ陛下が座るとわたくしも座らせてもらう。
お茶の準備がされて、水色に銀の縁取りのカップに紅茶が注がれる。
「アレクサンテリ陛下は青や水色がお好きなのですか?」
皇帝陛下の色が赤なので赤と金の縁取りの服をいつも着ている印象だが、アレクサンテリ陛下は青い蔦模様のハンカチを大事にしている様子だし、アレクサンテリ陛下とお茶会をするとなったら侍女がいそいそと水色のカップを用意していたので、これがアレクサンテリ陛下のお好きなものなのだろうと予測できる。
「皇帝は代々真紅の瞳をしている。父もそうだった。わたしが生まれたころには亡くなっていたが、祖父もそうだったと聞いている。それで、皇帝の色が赤と決まったようなのだ」
「そうなのですね。アレクサンテリ陛下も柘榴色の瞳ですね」
「柘榴……あなたもわたしの目を柘榴に例えるのだね。皇帝の色が赤と決められているので、身に着けるものは赤が多いのだが、好きなのは青や紫かな」
あなたも、とアレクサンテリ陛下は仰った。
わたくし以外にアレクサンテリ陛下の目を柘榴に例えた相手がいたのだろうか。
――あなたの目は、柘榴石に似てるね。あなたのことは、ガーネくんって呼ぶことにしましょう!
夢の中のわたしの声が聞こえて、わたくしは混乱してしまった。
アレクサンテリ陛下は長身で、堂々とした体躯で、顔立ちもまばゆいくらいに美しくて、夢の中のガーネくんとは似ていない。
小さくて愛らしくてぷにぷにとしていた六歳のガーネくんは、大きくなってもわたくしよりも背が低いくらいだっただろうし、大きくなってもかわいかったに違いない。
アレクサンテリ陛下がガーネくんに似ているはずはない。
同じ柘榴色の瞳だとしても、ガーネくんはもっと髪の色は濃かったし、顔立ちも女の子かと思うくらい可愛かったが、こんなに整っていなかった。
妙なことを考えそうになって、わたくしは思考を振り払ってキッシュをお皿に取った。バターたっぷりの生地で作られたキッシュは、貧乏子爵家のわたくしはこれまでほとんど食べられなかった。とても美味しいので、お茶で出されると毎回食べてしまう。
最初はもったいないので出されたものを全部食べなければいけないような気分になっていたのだが、ラヴァル夫人がそうではないことを教えてくれた。
「レイシー様は残したもので手を付けられていないものは、使用人たちに下げ渡されるので、レイシー様がお好きなだけ食べるようにしてください。全部食べていたらスタイル意地ができなくなってしまいます」
せっかくわたくしの体に合った素晴らしいドレスや服を作ってもらったのに、スタイルが変わってしまって着られなくなったら悲しい。
ラヴァル夫人に教えてもらってから、わたくしは遠慮なく自分の食べられる分だけを食べるようにして、食べないものは下げ渡されるように無駄に手を付けることはなくなった。
「レイシーはいつも美味しそうに食べるね。わたしもついつい食べたくなってしまう」
「このキッシュとても美味しいですよ。アレクサンテリ陛下もぜひ」
「いただこう。……確かにこれは美味しい」
シャンピニオンとソーセージが入ったキッシュは卵も新鮮でとても美味しかった。食べてしまうのがもったいなくてちびちびと食べていると、アレクサンテリ陛下がしみじみと呟く。
「大切なひとを亡くしてしまってから、わたしは食べることも完全に義務になってしまった。生きるためにだけ砂を噛むように食事をして、生きるためにガラスを飲むように息をしていた。それがレイシー、あなたが来てから、わたしは毎日が幸せで楽しくてたまらない」
「大切な方を亡くしたのですか?」
聞いてはいけないと思うより先に口に出ていた言葉に、わたくしは後悔する。アレクサンテリ陛下に悲しい記憶を思い出させて苦しめてしまうのではないだろうか。
わたくしの言葉にアレクサンテリ陛下は目を伏せた。長いけぶるような睫毛が、アレクサンテリ陛下の頬に影を落とす。
「父が暗殺された後のことだった。逃がされていたわたしにかけられた追っ手によって、わたしの大切なひとは殺されてしまった。その直後に叔父の軍勢が助けに来て、わたしはなぜもう少し早く来られなかったのかと彼らを責めてしまった。あと数分早く叔父の軍勢が到着していれば、わたしの大切なひとは死なずにすんだのに」
その声はとても静かだったが、重く、血を吐くような響きがあった。
何も言えずにいるわたくしに、アレクサンテリ陛下がぱっと顔を上げる。
「ずっとつらかったけれど、レイシーに出会えて、わたしは心救われた。レイシーが一緒にいてくれると、この世界が暗く冷たく絶望に満ちたものではなく、希望もあるのだと分かる」
「どうして、わたくしなのですか?」
わたくしはアレクサンテリ陛下のことを救った覚えはなかった。
求婚するくらいだから素性は調べられただろうが、アレクサンテリ陛下がわたくしの何を知っているか分からない。アレクサンテリ陛下は誰かとわたくしを間違っているのではないだろうか。
「レイシーがレイシーであるだけでわたしは救われるのだ。感謝している」
答えになっていないのだが、アレクサンテリ陛下はそのように思っているのだろうとわたくしは自分を納得させた。
お茶の時間の後からはわたくしは自分のドレスの制作に取り掛かった。
型紙を作って、布でその型紙に合わせて型紙を作り、縫い合わせて着てみる。違和感のある所は修正して、布の型紙を作り上げると、それに合わせて本縫いの生地を断っていく。
生地を裁つまでが一番気を張る作業で、後は縫い間違えても解いて縫い直せばいいので気が楽である。
集中して作業をしていると、ドアがノックされて、アレクサンテリ陛下が廊下に立っていた。アレクサンテリ陛下は手にガラスの器とフォークとガラスのグラスの乗ったトレイを持っていた。
「少し休憩したらどうかなと思って。桃は好きかな?」
「大好きです」
トレイを受け取ると、きれいに剥かれてくし形に切られた桃がガラスの器に乗っている。グラスには熱くない紅茶が入っていた。
「無理をしないで頑張ってね」
「はい。ありがとうございます」
トレイを受け取って、わたくしはアレクサンテリ陛下を見送って、ソファに座って桃と紅茶で一息ついた。
わたくしは果物も大好きなのだが、アレクサンテリ陛下にそのことを伝えただろうか。
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