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一章 ご寵愛の理由
15.銀糸の蔦模様
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夢の中でガーネくんがわたしを起こした。
わたしの家にはベッドが人数分しかない。
両親のベッドとわたしのベッドだけだ。わたしのベッドは大人用のものを使っているので、小柄なわたしには少し大きかった。
ガーネくんはわたしと一緒に夜は眠っていた。
夜中にガーネくんがうなされているのを見るのはよくあることだった。
怖い夢を見ているようで、涙を流しながら「たすけて」と呟いたり、もがいたりするので、そのたびにわたしはガーネくんをしっかりと抱き締めていた。抱き締めているとガーネくんは落ち着くのか眠りに落ちる。
その夜、ガーネくんがわたしを起こしたのはお手洗いに行きたかったからだった。
「おねえちゃん、ついてきて……」
暗いところが怖いのか、ガーネくんは一人で夜にお手洗いに行けない。ここに来る前にうなされるような怖い経験をしたからかもしれないので、わたしは六歳にもなってお手洗いに行けないのかなどとガーネくんを責めることはなかった。
「いいよ。ちょっと待ってね」
ランプに灯りを点けて、手に持ってガーネくんと一緒に廊下を歩きだすと、ガーネくんがわたしのパジャマに必死にしがみ付いているのが分かる。
「おねえちゃん、おばけ!」
「お化けじゃないよ。これはランプの灯りで影が壁に映っているだけ」
「怖いよ」
震えるガーネくんの背中を宥めるように撫でながら、わたしはガーネくんをお手洗いに連れて行って、部屋に戻ってベッドに入った。
夏だったら暑くて耐えられなかったかもしれないが、秋なのでガーネくんの体温が心地いいくらいだった。
ぎゅっと抱き締めてくるガーネくんのサラサラの銀髪を撫でていると、ガーネくんがぽつぽつと話し出す。
「みんな、ころされたの」
「ガーネくん?」
「ぼくを守っていたひとたちが、みんなころされて、最後のひとが、ぼくに言ったの。着ているものをぜんぶぬいで、くつもぬいで、走りなさいって」
町の外れに倒れていたときには、下着一枚で服も着ていなかったし、靴も履いていなかったガーネくん。やはり貴族か何かなのだろう。命を狙われて、身元が分からないようにして逃がされたのだ。
ガーネくんの右肩には、刺されたような傷が残っていた。その傷以外は小さな傷だったので全部直っていたが、右肩の傷は痕が残ってしまった。
右肩を押さえて涙をこらえるガーネくんをわたしは強く抱き締める。
「ガーネくんのことはわたしが守るからね!」
「ダメだよ、おねえちゃん!」
「どうして?」
「おねえちゃんは死んじゃダメ! ぼくとずっといっしょに暮らすんだから」
それができればどれだけ幸せだろう。
ガーネくんがわたしの弟になって、貧しいけれどこの村でずっと暮らすことができれば。
それができないのは、明白だった。
ガーネくんは命を狙われるような高貴な身分なのだ。
「ガーネくんが大きくなったら、わたしのことを迎えに来て」
「おねえちゃんを?」
「そのときには、わたしはガーネくんの専属のお針子になろうかな」
そう話すとガーネくんは安心したようでまた眠りだした。
ガーネくんの体温につられるように、わたしも眠りに落ちていった。
目を覚ますと、わたくしはセシルではなくてレイシーだった。
何度も夢に見ているので、わたくしがセシルであったかのように思ってしまうことがある。顔立ちも地味でどこか似ているし。
生まれる前の記憶を持っているものがいるという話を聞いたことがあるが、もしかするとセシルはわたくしが生まれる前の姿だったのかもしれない。
夢にしてはものすごく現実的で、幼いころからこの夢を見ているので、わたくしは五歳のときには針と糸を使って縫物を始めていたし、刺繍を始めたのは七歳のときだ。最初は下手だったけれど、セシルの記憶を追いかけるように青い蔦模様の刺繍を練習して、十歳のときにはかなり完璧に刺繍できるようになっていた。
初めて刺繍したものを売ったのは、十二歳で帝都の貴族の学園に入学してからだった。成績優秀者としてわたくしは学費が免除されていたが、日用品を揃えるのにはどうしてもお金がいる。学園に通っていると、ノートやペンやインクは必要になるし、着替えも最低限は必要だった。着替えは自分で縫うこともできるのだが、その材料にはお金がかかる。
ディアン子爵家に仕送りを頼んではいたが、少しでも負担を減らしたくて、わたくしは帝都の町の店に刺繍したハンカチや布を売りに行ったのだ。
最初は買い叩かれてしまったが、続けて売っているうちに、わたくしの刺繍は人気があるということで店主もそれなりの値段を払ってくれるようになった。それが意外と高価だったので、わたくしはディアン子爵家の仕送りが少なくても学園で不自由なく暮らせるようになっていた。
あの刺繍を全部アレクサンテリ陛下が買い上げていたというのだから、それは値段も上がるはずだろう。皇宮に認められた刺繍なのだ。店主も他の店に売らないようにわたくしにくれぐれもお願いしていたが、それはそういうことだったのだ。
今になって分かる。
縫い終わったドレスに刺繍をしながら、わたくしは学園でのことを思い出していた。
ラヴァル夫人の授業は、迫っている婚約式のことが中心になってきていた。
婚約式のためにわたくしは衣装を仕上げないといけないだけでなく、婚約式の手順も覚えなければいけない。
「皇太后陛下が皇帝陛下とレイシー様の婚約を確認して、皇帝陛下が婚約を宣言されます。そのときからレイシー様は、妃候補として、レイシー殿下と呼ばれるようになります」
「わたくしが殿下!?」
「皇后になられた暁には、皇后陛下と呼ばれるようになります」
「いやいやいや、皇后にはならないと思います」
結婚をずっと拒んでいたアレクサンテリ陛下の初めての妃だから大仰な儀式が行われるのだろうが、わたくしは側妃か妾妃にすぎないだろう。もしかすると寵姫なのかもしれないが、一応妃教育を受けているので妃ではあると思いたい」
「レイシー様は皇帝陛下のお気持ちにお気付きではない?」
「え? もちろん分かっております。わたくしは側妃か妾妃として弁えて、高貴なアレクサンテリ陛下の血統を繋ぐことだけを考えております」
「これは、皇帝陛下にご相談しなければなりませんね」
「何か問題がありましたか?」
「レイシー様の問題ではないようです。皇帝陛下がご自分のお気持ちをレイシー様に正確にお伝えできていない可能性があります。皇帝陛下にはわたくしから報告をしておきますのでレイシー様はご安心ください」
「は、はい」
ご安心していいのだろうか。
わたくしが間違っているのならばはっきりと言ってほしい。
ラヴァル夫人ははっきりとものをいうタイプなのだが、このことに関しては言葉を濁している様子だった。
「アレクサンテリ陛下は、大切な方を亡くされていると聞きました。わたくしを選ばれたのには理由があるのでしょうか?」
「その件に関しては、ご自分で聞かれた方がいいかもしれません」
「聞いたのですが、わたくしがわたくしであればいいというようなことしか仰られなくて」
わたくしが選ばれたのには理由があったのだろうか。
アレクサンテリ陛下はわたくしが刺繍した青い蔦模様のハンカチを愛用していると聞いている。あの青い蔦模様に何か意味があるのだろうか。
デビュタントのときにアレクサンテリ陛下はわたくしと出会って運命を感じたと言っていた気がする。
「わたくし、アレクサンテリ陛下と初めてお話ししたのは、デビュタントのときで、形式通りの挨拶をして、三十秒も接しなかった気がするのですが」
「恋というものは、雷のように一目で落ちてしまうものだとも聞きます」
「あの一瞬でアレクサンテリ陛下が恋に落ちたんですか!?」
とてもじゃないけれど信じられない。
呆気に取られているわたくしに、ラヴァル夫人は「そのようなこともあると思います」と深く頷いていた。
ラヴァル夫人の妃教育が終わると、またドレス作りに集中する。
刺繍をするのは心が無になれて、何も考えずによくなってとても気が楽だ。手作業をしていると、ふとわたくしはドレスの裾の模様を思い付いた。
これまで蔦模様は青でするものだと思い込んでいたが、白い生地に銀糸で施してもとても美しいのではないだろうか。
アレクサンテリ陛下と対になるドレスなのだ。それくらいは合わせてもいいかもしれない。
いいアイデアを思い付いたと、わたくしはさっそく銀糸の蔦模様の図案を書き始めた。
わたしの家にはベッドが人数分しかない。
両親のベッドとわたしのベッドだけだ。わたしのベッドは大人用のものを使っているので、小柄なわたしには少し大きかった。
ガーネくんはわたしと一緒に夜は眠っていた。
夜中にガーネくんがうなされているのを見るのはよくあることだった。
怖い夢を見ているようで、涙を流しながら「たすけて」と呟いたり、もがいたりするので、そのたびにわたしはガーネくんをしっかりと抱き締めていた。抱き締めているとガーネくんは落ち着くのか眠りに落ちる。
その夜、ガーネくんがわたしを起こしたのはお手洗いに行きたかったからだった。
「おねえちゃん、ついてきて……」
暗いところが怖いのか、ガーネくんは一人で夜にお手洗いに行けない。ここに来る前にうなされるような怖い経験をしたからかもしれないので、わたしは六歳にもなってお手洗いに行けないのかなどとガーネくんを責めることはなかった。
「いいよ。ちょっと待ってね」
ランプに灯りを点けて、手に持ってガーネくんと一緒に廊下を歩きだすと、ガーネくんがわたしのパジャマに必死にしがみ付いているのが分かる。
「おねえちゃん、おばけ!」
「お化けじゃないよ。これはランプの灯りで影が壁に映っているだけ」
「怖いよ」
震えるガーネくんの背中を宥めるように撫でながら、わたしはガーネくんをお手洗いに連れて行って、部屋に戻ってベッドに入った。
夏だったら暑くて耐えられなかったかもしれないが、秋なのでガーネくんの体温が心地いいくらいだった。
ぎゅっと抱き締めてくるガーネくんのサラサラの銀髪を撫でていると、ガーネくんがぽつぽつと話し出す。
「みんな、ころされたの」
「ガーネくん?」
「ぼくを守っていたひとたちが、みんなころされて、最後のひとが、ぼくに言ったの。着ているものをぜんぶぬいで、くつもぬいで、走りなさいって」
町の外れに倒れていたときには、下着一枚で服も着ていなかったし、靴も履いていなかったガーネくん。やはり貴族か何かなのだろう。命を狙われて、身元が分からないようにして逃がされたのだ。
ガーネくんの右肩には、刺されたような傷が残っていた。その傷以外は小さな傷だったので全部直っていたが、右肩の傷は痕が残ってしまった。
右肩を押さえて涙をこらえるガーネくんをわたしは強く抱き締める。
「ガーネくんのことはわたしが守るからね!」
「ダメだよ、おねえちゃん!」
「どうして?」
「おねえちゃんは死んじゃダメ! ぼくとずっといっしょに暮らすんだから」
それができればどれだけ幸せだろう。
ガーネくんがわたしの弟になって、貧しいけれどこの村でずっと暮らすことができれば。
それができないのは、明白だった。
ガーネくんは命を狙われるような高貴な身分なのだ。
「ガーネくんが大きくなったら、わたしのことを迎えに来て」
「おねえちゃんを?」
「そのときには、わたしはガーネくんの専属のお針子になろうかな」
そう話すとガーネくんは安心したようでまた眠りだした。
ガーネくんの体温につられるように、わたしも眠りに落ちていった。
目を覚ますと、わたくしはセシルではなくてレイシーだった。
何度も夢に見ているので、わたくしがセシルであったかのように思ってしまうことがある。顔立ちも地味でどこか似ているし。
生まれる前の記憶を持っているものがいるという話を聞いたことがあるが、もしかするとセシルはわたくしが生まれる前の姿だったのかもしれない。
夢にしてはものすごく現実的で、幼いころからこの夢を見ているので、わたくしは五歳のときには針と糸を使って縫物を始めていたし、刺繍を始めたのは七歳のときだ。最初は下手だったけれど、セシルの記憶を追いかけるように青い蔦模様の刺繍を練習して、十歳のときにはかなり完璧に刺繍できるようになっていた。
初めて刺繍したものを売ったのは、十二歳で帝都の貴族の学園に入学してからだった。成績優秀者としてわたくしは学費が免除されていたが、日用品を揃えるのにはどうしてもお金がいる。学園に通っていると、ノートやペンやインクは必要になるし、着替えも最低限は必要だった。着替えは自分で縫うこともできるのだが、その材料にはお金がかかる。
ディアン子爵家に仕送りを頼んではいたが、少しでも負担を減らしたくて、わたくしは帝都の町の店に刺繍したハンカチや布を売りに行ったのだ。
最初は買い叩かれてしまったが、続けて売っているうちに、わたくしの刺繍は人気があるということで店主もそれなりの値段を払ってくれるようになった。それが意外と高価だったので、わたくしはディアン子爵家の仕送りが少なくても学園で不自由なく暮らせるようになっていた。
あの刺繍を全部アレクサンテリ陛下が買い上げていたというのだから、それは値段も上がるはずだろう。皇宮に認められた刺繍なのだ。店主も他の店に売らないようにわたくしにくれぐれもお願いしていたが、それはそういうことだったのだ。
今になって分かる。
縫い終わったドレスに刺繍をしながら、わたくしは学園でのことを思い出していた。
ラヴァル夫人の授業は、迫っている婚約式のことが中心になってきていた。
婚約式のためにわたくしは衣装を仕上げないといけないだけでなく、婚約式の手順も覚えなければいけない。
「皇太后陛下が皇帝陛下とレイシー様の婚約を確認して、皇帝陛下が婚約を宣言されます。そのときからレイシー様は、妃候補として、レイシー殿下と呼ばれるようになります」
「わたくしが殿下!?」
「皇后になられた暁には、皇后陛下と呼ばれるようになります」
「いやいやいや、皇后にはならないと思います」
結婚をずっと拒んでいたアレクサンテリ陛下の初めての妃だから大仰な儀式が行われるのだろうが、わたくしは側妃か妾妃にすぎないだろう。もしかすると寵姫なのかもしれないが、一応妃教育を受けているので妃ではあると思いたい」
「レイシー様は皇帝陛下のお気持ちにお気付きではない?」
「え? もちろん分かっております。わたくしは側妃か妾妃として弁えて、高貴なアレクサンテリ陛下の血統を繋ぐことだけを考えております」
「これは、皇帝陛下にご相談しなければなりませんね」
「何か問題がありましたか?」
「レイシー様の問題ではないようです。皇帝陛下がご自分のお気持ちをレイシー様に正確にお伝えできていない可能性があります。皇帝陛下にはわたくしから報告をしておきますのでレイシー様はご安心ください」
「は、はい」
ご安心していいのだろうか。
わたくしが間違っているのならばはっきりと言ってほしい。
ラヴァル夫人ははっきりとものをいうタイプなのだが、このことに関しては言葉を濁している様子だった。
「アレクサンテリ陛下は、大切な方を亡くされていると聞きました。わたくしを選ばれたのには理由があるのでしょうか?」
「その件に関しては、ご自分で聞かれた方がいいかもしれません」
「聞いたのですが、わたくしがわたくしであればいいというようなことしか仰られなくて」
わたくしが選ばれたのには理由があったのだろうか。
アレクサンテリ陛下はわたくしが刺繍した青い蔦模様のハンカチを愛用していると聞いている。あの青い蔦模様に何か意味があるのだろうか。
デビュタントのときにアレクサンテリ陛下はわたくしと出会って運命を感じたと言っていた気がする。
「わたくし、アレクサンテリ陛下と初めてお話ししたのは、デビュタントのときで、形式通りの挨拶をして、三十秒も接しなかった気がするのですが」
「恋というものは、雷のように一目で落ちてしまうものだとも聞きます」
「あの一瞬でアレクサンテリ陛下が恋に落ちたんですか!?」
とてもじゃないけれど信じられない。
呆気に取られているわたくしに、ラヴァル夫人は「そのようなこともあると思います」と深く頷いていた。
ラヴァル夫人の妃教育が終わると、またドレス作りに集中する。
刺繍をするのは心が無になれて、何も考えずによくなってとても気が楽だ。手作業をしていると、ふとわたくしはドレスの裾の模様を思い付いた。
これまで蔦模様は青でするものだと思い込んでいたが、白い生地に銀糸で施してもとても美しいのではないだろうか。
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