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一章 ご寵愛の理由
17.婚約式と誓いの言葉
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アレクサンテリ陛下とわたくしの婚約式の日が来てしまった。
その日も朝食からアレクサンテリ陛下とご一緒だったが、いつもよりも朝食の時間が早かった。
緊張して食べられないかと思ったが、アレクサンテリ陛下はしっかりと朝食を食べている。
「レイシー、式典が忙しくて昼食は食べる暇がないかもしれない。今日はしっかり食べておくといいよ」
「はい、御忠告ありがとうございます」
「式典の間手洗いに行ける時間があまりないから、水分は控えめにしておくといい」
「はい」
わたくしは皇宮の式典に出るのなど初めてだったが、アレクサンテリ陛下は即位する前の幼いころから出ていたのだろうし、即位してからはますます忙しく式典に出席していたに違いない。忠告をありがたく受け取って、朝食はしっかりと食べて、水分は控えめにして、部屋に戻って身支度をした。
侍女がわたくしの長い髪を梳いて、美しく整えてくれる。香りのいい香油で艶を出された髪は、豪華に見えた。うっすらとお化粧もしてくれる。お化粧には慣れていなかったので、わたくしは侍女に全部任せてしまった。
ドレスを着て、ヴェールを被って、花冠を頭に乗せたわたくしは、部屋に迎えに来たアレクサンテリ陛下の前に立つと、わたくしの縫ったジャケットを纏ったアレクサンテリ陛下が柘榴色の目で熱っぽくわたくしを見つめていた。
「レイシーとても美しい。レースのように繊細で美しいという名前の通りだ」
「アレクサンテリ陛下が最高の材料を揃えてくださったおかげです」
「レイシーの手でこのドレスが作られたなどと皆の者が知ったら、驚くだろうな」
肘を示されて、そこに手を添える。
アレクサンテリ陛下はわたくしよりもずっと背が高いので、歩幅も大きく足は速いはずだが、完全にわたくしに合わせてくれていた。練習はしたとはいえ、慣れないハイヒールによろめきそうになると、そっと支えてくださる。
本当に優しい方なのだ。
この方の心の中には、今も忘れられない亡くなった大切な方がいる。
そう思うと、わたくしはその方に勝てる気がしないのだが、アレクサンテリ陛下のわたくしを気遣う視線を見ていると勘違いしてしまいそうになる。
わたくしはアレクサンテリ陛下の大切な方の身代わりで、仮初めの側妃か妾妃になるのだ。結婚しないことで周囲から圧をかけられたアレクサンテリ陛下が、仕方なく選んだ相手なのだ。
その証拠にアレクサンテリ陛下は一度もわたくしに「好き」とか「愛している」とか言っていない。
子どもを作るためだけに政略結婚をすることを思えば、アレクサンテリ陛下はわたくしに対して誠実であるし、無理やり事を運んだりしないので、わたくしにはもったいないような素晴らしい相手なのだろう。
それなのに、本当に愛されていないと考えると、どこか胸の奥に冷たい風が吹くような気がして、わたくしは気持ちを切り替えた。
アレクサンテリ陛下にエスコートされて連れて来られたのは、皇宮の大広間の内一つのようだった。わたくしは皇宮に入って直行で皇帝宮に行ったので、皇帝陛下が執務を執り行う皇宮の本体に入るのは初めてである。
緊張しつつ大勢のひとたちが集まった皇宮の大広間の中央に開かれたカーペットの敷かれた道を歩いていると、わたくしを見て貴族たちが話しているのが聞こえる。
「あの方がディアン子爵家のご令嬢」
「ディアン子爵家といえば、数代前の皇帝陛下のときに私財を投げ打って国を助け、爵位を賜った家と聞いています」
「そんな尊い家柄でしたら、皇帝陛下が選ばれるのも分かります」
どんな嫌味でも受け入れようと思っていたのに、わたくしに対する評価は悪いものではなかった。
貴族たちの間を過ぎて、大広間の前の壇上に上がると、皇太后陛下と銀色の髪に赤い目の男性がわたくしたちを待っていた。
「今日はよろしくお願いします、母上、叔父上」
アレクサンテリ陛下が小声で挨拶を交わしている。
アレクサンテリ陛下を年上にして渋くしたような男性は、カイエタン宰相閣下だったようだ。アレクサンテリ陛下の叔父様である。
「レイシー嬢、緊張なさらないでくださいね」
「わたしは、カイエタン・ルクセリオン。お初にお目にかかります、レイシー嬢」
「お初にお目にかかります、カイエタン宰相閣下。今日はよろしくお願いいたします、皇太后陛下」
わたくしが小声で挨拶をすると、二人とも頷いていらっしゃる。
壇上から貴族が集まった席の方に視線を向けると、一番前の席に両親とソフィアが立っていた。緊張した面持ちでわたくしを見ている。
「それでは、皆様、皇帝陛下とレイシー・ディアン嬢の婚約の儀を始めさせていただきます」
皇后陛下が宣言すると、貴族たちが静かになる。
わたくしはアレクサンテリ陛下の腕を放し、隣りに立った。
「皇帝陛下より、婚約の宣言をしていただきます。皇帝陛下、どうぞ」
皇后陛下に促されて、アレクサンテリ陛下が貴族たちの方に向き直って、わたくしも同じく貴族たちの方に向き直って、宣言を聞く。
「わたし、アレクサンテリ・ルクセリオンは、レイシー・ディアンと婚約し、一年後の結婚式で妃として迎え入れ、生涯を共に過ごすことを誓う」
「レイシー嬢、お返事を」
「皇帝陛下のお力となれるように寄り添って共に生きていくことを誓いまし」
あ、噛んでしまった。
衣装作りには意欲的だったがわたくしは式典に関してはあまり乗り気ではなかった。
わたくしを妃候補として認めない方がいるのではないか。
貴族の中には反発する方がいるのではないか。
婚約式などという大仰な式典をしなくても、ひっそりとアレクサンテリ陛下の側妃か妾妃として子どもを産むことだけに集中していればいいのではないかと思っていたが、そういうわけにもいかない様子だった。
皇帝陛下の妃というのは面倒くさいものだ。
「これより、レイシー嬢は妃殿下となります。妃殿下、皇帝陛下と末永くお幸せに」
皇后陛下から声をかけられて、わたくしはラヴァル夫人から習った完璧な仕草で一礼する。これで噛んだのは取り戻せたかもしれない。
「皇帝陛下万歳!」
「妃殿下万歳!」
貴族からは祝福の声が上がっていた。
婚約式はこれで終わりなのだが、その後でわたくしとアレクサンテリ陛下は貴族たちのご挨拶を受けなければいけなかった。
壇上に椅子が用意されて、アレクサンテリ陛下がわたくしの手を引いて座らせて、横にアレクサンテリ陛下も座る。
「皇帝陛下、誠におめでとうございます。皇帝陛下の妃殿下を見ることがなく、わたしは人生を終わるのかと思っておりましたが、妃殿下を選ばれたこと、本当に祝福いたします」
初めにカイエタン宰相閣下が挨拶をしてくださって、わたくしがどのように対応していいか分からないでいると、アレクサンテリ陛下がわたくしに見せるのとは全く違う冷えた表情で答えていた。
「わたしの心をレイシーが癒してくれた。レイシーはわたしの全てだ」
あ、そういうことになっているのですね。
こういう演技だと思えば、それに合わせることはできる。
「皇帝陛下には大変よくしていただいています。皇帝陛下のことを支えていけるように努めたいと思います」
「レイシー、皇帝陛下ではなく、アレクサンテリ、だよ?」
「こんな公の場で呼べません」
小声で注意されてしまったが、誰もがアレクサンテリ陛下を「皇帝陛下」という場で、わたくしだけが「アレクサンテリ陛下」と呼ぶようなことはできないと恐縮すると、カイエタン宰相閣下が微笑んだ。
「本当に仲睦まじいご様子で。皇帝陛下の叔父としても安心いたしました」
一礼して次の皇族に順番を譲るカイエタン宰相閣下。次の皇族はカイエタン宰相閣下の御子息令嬢たちだった。
「皇帝陛下、本当におめでとうございます」
「妃殿下を見て確信いたしました。皇帝陛下は妃殿下のことを本当に想われているのだと」
「末永くお幸せに」
さすがに婚約式の場でわたくしをあからさまに悪く言ってくる相手はいないと分かっているのだが、こうも好意的に来られると拍子抜けしてしまう。
そつなく礼を返していると、ディアン子爵家の番になった。
家格としては低い方なのだが、わたくしの実家なので挨拶が早くなったのだろう。
その日も朝食からアレクサンテリ陛下とご一緒だったが、いつもよりも朝食の時間が早かった。
緊張して食べられないかと思ったが、アレクサンテリ陛下はしっかりと朝食を食べている。
「レイシー、式典が忙しくて昼食は食べる暇がないかもしれない。今日はしっかり食べておくといいよ」
「はい、御忠告ありがとうございます」
「式典の間手洗いに行ける時間があまりないから、水分は控えめにしておくといい」
「はい」
わたくしは皇宮の式典に出るのなど初めてだったが、アレクサンテリ陛下は即位する前の幼いころから出ていたのだろうし、即位してからはますます忙しく式典に出席していたに違いない。忠告をありがたく受け取って、朝食はしっかりと食べて、水分は控えめにして、部屋に戻って身支度をした。
侍女がわたくしの長い髪を梳いて、美しく整えてくれる。香りのいい香油で艶を出された髪は、豪華に見えた。うっすらとお化粧もしてくれる。お化粧には慣れていなかったので、わたくしは侍女に全部任せてしまった。
ドレスを着て、ヴェールを被って、花冠を頭に乗せたわたくしは、部屋に迎えに来たアレクサンテリ陛下の前に立つと、わたくしの縫ったジャケットを纏ったアレクサンテリ陛下が柘榴色の目で熱っぽくわたくしを見つめていた。
「レイシーとても美しい。レースのように繊細で美しいという名前の通りだ」
「アレクサンテリ陛下が最高の材料を揃えてくださったおかげです」
「レイシーの手でこのドレスが作られたなどと皆の者が知ったら、驚くだろうな」
肘を示されて、そこに手を添える。
アレクサンテリ陛下はわたくしよりもずっと背が高いので、歩幅も大きく足は速いはずだが、完全にわたくしに合わせてくれていた。練習はしたとはいえ、慣れないハイヒールによろめきそうになると、そっと支えてくださる。
本当に優しい方なのだ。
この方の心の中には、今も忘れられない亡くなった大切な方がいる。
そう思うと、わたくしはその方に勝てる気がしないのだが、アレクサンテリ陛下のわたくしを気遣う視線を見ていると勘違いしてしまいそうになる。
わたくしはアレクサンテリ陛下の大切な方の身代わりで、仮初めの側妃か妾妃になるのだ。結婚しないことで周囲から圧をかけられたアレクサンテリ陛下が、仕方なく選んだ相手なのだ。
その証拠にアレクサンテリ陛下は一度もわたくしに「好き」とか「愛している」とか言っていない。
子どもを作るためだけに政略結婚をすることを思えば、アレクサンテリ陛下はわたくしに対して誠実であるし、無理やり事を運んだりしないので、わたくしにはもったいないような素晴らしい相手なのだろう。
それなのに、本当に愛されていないと考えると、どこか胸の奥に冷たい風が吹くような気がして、わたくしは気持ちを切り替えた。
アレクサンテリ陛下にエスコートされて連れて来られたのは、皇宮の大広間の内一つのようだった。わたくしは皇宮に入って直行で皇帝宮に行ったので、皇帝陛下が執務を執り行う皇宮の本体に入るのは初めてである。
緊張しつつ大勢のひとたちが集まった皇宮の大広間の中央に開かれたカーペットの敷かれた道を歩いていると、わたくしを見て貴族たちが話しているのが聞こえる。
「あの方がディアン子爵家のご令嬢」
「ディアン子爵家といえば、数代前の皇帝陛下のときに私財を投げ打って国を助け、爵位を賜った家と聞いています」
「そんな尊い家柄でしたら、皇帝陛下が選ばれるのも分かります」
どんな嫌味でも受け入れようと思っていたのに、わたくしに対する評価は悪いものではなかった。
貴族たちの間を過ぎて、大広間の前の壇上に上がると、皇太后陛下と銀色の髪に赤い目の男性がわたくしたちを待っていた。
「今日はよろしくお願いします、母上、叔父上」
アレクサンテリ陛下が小声で挨拶を交わしている。
アレクサンテリ陛下を年上にして渋くしたような男性は、カイエタン宰相閣下だったようだ。アレクサンテリ陛下の叔父様である。
「レイシー嬢、緊張なさらないでくださいね」
「わたしは、カイエタン・ルクセリオン。お初にお目にかかります、レイシー嬢」
「お初にお目にかかります、カイエタン宰相閣下。今日はよろしくお願いいたします、皇太后陛下」
わたくしが小声で挨拶をすると、二人とも頷いていらっしゃる。
壇上から貴族が集まった席の方に視線を向けると、一番前の席に両親とソフィアが立っていた。緊張した面持ちでわたくしを見ている。
「それでは、皆様、皇帝陛下とレイシー・ディアン嬢の婚約の儀を始めさせていただきます」
皇后陛下が宣言すると、貴族たちが静かになる。
わたくしはアレクサンテリ陛下の腕を放し、隣りに立った。
「皇帝陛下より、婚約の宣言をしていただきます。皇帝陛下、どうぞ」
皇后陛下に促されて、アレクサンテリ陛下が貴族たちの方に向き直って、わたくしも同じく貴族たちの方に向き直って、宣言を聞く。
「わたし、アレクサンテリ・ルクセリオンは、レイシー・ディアンと婚約し、一年後の結婚式で妃として迎え入れ、生涯を共に過ごすことを誓う」
「レイシー嬢、お返事を」
「皇帝陛下のお力となれるように寄り添って共に生きていくことを誓いまし」
あ、噛んでしまった。
衣装作りには意欲的だったがわたくしは式典に関してはあまり乗り気ではなかった。
わたくしを妃候補として認めない方がいるのではないか。
貴族の中には反発する方がいるのではないか。
婚約式などという大仰な式典をしなくても、ひっそりとアレクサンテリ陛下の側妃か妾妃として子どもを産むことだけに集中していればいいのではないかと思っていたが、そういうわけにもいかない様子だった。
皇帝陛下の妃というのは面倒くさいものだ。
「これより、レイシー嬢は妃殿下となります。妃殿下、皇帝陛下と末永くお幸せに」
皇后陛下から声をかけられて、わたくしはラヴァル夫人から習った完璧な仕草で一礼する。これで噛んだのは取り戻せたかもしれない。
「皇帝陛下万歳!」
「妃殿下万歳!」
貴族からは祝福の声が上がっていた。
婚約式はこれで終わりなのだが、その後でわたくしとアレクサンテリ陛下は貴族たちのご挨拶を受けなければいけなかった。
壇上に椅子が用意されて、アレクサンテリ陛下がわたくしの手を引いて座らせて、横にアレクサンテリ陛下も座る。
「皇帝陛下、誠におめでとうございます。皇帝陛下の妃殿下を見ることがなく、わたしは人生を終わるのかと思っておりましたが、妃殿下を選ばれたこと、本当に祝福いたします」
初めにカイエタン宰相閣下が挨拶をしてくださって、わたくしがどのように対応していいか分からないでいると、アレクサンテリ陛下がわたくしに見せるのとは全く違う冷えた表情で答えていた。
「わたしの心をレイシーが癒してくれた。レイシーはわたしの全てだ」
あ、そういうことになっているのですね。
こういう演技だと思えば、それに合わせることはできる。
「皇帝陛下には大変よくしていただいています。皇帝陛下のことを支えていけるように努めたいと思います」
「レイシー、皇帝陛下ではなく、アレクサンテリ、だよ?」
「こんな公の場で呼べません」
小声で注意されてしまったが、誰もがアレクサンテリ陛下を「皇帝陛下」という場で、わたくしだけが「アレクサンテリ陛下」と呼ぶようなことはできないと恐縮すると、カイエタン宰相閣下が微笑んだ。
「本当に仲睦まじいご様子で。皇帝陛下の叔父としても安心いたしました」
一礼して次の皇族に順番を譲るカイエタン宰相閣下。次の皇族はカイエタン宰相閣下の御子息令嬢たちだった。
「皇帝陛下、本当におめでとうございます」
「妃殿下を見て確信いたしました。皇帝陛下は妃殿下のことを本当に想われているのだと」
「末永くお幸せに」
さすがに婚約式の場でわたくしをあからさまに悪く言ってくる相手はいないと分かっているのだが、こうも好意的に来られると拍子抜けしてしまう。
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