そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥

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一章 ご寵愛の理由

29.告白の続き

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 アレクサンテリ陛下はわたくしを愛しているし、わたくしもアレクサンテリ陛下を愛している。
 わたくしたちは両想いで結婚すれば夫婦になるのだ。

「わたくし、政略結婚は嫌だと思っていました。レナン殿と婚約したときも、わたくしがディアン子爵家を継ぐために仕方がないのだと自分を納得させていましたが、本当はとても嫌だったのです」

 お茶をしながら話し出したわたくしに、アレクサンテリ陛下は静かに話を聞いてくれている。カップを持つ所作一つとってもとても美しいアレクサンテリ陛下。その柘榴色の瞳にわたくしの姿がしっかりと映っている。

「わたくしは自分やソフィアの衣装を縫うことに誇りを持っていました。夢で見たセシルはお針子になりたいと思っていた。その気持ちがわたくしにもずっとあったような気がします」
「レイシーの縫物の技術はとても高いとわたしは評価している。仕立て職人たちもレイシーの技術に一目置いていると聞いている」
「それはとても嬉しいです。ですが、レナン殿は自分でドレスや服を作るなど、貧乏くさいと言って嫌がっていたのです。わたくし、結婚式の衣装は自分で作りたかった。でもレナン殿が嫌がるので外注しなければいけないと諦めていました」
「レイシーの口から他の男の名前が出るのは妬けるが、あの元婚約者はレイシーの価値を全く分かっていなかったのだな。レイシーは素晴らしい技術を持っているというのに」

 アレクサンテリ陛下は手放しのわたくしのことを褒めてくださる。
 わたくしが縫物をすることに関して、貴族は仕立て職人さんに任せるのが普通だと言って、自分で作るのは貧乏くさいと馬鹿にしたレナン殿。レナン殿のことは、政略結婚で仕方なく夫として迎えなければいけないとしても、愛することはできないとずっと思っていた。

「わたくし、皇帝宮に来てアレクサンテリ陛下がミシンを買ってくださったとき、アレクサンテリ陛下はなんて心が広いのだろうと思いました。それだけではなく、ご自分のジャケットを作らせてくださったり、わたくしの婚約式のときのドレスを作らせてくださったこと、本当に感謝しています」
「レイシーが縫物をすることに誇りを持っているのは感じていた。セシルもそうだった。セシルもレイシーも素晴らしい才能を持っているのだから、それをわたしの妃になるせいで潰してしまいたくなかったのだ」

 本当にこのことに関してはアレクサンテリ陛下に感謝しかない。
 アレクサンテリ陛下はわたくしがすることに関して、一度も馬鹿にするような言動をしたことはないし、わたくしが刺繍したハンカチも大事に使ってくれていた。
 セシルがガーネくんとアレクサンテリ陛下を呼んでいたころから、アレクサンテリ陛下はセシルが作った服をとても大事にしてくれていた。

――おねえちゃんが作ってくれたの? すごくすてきな服! ありがとう!

 明るくはじけるようなガーネくんの笑顔を思い出していると、アレクサンテリ陛下がわたくしの方を見て微笑む。わたくしはアレクサンテリ陛下が怒っているところを見たことはないし、不機嫌なところも見たことがない。いつもアレクサンテリ陛下は穏やかで、わたくしを見つめるときは微笑みを浮かべている。ときどき真剣な表情をしているときもあるが、そのときも絶対に負の感情を表情に乗せたりしない。

 わたくしに気付いていないときのアレクサンテリ陛下のお顔を見たことがあったし、他の貴族に対するアレクサンテリ陛下のお顔も見たことがある。感情が消え失せたような冷たい表情をしていたのは気付いていた。
 この優しい表情がわたくしに対するものだけで、アレクサンテリ陛下は普段は冷徹と呼ばれる皇帝陛下の顔をしているのだろうとは思っていた。

「わたくしがアレクサンテリ陛下を好きになったのは、アレクサンテリ陛下がわたくしのことを絶対に馬鹿にしたりなさらなくて、尊重してくださっているからです」
「そんなことは当然ではないか。レイシーは存在自体が素晴らしい」
「それに、アレクサンテリ陛下は、いつも優しいお顔をしています。アレクサンテリ陛下の目元が染まるのを見ると、本当にアレクサンテリ陛下は心から微笑んでいらっしゃるのだと実感できます」

 愛していると伝えたけれど、それだけでは足りなくて、わたくしが語れば、アレクサンテリ陛下が片手で口元を押さえて顔を赤くしている。

「わたしはレイシーの全てが好きなのだ。自分と妹のドレスを縫ってしまえる技術力と、それを誇りを持って皆の前で披露する姿も。セシルのことが好きだったのは間違いない。最初はレイシーとセシルのことを重ねていた。しかし、今はレイシーのことを愛している」

 一度言ってしまえば堰を切ったように何度も愛していると言ってくれるアレクサンテリ陛下に、わたくしは幸せで涙ぐんでしまう。
 カップをソーサーに置いたアレクサンテリ陛下がわたくしの肩を抱いた。わたくしはアレクサンテリ陛下の香水の香りに包まれながら、アレクサンテリ殿下に体を預けていた。

 翌日、わたくしはラヴァル夫人にお礼を言った。

「アレクサンテリ陛下がわたくしに『愛している』と言ってくださったのです。ありがとうございます。ラヴァル夫人はどのようにアレクサンテリ陛下に伝えたのですか?」
「それは秘密ですね。わたくしは皇后陛下の侍女だったことがありまして、そのころに皇帝陛下とも関りがあったのです、とだけ言っておきましょう」

 ラヴァル夫人が皇太后陛下の侍女だったというのは、未婚のときのことだろうから、二十年くらい前のことかもしれない。そのころはアレクサンテリ陛下は幼かっただろう。
 クーデターが起きる前からアレクサンテリ陛下とは接していたのかもしれない。
 幼い時期から接していたのならば、アレクサンテリ陛下にとってラヴァル夫人は母親のようなものなのだろう。

「クーデターが起きて、アレクサンテリ陛下が逃がされて、帰ってきてからのことをラヴァル夫人は御存じですか?」
「よく覚えています。皇帝陛下は血塗れの服を着て帰っていらっしゃって、その服をどうしても脱ぎたがらなくて、眠っている間に着替えさせたのですが、目を覚ますとその服を必死に探して……。洗っても血の染みは消えませんでしたが、皇帝陛下はずっとその服を大事に持っていらっしゃいました」
「泣いていらっしゃいましたか?」
「いえ、ショックのあまり涙も流せないような状態でした」

 セシルの死はアレクサンテリ陛下にそんなにも心に傷を負わせたのだと思うと、アレクサンテリ陛下を守るために仕方なかったとはいえ、セシルが死んでしまったことが自分のことのように申し訳なくなる。

「その後も、ずっと心の傷は癒えることなく、皇帝陛下はただ義務感のためだけに生きていらっしゃいました。二十二歳のころでしたでしょうか、それが急に変わり始めて、レイシー殿下が皇帝宮にいらしてからは毎日が楽しそうで、わたくしも安心しております」
「そうだったのですね」

 アレクサンテリ陛下御本人からも、皇太后陛下からも聞いていたが、アレクサンテリ陛下はセシルを失った悲しみが絶望となってずっと続いていて、わたくしが帝都の店に卸した青い蔦模様の刺繍の入ったハンカチに出会うまでは皇帝としての義務感だけで生きていたようだった。

「わたくしは、アレクサンテリ陛下のお心を癒せているのでしょうか?」
「もちろんです、レイシー殿下。レイシー殿下がおられなければ、皇帝宮は灯りが消えたように暗闇の中に舞い戻ってしまうでしょう」

 アレクサンテリ陛下のお力になりたい。
 そのためにもわたくしは妃としてアレクサンテリ陛下に尽くしたい。

「ラヴァル夫人、わたくしは側妃になるのでしょうか? 妾妃になるのでしょうか?」
「レイシー殿下、何を仰っているのですか?」
「わたくし、アレクサンテリ陛下のために尽くしたいのです。そのためにも、わたくしの正式な身分を聞いておきたいと思いまして」

 これまでどっちでも構わなかったので、側妃でも妾妃でもよかったのだが、できれば地位の低い妾妃よりも、側妃にしてもらいたい。そうすればアレクサンテリ陛下のおそばでアレクサンテリ陛下をより支えることができるだろうから。

 わたくしが決意をしていると、ラヴァル夫人の表情が曇っていた。
 わたくし、何か変なことを言ってしまっただろうか。

「皇帝陛下は、『好き』も『愛している』も伝えていなかっただけではなくて、レイシー殿下に重要なことを伝え忘れているのですね」
「重要なことですか?」
「わたくしの口からは申し上げられません。この件に関しては、皇帝陛下に直にお伝えせねばなりませんね。レイシー殿下、今日の続きは明日致しましょう。本日はわたくしはこれで失礼します」

 慌ただしく皇帝宮を出て行くラヴァル夫人をわたくしは見送ったのだった。
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