そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥

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三章 ご寵愛の末に

7.花祭り

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 ガーネくんは六歳だったので早く眠ってしまう。
 わたしがガーネくんと夜に出かけたのはたった一度だけだった。

 ガーネくんを拾ったのは夏だったので、村では夏祭りが行われた。そこにガーネくんは行きたいと言ったのだ。

「おまつりなんて行ったことない。行ってみたいな、おねえちゃん」

 かわいいガーネくんのお願いをわたしが聞かないわけがない。
 ガーネくんにはフード付きの上着を着せて、髪が目立たないようにして村の夏祭りに行った。夏祭りでは村の広場で果物に飴がかけられたものや、肉の串焼きが売っていた。
 両親の食堂も簡単な軽食を出していた。

 ガーネくんと手を繋いでわたしは小さな夏祭りの会場を歩いた。
 広場は狭く、すぐに歩き終わってしまったけれど、果物に飴をかけたお菓子を食べながらガーネくんは空を見上げていた。

「星がきれいだね、おねえちゃん」
「夏場は星がよく見えるからね。月も出てるわ」
「月は、ぼく、なんとなくこわくてきらい」

 月が嫌いというのは初めて聞いたので、広場のベンチに座ってわたしは星を見上げながらガーネくんに聞いてみた。

「なんで月が嫌いなの?」
「ぼくのこと、追いかけてくるから」

 ちょっと困ったように眉を下げるガーネくんに、わたしはそんな絵本を読んだことがあったと思い出した。わたしが読んだのだから、わたしの家にあるのだろう。ガーネくんも同じ絵本を読んだに違いない。

 確か、月は歩いて行ってもずっと同じ大きさだから、追いかけられているように感じる子どももいるのだと絵本の注釈に書いてあった。

「月はガーネくんを追いかけてないよ」
「そうなの?」
「ガーネくんを見守ってくれているのよ」

 夏祭りは満月の夜に行われる。どんな灯りよりも明るく輝く月に見降ろされて、わたしは手の平をガーネくんと自分の前に持ってきた。月明かりに照らされて手の平が薄青く見える。

「月が出ていたら、どんな夜も、自分の手の平が見えるくらいには明るいの。月はそうやって帰り道を照らしてくれるんだよ」
「追いかけてこない?」
「追いかけて来ないよ」

 ガーネくんの不安を取り除くように微笑むと、ガーネくんは飴のかかった果物を食べてしまって、ベンチから立ち上がった。

「お月様が見守ってくれてる。かえろう、おねえちゃん」
「帰りましょう、ガーネくん」

 手を繋いでわたしとガーネくんはわたしの部屋まで帰った。
 それから、ガーネくんが月を怖いと言ったことはなかった。


 目を覚まして、わたくしはガーネくんのことを思い出していた。
 ガーネくんとはアレクサンテリ陛下なのだが、あまりにも姿が変わりすぎていてその実感があまりない。
 小さくてかわいいガーネくんは、わたくしの中でずっとガーネくんのままだった。
 なにより、夢で見るのはセシルの記憶なのである。わたくしが実際に体験したことではない。
 それなのに、お祭りで食べた肉の串焼きの味も、飴のかかった果物の甘さも、全て鮮明に思い出せるのだから不思議だ。
 わたくしは本当にセシルの生まれ変わりなのだろうか。
 そうでなければ理解できないことも多いが、わたくしはそれに関してもあまり実感はなかった。

 朝食の席でアレクサンテリ陛下にわたくしは言ってみた。

「夏祭りのことを覚えていますか?」
「覚えているよ。セシルと一度だけ行ったことがある」
「帝都でも夏祭りはあるのですか?」
「帝都であるかどうかはよく分からないな。わたしは町に出ることがほとんどないからね」

 アレクサンテリ陛下は町に出たことがない。
 それならばアレクサンテリ陛下と町歩きをするのは無理なのかもしれない。

 帝都で学園に通っていた時期は、わたくしは自由に町に出ていた。刺繍した布やハンカチや小物を売るために仕方がない一面もあったのだが、わたくしは町に出ると解放感があって好きだった。
 貴族として生まれたが、貧乏で、わたくしは自分の普段着は自分で作っていた。貴族の中にはそれを馬鹿にするようなひとたちもたくさんいたのだ。それに比べると、町に出て歩くのは貴族たちのように着飾らなくていいし、気楽だった。

「アレク様、町でお祭りがあったら行ってみたいのですが」
「町でお祭り……近々何かあるか?」

 アレクサンテリ陛下が侍女に聞くと、侍女が答える。

「恐れながら皇帝陛下、この時期には春の花祭りがあります」
「どんな祭りなのだ?」
「春の花を胸に飾って参加する祭りです。恋人同士は、花を贈り合うという風習があります」

 侍女の答えにアレクサンテリ陛下がわたくしの方を向き直った。

「レイシーは花祭りに参加してみるかな?」
「はい、できたら参加してみたいです」
「わたしがレイシーに花を贈って、レイシーがわたしに花を贈ってくれるか?」
「アレク様も参加するのですか?」
「髪や顔を隠せば参加できないことはないと思う」

 真剣に言うアレクサンテリ陛下だが、長い白銀の髪を隠すのは難しいし、背の高さでどうしても目立ってしまう。
 これはわたくしが我が儘を言ってはいけないのではないか。辞退するべきではないかと考えていると、アレクサンテリ陛下が続けて言う。

「わたしも剣を使えるし、テオにもついてきてもらおう。他にも少し離れた場所から護衛についてきてもらう。何も危険はないから、一緒に行こう」

 そこまで言われたら、アレクサンテリ陛下と町に行くしかない。
 わたくしはアレクサンテリ陛下のために、できる限り地味で目立たない庶民の服装を大急ぎで作り上げなければいけなかった。

 花祭りの日、わたくしとアレクサンテリ陛下はテオ様と数名の護衛と共に町に出た。
 花祭りの会場になっている帝都の大きな広場の入り口で、花を買えるようになっている。ここで花を贈り合うようなのだ。

 わたくしはアレクサンテリ陛下に紫の薔薇を贈り、アレクサンテリ陛下はわたくしに真っ赤な薔薇を贈ってくれた。それを胸につけて花祭りに参加する。
 アレクサンテリ陛下はフード付きのシャツを着ていて、髪は括って纏めていて、フードを目深に被っている。わたくしは実家から持ってきた自分で縫った服を着ていた。
 どうしようか迷っていると、アレクサンテリ陛下がわたくしの手を大きな手で握ってくれた。

「どこに行こうか。あっちに飴細工の店があるよ。こっちには肉の串焼きの店もある」
「どっちも行きたいです。縫物の道具が置いてある店にも行きたいです」

 小声で話していると、テオ様が周囲を気にしているのが分かる。今日は護衛にテオ様がついてきてくれて、その他にも護衛が少し離れて見守ってくれている。
 アレクサンテリ陛下とわたくしは最初に串焼きの肉の店に行った。アレクサンテリ陛下がお財布を出そうとするのをわたくしがさっと止める。

「今日はわたくしが支払います」
「だが……」
「ガーネ様のお金は額が大きすぎて目立ちますし、露店の主人がおつりを払えません」

 アレクサンテリ陛下のお名前を呼ぶとすぐに正体がバレてしまうので、今日はわたくしはアレクサンテリ陛下を「ガーネ様」とお呼びすることに決めていた。それも記憶の中のセシルとガーネくんの夏祭りを思い出させて楽しい。

 わたくしは町で慣れているので、銅貨も用意してきたが、アレクサンテリ陛下のお財布には金貨や銀貨しか入っていないのをわたくしは知っていた。銀貨は銅貨千枚分だから、とてもではないが露店の主人にはおつりは払えない。金貨になると、銀貨百枚分だから、出しただけで周囲がざわめくに決まっている。

「それでは、任せるよ。頼もしいわたしの婚約者、レイシーに」

 アレクサンテリ陛下が快く任せてくれたので、支払いを済ませて、わたくしはアレクサンテリ陛下と一緒に公園のベンチに座って肉の串焼きを食べた。少しスパイシーな味わいで、どこか懐かしく、それはとても美味しかった。
 アレクサンテリ陛下は肉の硬さに苦心しているようだったが、大きな口で食べているのがガーネくんを思い出させてわたくしは微笑んでしまった。

 肉を食べ終わると、串を店に返して、わたくしとアレクサンテリ陛下は飴細工の店に行った。ランプの火を使って飴を伸ばして細工している店主に、アレクサンテリ陛下が注文する。

「ブルースターの花を頼む」
「分かりました、旦那」

 熱した青い花をハサミで切り目を入れて広げていくと、星の形をしたブルースターの花が出来上がる。アレクサンテリ陛下がブルースターの花束を受け取ると、わたくしは店主にお金を払った。

「レイシーのお金で申し訳ないけれど、受け取ってくれるか?」
「嬉しいです、ありがとうございます」

 ブルースターの花束を受け取って、わたくしはその美しさにうっとりとしていた。

 縫物の道具が置いてある店に入ると、わたくしは我慢できずに刺繍糸を手に取り、様々なサイズの針を確かめ、刺繍の図案の本を手に取る。
 わたくしは刺繍の図案をセシルの記憶に頼っていたし、その後は自己流で作っていたので、基礎ができていない。
 刺繍の図案の本を買うかどうか迷っていると、テオ様が手を差し出してきた。

「持っておきましょうか?」
「お願いします」

 ブルースターの花束をテオ様に持っていてもらって、わたくしはしっかりと図案を確認して、その本を買うことにした。

 久しぶりの町歩きは長時間ではなかったが楽しかった。
 アレクサンテリ陛下と町歩きができるだなんて思わなかったので、わたくしは帰りの馬車の中でアレクサンテリ陛下の手を握ってにこにことしていた。

「今日はありがとうございました」
「次行くときはわたしも細かいお金を用意しておくよ」
「わたくしが教えなかったからいけないのです」
「いや、もっと市井のことに詳しくならなければいけないね」

 反省しているアレクサンテリ陛下にわたくしはその手を握りながら馬車に揺られていた。
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