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三章 ご寵愛の末に
8.思い出のアルバム
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ドレス選びの練習のためにも、わたくしが社交界で顔と名前を知られるためにも、お茶会には積極的に参加するようにとラヴァル夫人に言われていた矢先に、皇太后陛下からお茶会のお誘いがあった。
皇太后陛下のお茶会は少人数で私的なものだったが、着るものには気を付けなければいけない。
わたくしはクローゼットのドレスと向き合っていた。
あくまでも少人数のお茶会なのだから、華美なものは相応しくない。かといって、地味すぎると皇太后陛下のお茶会なのに失礼にあたる。
色々と考えて、わたくしは春向きの若草色のシンプルな形のドレスに、白いレースのリボンで髪をハーフアップにすることに決めた。
靴は中くらいの踵の高さのものを選ぶ。
わたくしの選択に、ラヴァル夫人は合格点をくれた。
「レイシー殿下はわたくしが口出しせずとも相応しい衣装を選べるようになりましたね」
「ラヴァル夫人のご指導のおかげです」
「今回のお茶会にはルドミラ様も招かれていると聞いています。交流を深めて来られるといいでしょう」
「はい、ありがとうございます」
結婚式まで残り三か月になって、ラヴァル夫人とモンレイユ夫人の妃教育も終盤に入ってきている。わたくしはラヴァル夫人とモンレイユ夫人の妃教育が終わっても、皇后として勉強を重ねていかねばならないと心に決めていた。
お茶会の日、アレクサンテリ陛下がわたくしを迎えに来た。
アレクサンテリ陛下にエスコートされて皇太后宮まで歩いていく。皇帝宮と皇太后宮は近く、馬車を使うまでの距離はなかった。
皇太后宮に入ると、四阿にお茶の準備がしてあった。
今日招かれているのは、ルドミラ様とカイエタン宰相閣下とユリウス様とテオ様だった。
アレクサンテリ陛下とわたくしが姿を見せると、ルドミラ様とカイエタン宰相閣下とユリウス様とテオ様が立ち上がって挨拶をする。
「皇帝陛下、妃殿下、ご機嫌麗しく」
「今日のお茶会でご一緒させていただきます。よろしくお願いします」
「皇帝陛下、妃殿下と仲睦まじいようで安心しました」
「本日はよろしくお願いします」
アレクサンテリ陛下はこの国で一番尊い皇帝陛下なのだから挨拶をしなければいけないのだろうが、わたくしは宰相閣下の夫人であるルドミラ様やカイエタン宰相閣下本人や、皇帝陛下の側近であるユリウス様とテオ様に挨拶をされて居心地が悪い気持ちになってしまう。
これにも慣れなければ立派な皇后にはなれないのだろう。
「席についてください。母上、今日はお茶会にお招きいただきありがとうございます」
「レイシー殿下とお話がしたかったのです。皇帝陛下は来なくてもよかったのですよ」
「レイシーとわたしはいつも一緒です。引き離さないでください」
軽口を叩く皇太后陛下に、アレクサンテリ陛下は苦笑していた。
全員が席について、侍女がカップに紅茶を注いでいく。紅茶のいい香りが漂ってくる。
「皇太后陛下はわたくしになにか用事がございましたか?」
「レイシー殿下が作ってくださった刺繍の入った小袋、とても重宝しています。あれをもう少し作ってもらえないかと思って」
「皇太后陛下のためならば作りますよ。刺繍は同じものでよかったですか?」
「はい。刺繍は同じものですが、今度はもう少し大きな袋を作れますか?」
「どのような用途で使われますか?」
「前回は装飾品を入れていましたが、今回はバッグの中で化粧品やハンカチがバラバラにならないようにしたいのです」
今回の皇太后陛下の注文はバッグインバッグのようだった。
仕切りのないバッグを使っていると、化粧品などの小物は分からなくなりやすい。それを入れるための袋だったら、バッグの大きさによって作り分けなければいけない。
「どれくらいのバッグに入れますか?」
「わたくし、旅行用にバッグを買ったのです」
皇太后陛下の発言に、アレクサンテリ陛下が声を上げる。
「母上、旅行に行かれるのですか?」
「皇帝陛下が結婚したら、わたくしも肩の荷が下ります。少し国内を旅行してみようかと思っています」
アレクサンテリ陛下が六歳のときからわたくしが皇帝宮に来るまで旅行をしたことがなかったということは、皇太后陛下も前の皇帝陛下が亡くなってから旅行などしたことがなかったのではないだろうか。
それが旅行をしようというのだから、人生を前向きに考えられるようになったのかもしれない。
「わたくしと皇太后陛下で一緒に旅行に行こうと約束しているのですよ」
「ルドミラ様もご一緒されるのですか?」
「夫は忙しくて旅行など行けないので、わたくしはずっと旅行に行きたかったのです。皇太后陛下に誘われて、喜んでお供することにしましたわ」
ルドミラ様と皇太后陛下は一緒に旅行をするようだ。
皇族に嫁いだ女同士、仲がいいのかもしれない。
「レイシー殿下もご一緒にいかがですか?」
わたくしは誘われてしまってアレクサンテリ陛下の顔を見る。アレクサンテリ陛下の顔が苦々しいものになっている気がする。
「レイシーはわたしと旅行に行くのです。そうだ、レイシー。新婚旅行はどこにしよう?」
「新婚旅行ですか? アレクサンテリ陛下に、わたくしの育った場所を見てほしいです」
それにセシルの墓参りにもまた行きたい。
わたくしがアレクサンテリ陛下に伝えると、アレクサンテリ陛下は明るい表情になる。
「ディアン伯爵領か。いいね。工場の視察もしよう」
「わたくし、工場を直には見たことがありません。ぜひ行きたいです」
アレクサンテリ陛下とわたくしで話が弾んでいると、ユリウス様がアレクサンテリ陛下の方をじっと見つめていた。
何か言いたいことがありそうだ。
わたくしが視線でアレクサンテリ陛下に促すと、ユリウス様が口を開いた。
「皇帝陛下が結婚された暁には、わたしも結婚式を挙げようと思います。皇帝陛下と妃殿下にはぜひ出席していただきたいと思っています」
「ユリウスもようやくか」
「皇帝陛下が結婚していないのにわたしが結婚するわけにはいきませんからね。愛しい婚約者には長く待たせてしまいました。やっと結婚できます」
ユリウス様はアレクサンテリ陛下が結婚するまでは結婚しないと誓っていたのだった。
アレクサンテリ陛下が結婚すれば、ユリウス様もすぐに結婚式を挙げるだろう。
「そのときには、わたしも出席させてもらおう、ユリウス殿」
「もちろん、来てください、テオ殿」
ユリウス様とテオ様はアレクサンテリ陛下の遊び相手として選ばれて、幼いころから一緒にいるせいか、とても気安く感じられた。
わたくしは皇太后陛下とカイエタン宰相閣下とユリウス様とテオ様に聞いてみる。
「アレクサンテリ陛下は、どのような子どもだったのですか?」
その問いかけに対して、ずんっと空気が重くなった気がした。
カイエタン宰相閣下が重い口を開く。
「誰も寄せ付けない子どもでした。とても小さいのに、生きる気力がなく、食事も嫌々食べている様子でした」
「クーデターで逃がされて、戻って来たときには、ひとが変わったかのような様子でした」
カイエタン宰相閣下と皇太后陛下の言葉に、わたくしは思い出す。
アレクサンテリ陛下が今は穏やかで優しくいつも微笑んでいるので忘れそうになっているが、セシルが亡くなった後、皇宮に連れ戻されたアレクサンテリ陛下は生きながら死んでいるような状態だったのだ。
聞いてはいけなかったかもしれないと話題を変えようとすると、アレクサンテリ陛下が明るくわたくしに声をかける。
「母上、小さなころのわたしの写真があったのではないですか? それをレイシーに見せてあげれば?」
「そうですね。皇帝陛下が六歳になるまでのアルバムがあります。持ってきてもらいましょう」
侍女に皇太后陛下が命じると、すぐにアルバムが持って来られた。
赤ん坊のアレクサンテリ陛下から歩き出したころのアレクサンテリ陛下、皇太后陛下と前皇帝陛下らしき男性に挟まれて座っているアレクサンテリ陛下など、セピア色の写真がたくさんアルバムには入っていた。
「かわいい……」
どの写真もガーネくんの面影があってかわいい。
アレクサンテリ陛下は間違いなくガーネくんだったと思えるものだった。
感動して何度も写真を見ていると、皇太后陛下がわたくしに語る。
「その写真はわたくしの宝物なのです。前皇帝陛下との思い出の写真でもあり、皇帝陛下のかわいかったころの写真でもある」
「とてもかわいいです。見せてくださってありがとうございます」
お礼を言ってアルバムを返すと、皇太后陛下はわたくしに向かってはっきりと言った。
「わたくしが死んだ後には、レイシー殿下がこのアルバムをもらってください」
「皇太后陛下が亡くなるなんて今は考えられませんが、そのときが来たら、アルバムは大切にさせていただきます」
皇太后陛下からアルバムを譲ってもらう約束をして、わたくしはその日ができるだけ遠ければいいのにと思っていた。
皇太后陛下のお茶会は少人数で私的なものだったが、着るものには気を付けなければいけない。
わたくしはクローゼットのドレスと向き合っていた。
あくまでも少人数のお茶会なのだから、華美なものは相応しくない。かといって、地味すぎると皇太后陛下のお茶会なのに失礼にあたる。
色々と考えて、わたくしは春向きの若草色のシンプルな形のドレスに、白いレースのリボンで髪をハーフアップにすることに決めた。
靴は中くらいの踵の高さのものを選ぶ。
わたくしの選択に、ラヴァル夫人は合格点をくれた。
「レイシー殿下はわたくしが口出しせずとも相応しい衣装を選べるようになりましたね」
「ラヴァル夫人のご指導のおかげです」
「今回のお茶会にはルドミラ様も招かれていると聞いています。交流を深めて来られるといいでしょう」
「はい、ありがとうございます」
結婚式まで残り三か月になって、ラヴァル夫人とモンレイユ夫人の妃教育も終盤に入ってきている。わたくしはラヴァル夫人とモンレイユ夫人の妃教育が終わっても、皇后として勉強を重ねていかねばならないと心に決めていた。
お茶会の日、アレクサンテリ陛下がわたくしを迎えに来た。
アレクサンテリ陛下にエスコートされて皇太后宮まで歩いていく。皇帝宮と皇太后宮は近く、馬車を使うまでの距離はなかった。
皇太后宮に入ると、四阿にお茶の準備がしてあった。
今日招かれているのは、ルドミラ様とカイエタン宰相閣下とユリウス様とテオ様だった。
アレクサンテリ陛下とわたくしが姿を見せると、ルドミラ様とカイエタン宰相閣下とユリウス様とテオ様が立ち上がって挨拶をする。
「皇帝陛下、妃殿下、ご機嫌麗しく」
「今日のお茶会でご一緒させていただきます。よろしくお願いします」
「皇帝陛下、妃殿下と仲睦まじいようで安心しました」
「本日はよろしくお願いします」
アレクサンテリ陛下はこの国で一番尊い皇帝陛下なのだから挨拶をしなければいけないのだろうが、わたくしは宰相閣下の夫人であるルドミラ様やカイエタン宰相閣下本人や、皇帝陛下の側近であるユリウス様とテオ様に挨拶をされて居心地が悪い気持ちになってしまう。
これにも慣れなければ立派な皇后にはなれないのだろう。
「席についてください。母上、今日はお茶会にお招きいただきありがとうございます」
「レイシー殿下とお話がしたかったのです。皇帝陛下は来なくてもよかったのですよ」
「レイシーとわたしはいつも一緒です。引き離さないでください」
軽口を叩く皇太后陛下に、アレクサンテリ陛下は苦笑していた。
全員が席について、侍女がカップに紅茶を注いでいく。紅茶のいい香りが漂ってくる。
「皇太后陛下はわたくしになにか用事がございましたか?」
「レイシー殿下が作ってくださった刺繍の入った小袋、とても重宝しています。あれをもう少し作ってもらえないかと思って」
「皇太后陛下のためならば作りますよ。刺繍は同じものでよかったですか?」
「はい。刺繍は同じものですが、今度はもう少し大きな袋を作れますか?」
「どのような用途で使われますか?」
「前回は装飾品を入れていましたが、今回はバッグの中で化粧品やハンカチがバラバラにならないようにしたいのです」
今回の皇太后陛下の注文はバッグインバッグのようだった。
仕切りのないバッグを使っていると、化粧品などの小物は分からなくなりやすい。それを入れるための袋だったら、バッグの大きさによって作り分けなければいけない。
「どれくらいのバッグに入れますか?」
「わたくし、旅行用にバッグを買ったのです」
皇太后陛下の発言に、アレクサンテリ陛下が声を上げる。
「母上、旅行に行かれるのですか?」
「皇帝陛下が結婚したら、わたくしも肩の荷が下ります。少し国内を旅行してみようかと思っています」
アレクサンテリ陛下が六歳のときからわたくしが皇帝宮に来るまで旅行をしたことがなかったということは、皇太后陛下も前の皇帝陛下が亡くなってから旅行などしたことがなかったのではないだろうか。
それが旅行をしようというのだから、人生を前向きに考えられるようになったのかもしれない。
「わたくしと皇太后陛下で一緒に旅行に行こうと約束しているのですよ」
「ルドミラ様もご一緒されるのですか?」
「夫は忙しくて旅行など行けないので、わたくしはずっと旅行に行きたかったのです。皇太后陛下に誘われて、喜んでお供することにしましたわ」
ルドミラ様と皇太后陛下は一緒に旅行をするようだ。
皇族に嫁いだ女同士、仲がいいのかもしれない。
「レイシー殿下もご一緒にいかがですか?」
わたくしは誘われてしまってアレクサンテリ陛下の顔を見る。アレクサンテリ陛下の顔が苦々しいものになっている気がする。
「レイシーはわたしと旅行に行くのです。そうだ、レイシー。新婚旅行はどこにしよう?」
「新婚旅行ですか? アレクサンテリ陛下に、わたくしの育った場所を見てほしいです」
それにセシルの墓参りにもまた行きたい。
わたくしがアレクサンテリ陛下に伝えると、アレクサンテリ陛下は明るい表情になる。
「ディアン伯爵領か。いいね。工場の視察もしよう」
「わたくし、工場を直には見たことがありません。ぜひ行きたいです」
アレクサンテリ陛下とわたくしで話が弾んでいると、ユリウス様がアレクサンテリ陛下の方をじっと見つめていた。
何か言いたいことがありそうだ。
わたくしが視線でアレクサンテリ陛下に促すと、ユリウス様が口を開いた。
「皇帝陛下が結婚された暁には、わたしも結婚式を挙げようと思います。皇帝陛下と妃殿下にはぜひ出席していただきたいと思っています」
「ユリウスもようやくか」
「皇帝陛下が結婚していないのにわたしが結婚するわけにはいきませんからね。愛しい婚約者には長く待たせてしまいました。やっと結婚できます」
ユリウス様はアレクサンテリ陛下が結婚するまでは結婚しないと誓っていたのだった。
アレクサンテリ陛下が結婚すれば、ユリウス様もすぐに結婚式を挙げるだろう。
「そのときには、わたしも出席させてもらおう、ユリウス殿」
「もちろん、来てください、テオ殿」
ユリウス様とテオ様はアレクサンテリ陛下の遊び相手として選ばれて、幼いころから一緒にいるせいか、とても気安く感じられた。
わたくしは皇太后陛下とカイエタン宰相閣下とユリウス様とテオ様に聞いてみる。
「アレクサンテリ陛下は、どのような子どもだったのですか?」
その問いかけに対して、ずんっと空気が重くなった気がした。
カイエタン宰相閣下が重い口を開く。
「誰も寄せ付けない子どもでした。とても小さいのに、生きる気力がなく、食事も嫌々食べている様子でした」
「クーデターで逃がされて、戻って来たときには、ひとが変わったかのような様子でした」
カイエタン宰相閣下と皇太后陛下の言葉に、わたくしは思い出す。
アレクサンテリ陛下が今は穏やかで優しくいつも微笑んでいるので忘れそうになっているが、セシルが亡くなった後、皇宮に連れ戻されたアレクサンテリ陛下は生きながら死んでいるような状態だったのだ。
聞いてはいけなかったかもしれないと話題を変えようとすると、アレクサンテリ陛下が明るくわたくしに声をかける。
「母上、小さなころのわたしの写真があったのではないですか? それをレイシーに見せてあげれば?」
「そうですね。皇帝陛下が六歳になるまでのアルバムがあります。持ってきてもらいましょう」
侍女に皇太后陛下が命じると、すぐにアルバムが持って来られた。
赤ん坊のアレクサンテリ陛下から歩き出したころのアレクサンテリ陛下、皇太后陛下と前皇帝陛下らしき男性に挟まれて座っているアレクサンテリ陛下など、セピア色の写真がたくさんアルバムには入っていた。
「かわいい……」
どの写真もガーネくんの面影があってかわいい。
アレクサンテリ陛下は間違いなくガーネくんだったと思えるものだった。
感動して何度も写真を見ていると、皇太后陛下がわたくしに語る。
「その写真はわたくしの宝物なのです。前皇帝陛下との思い出の写真でもあり、皇帝陛下のかわいかったころの写真でもある」
「とてもかわいいです。見せてくださってありがとうございます」
お礼を言ってアルバムを返すと、皇太后陛下はわたくしに向かってはっきりと言った。
「わたくしが死んだ後には、レイシー殿下がこのアルバムをもらってください」
「皇太后陛下が亡くなるなんて今は考えられませんが、そのときが来たら、アルバムは大切にさせていただきます」
皇太后陛下からアルバムを譲ってもらう約束をして、わたくしはその日ができるだけ遠ければいいのにと思っていた。
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