そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥

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三章 ご寵愛の末に

20.セシルのいた村の視察とお墓参り

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 わたくしのお誕生日のお茶会の準備もしていたが、セシルのいた村に行く日が近付いていた。
 わたくしは持って行く荷物を揃えて、カバンに詰めさせた。
 セシルの死を悼む意味で、黒いドレスも誂えて持って行くことにした。新婚のわたくしが黒いドレスを着るなどおかしいのかもしれないが、セシルはアレク様を庇ってくれた大事な相手であり、何より、わたくしが幼いころから夢で見ていて、セシルの記憶を全部持っている人物でもある。
 肩入れしない方がおかしい。

 アレク様にも黒い衣装を誂えてお渡しすると、意味が分かったようでアレク様は深く感謝してくれた。

 出発の日、汽車の駅まで馬車で向かって、駅からは皇帝陛下のための車両のある列車に乗る。個室席は広く、窓が大きくて明るかった。
 日差しはまだ夏を感じさせるが、風は日に日に秋に移り変わっている。
 もうすぐ秋が来る。

 汽車で一日走って夜は町の宿に泊まり、もう一日走って、セシルのいた村に近い町に辿り着いて、そこで宿で休む。
 三日目の朝食を食べてから、半日馬車に揺られて、わたくしとアレク様はセシルのいた村に辿り着いた。
 今回はわたくしたちだけでなく、この地の領主も伴っている。
 アレク様がセシルのいた村に工場を作るための視察に来たのだ。

 村のひとたちはわたくしたちの登場に驚いていたが、以前も一度来たことがあるので、対応に関しては問題はなかった。
 領主は工場建設予定地である村外れの空き地にわたくしたちを連れて行った。

「恐れながら皇帝陛下、こちらにご希望の工場を建てることになります」
「どれくらいの期間で出来上がりそうか?」
「半年ほどはかかると思います。それから設備を整えて、ひとを雇い入れて、工場が指導するまでには一年はかかるのではないでしょうか」

 領主の説明にアレク様が頷いている。

「寮の設備は抜かりなく整えるように。男性寮も女性寮も、労働者が住み心地のいい場所を心掛けよ」
「心得ました」

 深く頭を下げる領主が、工場の建設予定地と寮の建設予定地を見せてくれて、設計図も見せてくるのに、わたくしは思わず口を挟んでしまった。

「男性寮と女性寮が隣り合っていたらいけません。女性と男性がどちらも安全に暮らせるように、寮の場所は離して、寮の周りには柵を建てて、警備もしっかりと行うようにさせてください」

 これだけはわたくしの譲れないところだった。
 工場は建物が出来上がって設備が整わないとどのようになるか予測できないが、男性寮と女性寮が近すぎるのはよくないのはよく分かっていた。

「心得ました、皇后陛下」

 工場を挟んで男性寮と女性寮を建てる計画に変えることで問題は解決した。

「よく気付いたね、レイシー」
「学園の寮も、女子寮と男子寮は離されて作られていました。女性は被害者になりたくないでしょうし、男性は妙な疑いを持たれたくないでしょう。どちらも安心して暮らせるようにするのが一番かと思いました」

 アレク様にわたくしの考えを伝えると、「わたしは寮に入ったことがないから気が付かなかった」と呟いていた。

 工場と寮の建設予定地を視察し終えると、わたくしとアレク様はセシルの両親の食堂に行った。食堂は夜の営業に向けて休んでいる時間だったが、わたくしたちが来たらセシルの両親はすぐに出てきてくれた。

「新聞で拝見しました。皇帝陛下、皇后陛下、結婚おめでとうございます」
「あんなに小さかった皇帝陛下がご結婚なさるだなんて、胸がいっぱいです」

 夢で何度も見ている両親の姿よりも、老いたセシルの両親に、わたくしは胸が痛くなる。庶民はそんなに貯えもないので、働ける限りは働いて、その後は僅かに貯めた財産を食いつぶして暮らし、どうしようもなくなったら子や孫に頼るというのが普通だ。
 セシルの両親は一人娘のセシルを失っているので、誰も頼るものがいない。

「わたしは、あなたたちに恩返しがしたい」
「わたしたちは何もしていませんよ」
「セシルが皇帝陛下をかわいがっていただけです」

 申し出るアレク様に、遠慮するセシルの両親。
 だが、アレク様は退かなかった。

「半年もすれば村外れに工場と寮が建ち、そこでひとが働き出す。あなたたちに、寮の食堂の仕事をお願いしたいと言ったら困るか?」
「いいのですか?」
「そのような重大なお役目、わたしたちでいいのですか?」

 村で儲からない小さな食堂を営んでいるよりも、寮の食堂の方がずっと稼げるに違いなかった。そこで稼げば、セシルの両親は老後の資金まで貯められるのではないだろうか。

「あなたたちにお願いしたいのだ」
「光栄なことです」
「ありがとうございます、皇帝陛下」

 お礼といって金品を与えたとしても、盗まれる可能性があるし、セシルの両親を危険にさらすだけだ。それくらいならば、もっと給料のいい場所で働いて、自分たちでお金をためていけるようにした方がいいというアレク様の考えに、わたくしも賛成だった。

 セシルの両親と別れた後、わたくしとアレク様はセシルのお墓に向かった。
 花が用意されており、アレク様はセシルのお墓に花を手向ける。

「セシル、あなたに救われたおかげで、わたしは生き延びた。生き延びて、成長して、愛する相手と巡り合った。本当にありがとう。セシルのことは一生忘れない。わたしは、セシルのことが大好きだったよ」

 アレク様の中で過去になったセシル。
 その様子にわたくしは目頭を押さえてしまう。
 セシルもアレク様を庇って死んだことを後悔していないだろう。

「セシル、わたくしの大切な方を守ってくださってありがとうございました。わたくしの中にあなたの思いが生きているのかどうかは分かりません。ですが、わたくしはアレク様と共に幸せに生きていきます。あなたが願ったような社会に、この国を変えていくことを誓います。どうか安らかに眠ってください」

 口に出して言えば、アレク様がわたくしの手を握った。
 わたくしもアレク様の手を握り返す。
 温かくて大きな手がわたくしの手を包み込んでいる。

 アレク様の左手の薬指にはパープルサファイアの指輪のような指ぬき、わたくしの左手の薬指には同じパープルサファイアの指輪のような指ぬきが光っていた。

 お墓参りを終えて村の中心に戻ってくると、露店が立ち並んでいるのが見えた。
 わたくしはそれに見覚えがあった。

「アレク様、夏祭りですよ」
「そうだ、夏祭りだ。懐かしいな」

 思わず露店に駆け寄るわたくしとアレク様に、護衛たちがついてくる。
 護衛に取り巻かれながらわたくしはアレク様と露店を見て回った。
 肉の串焼きの店や、果物に飴をかける店もあった。
 どちらもセシルがガーネくんと行った店である。

「皇帝陛下、皇后陛下、恐れながら、ここで売っているものは安全が確認できませんので」
「そうだな。困らせるつもりはない。懐かしくて見ているだけだ」

 護衛が言ってくるのに、アレク様がはっきりと答える。串焼きの肉も、飴をかけた果物も、食べたい気持ちはあったが、わたくしたちは皇帝陛下と皇后なのである。安全なものか分からないものを口に入れることはできなかった。

「日が落ちないうちに帰りましょう」
「お月様が追い掛けて来ないように?」
「お月様は見守ってくれるんですよ」

 セシルとガーネくんの記憶をたどりながら、わたくしとアレク様は帰りの馬車に乗った。
 近くの町まで帰ると、宿に戻って、夕食を食べてお風呂に入って、アレク様と同じベッドで休む。
 アレク様の逞しい腕に抱き締められて、わたくしは安心して眠りについた。

 セシルのいた村の近くの町から汽車で二日かけて、わたくしとアレク様は帝都の皇宮に戻った。
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