そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥

文字の大きさ
91 / 151
アレクサンテリ視点

1.運命に出会った日

しおりを挟む
 わたし、アレクサンテリ・ルクセリオンはヴァレン帝国の皇帝のたった一人の息子として生まれた。
 わたしを産んだ後に子どもが望めなくなってしまった母に、父は側妃や妾妃を迎えるように言われていたようだが、母だけを愛しているという理由でそれを断り続けていた。
 皇帝の一族は代々真紅の目を持って生まれ、生涯にたった一人しか愛するひとを持たないと言われている。
 わたしもきっとそのようになるのだろうと幼心に思っていた。

 六歳になった初夏の日、わたしは真夜中に叩き起こされて服を着替えさせられた。
 こんな風に乱暴に起こされるのは初めてで、怖くて泣いてしまいそうになっていると、母が紙のように真っ白な顔でわたしに告げた。

「属国がクーデターを起こしました。ここにいてはあなたも危険です。逃げてください」
「お母さまは?」
「わたくしは皇后です。ここを離れられません。皇太子であるあなたは、生き延びなければなりません」

 何を言われているのかほとんどよく分かっていなかったが、そのまま馬車に乗せられて、護衛と共にわたしは逃がされることになった。
 父は姿を現さなかったので顔は見なかった。
 二度と父に会えなくなるなど知る由もなく、わたしは皇宮から脱出させられていた。

 列車の中に隠されて遠い場所まで連れていかれているのは分かっていたが、目的地が分からない。
 震えながら列車を降りた何も知らない土地でまた馬車に乗せられて、どこかに連れていかれる途中、馬車が襲われた。
 襲ってきたのが野盗だったのか、クーデターを起こした属国の兵士だったのかは分からない。襲われたときに矢がかすめて、わたしは右肩に怪我を負っていた。
 次々と命を奪われていく護衛の中で、一人がわたしの服を脱がせた。
 質素なものを選んでいたとはいえ、わたしは皇太子なので平民とは明らかに違う服を着ていたのだと思う。

「これであなたの身分は分からないはず。どうかお逃げください」

 わたしを庇ってその護衛が死んでいく中、わたしは靴さえも脱がされて、裸足で下着一枚で必死に走った。
 どれだけ逃げればいいのか分からない。
 護衛が死んでいく光景が恐ろしくて、休むことも眠ることもできずひたすらに六歳の足で逃げ延びたが、力尽きて道に倒れていたら、誰かが声をかけてくれた。
 
「ねぇ、君、大丈夫?」

 いつの間にか周囲は明るくなっていて、わたしはどれくらい時間が経ったのかも分からないまま、喉の渇きのままに呻いていた。

「……ず」
「え?」
「おみず……」

 喉もからからだったし、体も足も痛い。干からびてしまって涙も出ないわたしを抱き起し、その人物はカップを口に添えて水を飲ませてくれた。口の端からかなりの量が零れてしまったが、喉の渇きのままに飲み干すと、やっと生き返ったような心地になった。
 よく見るとその人物は黒髪を背中まで伸ばしていて、黒い目の優しそうな少女だった。

「君、お名前は?」
「……」
「分からないの? お父さんは? お母さんは?」
「……」

 こういうときに答えてはいけないと、わたしは強く教育されていた。
 わたしが皇太子だということが分かると、それを利用しようとする輩がいるし、殺そうとするものもいる。安全のために、皇宮を出たら名前も自分のことも話してはいけないと、わたしは教育されていた。
 首を振るわたしに、少女はそれ以上聞いてこなかった。

「お姉ちゃんが君のご両親を探してあげる。まずは、うちに来なさい」

 足も体も傷だらけでもう歩く気力もないわたしを抱き上げて、家に連れ帰ってくれた。

「わたしのこと、お姉ちゃんって呼んでもいいよ。弟が欲しかったんだ」
「おねえちゃん」

 「お姉ちゃん」と呼ぶと胸が温かくなるような気がする。

 ずっと何が起きているかも分からなくて怖くてつらかった。少女に抱き着いていると、少女の両親がわたしに話しかけてくる。

「最近は帝国の支配下の国が反乱を起こして、荒れているという。そこから逃げてきたのかもしれないね」
「こんなに小さいのに傷だらけでかわいそうに。お風呂に入れて、お食事にしましょうね」

 少女の母親がわたしをお風呂に入れてくれた。足や体の傷がしみて、わたしは狭いバスタブの中でぽろぽろと涙をこぼした。

「こんなに怪我をして。痛いかもしれないけれど、治療するためにはきれいにしないといけないから、少し我慢してね」
「……ありがとう」

 嫌がらせで痛くしているのではないというのは幼いながらに分かっていたので、わたしは泣きながらもお礼を言った。
 その後は少女が小さいころに着ていたという服を着せてもらって、クッションを乗せた椅子に座らせてもらって、スープを食べた。
 スープはこれまで食べたことのない味だったけれど、温かくて、ずっと何も食べていなかったお腹にものすごく染み渡った。

「両親に会えるといいわね」
「おねえちゃん……おじさん、おばさん、ありがとう」

 少女のことはお姉ちゃん、少女の父親のことはおじさん、少女の母親のことはおばさんと呼ばせてもらうことに決めて、お礼を言えば、少女が聞いてきた。

「君、いくつ?」
「六つ」
「六歳か。わたしの十個下ね」

 春にわたしは六歳になっていたので、そう答えると、少女が自分の年齢を教えてくれた。
 少女はわたしの十歳年上の十六歳。
 六歳だが皇宮で教育を受けていたわたしは読み書きもできたし、計算も簡単なものならばできた。

「狭い家だから、部屋がないの。わたしと一緒の部屋でもいいかな?」
「いいよ、おねえちゃん」

 少女の部屋に連れていかれて、クローゼットかと思うくらい狭かったが、ベッドがあって、椅子があって、小さな机があって、セシルはここで暮らしているのだと分かる。
 わたしは床の上に敷物をしいてもらって、そこに座った。少女がクッションを渡してくれる。

「あなたの名前はなんて呼べばいいかな。お目目が柘榴石ガーネットみたいだから、ガーネくんって呼ぼうか。いい?」
「ぼくは、ガーネくん?」
「そうよ、ガーネくん」

 自分の名前は明かせないけれど、呼ばれる名前があるというのは嬉しい。わたしはガーネくんとして少女とおじさんとおばさんに保護されて暮らし始めた。
 肩の傷以外は擦り傷や小さな浅い傷だったので、かさぶたができてすぐに痛くなくなってきたが、肩の傷はずっと痛かった。
 右肩にガーゼを貼って少女が毎日消毒してくれる。
 この村には医者がいないので、治療を受けることができないようなのだ。

 医者がいない場所があるだなんて知らなかったわたしは、とても驚いた。皇宮ではわたしが小さな怪我をすれば医者が飛んできて、わたしが少しでも熱を出せば医者が薬を処方する。
 ここはそんな世界ではないのだと分かると、わたしは痛みも我慢することを覚えた。

 少女は縫物が得意で、わたしの服も縫ってくれると申し出てくれた。

「ガーネくんの服、わたしが作ってあげるからね」
「ぼくの、服? おねえちゃんが、作る?」
「そう。わたし、縫物が得意だから」

 服を作るのは仕立て職人の仕事で、その仕事を目にしたことがなく、わたしは採寸をしてもらって出来上がった服がいつの間にかクローゼットに入っていて、それを着るだけの生活をしていた。
 少女はわたしの寸法を測って、少し大きめの服を作るようだった。
 型紙を作って、布を裁っていく様子を目の当たりにして、わたしは目を丸くした。
 服とはこんなに手間をかけて作られていたのか。
 それなのに、わたしは一度も着ることがなく、嫌がってクローゼットの中から出さずに、そのままわたしが大きくなって着られなくなってしまった服が何着もあった。
 わたしはなんて酷い子どもだったのだろう。

 その日、わたしはセシルと出会った。わたしがセシルの名を知るのはもう少し後のことになるが。

 セシルとの暮らしは皇宮と全く違っていたが、興味深く、毎日が飽きなかった。
 セシルが縫物をするのをわたしがじっと見つめていた。
 セシルもおじさんもおばさんも、わたしが訳ありなのだと分かってくれているようで、あまり外には連れて行かなかったし、わたしも外に出たがらなかった。
 クーデターを起こした属国の兵士がわたしを狙ってきたら困る。今度こそわたしは殺されてしまう。

 セシルの縫物の技術は非常に高く、数日でわたしの服を縫い上げてしまった。
 小さなころのセシルの服は、サイズは問題なかったが、女の子っぽいのでわたしは少し恥ずかしかったのだ。それでも、文句を言わなかったのは、セシルがわたしの服を縫っている姿を見ていたからだろう。

 きれいな青い蔦模様の刺繍が入った服は、間違いなく新品だった。布が上等ではないことなどなんとなく分かっていたが、そんなことは気にならなかった。

「おねえちゃんの作ってくれた服……」
「この地方では、子どもの服には厄を避けるために、青い蔦模様の刺繍を入れるんだ。この蔦が悪いものを絡め取って、ガーネくんに近寄らせないんだよ」

 教えてもらって、細かく入っている青い蔦模様に指を這わせて、わたしは胸がいっぱいになる。セシルはわたしに厄が寄ってこないようにこの刺繍を入れてくれた。

「大事に着るね。ありがとう、おねえちゃん」
「着替えも必要だから、何枚か作ってあげる。まずは着てみて」

 着てみると、皇宮で着ていた服よりもゴワゴワするが、着られないほどではなかった。それでも居心地悪そうにしているのがセシルのバレてしまったのだろう。
 セシルはわたしの服の裏を確かめた。

「刺繍が入ってるから、ちょっと肌触りが悪いかもしれないね。それに、縫い目が気になるのかな?」
「ちょっとだけ。でも、だいじょうぶだよ!」
「次からはもっと工夫するね」

 それから、セシルは縫い目が外に出て、肌に触れないように服を縫ってくれたし、刺繍の玉留めは表面に出して、肌に触れないように配慮してくれた。
 表面に出した玉留めを、デザイン的にしてしまうセシルの腕前に、わたしは心底感心していた。

「おねえちゃんはすごいね!」
「ガーネくんに褒められたら、やりがいがあるわ」

 微笑むセシルに、なぜか胸がどきどきして、わたしは走り回りたいような不思議な気分になっていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

元貧乏貴族の大公夫人、大富豪の旦那様に溺愛されながら人生を謳歌する!

楠ノ木雫
恋愛
 貧乏な実家を救うための結婚だった……はずなのに!?  貧乏貴族に生まれたテトラは実は転生者。毎日身を粉にして領民達と一緒に働いてきた。だけど、この家には借金があり、借金取りである商会の商会長から結婚の話を出されてしまっている。彼らはこの貴族の爵位が欲しいらしいけれど、結婚なんてしたくない。  けれどとある日、奴らのせいで仕事を潰された。これでは生活が出来ない。絶体絶命だったその時、とあるお偉いさんが手紙を持ってきた。その中に書いてあったのは……この国の大公様との結婚話ですって!?  ※他サイトにも投稿しています。

前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。 前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。 外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。 もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。 そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは… どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。 カクヨムでも同時連載してます。 よろしくお願いします。

悪役令嬢なので最初から愛されないことはわかっていましたが、これはさすがに想定外でした。

ふまさ
恋愛
 ──こうなることがわかっていれば、はじめから好きになんてならなかったのに。  彩香だったときの思いが、ふと蘇り、フェリシアはくすりと笑ってしまった。  ありがとう、前世の記憶。おかげでわたしは、クライブ殿下を好きにならずにすんだわ。  だからあるのは、呆れと、怒りだけだった。 ※『乙女ゲームのヒロインの顔が、わたしから好きな人を奪い続けた幼なじみとそっくりでした』の、ifストーリーです。重なる文章があるため、前作は非公開とさせていただきました。読んでくれたみなさま、ありがとうございました。

枯れ専モブ令嬢のはずが…どうしてこうなった!

宵森みなと
恋愛
気づけば異世界。しかもモブ美少女な伯爵令嬢に転生していたわたくし。 静かに余生——いえ、学園生活を送る予定でしたのに、魔法暴発事件で隠していた全属性持ちがバレてしまい、なぜか王子に目をつけられ、魔法師団から訓練指導、さらには騎士団長にも出会ってしまうという急展開。 ……団長様方、どうしてそんなに推せるお顔をしていらっしゃるのですか? 枯れ専なわたくしの理性がもちません——と思いつつ、学園生活を謳歌しつつ魔法の訓練や騎士団での治療の手助けと 忙しい日々。残念ながらお子様には興味がありませんとヒロイン(自称)の取り巻きへの塩対応に、怒らせると意外に強烈パンチの言葉を話すモブ令嬢(自称) これは、恋と使命のはざまで悩む“ちんまり美少女令嬢”が、騎士団と王都を巻き込みながら心を育てていく、 ――枯れ専ヒロインのほんわか異世界成長ラブファンタジーです。

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

婚約破棄された悪役令嬢、手切れ金でもらった不毛の領地を【神の恵み(現代農業知識)】で満たしたら、塩対応だった氷の騎士様が離してくれません

夏見ナイ
恋愛
公爵令嬢アリシアは、王太子から婚約破棄された瞬間、歓喜に打ち震えた。これで退屈な悪役令嬢の役目から解放される! 前世が日本の農学徒だった彼女は、慰謝料として誰もが嫌がる不毛の辺境領地を要求し、念願の農業スローライフをスタートさせる。 土壌改良、品種改良、魔法と知識を融合させた革新的な農法で、荒れ地は次々と黄金の穀倉地帯へ。 当初アリシアを厄介者扱いしていた「氷の騎士」カイ辺境伯も、彼女の作る絶品料理に胃袋を掴まれ、不器用ながらも彼女に惹かれていく。 一方、彼女を追放した王都は深刻な食糧危機に陥り……。 これは、捨てられた令嬢が農業チートで幸せを掴む、甘くて美味しい逆転ざまぁ&領地経営ラブストーリー!

王子様とずっと一緒にいる方法

秋月真鳥
恋愛
五歳のわたくし、フィーネは姉と共に王宮へ。 そこで出会ったのは、襲われていた六歳の王太子殿下。 「フィーネ・エルネスト、助太刀します! お覚悟ー!」 身長を超える大剣で暗殺者を一掃したら、王子様の学友になっちゃった! 「フィーネ嬢、わたしと過ごしませんか?」 「王子様と一緒にいられるの!?」 毎日お茶して、一緒にお勉強して。 姉の恋の応援もして。 王子様は優しくて賢くて、まるで絵本の王子様みたい。 でも、王子様はいつか誰かと結婚してしまう。 そうしたら、わたくしは王子様のそばにいられなくなっちゃうの……? 「ずっとわたしと一緒にいる方法があると言ったら、フィーネ嬢はどうしますか?」 え? ずっと一緒にいられる方法があるの!? ――これは、五歳で出会った二人が、時間をかけて育む初恋の物語。 彼女はまだ「恋」を知らない。けれど、彼はもう決めている――。 ※貧乏子爵家の天真爛漫少女×策略王子の、ほのぼのラブコメです。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

処理中です...