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アレクサンテリ視点
14.皇太后とのお茶会
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その日は天気が良かったので、皇太后宮の庭の四阿でお茶会が開かれた。
母が誰をお茶会に参加させるか警戒していたのだが、母とわたしとレイシーだけだった。これはわたしが来なければレイシーが一人で母の相手をしなければいけなかったのではないか。
わたしはお茶会に参加するという判断をしてよかったと思っていた。
席につくと紅茶がカップに注がれる。これまで紅茶の香りなど鼻に届いたことはなかったが、レイシーが横に座っていると、その紅茶が香り高いことが感じられる。テーブルの上のスタンドにはお茶菓子と軽食が並べられているが、以前はお茶の時間など無駄なだけで参加しようと思いもしなかったのに、そちらにも視線が向くようになっていた。
「初めまして。皇帝陛下の母のエレオノーラ・ルクセリオンです」
「わたくしはディアン子爵家のレイシーと申します」
「存じ上げております。皇帝陛下が随分とご執心と聞いております」
挨拶するレイシーに手紙の内容を暗に示そうとしている母に、わたしは苦い思いを胸に抱える。レイシーの前なので顔には出さないが、母に関して警戒心は解いていない。
「わたくしはレイシー嬢と楽しく親睦を深めたかったのに、皇帝陛下がどうしても参加すると仰って」
「母上、わたしはまだレイシーとお茶をしたことがないのです。母上に先を越されるわけにはいきません」
「嫉妬ですか? 嫉妬深い夫は嫌われますよ?」
「レイシーはわたしを嫌ったりなど……レイシー、嫌ったりなど、しないよね?」
ここは母を警戒していると思われるよりは、嫉妬深い男を演じた方がレイシーに安心感を与えるかもしれない。結婚前から夫と義母が不仲だなんてことは知られたくなかった。
眉を下げてレイシーに問いかけると、レイシーは即答してくれる。
「アレクサンテリ陛下のことを嫌ったりしません」
よかった。
わたしはレイシーに嫌われてはいないようだ。
これから好かれるかどうかはわたしの努力次第だろう。
レイシーはセシルではない。どうしてもまだセシルと重ねてしまうところがあるが、レイシーにもわたしは運命を感じていたので、レイシーをありのままに愛したいと思うようになっていた。
「自分のことを名前で呼ばせているのですね。わたくしにも、名前では呼ばないでほしいと仰っていたのに」
「それは……反抗期だったのです」
「長い反抗期でしたこと。このような息子ですが、レイシー嬢、どうぞよろしくお願いしますね」
「わたくしの方こそ、よろしくお願いします」
わたしが母を警戒しているなどという情報はレイシーには伝えたくなかったので、反抗期だったと言って誤魔化す。それに対して、母も軽妙に返してくる。
母はレイシーを排除しようとは思っていないのかもしれない。
けれど、子爵家の令嬢であるレイシーをわたしが皇后に望んだら反対するかもしれない。
母がどう出るかわたしは警戒を解いていなかった。
「楽しくお話いたしましょう。皇帝陛下など放っておいて」
「わたしを挟まずにレイシーと話さないでください」
「わたくしにまで嫉妬することはないでしょう。レイシー嬢は刺繍や縫物が得意と聞きました。そのドレスの刺繍はレイシー嬢がされたのですか?」
母がわたしに黙っているように伝えてくるので、黙って聞いていると、母はレイシーの趣味である刺繍のことをくちにした。
貴族の令嬢は淑女の嗜みとして刺繍を習得することは多いのだが、実際に身に着けるものに刺繍するなど意外だろう。ハンカチに簡単に刺繍をして想うものに渡したりするらしいが、レイシーの刺繍はいつも本格的な職人と比べても遜色のないものだった。
「これはわたくしではありません。仕立て職人さんがしてくださいました。もう少し落ち着いてきたら、自分の衣装には自分で刺繍をしたいと思っています」
「レイシーは今、わたしのジャケットを縫ってくれているのです。わたしは婚約式にそれを着ようと思っています」
「婚約式にレイシー嬢の仕立てたジャケットを身に着けるのですか。それは楽しみですね」
レイシーがわたしのためにジャケットを作ってくれている。それを婚約式で身に着けるのに反対はさせないと牽制すると、母はあっさりとそれを楽しみだと言ってくる。
話しながらレイシーはいそいそとスタンドの上からお茶菓子や軽食を取り分けている。
マドレーヌとフロランタン、サンドイッチとキッシュ。
わたしの母である皇太后のお茶会であっても、レイシーの食欲が変わらないことが微笑ましく思える。
わたしもキッシュを取り分けてみると、母が驚いているのが分かる。
どれだけお茶会に招かれようと、立食パーティーを主催しようと、わたしは自分の意志で料理を取り分けたことがなかった。取り分けられれば義務として食べていたが、それも味が分からなくて楽しさなど全くない。
レイシーが美味しそうに食べていると、わたしも食べたくなってくるのだから不思議だ。
「アレクサンテリ陛下、そのキッシュ、ホウレンソウとベーコンが入っていてとても美味しいです。生地はバターがたっぷり使ってあって、サクサクです」
「それは楽しみだな」
フォークで一口大に切って食べてみると、キッシュの中のホウレンソウとベーコンが舌の上で卵と混ざり合い、とても美味しく感じられる。生地はレイシーの言う通りサクサクでバターの香りがした。
味も香りもレイシーが横にいるとはっきりと感じられて、とても美味しい。
幸せにキッシュを食べているわたしの顔に、母は驚きを隠せない様子だった。
「皇帝陛下がこんなに美味しそうに召し上がるなんて……」
どれだけわたしに警戒されているとしても、母は母だった。わたしが食事を苦痛と思って、生きるためだけに無理やりに食べていたのを知っているからこそ、母親として息子が食事を楽しめているのを喜んでいるのだろう。
このことでレイシーがわたしにとってどれだけかけがえのない存在か、母にも分かったようだった。
「婚約式はひと月後に行われると聞いていますが、急ぎすぎなのではないですか?」
「婚約から結婚まで皇族は一年近くの準備期間が必要です。わたしは一刻も早くレイシーと結婚をしたいのです。遅いくらいです」
心配する母に、レイシーを愛していることを示せば、レイシーもそれに言葉を添えてくれる。
「わたくしもできるだけ早く婚約式の衣装を仕上げます。ジャケットはあと数日あれば完成しそうなので、わたくしの衣装だけなのですが」
「レイシー嬢が衣装を作るのですね。それはとても楽しみですわ。どんなデザインにするつもりですか? ヴェールは長いものを使いますか? それとも、短いものを?」
縫物の話になるとレイシーは活き活きしてきて、饒舌になる。
「デザインは、前の部分が少し短めになっていて、後ろの部分が長く床に着くようなものを考えています。ヴェールは短めで、ヴェールの刺繍もわたくしがやらせていただこうと思っています」
身を乗り出して語りだすレイシーの姿に、本当に縫物が好きなのだと実感する。
お針子になりたいと願っていたセシルと同じだ。
それに対して、母も手を叩いて感激を示している。
「まぁ、素敵なデザイン! レイシー嬢は縫物が本当に得意なのですね。わたくしにも何か作っていただけませんか?」
「皇太后陛下に使っていただけるようなものが作れるでしょうか?」
「皇帝陛下は青い蔦模様のハンカチをとても気に入って使っておられます。あれは厄除けの模様なのだと聞きました。あのように意味のある模様はあるのですか?」
「母上、レイシーの作品はレイシー自身のものか、わたしのものだけに」
「皇帝陛下、嫉妬深い男は嫌われると言っているでしょう?」
レイシーに負担をかけないために、嫉妬深い男を演じてみせるのだが、これ以上はレイシーの考えに添わなくなるかもしれない。それは本意ではなかったので、この程度で退いておくことにする。
「恋愛成就の願いを込めた模様や、大事なひとの安全を願う模様は人気でしたよ。皇太后陛下がお望みでしたら、亡くなられた前皇帝陛下の冥福を祈る模様も刺繍することができます」
「レイシー嬢、あなたはなんと心の優しい方なのでしょう。前皇帝陛下にいただいた指輪や装飾品が少しあります。それを入れる小さな袋にその刺繍をしてもらうことはできますか?」
「できます。喜んでさせていただきます」
母もわたしが六歳のときに起きたクーデターで父を亡くしている。その悲しみは計り知れなかっただろうが、わたしを生かすために母は必死になってくれた。
その点に関しては母に感謝しているし、レイシーの刺繍したハンカチをわたしに持って来てくれたことも母には感謝しかない。
「前皇帝陛下は、わたくしが皇帝陛下を産んだ後子どもを産めなくなってしまって、側妃をもらうように周囲から言われていて、わたくしもそれを勧めたのですが、頑なにそれを断って、わたくし一人を愛してくださる一途な方でした。わたくしは今も前皇帝陛下を愛しております。皇帝陛下も前皇帝陛下に似て、一途な方ですよ、レイシー嬢」
涙ぐみながら父の話をして、わたしのことも背中を押すようなことをしてくれる母に、わたしは少しだけ警戒心を解いてもいいのかもしれないと思っていた。
わたしと母を決別させるきっかけとなった、わたしの寝室に薄着の令嬢を送り込んできた疑惑も、もしかすると母が仕組んだことではなかったのかもしれない。
レイシーがいてくれると、わたしは母とのわだかまりまで解けそうな気分だった。
話が長くなってきたので、わたしはレイシーに促し、母に伝える。
「そろそろ失礼しよう。母上、もういいでしょう」
「皇帝陛下だけお帰りになればいいのではないですか? わたくしはもう少しレイシー嬢とお話をしたいのです」
「もうだめです。レイシー、帰ろう」
レイシーの手を取って立たせると、レイシーは行儀よく母に一礼した。
「本日は本当にありがとうございました」
「とても楽しかったですわ。またお茶を致しましょうね」
「レイシーは忙しいのです。母上は邪魔をしないでください」
「皇帝陛下には聞いていません」
「母上!」
わたしのことを蔑ろにするようなことを言う母に、わたしは少し安心しつつ、たしなめていた。
結婚しないと頑なになっていたわたしを、母はどれだけ心配しただろう。
それを考えると、母がしたかもしれないことも、理解はできないが、レイシーと出会わせてくれたことに免じて、少しは許そうという気持ちになっていた。
母が誰をお茶会に参加させるか警戒していたのだが、母とわたしとレイシーだけだった。これはわたしが来なければレイシーが一人で母の相手をしなければいけなかったのではないか。
わたしはお茶会に参加するという判断をしてよかったと思っていた。
席につくと紅茶がカップに注がれる。これまで紅茶の香りなど鼻に届いたことはなかったが、レイシーが横に座っていると、その紅茶が香り高いことが感じられる。テーブルの上のスタンドにはお茶菓子と軽食が並べられているが、以前はお茶の時間など無駄なだけで参加しようと思いもしなかったのに、そちらにも視線が向くようになっていた。
「初めまして。皇帝陛下の母のエレオノーラ・ルクセリオンです」
「わたくしはディアン子爵家のレイシーと申します」
「存じ上げております。皇帝陛下が随分とご執心と聞いております」
挨拶するレイシーに手紙の内容を暗に示そうとしている母に、わたしは苦い思いを胸に抱える。レイシーの前なので顔には出さないが、母に関して警戒心は解いていない。
「わたくしはレイシー嬢と楽しく親睦を深めたかったのに、皇帝陛下がどうしても参加すると仰って」
「母上、わたしはまだレイシーとお茶をしたことがないのです。母上に先を越されるわけにはいきません」
「嫉妬ですか? 嫉妬深い夫は嫌われますよ?」
「レイシーはわたしを嫌ったりなど……レイシー、嫌ったりなど、しないよね?」
ここは母を警戒していると思われるよりは、嫉妬深い男を演じた方がレイシーに安心感を与えるかもしれない。結婚前から夫と義母が不仲だなんてことは知られたくなかった。
眉を下げてレイシーに問いかけると、レイシーは即答してくれる。
「アレクサンテリ陛下のことを嫌ったりしません」
よかった。
わたしはレイシーに嫌われてはいないようだ。
これから好かれるかどうかはわたしの努力次第だろう。
レイシーはセシルではない。どうしてもまだセシルと重ねてしまうところがあるが、レイシーにもわたしは運命を感じていたので、レイシーをありのままに愛したいと思うようになっていた。
「自分のことを名前で呼ばせているのですね。わたくしにも、名前では呼ばないでほしいと仰っていたのに」
「それは……反抗期だったのです」
「長い反抗期でしたこと。このような息子ですが、レイシー嬢、どうぞよろしくお願いしますね」
「わたくしの方こそ、よろしくお願いします」
わたしが母を警戒しているなどという情報はレイシーには伝えたくなかったので、反抗期だったと言って誤魔化す。それに対して、母も軽妙に返してくる。
母はレイシーを排除しようとは思っていないのかもしれない。
けれど、子爵家の令嬢であるレイシーをわたしが皇后に望んだら反対するかもしれない。
母がどう出るかわたしは警戒を解いていなかった。
「楽しくお話いたしましょう。皇帝陛下など放っておいて」
「わたしを挟まずにレイシーと話さないでください」
「わたくしにまで嫉妬することはないでしょう。レイシー嬢は刺繍や縫物が得意と聞きました。そのドレスの刺繍はレイシー嬢がされたのですか?」
母がわたしに黙っているように伝えてくるので、黙って聞いていると、母はレイシーの趣味である刺繍のことをくちにした。
貴族の令嬢は淑女の嗜みとして刺繍を習得することは多いのだが、実際に身に着けるものに刺繍するなど意外だろう。ハンカチに簡単に刺繍をして想うものに渡したりするらしいが、レイシーの刺繍はいつも本格的な職人と比べても遜色のないものだった。
「これはわたくしではありません。仕立て職人さんがしてくださいました。もう少し落ち着いてきたら、自分の衣装には自分で刺繍をしたいと思っています」
「レイシーは今、わたしのジャケットを縫ってくれているのです。わたしは婚約式にそれを着ようと思っています」
「婚約式にレイシー嬢の仕立てたジャケットを身に着けるのですか。それは楽しみですね」
レイシーがわたしのためにジャケットを作ってくれている。それを婚約式で身に着けるのに反対はさせないと牽制すると、母はあっさりとそれを楽しみだと言ってくる。
話しながらレイシーはいそいそとスタンドの上からお茶菓子や軽食を取り分けている。
マドレーヌとフロランタン、サンドイッチとキッシュ。
わたしの母である皇太后のお茶会であっても、レイシーの食欲が変わらないことが微笑ましく思える。
わたしもキッシュを取り分けてみると、母が驚いているのが分かる。
どれだけお茶会に招かれようと、立食パーティーを主催しようと、わたしは自分の意志で料理を取り分けたことがなかった。取り分けられれば義務として食べていたが、それも味が分からなくて楽しさなど全くない。
レイシーが美味しそうに食べていると、わたしも食べたくなってくるのだから不思議だ。
「アレクサンテリ陛下、そのキッシュ、ホウレンソウとベーコンが入っていてとても美味しいです。生地はバターがたっぷり使ってあって、サクサクです」
「それは楽しみだな」
フォークで一口大に切って食べてみると、キッシュの中のホウレンソウとベーコンが舌の上で卵と混ざり合い、とても美味しく感じられる。生地はレイシーの言う通りサクサクでバターの香りがした。
味も香りもレイシーが横にいるとはっきりと感じられて、とても美味しい。
幸せにキッシュを食べているわたしの顔に、母は驚きを隠せない様子だった。
「皇帝陛下がこんなに美味しそうに召し上がるなんて……」
どれだけわたしに警戒されているとしても、母は母だった。わたしが食事を苦痛と思って、生きるためだけに無理やりに食べていたのを知っているからこそ、母親として息子が食事を楽しめているのを喜んでいるのだろう。
このことでレイシーがわたしにとってどれだけかけがえのない存在か、母にも分かったようだった。
「婚約式はひと月後に行われると聞いていますが、急ぎすぎなのではないですか?」
「婚約から結婚まで皇族は一年近くの準備期間が必要です。わたしは一刻も早くレイシーと結婚をしたいのです。遅いくらいです」
心配する母に、レイシーを愛していることを示せば、レイシーもそれに言葉を添えてくれる。
「わたくしもできるだけ早く婚約式の衣装を仕上げます。ジャケットはあと数日あれば完成しそうなので、わたくしの衣装だけなのですが」
「レイシー嬢が衣装を作るのですね。それはとても楽しみですわ。どんなデザインにするつもりですか? ヴェールは長いものを使いますか? それとも、短いものを?」
縫物の話になるとレイシーは活き活きしてきて、饒舌になる。
「デザインは、前の部分が少し短めになっていて、後ろの部分が長く床に着くようなものを考えています。ヴェールは短めで、ヴェールの刺繍もわたくしがやらせていただこうと思っています」
身を乗り出して語りだすレイシーの姿に、本当に縫物が好きなのだと実感する。
お針子になりたいと願っていたセシルと同じだ。
それに対して、母も手を叩いて感激を示している。
「まぁ、素敵なデザイン! レイシー嬢は縫物が本当に得意なのですね。わたくしにも何か作っていただけませんか?」
「皇太后陛下に使っていただけるようなものが作れるでしょうか?」
「皇帝陛下は青い蔦模様のハンカチをとても気に入って使っておられます。あれは厄除けの模様なのだと聞きました。あのように意味のある模様はあるのですか?」
「母上、レイシーの作品はレイシー自身のものか、わたしのものだけに」
「皇帝陛下、嫉妬深い男は嫌われると言っているでしょう?」
レイシーに負担をかけないために、嫉妬深い男を演じてみせるのだが、これ以上はレイシーの考えに添わなくなるかもしれない。それは本意ではなかったので、この程度で退いておくことにする。
「恋愛成就の願いを込めた模様や、大事なひとの安全を願う模様は人気でしたよ。皇太后陛下がお望みでしたら、亡くなられた前皇帝陛下の冥福を祈る模様も刺繍することができます」
「レイシー嬢、あなたはなんと心の優しい方なのでしょう。前皇帝陛下にいただいた指輪や装飾品が少しあります。それを入れる小さな袋にその刺繍をしてもらうことはできますか?」
「できます。喜んでさせていただきます」
母もわたしが六歳のときに起きたクーデターで父を亡くしている。その悲しみは計り知れなかっただろうが、わたしを生かすために母は必死になってくれた。
その点に関しては母に感謝しているし、レイシーの刺繍したハンカチをわたしに持って来てくれたことも母には感謝しかない。
「前皇帝陛下は、わたくしが皇帝陛下を産んだ後子どもを産めなくなってしまって、側妃をもらうように周囲から言われていて、わたくしもそれを勧めたのですが、頑なにそれを断って、わたくし一人を愛してくださる一途な方でした。わたくしは今も前皇帝陛下を愛しております。皇帝陛下も前皇帝陛下に似て、一途な方ですよ、レイシー嬢」
涙ぐみながら父の話をして、わたしのことも背中を押すようなことをしてくれる母に、わたしは少しだけ警戒心を解いてもいいのかもしれないと思っていた。
わたしと母を決別させるきっかけとなった、わたしの寝室に薄着の令嬢を送り込んできた疑惑も、もしかすると母が仕組んだことではなかったのかもしれない。
レイシーがいてくれると、わたしは母とのわだかまりまで解けそうな気分だった。
話が長くなってきたので、わたしはレイシーに促し、母に伝える。
「そろそろ失礼しよう。母上、もういいでしょう」
「皇帝陛下だけお帰りになればいいのではないですか? わたくしはもう少しレイシー嬢とお話をしたいのです」
「もうだめです。レイシー、帰ろう」
レイシーの手を取って立たせると、レイシーは行儀よく母に一礼した。
「本日は本当にありがとうございました」
「とても楽しかったですわ。またお茶を致しましょうね」
「レイシーは忙しいのです。母上は邪魔をしないでください」
「皇帝陛下には聞いていません」
「母上!」
わたしのことを蔑ろにするようなことを言う母に、わたしは少し安心しつつ、たしなめていた。
結婚しないと頑なになっていたわたしを、母はどれだけ心配しただろう。
それを考えると、母がしたかもしれないことも、理解はできないが、レイシーと出会わせてくれたことに免じて、少しは許そうという気持ちになっていた。
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