そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥

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アレクサンテリ視点

31.皇帝の別荘

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 セシルと出会い別れてから二十二年、皇帝になってから十年、わたしは初めて旅行に出かけていた。
 行き先は帝都の外れの湖に近い別荘。皇帝のための別荘なのだが、わたしは一度も行ったことがない。
 セシルがわたしを庇って殺されてからずっと生きながらにして死んでいるような状態だったし、皇帝になってからは執務しか自分の生きる価値はないと思い込んでそれだけに打ち込んできた。それが今、執務を側近や宰相に振り分けることにより、自由を獲得した。
 初めて手にした自由を、わたしはレイシーと共に分かち合いたかった。

 皇帝用の馬車に乗ると、馬車の中にはテオが同乗していた。
 テオは武術の腕が立つので、護衛としてついてきてくれたのだ。

「ご一緒させていただく、テオ・グランディと申します。妃殿下、どうぞお見知りおきください」
「初めまして、レイシー・ディアンです。よろしくお願いいたします」
「グランディ侯爵家次男ですが、騎士団に勤めております。本日は、皇帝陛下と妃殿下を騎士としてお守りいたします」

 レイシーにテオが挨拶していると、なんとなく不安になってくる。
 テオは赤い髪に緑の目で、顔立ちが整っていて、体付きも鍛え上げられている。

「あまりレイシーに近付くな、テオ」
「嫉妬深いのは嫌われますよ。わたしには愛しい妻子がいるのでご安心ください」

 釘を刺すと真面目に答えられてしまった。
 馬車が出発するとレイシーはテオに興味を持っていた。
 ユリウスとお茶会をしたときにも、ユリウスに興味を持って話しかけていたのを思い出す。

「テオ様もアレクサンテリ陛下が幼いころからの遊び相手だったのですか?」
「わたしは皇帝陛下と同じ年だったので、七歳のときから遊び相手として皇宮に上がっておりました。騎士学校に通う間はおそばにいられませんでしたが、それ以外は皇帝陛下のおそばにずっといさせていただきました」
「それでは、アレクサンテリ陛下の小さなころを知っているのですね! どんな子ども時代でしたか? かわいかったですか?」

 わたしの小さなころのことを聞かれて、テオが表情を曇らせて困っている。
 セシルを失ったわたしはテオとほとんど会話を交わさなかったし、遊ぶこともなかった。その思い出を語っていいのか迷っているのだろう。
 最終的にテオは口を開いた。

「皇帝陛下はクーデターで逃がされた後、保護されるまでにお世話になった方を亡くされたということでとても落ち込んでおられました。遊びに誘っても全く反応はなく、一人にしてほしいと仰っていました」

 この話題はテオも困らせるし、レイシーも愉快ではないだろう。
 わたしはレイシーの肩を抱いて話題を変えさせることにした。

「レイシー、わたしがいるのに、他の男に話しかけるのは妬けてしまうな。わたしのことが知りたければ、わたしに聞いていいのだよ」
「すみません、悲しいことを思い出させましたか?」
「セシルのことについては、レイシーと出会った時点で心に区切りがついている。レイシーがいてくれればもう悲しくはない」

 レイシーはわたしにセシルのことを思い出させたかと心配していたが、セシルのことは区切りがついていたのでわたしは微笑んで答える。
 テオは馬車の隅に移動して座って、わたしとレイシーは水筒からカップにお茶を注いで、飲みながら話した。

「アレクサンテリ陛下は旅行に行かれるのは初めてなのですね」
「執務として視察に行ったことはあるが、私的な旅行は初めてになるね」
「わたくしも旅行は初めてなのです。ディアン子爵家の領地の視察になら行ったことはありますが、旅行をするほどの余裕はなかったので」

 視察は旅行とは違う。
 その地のことを学ぶために行くので、楽しい気持ちなどなかった。視察の先で宴が開かれても、わたしは生きながら死んでいたようなものだから、心動くことはなかった。
 今はレイシーとの旅行に胸が弾んでいる。

「湖では釣りができるらしいのだ。レイシーは釣りに興味があるかな?」
「釣りはしたことがありません。アレクサンテリ陛下と一緒ならやってみたいです」
「湖ではボートにも乗れるらしい。乗ってみるか?」
「ボートを漕いだことがないのですが、できるでしょうか?」
「ボートはわたしが漕ごう。レイシーは乗っているだけでいいよ」

 聞いていたことを話すと、テオが遠慮がちに言ってくる。

「皇帝陛下、釣りは……その、女性にはあまり……」
「そうなのか?」
「釣りの餌は虫ですので、女性はあまり好まないかと思われます」

 釣りはレイシーの好みではなかったかもしれない。それをレイシーはわたしに気を使って言えなかったのだろうか。それならば計画は変更しようと思っていたら、レイシーがはっきりと自己主張する。

「わたくしはディアン子爵家でも、皇帝宮の中庭でも、家庭菜園を作っています。野菜を育てるときには虫を駆除することもあります。わたくし、虫を見るのも、触るのも平気ですよ」
「さすがはレイシーだ。わたしの方が怯んでしまうかもしれない」
「でしたら、アレクサンテリ陛下の釣り針には、わたくしが虫をつけて差し上げます」

 レイシーは虫などに怯えるような女性ではなかった。わたしが安心していると、テオが驚いたような顔をしている。

「妃殿下は変わっていらっしゃいますね。あ、いえ、嫌な意味ではありません」
「テオ、レイシーは素晴らしい女性なのだ。仕立て職人と共に作業室で縫物や刺繍をし、中庭では家庭菜園で野菜を育て、学園では首席をずっと保っていて妃教育も非常に優秀だと聞いている」
「妃殿下のことをよく知りもせず、余計なことを口にしました。お許しください」

 謝罪したテオに、レイシーが首を振って対応している。

「気にしないでください。わたくしが普通の貴族の令嬢と違っているのは自覚があります」
「その違っているところに、皇帝陛下は惹かれたのでしょうね」

 テオはよく分かっている。
 レイシーのただの令嬢とは違うところがわたしは好きなのだ。

 別荘に着くと馬車から降りた。
 湖に広く大きな橋が架かっていて、その橋の上に乗り出すように屋敷が建っている。
 わたしも初めて見るが、これが皇帝の別荘のようだった。

 レイシーの手を引いて屋敷の中に入って行く。
 屋敷の玄関ホールには使用人たちが集まっていて、わたしとレイシーが来ると一斉に頭を下げた。
 一人の使用人が話しかけてくる。

「ようこそいらっしゃいました、皇帝陛下、妃殿下。食堂で昼食の用意をしております。すぐに召し上がられますか?」
「それでは、食堂に行こう」

 レイシーの手を引いて食堂に行くと、皇帝宮とは違う雰囲気の食事が出てくる。新鮮な野菜のサラダと、魚と野菜の包み焼き、焼きたてのパン。
 どれもレイシーと食べると美味しく感じる。

「食事が終わったら湖に散策に出かけよう。ディアン子爵家の家族が来るのは明日だ。明後日と明々後日のどちらかに釣りをして、ボートに乗ろう。今日のお茶は湖の見える丘の上でするのはどうかな?」
「湖を見ながらお茶ができるなんて楽しみです」
「レイシーの好きなキッシュと、フィナンシェとフロランタンを持って行こう」
「はい」

 湖を見ながらのお茶にレイシーを誘うと、紫色の目を輝かせて返事をしてくれた。
 皇帝宮の敷地内ならばわたしも外でお茶をしたことがあるが、それ以外の場所では初めてだ。
 今回の旅行はレイシーと初めてのことをたくさん経験できそうな予感がしていた。

 執務に人生を捧げるだけで、自分の楽しみなど必要ないと思っていたのに、レイシーと一緒にいると、楽しいことが自然と増えていく。
 執務を側近や宰相に振り分け、制限してまで新しいことをしたいと思ってしまう。

 レイシーはやはりわたしにとってなくてはならない存在だと改めて実感した。
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