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アレクサンテリ視点
32.ディアン子爵家の陞爵の下積み
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レイシーにとっても、この旅行は初めてのことだった。
ディアン子爵家は貧しかったので、余裕がなかったと言っていた。
わたしにとっても初めての旅行だが、レイシーを楽しませなければいけないという思いがわたしにはあった。
皇帝宮に来てからずっとレイシーは皇宮の敷地内から出ていない。
家族と会えたのも婚約式のときと、ソフィアを招いてのお茶会のときだけで、家族との時間もゆっくりと取れていない。
学園の卒業パーティーで急にわたしに求婚されてから、レイシーはよく分からぬまま皇帝宮に連れて来られて、混乱もしただろうし、窮屈な思いもさせてしまっただろう。
今はレイシーとわたしとの間には愛が芽生えていて、レイシーも納得して皇后となるために皇帝宮にいてくれているのだが、わたしはそれに甘えてはいけないと思っていた。
レイシーのことをもっと考えて行動しなければいけない。
わたしは湖の周囲を散策しながら、レイシーにディアン子爵家への援助の話をした。
「ディアン子爵家の長女で後継者のレイシーを奪ってしまうのだ。その代わりとしてディアン子爵家には支援をさせてもらっているよ」
「ディアン子爵家にですか? どのような事業に支援をしてくださっているのですか?」
ディアン子爵家を伯爵家に陞爵させる計画は、まだ整っていないので、その部分は省いて、わたしはレイシーに説明する。
「レイシーはディアン子爵家を継いだら、裁縫の事業を立ち上げようとしていたのだよね。その事業にわたしは投資をさせてもらったのだ」
「わたくしが立ち上げようとしていた事業にですか?」
「そうだよ。工場を作る資金を援助して、ディアン子爵家に優先的に上質の布や糸が手に入るように手配した」
わたしがセシルの夢を叶えたかったように、レイシーにもその気持ちがあったようである。
セシルはお針子になりたがっていたが、おじさんとおばさんは十六歳の少女が一人で町に住むのはよくないと、セシルを家から出さなかった。
寮のある工場があったならば、セシルも安心しておじさんとおばさんに送り出されていただろう。
それをレイシーも考えていたというのだ。
「わたくしは、セシルの夢を叶えたかったのです。セシルはお針子になれなかったけれど、お針子になりたいと思っている少女はこの国にたくさんいると思います。そんな少女たちが安心して働ける場所を作りたかったのです」
「それでは、わたしもセシルの夢を叶える手伝いができたのだな」
「そうですね。ありがとうございます、アレクサンテリ陛下」
礼を言ってくれるレイシーに、わたしの方が礼を言いたい気分だった。
湖の畔を歩きながら話を続ける。
「皇宮は資金難のときに援助をしてくれたディアン子爵家に、財政が落ち着いてから何倍にもして資金を返そうとした。けれど、ディアン子爵家は自分たちが援助した分しか受け取らなかった。いつかは皇宮はディアン子爵家に恩返しをしなければいけないと思っていたのだ。今回の件はいい機会だった」
「アレクサンテリ陛下のおかげで、セシルのような少女たちが家元を離れて働きに来ることができます。それこそ、わたくしの望んだ事業でした」
「レイシーの願いも叶えられて嬉しいよ」
ディアン子爵家が四代前の皇帝のときに私財を投げ打って国を救ってくれたことは確かだったが、それも、ディアン子爵家に援助をする口実でしかない。
ディアン子爵家は女性の社会進出という観点でこの国の利益になることをはっきりと示してもらって、伯爵位を授けるに相応しい家になってもらわなくては困る。
それが、レイシーが皇后になることに反対する公爵家や侯爵家を黙らせる方法だった。
日傘をさして歩いているレイシーの手を握り、ゆっくりとわたしたちは湖の周囲を歩いていく。後ろからついてくるテオが率いる護衛たちは邪魔ではあったが、わたしの皇帝という身分からすれば仕方がない。
湖を見下ろす丘の上に上がって、わたしはついてきていた侍女たちに合図を出した。
すぐに侍女たちは折り畳みの椅子とテーブルを設置する。
テーブルの上にはお茶の用意がされた。
水筒からカップにお茶が注がれて、お茶の香りが周囲に漂う。
レイシーは大好物のキッシュやフィナンシェやフロランタンを食べながら、湖を見ていた。ちょうど日が暮れていく時刻で、夕焼けが湖を赤く照らしていた。
湖の向こう側に日が沈んでいくのがよく見える。
「とても美しいところですね」
「わたしも始めてきたが、代々皇帝が気に入っていた別荘だと聞いている。それもそのはずだな」
「こんな美しい場所でお茶ができるだなんて思いませんでした。わたくし、皇宮の庭以外の外でお茶をしたのは初めてです」
「ここも庭のようなものなのだが」
「そうなのですか?」
不思議そうにしているレイシーにわたしは事実を伝える。
「この湖も、周辺も、全てわたしの持ち物なのだ」
「え!?」
この周辺の土地は全て皇帝の持ち物なので、誰かが入ってくることはない。無断で入ってくれば厳しく罰せられることになっていた。
そのため、レイシーと安心してお茶を楽しめるのだ。
驚いているレイシーにわたしは言いにくいことを口にした。
「夜は周辺の貴族たちが挨拶に来るだろう。煩わしかったら、追い返すが、レイシー、どうする?」
「ご挨拶をするものだと思って、ドレスは一着持ってまいりましたが」
「わたしのレイシーをあまり他人に見せたくはないのだが、これも皇帝の義務として挨拶を受けようか」
帝都の外れに押しかけてくる貴族たちに挨拶をするのも、皇帝としての執務の一つではあるし、レイシーを皇后に据えるために周辺の貴族から認めさせていくのは悪い考えではない。
それでもレイシーとの時間を邪魔されるのは憂鬱になるわたしに、レイシーは挨拶を受けることを決めたようだった。
お茶を終えると、わたしたちは別荘に戻った。
別荘に戻るとわたしはフロックコートに着替えて、レイシーはドレスに着替える。
腰よりも長く伸びた白銀の髪は、緩い三つ編みで纏めておいた。六歳のときから他人に触れられるのが嫌で切っていなかったのだが、長くなりすぎている気もする。
いつかレイシーに切ってもらった方がいいのだろうかとも思うが、まだそれを言い出すことはできなかった。
別荘の大広間に行くと、周辺の貴族たちが集まっていた。
「皇帝陛下、ようこそおこしくださいました。妃殿下、お初にお目にかかります」
「こちらに皇帝陛下が来られると知って、急いで歓迎の宴を用意しました」
「妃殿下にあらせられましては、ご機嫌麗しく」
身分は高くないので皇宮に呼ばれることはないが、この周辺で豊かに暮らしている貴族たちである。レイシーの支持基盤としては相応しいだろう。
「レイシー・ディアンと申します。よろしくお願いします」
「今日はよく来てくれた。わたしと妃のレイシーをよろしく頼む」
挨拶をして、レイシーに果実水、わたしは葡萄酒を持ってきてもらうと、一人の貴族の令嬢がわたしのラペルピンとレイシーのコサージュに気付いた。
「皇帝陛下と妃殿下はお揃いの造花をつけておいでなのですね」
「これはわたしの妃が作ってくれたものなのだ」
「妃殿下が作られたのですか?」
レイシーの素晴らしさをわたしがアピールしなければいけない。
そこからディアン子爵家への注文も広がるかもしれない。
「それはすごいですね。まるで売り物のようではないですか。妃殿下の出身のディアン子爵家は、裁縫の事業を立ち上げたと聞いていますが、造花の事業も立ち上げるのですか?」
「造花の事業……それはできたら立ち上げたいですね」
「とても素敵です。わたくし、ぜひ買わせていただきたいです」
令嬢の声が会場に響くと、他の貴族からも声が上がった。
「妃殿下のご出身の子爵家の立ち上げる事業の製品を、ぜひ買いたいものですね」
「わたしの注文も受けてくれるでしょうか? 娘が自分の人形にドレスを欲しがっているのです」
「人形のドレスも請け負ってくれるのですか?」
次々と入ってくる注文に、レイシーの表情が明るくなるのを感じていた。
縫物のことになるとレイシーは饒舌になるのだ。
「人形のドレスも作ることができます。人形自体も作れるようにします。もちろん、皆様がお召しになる衣装も作れます」
珍しく声を張り上げて宣伝するレイシーに、他の貴族からも声が上がる。
「娘の人形のドレスを注文させていただきたいです」
「娘のドレスも注文したいです」
「わたくしの造花も」
「ディアン子爵家に伝えておきます」
次々と上がる声に、レイシーは軽快に答えていた。
ディアン子爵家は貧しかったので、余裕がなかったと言っていた。
わたしにとっても初めての旅行だが、レイシーを楽しませなければいけないという思いがわたしにはあった。
皇帝宮に来てからずっとレイシーは皇宮の敷地内から出ていない。
家族と会えたのも婚約式のときと、ソフィアを招いてのお茶会のときだけで、家族との時間もゆっくりと取れていない。
学園の卒業パーティーで急にわたしに求婚されてから、レイシーはよく分からぬまま皇帝宮に連れて来られて、混乱もしただろうし、窮屈な思いもさせてしまっただろう。
今はレイシーとわたしとの間には愛が芽生えていて、レイシーも納得して皇后となるために皇帝宮にいてくれているのだが、わたしはそれに甘えてはいけないと思っていた。
レイシーのことをもっと考えて行動しなければいけない。
わたしは湖の周囲を散策しながら、レイシーにディアン子爵家への援助の話をした。
「ディアン子爵家の長女で後継者のレイシーを奪ってしまうのだ。その代わりとしてディアン子爵家には支援をさせてもらっているよ」
「ディアン子爵家にですか? どのような事業に支援をしてくださっているのですか?」
ディアン子爵家を伯爵家に陞爵させる計画は、まだ整っていないので、その部分は省いて、わたしはレイシーに説明する。
「レイシーはディアン子爵家を継いだら、裁縫の事業を立ち上げようとしていたのだよね。その事業にわたしは投資をさせてもらったのだ」
「わたくしが立ち上げようとしていた事業にですか?」
「そうだよ。工場を作る資金を援助して、ディアン子爵家に優先的に上質の布や糸が手に入るように手配した」
わたしがセシルの夢を叶えたかったように、レイシーにもその気持ちがあったようである。
セシルはお針子になりたがっていたが、おじさんとおばさんは十六歳の少女が一人で町に住むのはよくないと、セシルを家から出さなかった。
寮のある工場があったならば、セシルも安心しておじさんとおばさんに送り出されていただろう。
それをレイシーも考えていたというのだ。
「わたくしは、セシルの夢を叶えたかったのです。セシルはお針子になれなかったけれど、お針子になりたいと思っている少女はこの国にたくさんいると思います。そんな少女たちが安心して働ける場所を作りたかったのです」
「それでは、わたしもセシルの夢を叶える手伝いができたのだな」
「そうですね。ありがとうございます、アレクサンテリ陛下」
礼を言ってくれるレイシーに、わたしの方が礼を言いたい気分だった。
湖の畔を歩きながら話を続ける。
「皇宮は資金難のときに援助をしてくれたディアン子爵家に、財政が落ち着いてから何倍にもして資金を返そうとした。けれど、ディアン子爵家は自分たちが援助した分しか受け取らなかった。いつかは皇宮はディアン子爵家に恩返しをしなければいけないと思っていたのだ。今回の件はいい機会だった」
「アレクサンテリ陛下のおかげで、セシルのような少女たちが家元を離れて働きに来ることができます。それこそ、わたくしの望んだ事業でした」
「レイシーの願いも叶えられて嬉しいよ」
ディアン子爵家が四代前の皇帝のときに私財を投げ打って国を救ってくれたことは確かだったが、それも、ディアン子爵家に援助をする口実でしかない。
ディアン子爵家は女性の社会進出という観点でこの国の利益になることをはっきりと示してもらって、伯爵位を授けるに相応しい家になってもらわなくては困る。
それが、レイシーが皇后になることに反対する公爵家や侯爵家を黙らせる方法だった。
日傘をさして歩いているレイシーの手を握り、ゆっくりとわたしたちは湖の周囲を歩いていく。後ろからついてくるテオが率いる護衛たちは邪魔ではあったが、わたしの皇帝という身分からすれば仕方がない。
湖を見下ろす丘の上に上がって、わたしはついてきていた侍女たちに合図を出した。
すぐに侍女たちは折り畳みの椅子とテーブルを設置する。
テーブルの上にはお茶の用意がされた。
水筒からカップにお茶が注がれて、お茶の香りが周囲に漂う。
レイシーは大好物のキッシュやフィナンシェやフロランタンを食べながら、湖を見ていた。ちょうど日が暮れていく時刻で、夕焼けが湖を赤く照らしていた。
湖の向こう側に日が沈んでいくのがよく見える。
「とても美しいところですね」
「わたしも始めてきたが、代々皇帝が気に入っていた別荘だと聞いている。それもそのはずだな」
「こんな美しい場所でお茶ができるだなんて思いませんでした。わたくし、皇宮の庭以外の外でお茶をしたのは初めてです」
「ここも庭のようなものなのだが」
「そうなのですか?」
不思議そうにしているレイシーにわたしは事実を伝える。
「この湖も、周辺も、全てわたしの持ち物なのだ」
「え!?」
この周辺の土地は全て皇帝の持ち物なので、誰かが入ってくることはない。無断で入ってくれば厳しく罰せられることになっていた。
そのため、レイシーと安心してお茶を楽しめるのだ。
驚いているレイシーにわたしは言いにくいことを口にした。
「夜は周辺の貴族たちが挨拶に来るだろう。煩わしかったら、追い返すが、レイシー、どうする?」
「ご挨拶をするものだと思って、ドレスは一着持ってまいりましたが」
「わたしのレイシーをあまり他人に見せたくはないのだが、これも皇帝の義務として挨拶を受けようか」
帝都の外れに押しかけてくる貴族たちに挨拶をするのも、皇帝としての執務の一つではあるし、レイシーを皇后に据えるために周辺の貴族から認めさせていくのは悪い考えではない。
それでもレイシーとの時間を邪魔されるのは憂鬱になるわたしに、レイシーは挨拶を受けることを決めたようだった。
お茶を終えると、わたしたちは別荘に戻った。
別荘に戻るとわたしはフロックコートに着替えて、レイシーはドレスに着替える。
腰よりも長く伸びた白銀の髪は、緩い三つ編みで纏めておいた。六歳のときから他人に触れられるのが嫌で切っていなかったのだが、長くなりすぎている気もする。
いつかレイシーに切ってもらった方がいいのだろうかとも思うが、まだそれを言い出すことはできなかった。
別荘の大広間に行くと、周辺の貴族たちが集まっていた。
「皇帝陛下、ようこそおこしくださいました。妃殿下、お初にお目にかかります」
「こちらに皇帝陛下が来られると知って、急いで歓迎の宴を用意しました」
「妃殿下にあらせられましては、ご機嫌麗しく」
身分は高くないので皇宮に呼ばれることはないが、この周辺で豊かに暮らしている貴族たちである。レイシーの支持基盤としては相応しいだろう。
「レイシー・ディアンと申します。よろしくお願いします」
「今日はよく来てくれた。わたしと妃のレイシーをよろしく頼む」
挨拶をして、レイシーに果実水、わたしは葡萄酒を持ってきてもらうと、一人の貴族の令嬢がわたしのラペルピンとレイシーのコサージュに気付いた。
「皇帝陛下と妃殿下はお揃いの造花をつけておいでなのですね」
「これはわたしの妃が作ってくれたものなのだ」
「妃殿下が作られたのですか?」
レイシーの素晴らしさをわたしがアピールしなければいけない。
そこからディアン子爵家への注文も広がるかもしれない。
「それはすごいですね。まるで売り物のようではないですか。妃殿下の出身のディアン子爵家は、裁縫の事業を立ち上げたと聞いていますが、造花の事業も立ち上げるのですか?」
「造花の事業……それはできたら立ち上げたいですね」
「とても素敵です。わたくし、ぜひ買わせていただきたいです」
令嬢の声が会場に響くと、他の貴族からも声が上がった。
「妃殿下のご出身の子爵家の立ち上げる事業の製品を、ぜひ買いたいものですね」
「わたしの注文も受けてくれるでしょうか? 娘が自分の人形にドレスを欲しがっているのです」
「人形のドレスも請け負ってくれるのですか?」
次々と入ってくる注文に、レイシーの表情が明るくなるのを感じていた。
縫物のことになるとレイシーは饒舌になるのだ。
「人形のドレスも作ることができます。人形自体も作れるようにします。もちろん、皆様がお召しになる衣装も作れます」
珍しく声を張り上げて宣伝するレイシーに、他の貴族からも声が上がる。
「娘の人形のドレスを注文させていただきたいです」
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