そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥

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アレクサンテリ視点

33.ディアン子爵家の到着

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 旅行の二日目。
 この日はディアン子爵夫妻とソフィアが来る日だった。
 朝食後、レイシーはリビングで寛ぎながらディアン子爵家の家族を待っていた。その間に刺繍をすることに決めたらしい。小さな布に銀糸で細かな刺繍を入れていた。
 それがセシルが刺繍してくれた蔦模様に見えて来て、わたしはレイシーに問いかけていた。

「繊細な刺繍だな。これは蔦模様に見えるが」
「青い蔦模様を小さなものに変えて、銀糸を使って縁に刺繍しているのです。これはアレクサンテリ陛下の結婚式の手袋になる布なのですよ」
「あの青い蔦模様が銀色のなってわたしの結婚式を飾るのか。それは楽しみだな」

 セシルがわたしのために縫ってくれた青い蔦模様。それが色を変えて、大きさを変えてわたしの結婚式の手袋を飾る。そのことはわたしにセシルのことを思い出させた。
 思い出すたびにセシルに庇われて生き延びてしまったことに罪悪感を覚えていた。セシルがいなくなってしまったことで、胸に虚ろな穴が開いたような状態で、生きながらに死んでいるようだった。
 それが今は、セシルを思い出しても、苦しくはない。

 セシル、わたしは生きていてもいいのだろうか。
 幸せになってもいいのだろうか。

 胸の中で問いかけると、まだ返事はないが、わたしは少しずつセシルのことを過去にできているのは確かだった。

 レイシーが刺繍をしているのを見ていると、セシルが刺繍をしているのを見ていたころのような穏やかな気分になる。セシルと過ごした期間は短かったが、わたしの人生に大きな影響を与えた。
 レイシーと過ごした期間もまだ半年にもならないが、わたしの人生を大きく変えている。

 レイシーの刺繍を見守っていると、ディアン子爵家の家族が到着したと知らせが入った。素早く刺繍道具を片付けて、レイシーが待ちきれない様子で玄関の外まで迎えに行く。わたしもレイシーについて行った。

「皇帝陛下、この度はお招きいただきありがとうございます」
「馬車まで用意していただいて本当に感謝しています」

 形式的に挨拶をするディアン子爵夫妻に、わたしは頷いて伝える。

「よく来てくれた。ここは私的な場なので、レイシーと寛いで過ごしてほしい」
「ありがとうございます、皇帝陛下」
「レイシー、元気でしたか?」

 ここではレイシーのことを「妃殿下」と呼ぶ必要はないし、これまで通りに「レイシー」や「お姉様」と呼んで構わないと許可を出した。その方がレイシーも喜ぶだろうと思ったのだ。
 早速「レイシー」と呼ばれて、レイシーが笑みを浮かべている。

「とても元気でした。あ、一度熱を出しましたが、微熱程度で済みました。お父様とお母様はお元気でしたか?」
「レイシーがいなくなって寂しいけれど元気だよ」
「レイシー、肌がきれいになって髪に艶が出て美しくなりましたね」

 元々楚々とした美しさを持っていたレイシーだったが、ディアン子爵夫妻が言うように、皇帝宮に来てますます美しくなったことは間違いなかった。
 荒れていた髪は艶やかになり、くすんでいた肌は張りと艶を取り戻した。十九歳の若さを象徴するように、レイシーはとても瑞々しい美しさを持っている。

「皇帝陛下、別荘にお招きいただきありがとうございます」
「ソフィアも学園で忙しいのによく来てくれた」
「お姉様と皇帝陛下がどのように過ごしているか興味があったものですから」

 ソフィアは相変わらずわたしに棘のある口調を向けてくるが、それもソフィアがレイシーを心配しているからだと分かっているので、わたしは少しも不快ではない。皇帝というわたしの立場すらも気にせずに、心配してくれる家族がいてくれた方が、レイシーも安心だろう。
 レイシーに対してしか自然な微笑みはできないかと思っていたが、レイシーが家族に幸せそうな微笑みを向けているのを見ると、わたしも自然と表情が緩む。

「昼食にしよう。湖で獲れた新鮮な魚が美味しいのだ」
「ご馳走になります」

 レイシーの両親と妹として、わたしはレイシーの家族に心を許せるかもしれないと思っていた。
 別荘の食堂でレイシーとわたしが横並びに座って、ディアン子爵夫妻とソフィアが向かい側に座る。湖で獲れた新鮮な白身魚のソテーをメインとした昼食を、わたしたちは美味しくいただいた。

「新しい事業は順調に進んでいると聞く。昨日の晩餐会で、ディアン子爵家に貴族たちが様々なものを作ってほしいと注文していた」
「おかげさまで支援していただいた事業の方は成功しています」
「貴族の方々から注文があったのですか? それは正式にお受けしないと」
「お父様、お母様、造花の部門も作った方がいいかもしれません。造花をお望みの方もおられました」
「それは新しい工場が必要だな」
「レイシーの胸に付けている造花は、もしかして、レイシーが作ったものですか?」
「はい、アレクサンテリ陛下に許可をいただいて作りました」

 レイシーが言っていたが、造花作りとは貧しいものはできないらしいのだ。
 造花作りには特殊なこてや染料が必要だった。ディアン子爵家ではレイシーはそれを手に入れることができなかった。造花作りも挑戦したかったができなかったレイシーは、今それができていることを誇りに思っているようだった。

「とても美しい造花ですね」
「わたしのラペルピンもレイシーが作ってくれたのだ」
「皇帝陛下のものまで!?」
「皇帝陛下も使ってくださっているのですね。よかったですね、レイシー」

 ディアン子爵夫妻はレイシーに対しても、わたしに対しても、柔らかな表情で接してくれている。
 わたしは思い切ってディアン子爵夫妻とソフィアに申し出てみた。

「ディアン子爵夫妻、ソフィア、わたしはあなた方を家族と思ってもいいのかな?」

 レイシーと結婚すれば、レイシーの家族はわたしの家族となる。
 そう言えば、ディアン子爵夫妻が優しく微笑んでくれる。

「皇帝陛下にそう思っていただけるのは光栄です」
「レイシーと皇帝陛下が結婚なさるのでしたら、わたくしたちのことは家族と思ってくださって構いません」
「お姉様を大事にしてくださるのならば、皇帝陛下が家族となってもいいです」

 ソフィアは若干納得していない様子も見せたが、ディアン子爵夫妻はわたしを歓迎してくれた。

 昼食が終わると、テオがわたしに小声で耳打ちした。

「お楽しみのところ申し訳ないのですが、皇帝陛下にしか処理できない書類が届いております」
「分かった」

 テオに返事をすると、わたしはレイシーの背中を押す。

「家族水入らずで話してくるといい。わたしは少し、帝都から送られてきた書類に目を通す」
「ありがとうございます、アレクサンテリ陛下。少し失礼します」

 家族水入らずの時間をレイシーは求めていたのだろう。嬉しそうにディアン子爵家の泊る部屋に向かって行くのを、わたしは見送った。

 わたしの泊っている部屋に行って、テオから書類を受け取る。
 それは皇帝であるわたししか判断できないもので、性急に返事が必要なものだった。
 書類に目を通し、サインをしていると、テオがわたしに話しかけてくる。

「皇帝陛下があのような表情をなさるとは思いませんでした」

 テオは幼いときからわたしのことを知っていて、わたしが感情も表情も失くして生きてきたのを見ている。氷の皇帝や、冷徹と言われていたわたしが、レイシーのみならず、ディアン子爵家の家族に微笑みかけるのは信じられなかっただろう。
 レイシーと一緒にいるときでないと、わたしの表情が凍り付いてしまうのは、ユリウスもシリルもテオもよく分かっていた。

「レイシーとその家族は特別なのだ」
「わたしは皇帝陛下の特別な存在が失われないように守ります」

 幼いころからわたしのそばにいるだけに、テオはわたしがどれだけ感情を失った人生を送ってきたかを知っている。取り戻した感情を失わせないために、テオは命を懸けてでもレイシーとその家族を守ってくれるだろう。

「ディアン子爵家のことで、女性の社会進出に反対する勢力がまた騒ぎ出すだろう。レイシーは皇帝宮で守られているから安心だが、ディアン子爵家の家族は危険にさらされるかもしれない」
「ディアン子爵夫妻とソフィア嬢を守る護衛を手配します」

 誰もディアン子爵家の家族に手が出せないように、テオは取り計らってくれる様子だった。

 お茶の時間にはわたしはレイシーたちと合流した。
 天気が良かったので、湖の見える食堂のテラスでお茶の時間を過ごすことになった。
 湖面は夕暮れの風にさざ波が立って、きらきらと太陽の光を反射している。

「レイシーの好きなスイートポテトがあるよ。キッシュと一緒に取ろうか?」
「アレクサンテリ陛下、わたくし、自分でできます」
「レイシーにはしてあげたいのだ。させてほしい」

 秋生まれということもあって、レイシーは芋や栗やカボチャが大好きだ。レイシーの好みを知っているので、わたしはレイシーにスイートポテトとキッシュを取り分ける。

「秋はレイシーの好きなものがいっぱいだね。葡萄のタルトも食べるかな?」
「いただきます」

 レイシーに取り分けていると、ディアン子爵夫妻とソフィアが話し出す。

「皇帝陛下はレイシーのために取り分けてくださっているんですね」
「レイシーはディアン子爵家にいたころは、ソフィアに譲ってなかなか食べなかったのですよ」
「わたくしお姉様が痩せすぎていて心配でした」

 わたしもレイシーが皇帝宮に来たときには、痩せすぎていて心配だったが、レイシーは皇帝宮で十分な食事を取るようになってから、健康的なくらいには体重が増えた様子だった。
 微笑みながら、そのことを伝える。

「レイシーが健康になるくらいの食事は提供させてもらっている。レイシーはキッシュがとても好きでお茶のときにはよく食べているよ」
「お姉様はキッシュが好きだったのですか?」
「これまではあまり食べられなかったので、アレクサンテリ陛下の元に来てからたくさん食べさせていただいています」

 レイシーの好きなものをソフィアも知らなかったようだ。それだけディアン子爵家でも学園でも、レイシーが食べることを我慢していたのがうかがえる。

「お姉様はいつもわたくしを優先するようなところがありました。わたくしもお姉様が大好きで、お姉様の好意を拒めずにいたけれど、お姉様は皇帝陛下の元に行って、わたくしのことを考えなくてもいいようになったのですね」
「そんなことはありません。ソフィアのことはいつも心配しています」
「いいのです、お姉様。お姉様には幸せになってほしいのです。わたくしはわたくしの幸せを見つけます。皇帝陛下、お姉様のことよろしくお願いします」

 ソフィアもわたしのことを認めてくれたようでわたしは嬉しくなった。
 やはり、レイシーの愛している妹には好かれたいと思う。

「皇帝陛下がレイシーを皇后陛下に望んでくださっているということをレイシーから聞きました」
「皇帝陛下がレイシーを大事に思ってくださっていることがよく分かりました」

 ディアン子爵夫妻の言葉に、わたしは唇に人差し指を当てる。

「レイシーを皇后に望んでいることは、わたしたちだけの秘密にしてほしい。いずれ、公に話せるときがくる」

 そのときを必ずわたしは作ってみせる。
 そう誓いながら言えば、ディアン子爵夫妻とソフィアは神妙な顔つきで頷いてくれた。

 お茶の時間の後はレイシーは音楽室にわたしたちを招いて、ピアノの弾き語りを披露してくれた。
 皇帝宮の音楽室で密かに練習していたのはこれだったのか。
 素晴らしい演奏と歌に、わたしは惜しみなく拍手をした。

「レイシー、とても素晴らしい演奏だったよ。ピアノも素晴らしかったし、レイシーの声は聞いていて心地よかった。ありがとう」
「そう言ってもらえると嬉しいです」

 皇后になれば賓客の前で音楽を披露することもある。
 レイシーはピアノは自己流で、モンレイユ夫人に習って初めて基礎を学んだと言っていたが、その腕はものすごく上達しているようだった。

「レイシー、とても上手だったよ」
「レイシーの歌声がこんなに美しいだなんて知りませんでした」
「お姉様、素敵でした」

 ピアノの椅子から立ち上がって一礼したレイシーに、ディアン子爵夫妻とソフィアから称賛の声が送られた。
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