そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥

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アレクサンテリ視点

40.セシルの望んだ未来へ

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 わたしの執務は落ち着いてきていたが、時間が簡単に取れるわけではない。
 レイシーと話をするのは、執務に向かう前の朝食の時間か、執務を抜け出してきたお茶の時間か、夕食のときくらいだった。
 朝食は執務に行く前で慌ただしく、夕食は遅く帰ることも多かったので、ゆっくり時間を取れるのはお茶の時間が多かった。
 お茶の時間にレイシーはわたしのために編んでくれたコートを渡してくれた。水色に薄紫で雪模様が編んである。同じ形をいくつも連ねるのが、モチーフ編みというものらしかった。
 試しに来てみると、ずっしりと毛糸の重さを感じるが、その分とても暖かい。

「レイシー、とても温かいよ。これを着て冬は毎日執務に行くよ」
「気に入ってくださったら嬉しいです」
「ぬいぐるみや人形の売れ行きはどうかな?」

 話をディアン子爵家のことに向けると、レイシーが微笑みを浮かべる。

「注文が殺到しているようです。貴族の子どもたちにとっては、ディアン子爵家の人形やぬいぐるみを持つのが流行っているようですし、成人の男女も恋人にお互いの目の色や髪の色に合わせた人形やぬいぐるみを贈り合うのが流行しています」

 その報告は聞いていた。
 そろそろディアン子爵家の陞爵を考えていいころなのかもしれない。
 ディアン子爵家には女性の社会進出を助けたということと、レイシーがわたしに意見をしたことで国の執務が側近や宰相や文官に割り振られて、皇帝の独裁を危惧する声が弱まったことがある。

「それはよかった。ディアン子爵家も困窮から抜け出していると聞いている。それで、レイシーに相談したいのだが」
「はい、なんでしょう?」

 わたしの真剣な様子に、レイシーはカップを置いて背筋を伸ばして聞いてくれた。

「ディアン子爵家を伯爵家に陞爵させようかと思っているのだが」
「陞爵ですか!?」

 驚いてレイシーが目を見張るのに、わたしは丁寧に説明しなければいけないと思っていた。
 これまでの下積みがついに形になるのだ。レイシーには理解してもらわなければいけない。

「ディアン子爵家はこの国の女性の社会進出に関して、大きな貢献をしてくれた。それだけではない。元々数代前の皇帝のときに、商家だったディアン子爵家は傾きかけていた国を助けるために私財を投げ打ってくれた。そのときにはどれだけ説得しても叙爵じょしゃくに応じてくれなくて、どうしてもと言ったら子爵位を受け取ってくれたのだが、本当ならば伯爵位を授けたかったと聞いている」
「そうだったのですね」
「ディアン子爵家が伯爵家になることは、レイシーがわたしに嫁ぐ上でも重大なことだ。子爵家の令嬢よりも、伯爵家の令嬢の方が皇后に相応しいと思われるだろう」

 わたしの言葉に、レイシーは自分のことよりも家族のことを思い浮かべたようだった。

「両親が反対したらどうなさいますか?」
「反対しないと思うよ。レイシーのためにも」

 レイシーがこの国に必要な人物だということは知られている。
 わたしが唯一選んだ妃候補であることも知られている。

 寝室に薄着の令嬢が入ってきたときには、気持ち悪くて吐いてしまって、わたしは不能だと思われていた。わたし自身も女性に欲望を抱くことはないと思っていた。
 それがレイシーには自分から触れたいと思っているし、レイシーのことは誰よりも大事にしたいと思っているのだ。

 レイシーが特別な存在だというのは、皇太后である母も、宰相である叔父も、側近のユリウスとシリルとテオも、しっかりと理解してくれているだろう。
 わたしはレイシーでなければ結婚などしない。

 その後ろ盾となるために、ディアン子爵家には伯爵家に陞爵してもらわねばならなかった。
 子爵家のままであれば、公爵家や侯爵家に取り入られて、利用されることも考えられる。もっと上の地位を授けたかったが、せめて伯爵家ではあってほしい。

「ディアン子爵家を伯爵家にすることによって、女性の社会進出を拒もうとする者たちを黙らせることもできる。ディアン子爵夫妻には受けてもらわなければいけない」

 何より、ディアン子爵家がしてきた功績を讃えられれば、女性の社会進出を阻もうとする者たちを黙らせることができる。皇帝が女性の社会進出を推進しているのだと国内に知らしめることができる。
 ディアン子爵家がやってきたことを皇帝が認めれば、それに追随するものたちもでてくるだろう。

 それはセシルの夢を叶えるために必須のできごとだった。

「両親に手紙を書いてみます」
「わたしも皇帝としてディアン子爵家に手紙を送ろう。できれば新年のパーティーのときに、ディアン子爵家を伯爵家に陞爵させたい」

 レイシーが賛成してくれて、両親に手紙を書くというので、わたしもディアン子爵家に手紙を書くことにした。

「セシルも、喜んでいるでしょうね」
「レイシーはそう思ってくれるか?」
「セシルは両親から独立できず、お針子になる夢が叶いませんでした。この国の女性が働く場所を得て独立する一歩を踏み出せるようになったら、セシルはきっと喜ぶと思います。今後はお針子だけでなく、色んな職種に女性が就けるようになればいいと思います」
「そのためのアイデアもレイシーが考えてくれるか?」
「わたくしでよろしければ」

 セシルの夢を叶えたいという思いはわたしだけのものではなかったようだ。
 レイシーもまた、この国で女性が社会進出することによって、セシルの望んだ世界が構築されていくのを感じている。これこそが、セシルの望んだ未来だったのかもしれない。

 この未来をセシルに見せられないことはものすごくつらいし、悲しかったが、わたしの隣にはレイシーがいてくれる。セシルへの償いになるとは思えなかったが、セシルの夢を叶えることで、セシルの記憶を持つレイシーがセシルが喜んでいると感じているのだったら、わたしも少しは救われそうだった。

「わたしはセシルのように夢を諦める少女がこの国にいなくなるようにしたいのだ。この国で女性が社会進出するようになれば、この国はさらに栄えるだろう。自立した女性たちがこの国を支えてくれる」
「それがセシルの望んだ未来かもしれません」
「レイシーにはセシルの気持ちが分かるのかな?」
「どうでしょう? 夢の中でわたくしはセシルなのですが、目覚めるとレイシーですからね。完全にセシルの気持ちが分かるわけではないです。でも、セシルの目指していたことは分かるような気がします」

 レイシーはセシルではない。
 けれど、セシルの目指していたことが分かる気がすると言ってくれている。
 レイシーと共にセシルの目指す世界を作っていくことが、わたしにできるセシルへの贖罪なのかもしれないと思っていた。

 夜、一人の部屋でわたしはセシルの作ってくれた服を手にしていた。
 血の染みが茶色く変色していて、わたしにはもうとても小さくなったその服だが、色あせた青い蔦模様は何度指で撫でたか分からない。
 七歳まではこの服を手放せなくて、それでも着ることはできなくなっていたので、母が用意してくれたバッグにこの服を入れて持ち歩いていた。
 けれど、セシルがわたしのせいで死んでしまったのだと実感するにつれて、この服に触れることすら許されない気持ちになって、ずっと鍵のかかる箪笥に仕舞っておいたのだ。

 刺繍を撫でると、セシルのことが思い出されて目の奥が熱くなってくる。
 涙がこぼれそうになるのを堪えながら、わたしは記憶の中のセシルに問いかけた。

「セシルは女性の社会進出を喜んでくれているか?」

 レイシーの声が聞こえる。

――セシルも、喜んでいるでしょうね。

 レイシーはセシルの記憶を持っているが、自分のことはセシルではないと言っていた。レイシーとセシルの魂が同じなのではないかとわたしは思っているが、レイシーは夢は夢だと割り切っていた。
 それでも、レイシーはセシルのことを語るようになった。セシルの気持ちを教えてくれるようになった。

「わたしはセシルに償えているのだろうか」

 どんなことをしてもセシルが戻ってくることはない。それでも、わたしはセシルの望んだ未来を作り上げたかった。それくらいしかわたしにできることはなかったのだ。

「セシル……もう一度だけ、会いたい」

 ため息とともに呟くと、涙が一筋零れる。
 レイシーがそばにいることでセシルを過去にできたと思っていたが、セシルへの恋心は過去にできても、セシルが生きていた記憶は忘れることができない。セシルがわたしを庇って殺された事実も。

 わたしは許されてもいいのだろうか。
 その答えはまだ分からない。
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