そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥

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アレクサンテリ視点

49.生誕祭の衣装

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 お茶の時間、レイシーはわたしに出来上がった衣装を試着してほしいと言っていた。
 レイシーの部屋に入って、レイシーは寝室で、わたしはレイシーの作業部屋となっているリビングで、着替えてレイシーに見せた。

「レイシー、着たよ。どうかな?」
「とても素敵です」

 純白のスラックスとシャツ。ベストは淡い紫で、ジャケットには紫を差し色にしたフロックコート。見事な出来上がりにわたしは侍女に鏡を持たせて見ながら、レイシーと並ぶ。
 レイシーは生成りのドレスに、赤を差し色にしていた。

「レイシーは生成りに赤が入っているのだね」
「はい。アレクサンテリ陛下は高貴な純白を身に纏っていらっしゃるので、わたくしは生成りにしようと決めました。これは絹の元の色で、染めていないところがわたくしに合うかと思ったのです」
「とてもよく似合っている。素晴らしいよ、レイシー」

 わたしの衣装は皇帝の色である白にレイシーの目の色である紫を入れて、レイシーの衣装には皇后らしい生成りのドレスにわたしの目の色である赤を入れてある。
 これほどわたしとレイシーに相応しい衣装はないと思えた。

 心の底からレイシーを称賛すると、レイシーが胸を張って答える。

「この衣装でアレクサンテリ陛下の生誕祭に出席できるのがとても光栄です」
「レイシーの作ってくれた衣装で誕生日を祝ってもらえるなんてこの上ない幸せだね」
「その……誕生日お祝いなのですが、わたくしは衣装を作るので手一杯で……」
「こんな最高の誕生日お祝いはないよ。ありがとう、レイシー」

 誕生日お祝いなど考えていなかったが、この衣装が何よりのお祝いになると伝えれば、レイシーは安心した様子だった。
 わたしがレイシーに宝石や装飾品を贈らないのも、レイシーがそれを求めていないからだ。同じようにわたしはレイシーから既製品を受け取ることを求めていなかった。

「わたくしはアレクサンテリ陛下に手作りのものばかり贈っている気がします。アレクサンテリ陛下はなにかほしいものはないのですか?」

 欲しいものはなかったが、レイシーに叶えてほしいことはある。
 わたしがそれを思い付いて微笑むと、レイシーは真剣な表情で聞いてくれる。

「欲しいものはないけれど、お願いしてもいいかな?」
「どんなお願いでしょう?」
「レイシーが叶えてくれたら、わたしがとても幸せな気分になれるお願いだよ」
「それがお祝いになりますか?」
「わたしにとっては何よりのお祝いになる」

 レイシーが乗り気なのにつけ込むように、わたしはしつこく確認する。

「何でしょうか? わたくしにできることならばいたします」
「その言葉は嘘じゃないね?」
「アレクサンテリ陛下に嘘をついたりしません」

 そこまで言ってくれたところで、わたしはレイシーにお願いを口にした。

「わたしのことを『アレク』と呼んでくれないかな?」
「えぇ!? それはさすがに無理です」

 即座に断られてしまったが、わたしはそれで済ますつもりはない。
 レイシーにあれだけ確認したのだ。逃げ場を作るつもりはない。

「できることならばしてくれると言ったじゃないか」
「それはできないことです。アレクサンテリ陛下を愛称でお呼びするだなんて不敬すぎます」
「わたしが許しているんだよ」
「ですが……」
「できれば、『陛下』も外してほしい。ただのアレクサンテリとして、レイシーとは向き合いたいんだ」

 困らせている自覚はあったが、わたしは特別な呼び名でレイシーに呼ばれたかった。
 幼馴染である側近たちも、叔父であるカイエタンも、母ですらもわたしのことは「皇帝陛下」と距離を置いて呼ぶ。それが心の距離であることはわたしにも理解できていた。
 わたしが拒んで引いた線であり、側近たちも叔父も母も、わたしの意志を尊重して受け入れた距離だった。
 それをレイシーとの間には作りたくない。
 「陛下」と呼ばれるのですら、もどかしい。

「アレク陛下、と、なら……二人きりのとき、だけ……」
「せめて、『陛下』が『様』にならないかな?」
「アレク様……?」

 小声で恐る恐るレイシーが呼ぶのに、わたしは片手で目元を覆って天井を仰ぎ見た。幸福で胸がいっぱいになる。

「アレク様、いい響きだ。二人きりのときはそう呼んでほしい」
「二人きりのときだけですよ?」
「それ以外でも、『アレクサンテリ様』にならないものかな?」
「それは、難しいです」

 難色を示しているが、レイシーにはわたしのことを対等に感じてほしかった。
 本当は「様」も外してほしいくらいなのだ。

「結婚して、わたくしが国民に認められる皇后になった暁には、『アレクサンテリ様』と呼ばせていただきます」

 皇后は皇帝の次に身分が高く、皇后の敬称も皇帝と同じ「陛下」である。
 レイシーが皇后となればわたしのことを呼び捨てにしても構わないと思うのだが、レイシーは頑なだった。
 それでも、二人きりのときは「アレク様」、それ以外のときは「アレクサンテリ様」と呼ばれるのであれば、かなりの進歩だろう。

「その日が楽しみだよ。レイシー、愛している」
「わたくしも愛しています、アレク様」

 早速「アレク様」と呼ばれた。
 喜びのあまりレイシーに啄むように口付けると、レイシーが恥じらっている。

「アレクサンテリ陛下、見られてます」
「誰も見ていないよ。見ていないな?」
「見ていません!」

 侍女は空気のようなものだから気にしなくていいのだが、レイシーはどうしてもそんな気持ちにはならないようだ。侍女にわたしが確認しても、レイシーは恥じらっていた。

 レイシーを皇后にするための下準備は順調に進んでいた。
 ユリウス、シリル、テオからも情報が入ってくる。

「北の公爵家には令嬢に他国の王族との縁談を持ち込みました。これで問題なく、皇后を自分の家から出すことを諦めるはずです」
「西の公爵家は、令嬢の駆け落ちを援助しました。令嬢は護衛の騎士を想っていたようですが、皇帝の妃となるために許されず、苦しんでいたようです。背中を押せば、駆け落ちに踏み出しました。これでこの家が皇帝陛下になにか言ってくることはないでしょう」
「他の侯爵家については、それぞれいい縁談を持ち込むことで、令嬢に妃となることを諦めさせました」

 ユリウスとシリルとテオは順調に手を回しているようだ。
 これでレイシーを皇后にすると発表しても問題がなくなる。

「よくやった。ユリウス、シリル、テオ、ありがとう」

 幼馴染で幼いころからの遊び相手で、側近である三人に真正面から礼を言ったのは初めてかもしれない。
 この三人ともわたしはずっと距離を置いていた。

 セシルが死んでからわたしの心も死んだようになっていて、幼馴染であろうとも、同じ年ごろの子どもであろうとも、わたしは受け入れられなくなっていた。
 今になってようやくユリウスとシリルとテオの存在をありがたく思っている。
 わたしだけが執務をしていればいいとユリウスとシリルとテオのことを視界に入れていなかった時期もあったが、レイシーが助言してくれてから、ユリウスとシリルとテオに仕事を振り分けると、彼らがそれをずっと待っていたのだと理解できた。
 彼らはとても優秀で、どんな執務にも応えてくれた。
 わたしがレイシーを皇后にすることにも賛成してくれて、手を回してくれた。

 こんな風に、わたしはずっと一人で生きてきたと思ってきたが、周囲に生かされてきたのかもしれない。

 レイシーと出会って、セシルのいた村に行って罪悪感からセシルへの感謝の気持ちに切り替えるようになって、わたしは周囲にも目を向けられるようになっていた。

 セシルの作ってくれた服を脱がず、食事も食べず、眠らないわたしを心配して、セシルの作った服を洗っている間ずっと見ていても構わないと言ってくれた母。口まで食事を運んで何とかわたしを生かそうとしてくれた母。
 母との間にあった確執も、レイシーの存在によってほどけつつあった。

 皇帝代理としてわたしが成人するまで務めた後、争いが起きないように皇位継承権を放棄した叔父には、逃げたのではないかと非難する気持ちもなかったわけではないが、宰相としてわたしを支え続けてくれる叔父が、わたしを本当に愛していてくれたことも実感している。

 わたしはもう一人ではなかった。
 孤独な皇帝ではなくなった。

 執務のためだけに生きているのではない。
 わたしはこの国とレイシーのために生きている。
 この国をセシルの夢見た国にするために、レイシーと手を取り合って変えていこうと考えている。もちろん、ユリウスやシリルやテオ、叔父のカイエタンの力も借りるつもりである。

 わたしを変えてくれたレイシーこそが皇后に相応しいという気持ちに、間違いはなかった。
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