そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥

文字の大きさ
143 / 151
アレクサンテリ視点

53.初夜とやり直しの初夜

しおりを挟む
 結婚式が終わった後、レイシーはよほど疲れていたのだろう。
 初めて使う夫婦の寝室にわたしが入ると、レイシーはソファに倒れ込んで眠っていた。

「レイシー?」

 声をかけると、何か言っているようだが、寝言にしか聞こえない。
 抱き上げてベッドに連れていくと、レイシーはそのまま眠っていた。
 抱き締めるとわたしも健全な成人男性なので欲望がなかったわけではないが、それよりも安心する。
 セシルと一緒に眠っていた六歳のときのように、何も怖くない気持ちになってくる。

「レイシー、ゆっくりお休み」

 レイシーの額にかかる黒髪を掻き上げて口付けを落とすと、わたしも眠ってしまった。

 翌朝、飛び起きたレイシーをわたしは抱き締めたままで落ち着かせる。
 レイシーは何が起きているか分かっていない様子だった。

「おはよう、レイシー。疲れはとれたかな?」
「おはようございます、アレク様……え!? わたくし、寝てしまった!?」
「よく寝ていたよ。昨日は早朝から深夜まで疲れただろう。ゆっくり休めたかな?」
「申し訳ありません。わたくし、大事な初夜で眠ってしまって」

 大事な初夜で眠ってしまったことをレイシーは恐縮しているが、わたしは逆に嬉しかった。
 ずっと一緒に暮らして、一緒に眠るのだ。緊張して眠れないなどということがあったら、レイシーとベッドを別にしなければいけない。それくらいなら、ぐっすり眠ってくれる方が安心できる。

「疲れていたのだから仕方がないよ。わたしも昨日は眠かった。お互いに疲れを癒せたのだからよかったということにしない?」
「それでいいのですか?」
「焦らなくても、レイシーとわたしはもう結婚したのだから、初夜はいつでもいい。それよりも疲れているレイシーに無理をさせるようなことがなくてよかった。レイシーにはいつでもわたしのそばでは安心してほしいからね」

 わたしのそばでは緊張せずに安心していてほしい。
 わたしの願いを口にすれば、レイシーが安堵した様子になる。
 それでも、レイシーは決意したように口を開く。

「今夜は、このようなことはしないように気を付けます」
「レイシー、焦らなくていいよ。レイシーの疲れが取れて、わたしを受け入れてもいいと思うまでは、一緒に眠るだけでも十分幸せだよ。やっとレイシーがわたしのものになった」

 自分の気持ちを伝えると、レイシーはわたしに抱き締められたまま、もぞもぞと動いてわたしに向き直った。

「夢で見たのですが、ガーネくんがセシルに、セシルの望む布や糸で結婚式のドレスを作らせてくれると言っていたのです。アレク様は、約束を守ってくださったのですね」

 そのときのことはよく覚えている。
 セシルが村の娘に結婚衣装を作ってほしいと言われて作っていたときのことだった。
 予算や材料などセシルは制限のある中で結婚衣装を作っていた。
 だから、わたしはセシルに言ったのだ。

「ぼく、すごくえらくなって、おねえちゃんがほしい布や糸を好きなだけ買えるようにする。おねえちゃんが自分が作りたいドレスを作れるようにする。約束するから、ぼくとけっこんして!」

 あのときの約束が守られているとレイシーが感じてくれているのならば、それほど嬉しいことはない。

「セシルには約束を守れなかった分、レイシーには欲しいものを全て与えたいと思っていた。それが叶えたかったのは、わたしの我が儘でもある」
「わたくしは嬉しかったです。自分の結婚衣装を作ることも、結婚相手の結婚衣装を作ることもわたくしの夢だったのですが、レナン殿との結婚では叶いそうにありませんでした」
「最愛の妻の口から、他の男の名前が出るのは面白くないな」
「すみません。でも、アレク様はわたくしの望みを叶えてくれた。これからも、わたくしが縫物をすることを許してくださる。そのことが嬉しいのです」

 元婚約者の名前をレイシーの口から聞くのは面白くないが、これ以上責める気はない。

「許しなど、いらないのだ」
「え?」
「わたしが許すも許さないもない。レイシーには心のままに生きてほしい。それがレイシーの幸せだと思っている。わたしに許しを得る必要などない。レイシーはレイシーとしてそのまま生きていってほしい」

 この気持ちはレイシーが皇后になっても変わらなかった。
 レイシーには自分の望むことを叶えてほしい。
 それを伝えると、レイシーが「アレク様のそういうところが大好きです」と言ってくれたので、わたしはレイシーを強く抱き締めた。

 新婚旅行ではディアン伯爵家に行こうと決めていたから、それまでの期間、わたしは執務を休ませてもらっていた。
 皇帝になって十一年、休んだことなどほぼないので、たまにはいいだろう。
 その日はレイシーと乗馬をした。
 わたしの馬はアストルという名前の葦毛で、レイシーの馬は鹿毛で鼻のところに白い模様があるステラという馬だった。
 皇宮内でも十分に広いので、馬を走らせても問題はなかった。

「そういえばレイシーのためにプールを作らせたよ」
「本当に作ったのですか!?」
「時間があるときに泳ぐ練習をするといい」

 馬に乗りながらの会話も楽しかった。

 夕食は結婚式の披露宴と全く同じ料理を用意させていた。

「夕食は楽しみにしているといいよ」
「何か特別な料理が出てくるのですか?」
「昨日、レイシーは結婚式で出てきた料理を全く食べられなかっただろう? 厨房に声をかけて、同じものを作らせるように言っている」

 料理を食べられずにお皿が下げられてしまうのを、悲しそうに見つめるレイシーの姿は何度も見ている。それを今回は挽回したかったのだ。

「食い意地が張っているようで恥ずかしいのですが、とても美味しそうだったので」
「わたしも全然食べられなかったからね。今日を結婚式のパーティーだと思って二人で楽しもう」

 夕食も楽しく食べて、レイシーとわたしは一度自分の部屋に戻ってシャワーを浴びて、身支度を整えた。
 夫婦の寝室ではレイシーが待っていてくれる。

 レイシーは嫌ではないだろうか。

 妊娠の可能性も考えてはいたが、それでもわたしにレイシーを抱かない選択肢はなかった。
 ずっと欲望を抑えて来たし、レイシーの許しがあればレイシーに触れたい。
 それでレイシーが妊娠してしまったら、妊娠や出産は命懸けというから怖い気持ちもあったが、初めてレイシーに触れられるという喜びには勝てなかった。

「レイシー、愛しているよ」
「わたくしも愛しています」

 レイシーの頬に手を添えて口付ける。
 触れるだけの口付けがだんだん深くなって、レイシーがわたしの腕に身を預けるのを感じる。

「レイシー、触れてもいいかな?」
「アレク様、触れてください」
「レイシーを、抱きたい」

 その声はかすれるほどに切実で自分でも驚いてしまうくらいだった。
 それをレイシーは柔らかく受け止める。
 はっきりと口にするのは恥ずかしかったのだろうが、頷きで同意を示してくれたレイシーに、わたしはレイシーの体を抱き上げてベッドに運んだ。

 翌朝、レイシーはベッドから起きられなかった。
 こういう行為は初めてだと女性に負担が大きいと聞いていたが、その通りだったようだ。

「レイシー、おはよう。起きられそうかな」
「は、はい、多分」
「無理はしなくていいよ。今日はここで朝食をとろう」

 ベッドで朝食をとることにして、わたしは寝室の外まで侍女に朝食を持って来させた。
 寝室の中には入れる気はない。
 お盆を持ってレイシーのところに戻ると、レイシーの体を起こして、レイシーが食べるのを見守る。

「レイシー、体はつらくない?」
「はい」
「レイシー、愛しているよ」
「わたくしも、愛しています」

 レイシーの朝食は柔らかなパンとスープとヨーグルトだったが、わたしの朝食はいつもと同じものだった。
 自分が食べるのも気がそぞろでレイシーのことばかり見ていたが、朝食を渡してきたときに叔父から執務に関するメモが届いていたので、今日はどうしても執務に行かなければいけない。
 後ろ髪引かれながらレイシーに声をかける。

「レイシーは休んでいていいからね。わたしもできるだけ早く戻るよ。お茶の時間は一緒にしよう」

 皇帝しか判断できない執務があるということがこんなにも煩わしいだなんて思わなかった。
 皇帝としての執務をするためだけに生きていたころには、もっと執務があって眠る暇も、食べる暇もないくらいだったらいいのにと思っていたのに、今は執務は少ない方がいいと思ってしまう。
 それもレイシーとの生活で変わったことだった、

 それでも、わたしはセシルとの約束を守るため、レイシーと共に国を栄えさせるために執務をこなさなければいけない。

 執務室に向かったわたしは、叔父がわたしのために最小限にしていてくれた執務に手を付けた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

元貧乏貴族の大公夫人、大富豪の旦那様に溺愛されながら人生を謳歌する!

楠ノ木雫
恋愛
 貧乏な実家を救うための結婚だった……はずなのに!?  貧乏貴族に生まれたテトラは実は転生者。毎日身を粉にして領民達と一緒に働いてきた。だけど、この家には借金があり、借金取りである商会の商会長から結婚の話を出されてしまっている。彼らはこの貴族の爵位が欲しいらしいけれど、結婚なんてしたくない。  けれどとある日、奴らのせいで仕事を潰された。これでは生活が出来ない。絶体絶命だったその時、とあるお偉いさんが手紙を持ってきた。その中に書いてあったのは……この国の大公様との結婚話ですって!?  ※他サイトにも投稿しています。

前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。 前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。 外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。 もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。 そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは… どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。 カクヨムでも同時連載してます。 よろしくお願いします。

悪役令嬢なので最初から愛されないことはわかっていましたが、これはさすがに想定外でした。

ふまさ
恋愛
 ──こうなることがわかっていれば、はじめから好きになんてならなかったのに。  彩香だったときの思いが、ふと蘇り、フェリシアはくすりと笑ってしまった。  ありがとう、前世の記憶。おかげでわたしは、クライブ殿下を好きにならずにすんだわ。  だからあるのは、呆れと、怒りだけだった。 ※『乙女ゲームのヒロインの顔が、わたしから好きな人を奪い続けた幼なじみとそっくりでした』の、ifストーリーです。重なる文章があるため、前作は非公開とさせていただきました。読んでくれたみなさま、ありがとうございました。

枯れ専モブ令嬢のはずが…どうしてこうなった!

宵森みなと
恋愛
気づけば異世界。しかもモブ美少女な伯爵令嬢に転生していたわたくし。 静かに余生——いえ、学園生活を送る予定でしたのに、魔法暴発事件で隠していた全属性持ちがバレてしまい、なぜか王子に目をつけられ、魔法師団から訓練指導、さらには騎士団長にも出会ってしまうという急展開。 ……団長様方、どうしてそんなに推せるお顔をしていらっしゃるのですか? 枯れ専なわたくしの理性がもちません——と思いつつ、学園生活を謳歌しつつ魔法の訓練や騎士団での治療の手助けと 忙しい日々。残念ながらお子様には興味がありませんとヒロイン(自称)の取り巻きへの塩対応に、怒らせると意外に強烈パンチの言葉を話すモブ令嬢(自称) これは、恋と使命のはざまで悩む“ちんまり美少女令嬢”が、騎士団と王都を巻き込みながら心を育てていく、 ――枯れ専ヒロインのほんわか異世界成長ラブファンタジーです。

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

婚約破棄された悪役令嬢、手切れ金でもらった不毛の領地を【神の恵み(現代農業知識)】で満たしたら、塩対応だった氷の騎士様が離してくれません

夏見ナイ
恋愛
公爵令嬢アリシアは、王太子から婚約破棄された瞬間、歓喜に打ち震えた。これで退屈な悪役令嬢の役目から解放される! 前世が日本の農学徒だった彼女は、慰謝料として誰もが嫌がる不毛の辺境領地を要求し、念願の農業スローライフをスタートさせる。 土壌改良、品種改良、魔法と知識を融合させた革新的な農法で、荒れ地は次々と黄金の穀倉地帯へ。 当初アリシアを厄介者扱いしていた「氷の騎士」カイ辺境伯も、彼女の作る絶品料理に胃袋を掴まれ、不器用ながらも彼女に惹かれていく。 一方、彼女を追放した王都は深刻な食糧危機に陥り……。 これは、捨てられた令嬢が農業チートで幸せを掴む、甘くて美味しい逆転ざまぁ&領地経営ラブストーリー!

王子様とずっと一緒にいる方法

秋月真鳥
恋愛
五歳のわたくし、フィーネは姉と共に王宮へ。 そこで出会ったのは、襲われていた六歳の王太子殿下。 「フィーネ・エルネスト、助太刀します! お覚悟ー!」 身長を超える大剣で暗殺者を一掃したら、王子様の学友になっちゃった! 「フィーネ嬢、わたしと過ごしませんか?」 「王子様と一緒にいられるの!?」 毎日お茶して、一緒にお勉強して。 姉の恋の応援もして。 王子様は優しくて賢くて、まるで絵本の王子様みたい。 でも、王子様はいつか誰かと結婚してしまう。 そうしたら、わたくしは王子様のそばにいられなくなっちゃうの……? 「ずっとわたしと一緒にいる方法があると言ったら、フィーネ嬢はどうしますか?」 え? ずっと一緒にいられる方法があるの!? ――これは、五歳で出会った二人が、時間をかけて育む初恋の物語。 彼女はまだ「恋」を知らない。けれど、彼はもう決めている――。 ※貧乏子爵家の天真爛漫少女×策略王子の、ほのぼのラブコメです。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

処理中です...