そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥

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アレクサンテリ視点

54.工場視察とアルバム

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 新婚旅行にはディアン伯爵家の領地に行った。
 ディアン伯爵家の領地には、レイシーが里帰りするのと同時に、工場の視察も兼ねていた。
 初日はディアン伯爵家の家族と和やかに過ごし、二日目にディアン伯爵とソフィアに工場を案内してもらった。
 工場の外観は大きな二階建ての建物で、近くに女性用の寮と男性用の寮があった。働いているお針子は女性の方が多くて、女性用の寮が広く作られているというのも聞いていた。

 工場の中に入ると、真夏の熱気とひとが大勢いる熱気で暑かったし、布や綿から出る微細な破片が宙に舞っていた。
 工場の一階では人形やぬいぐるみが作られていた。ほとんどのお針子が手縫いだったが、奥の方にミシンのおいてある場所もあった。

「ディアン家が伯爵家になってから少しずつミシンを導入しています。そのうち、全員がミシンを使えるようになると思います」

 ディアン伯爵が説明してくれる。
 お針子たちはわたしたちの登場にざわめいていたが、ディアン伯爵は「本日は皇帝陛下と皇后陛下がこちらに視察に来てくださっている。普段通りに働いて、その仕事をしっかりと見せるように」と告げて、お針子たちを仕事に戻す。
 お針子たちの仕事は分業になっているようだった。

 型紙通りに布を裁っていくお針子、縫っていくお針子、縫ったものに綿を詰めて形を形成するお針子、綿を詰めたものをパーツごとに縫い合わせるお針子、顔や髪を形成していくお針子。
 分業なのでそれぞれ専門性が上がって、上達して仕事が早くなっているとディアン伯爵は説明した。

 二階は人形やぬいぐるみの衣装を作る工場になっていた。
 こちらも分業されていて、今は大量に注文が入っている皇帝と皇后の結婚衣装を作っているとソフィアが説明してくれた。

「規格を統一するように指示をしたのはわたくしですが、分業までは考えていませんでした」
「少しでも効率を上げようとした結果です」

 感心しているレイシーに、ソフィアが誇らしげに述べていた。

 お針子たちの量も見せてもらった。
 ベッドと机と椅子があるだけの簡素な作りで、キッチンはない。食事は食堂で作れらたものを食べているようだ。

「お風呂は共用で、広い大浴場と一人で入れるシャワールームがあります。どちらを使ってもいいことになっています」

 女性寮だったので、風呂までは見せてもらえなかったが、最低限働いて生活できる場所は確保されているようだ。
 部屋を見て、わたしはセシルの部屋よりは広いという感想しかなかったが、レイシーには別の感想があったようだ。

「学園の寮に似ていますね」
「そうなのです。寮を作るときに、参考になるものがなかったので、学園の寮を参考にしました」

 この寮は学園の寮に似ているようだ。
 わたしは学園に通ったことがないので分からなかったが、学園の寮とはこのようなものなのか。
 学生が暮らせているのだから、女性たちも暮らせるのだろう。
 続いて、ディアン伯爵家が陞爵したときに与えられた土地に視察に行った。
 そこには果樹園があった。

「この果樹園をディアン伯爵家が管理して、寮を作り、労働者を雇い入れて働かせる計画が進んでいます」
「この果樹園の元の持ち主はどうなったのだ?」
「この領地の領主が元の持ち主だったようですが、後継者がおらずお家が取り潰しになったところを皇帝陛下からディアン伯爵家がこの領地と共に果樹園の権利もいただきました」
「ここの元の領主が持ち主だったのか」

 果樹園があるということは知っていたが、持ち主が誰かは知らなかった。領地を与えるときに、そこまでは調べていなかった。

「今の時期は近くから労働者を雇っていますが、寮が完成すれば、専門の労働者がこの果樹園を世話することになります」
「お針子は女性の労働者が多かったですが、果樹園は男性の労働者も多く来ると思われますので、男性用の寮も広くしようと考えています」

 お針子と果樹園の仕事は全く違う。
 募集に応じる性別も変わってくるだろう。
 男性も女性も雇用が増えるということは、この国にとっても利益となる。

「工場で働く労働者の年齢はどれくらいですか?」
「学校を卒業する十二歳から受け入れています。上限は設けていませんが、十代から二十代の労働者が多いですね」
「果樹園でもそうする予定ですか?」
「はい、その予定です」

 レイシーの問いかけにソフィアが答えていた。
 学校を卒業する年から受け入れてくれるというのならば、セシルのような少女が一人で働きに来ても安心だろう。
 セシルの望んだ未来がすぐそこに来ているのを感じて、わたしは感動していた。

 視察が終わってディアン伯爵家に戻ると、お茶の時間になっていた。
 お茶を飲みながらディアン伯爵夫妻とソフィアと話す。

「小さなころのレイシーはどんな子だったのかな? 縫物が好きだった?」
「皇后陛下が……」
「ここは私的な場だから、レイシーで構わないよ。レイシーもそうして欲しいよね?」
「ありがとうございます、アレクサンテリ陛下」

 皇后になったからといって、家族から「皇后陛下」と呼ばれるのはレイシーも寂しいだろう。そう思って伝えると、ディアン伯爵夫妻が話してくれた。

「レイシーは小さなころから落ち着いていて、あまり泣かない子でした。我が儘も言わなかったし、大人しくて大人びた子どもだと思っていました」
「五歳くらいのころでしょうか。わたくしの使っていた裁縫セットから針と糸を出して、破れた人形の服を縫っていたのが最初かと思います。それから裁縫に興味を持って、わたくしが教えていないことまで次々としてしまうから、この子はどこでそれを習ったのだろうと不思議に思っていました」

 レイシーにセシルの記憶があると知らないディアン伯爵夫妻からしてみれば、レイシーは不思議な子どもだっただろう。ディアン伯爵夫妻は、それを受け入れていたようだ。

「わたしがレイシーを見初めたのは、実は、レイシーの刺繍したものを手に入れてからなのだ」
「そうだったのですか」
「レイシーの刺繍がそんなにお気に召したのですか」
「わたしは幼いころに父を亡くしたクーデターのときに一人逃がされて、国境の村で保護されたのだ。そのときにわたしによくしてくれて、わたしを庇って亡くなった少女が、レイシーとよく似た刺繍をしていたのだ」
「あの青い蔦模様ですか? あの刺繍はわたしたちもどこからレイシーが知ったのか分かりません」
「きっとレイシーは勉強熱心だったから、図書館かどこかで見たのでしょう」

 もうセシルのことを話すのに罪悪感を覚えたりしない。
 セシルのことは過去としてわたしは乗り越えることができた。
 レイシーの中のセシルの記憶は両親にも話せなかったのだろう。図書館で学習したことになっている。
 わたしもそれに話を合わせることにした。

「レイシーの刺繍したハンカチを手に取ったとき、運命的なものを感じて、わたしはそのハンカチを刺繍した人物を探させた。そうしたら、ディアン家のレイシーだということが分かったのだ」
「それでは、お二人の仲は刺繍が繋いだのですね」
「そうなるな。レイシーのことは知っていたが、顔を会わせる機会がなかった。デビュタントのときに、レイシーを初めて見て、声を聞いて、わたしは運命だと確信した。しかし、そのときにはレイシーは婚約していたのだ」

 ディアン伯爵夫妻にこの話をするのは初めてかもしれない。
 わたしがレイシーをずっと想っていたことは知っていてほしかった。

「レイシーに皇帝陛下から求婚の手紙が届いたときには驚きましたが、そんなに以前からレイシーのことを想ってくださっていたのですね」
「最初はお互いに想い合えるか分からなかった。けれど、レイシーを時間をかけて心を解いていくつもりはあった」
「そうだったのですか。わたしも妻と夜会で出会ったとき運命を感じて、すぐに求婚しました。皇帝陛下も運命を感じられていたのですね」

 ディアン伯爵がうっとりして聞いていてくれるのを感じながら話していると、ディアン伯爵夫人がわたしにアルバムを差し出してくれた。
 最初のページをめくると、若いころのディアン伯爵夫妻が赤ん坊と共に写真に写っているものが見えた。

「レイシーの写真か?」
「そうです。生まれてから三か月くらいのころでしょうか。家族での写真が欲しくて撮ったものです」
「とても小さいな。かわいい」
「レイシーは大人しくて泣かなかったので、いい写真が撮れました」

 レイシーの写真だと思うと愛おしさが溢れてくる。
 小さくてかわいいレイシーは、両親に愛されて育ったのだ。ページをめくると、少し大きくなったレイシーと、赤ん坊のソフィアの写った写真も見えた。

「これはソフィアが生まれたときの写真です」
「レイシーは何歳なのだ?」
「二歳ですね。ソフィアが生まれて顔を見た瞬間、レイシーは『かーいい。れー、ねぇね!』ともう姉の顔をしていました」

 なんとかわいいのだろうと思っていると、レイシーが学園に入学したときの写真もあって、わたしはどうしようもないくらい愛おしさで胸がいっぱいになる。

「十二歳のころのレイシーはこんなに小さかったのか」
「同級生の中では背は高い方でしたよ」
「このころに出会っていなくてよかった。わたしは犯罪者になってしまうところだった」
「犯罪者だなんて」

 レイシーが十二歳のときに、わたしは二十二歳だ。
 こんなに年の離れた相手に求婚されていたらレイシーは驚くどころではなかっただろう。
 レイシーとそのころに顔を会わせていなくてよかったと心から思う。
 顔を会わせてしまったら、わたしはレイシーを手放せなくなっていただろう。

「レイシーが十五歳のときでも、幼いと思っていたのに」
「わたくしは正直、デビュタントのときのことはほとんど覚えていません。アレクサンテリ陛下にご挨拶をするのに精いっぱいで、アレクサンテリ陛下のお顔も見えていなかったと思います」

 レイシーが十五歳のときは、十六歳だったセシルを思い出させたが、それでも年の差がありすぎた。
 年の差は縮まらないが、レイシーが大人になってくれることで、わたしはレイシーと結婚することができた。

「アレクサンテリ陛下、わたくしたち、幸せになりましょうね」

 微笑みかけるレイシーにわたしも微笑んで答える。

「レイシーのことはわたしが必ず幸せにするよ」
「アレクサンテリ陛下も幸せでないと意味がないのです」
「わたしのことはレイシーが幸せにしてくれる?」

 その問いかけに、「はい」と応えてくれたレイシーが愛しくて、わたしはディアン伯爵家の家族の前だというのに抱き締めそうになってしまった。
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