いつか誰かの

秋月真鳥

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いつか誰かの 2

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 サムエル・カウットはαの両親から生まれた。小さい頃から気が強くなくて、「Yea」も「No」もはっきりと言えず、ぼんやりとしていたから両親はサムエルがαである可能性など考えたこともなかったようだった。
 私立のいい学校に行かせても苛められるだけだと、ジュニアスクールから公立だったサムエルは、ハイスクールに入る前にすでにジャン・ルシュールを知っていた。鮮やかな赤毛に宝石のような緑の目、派手なことはしないが、自分で違うと思ったら教師にだってはっきりと物を言う強い意志。女みたいだと嗤う連中を冷ややかに無視して、裁縫や編み物や料理を細やかに仕上げる繊細な白い手。
 ジュニアスクールから一緒だったなんて、多分、ジャンは知らないだろう。クラスが同じになったことも、選択科目が同じになったこともなかった。
 言葉を交わしたのは、一度だけ。
 ハイスクールのときに受けた検査で、サムエルがその学年で唯一の男性のαと分かった後、一様に態度を変えた周囲に戸惑う中で、一人の同級生から丁寧に編まれたマフラーをもらった。それを自分で作ったと言っていたその同級生は、すぐに他の子からジャンが作ったものだと指摘されて泣いてしまった。
「誰が作ったっていいだろうが!そういうのは、贈りたいって気持ちが大事だろう!」
 心底あほらしいといった風情で怒鳴ったジャンの鋭い緑の目が忘れられない。
「君は勇気があって、優しいんだね」
 まだジャンへの気持ちは自覚していなかったが、口をついて出たサムエルの言葉に、ジャンは顔を歪めて肩を竦めた。言葉一つサムエルにはくれなかった。女性としかジャンが付き合わないと噂で聞いたのはその直後。
 その後で、声をかけてきたΩの子は、赤茶色の髪がジャンを思い起こさせた。

 ジャンはβの男性である。
 αのサムエルと番いになることもなければ、サムエルの子どもを産んでくれることもない。
 ジャンを抱きたいと思う気持ちと、彼の視界に自分が僅かたりとも入っていないと実感する痛みに、サムエルはずっと彼を忘れられなかった。

 ハイスクールの同窓会の知らせが届いたときには、多少期待はした。久方ぶりに目にしたジャンはVネックのシャツに細身のパンツというラフな格好で、金髪に朱色の目が特徴的なアルミロ・カペーチェと親しげに話をしていた。
 思い切って声をかけると、手ひどく振られた挙句に、さっさと逃げられた。
「彼、相変わらずなの?」
 アルミロに問いかけると、朱色の目を細めてくすくすと笑う。
「付き合ってるときは優しいけどね。付き合ってなくても優しいか。でも、αとΩとは付き合わない主義なんだって」
 男性のアルミロとジャンが付き合っていたという事実は、少なからずサムエルを動揺させた。嫉妬のような感情と共に、男性でもジャンは付き合うのかという期待も込み上げる。
「アーロは、ジャンと長かったの?」
「さぁ。詳しく聞きたいなら、場所を移さない?」
 アルミロがジャンを抱いたのか、ジャンがアルミロを抱いたのか。どちらにせよ、アルミロはジャンに深く触れて触れられた。そう思うだけで、サムエルは胸の底がちりちりと焼け付くような気持ちになる。
「僕は……ごめんね」
 謝ると、アルミロは学生時代のように明るく笑って流してくれた。
「サムは、ジャンと寝ない方がいいよ。すっごく優しいから、多分、溺れる」
 俺も忘れられないと、悲しげに目を細めたアルミロに、サムエルは目を伏せる。αのサムエルには、いずれ後継者を作る義務がある。だから、βで男性のジャンとは長くは付き合えない。
「僕は」
 アルミロが羨ましいなど、口が裂けても言えることではなかった。


 アルミロからジャンの仕事を聞いて、店に向かえば、フォーマルな姿のジャンが見られてサムエルは少し驚いた。同窓会にもラフな格好で行くようなジャンである。軽いイメージがあったが、仕事ぶりは非常に真面目だった。
 胸に腕を回されて胸回りを測られたり、腰に腕を回されてウエストを測られたり、股下の長さを測られたりするのは、ジャンは純粋に業務としてこなしているのだろうが、サムエルの方は自分の心臓と体が妙な反応をしているのがばれないか、終始落ち着かなかった。
 普段のような砕けた喋り方ではなく、穏やかに丁寧に喋るジャンも、落ち着いていて素敵だと思うのだが、食事の誘いをかけても、軽く流されてしまう。スーツのデザインの写真集のようなものを見せられて、ほとんどジャンの言う通りに注文してしまってから、打ち合わせが済んだら、後は引き取りに来るときしか顔を会わせられないと、サムエルは慌てた。だからといって、仕立て直しでジャンを困らせるのは本意ではない。
「次は……夜会用のを、頼もうかな」
「お待ちしております」
 真意の読めない営業スマイルを向けられて、サムエルはため息を付いた。

 週末にアルミロからメールが入って、サムエルは会社の駐車場で車に乗り込んでそれを確認する。
『今夜、飲み会するけど、来ない?』
 端的な誘いは、αと知り合いになりたい相手を紹介する場だったりすることが多いので、断ろうとメールを打っていると、もう一通追加で届いた。
『ジャンも来るよ』
 さすが、ハイスクール時代からの友人、アルミロである。どうすればサムエルが動くかをよく分かっている。自分の誘いはあんなにきっぱりと断ったのに、アルミロからの誘いならば受けるのかと複雑な気分になりはしたものの、アルミロとジャンが付き合っていたこと、サムエルとジャンにほとんど接点がなかったことなどを考えれば仕方のないことだと割り切って、サムエルは了承のメールを打った。すると、すぐに場所が指定される。
 車を運転して指定されたバーに行くと、カウンターの一番奥にジャン、その隣りにアルミロ、そして一番手前に焦げ茶色の髪のやや小柄でサムエルたちよりも少し若い雰囲気の男性が腰かけていた。
「アーロ、言ってた通り、すごくかっこいいね。紹介してよ」
 薄茶色の目でアルミロを見た男性に、アルミロが苦笑する。
「ハロは本当に面食いだな。サム、ハーロルト・メランヒトン。俺の会社の後輩」
「ハーロルトです、ハロって呼んでくれると嬉しいな」
 握手を求められて、サムエルは一応その手を軽く握った。
「サムエル・カウットだよ、よろしく」
「俺ね、Ωなんですよ。次の発情期に、お誘いしてもいいですか?」
 薄茶色の目をきらきらさせて言うハーロルトに、サムエルは頭痛を覚える。アルミロに手招きして話を聞こうとするも、隣りのジャンがアルミロを目で誘ったので、アルミロはそっちの方に行ってしまう。
「僕は……その、あんまり、そういうことはしないから」
 断るとハーロルトは首を傾げた。
「俺、すごくいいって言われますよ?」
「うん……ごめんね」
 謝って断ると、アルミロがくしゃくしゃとハーロルトの髪を撫でる。
「そんなに簡単にいかないんだって」
「俺、そんなに魅力ないかなー」
 拗ねたような口調のハーロルトに、ジャンが低い声で笑った。
「誘い方が露骨すぎ。しかも、初対面でがっつきすぎなんだよ」
「ひどい、ジャン!」
 むっとした表情のハーロルトに、ジャンはからかうように声を上げて笑い続ける。
「ジャンも、いきなり『Ω?じゃあ、俺はパス』って言うし!」
 どうやら、ハーロルトはジャンにも振られたらしい。同類かと思うと、サムエルの表情も僅かに緩んだ。
「カウットさんは、なにしてる人なんですか?」
「サムでいいよ。僕は……Ωが発情期を抑えるみたいに、αがΩの発情期のフェロモンに無理に誘われないような、抑制剤を作る研究の事業を起こしてる」
「え!?そんなのあったら、Ωの存在価値って!?」
 ぎょっとするハーロルトに、ジャンが舌を出す。
「『俺、発情期なんです』以外の口説き文句を探せってことだろ」
「俺が、誰彼構わず誘ってるような言い方しないでよね」
 ジャンを睨んでから、ハーロルトはサムエルに向き直った。
「確かに、本能に振り回されたくないって人は、いますよね。需要あるのかも」
「本当は、僕がほしいだけなんだけどね」
 小さく呟いてから、横目でジャンを見たサムエルだが、ジャンはもうアルミロと話して視線は合わなかった。
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