潔癖王子の唯一無二

秋月真鳥

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潔癖王子編

2.美少女(男)の勘違い

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 ヨウシアは隣国の貴族の息子だった。
 ササラ王国の王族の末端に属する愛らしいオメガの母に、隣国の貴族の父は一目惚れをして結婚した。しかし、母はヨウシアを産んで死んでしまった。
 新しい後添いの妻をもらって、子どもも生まれた父が、ヨウシアに言ったのは、酷い台詞だった。

「お前をみているとつらい。私の愛した妻を思い出すようで」

 後添いの母とは折り合いが悪く、父はヨウシアが年々母に似て来るのをつらく思い、顔を合わせるのを避けるようになってしまった。行き場のなくなったヨウシアに助け舟を出したのが、ササラ王国の祖父母だった。

「この子はササラ王国の王族と、隣国の大貴族の血を引いている。いずれは二つの国を繋ぐ親善大使になれるだろう」

 こうしてササラ王国の要人を受け入れる離れにヨウシアが連れて来られたのは、13歳のとき。髪の色と目の色は父にそっくりだが、顔立ちや小柄なところは母にそっくりだったので、ヨウシアは自分のことはオメガだと思い込んでいた。オメガならば、アルファの多い貴族社会で、誰かに見初められて結婚できるかもしれない。
 まだ年齢的にも幼く、結婚できる年ではないヨウシアは、政治的には人質としての意味しかなく、離れに閉じ込められていたが、将来大使になるかもしれないということで、家庭教師が付いて勉強は教えてもらっていた。恐らくヨウシアはオメガなので、警戒せずにオメガの家庭教師がついていたのだが、その発情期ヒートのフェロモンを嗅いだときに、ヨウシアの夢は破れた。
 本来ならばアルファはオメガのフェロモンに誘われるのだが、幼すぎてまだ男性として成熟していなかったせいもあるのか、ヨウシアはフェロモンの匂いに酔って、倒れてしまった。
 自分がアルファだということと、フェロモンを受け入れられないほど弱いということの二つを突き付けられたヨウシアは、愕然とした。
 バース性をはっきりと検査する方法がないので、思春期になってオメガの発情期のフェロモンに反応すればアルファ、発情期が来ればオメガ、フェロモンにも反応しないし発情期も来なければベータという大雑把な括りしかこの国ではされていない。
 予想外に自分のバース性を知ってしまったヨウシアだが、倒れたのは貧血ということにして、フェロモンに反応したことは隠していた。自分がオメガであるという夢を、まだ手放したくない。
 アルファは貴族にあふれているが、オメガは数が少ない。
 誰かに選ばれれば幸せになれるかもしれない。
 母も父に選ばれて、結婚して自分を産んで死ぬまでは幸せだったはずなのだ。
 父に見放され、母は亡くし、13歳で一人異国にやられたヨウシアは、ただ寂しさを抱えていた。


 新緑の頃に、この国の王子の誕生会があるということで、異国からも要人が訪れていた。俄かに賑やかになる離れの館だが、ヨウシアは一人、部屋に閉じこもっていた。
 着飾る服も持っていない。年もようやく15歳になったところで、結婚できる年齢には到達しないし、王子は美しく立派な体躯を持ったアルファだと噂されている。伴侶を持たねば即位できない王子の代わりに、亡くなった国王の後、即位した女王が、必死になって王子の伴侶を探しているのは、国政に疎いヨウシアでも知っていた。
 オメガならば、もしかするとチャンスはあったかもしれない。
 誰にも内緒にしていて、フェロモンに当てられて倒れるたびに貧血だと言い訳して、病弱だと思われているヨウシア。自分がアルファである限りは、王子の相手にはなれないのだと、はっきりと分かっていた。せめて女性ならば、産む性であったのに、ヨウシアは美少女のような姿でありながらも、間違いなく男性である。子どもを産むことはできない。
 窓を開けて、近くに椅子を寄せてぼんやりと外を見ていた。ガーデンパーティーの開かれている庭は遠いが、着飾った男女が誇らしげに歩いていくのは見える。

「発情期が来ないかしら」
「王子を誘惑するつもりか?」
「フェロモンに当てられたら王子でも恋と勘違いするかもしれない」

 笑いながら歩いていくひとたちの声が聞こえた。あれはヨウシアと同じ国のひとたちだろうか。ヨウシアほどはっきりとした色合いではないが、ブルネットの髪がこの国の色素の薄いひとたちの中では目立つ。

「雨の匂いがする……」

 せっかくのお誕生日のガーデンパーティーで、快晴に思えたが、ヨウシアの鼻は雨が降る前の地面の匂いを嗅ぎつけていた。華やかなガーデンパーティーは雨でお開きになってしまうのだろうか。それとも、場所を王宮の広間に移して続行されるのだろうか。
 庭で開かれているなら、少し遠いが音楽の賑やかさくらいは味わえるのに、それすらもヨウシアから取り上げられてしまう。
 寂しさが胸を過ったヨウシアの目の前の庭の木に、ぽつぽつと雫が落ち始めていた。雨に気付いた貴族たちはパーティーの続行を信じて、王宮に行ったのだろう。その貴族の世話をするために、使用人たちも出払っている。
 雨が降り込むから窓を閉めようとしたところで、ヨウシアは庭から走って来る男性に気付いた。見上げるほどの長身に、長いアッシュブロンドの髪、はっきりとした目鼻立ちの鍛え上げられた体付きの男性。
 どこかの貴族でアルファに違いない。
 窓を閉めて廊下に出ると、その人物が入り口近くに立っていて、ヨウシアは驚いた。
 武芸を嗜むのだろう、硬い手を引いて、部屋に入れたのは、ただ寂しくて、少しでも誰かと話したかったからかもしれない。シャワーを進めてしまってから、ヨウシアは大胆なことをし過ぎたかと赤くなった。
 汚れた服を気にしていたようだったから、脱衣所から持ち出して、スラックスに付いた泥のシミをとってタオルで全体の水気を払って窓際に干しながら、ヨウシアは美しい彼が、自分の性別を誤解しているのではないかと気づき始めていた。
 女性だと思われている。そして、多分、オメガだと思われている。
 アルファの典型ともいうべき彼のように立派な体格も、凛々しく美しい顔立ちも、高い背丈も、ヨウシアにはない。体は痩せて骨格が華奢で細く、脚など棒のように細い。
 成長途中の少女と思われても仕方がないのは、髪を伸ばしているせいかも知れなかった。
 話をしたいが、なにを話せばいいのか分からない。
 ソファに縮こまってしまったヨウシアの髪に触れて、彼は鮮やかな緑色の目でヨウシアの顔を覗き込んだ。同じシャンプーとボディソープを使っているはずなのに、甘い香りが漂って来る気がする。ヨウシアには大きすぎて使っていないが、彼には小さいバスローブの合わせ目から見える、白くよく鍛えられた胸元に、ヨウシアは目が眩みそうだった。

「見事な黒だな」
「おかしい、ですか?」
「いや、美しい」

 美しいと言われて、脳髄がじんと痺れるような快感が走った。もっとこのひとの落ち着いた低い声を聞いていたい。もっとこのひとの側にいたい。
 気持ちがあふれ出てしまったのだろうか、ヨウシアの顎に手を添えて、そのひとはヨウシアの唇にキスをした。
 初めてそんなことをされて、何が起きているのか分からないうちに、口を開けさせられて、舌が入って来る。ぶわりと広がる甘い香りに、ヨウシアは身体が蕩けそうになっていた。
 不快感はなくただただ気持ち良い。
 息継ぎもできない口付けに、涙が零れると、唇が離れていく。それが寂しくて、ヨウシアは声変わりもまだの高い声で呟いていた。

「あ、の……き、キス……」
「嫌だったか?」
「い、いえ。は、初めてで……」

 もっと続けて欲しかったなどと言うことができない。ただ、涙が零れて、ヨウシアは言葉を飲み込んだ。
 このひとはアルファで、ヨウシアのことを女性かオメガと思って口付けてくれた。オメガだったならば、このひとに名前を聞いて、自分も名乗って、何かが始まったかもしれない。
 ひととの触れ合いに飢えた心は、美しいひとの口付けに完全に持っていかれてしまった。それなのに、ヨウシアはアルファだから、このひとの名前を聞くことすらできない。
 アルファの男性同士の恋も結婚も、貴族社会では歓迎されないことは分かっている。この美しいひとに迷惑をかけたいとは思わない。
 零れ続ける涙を指先で拭われて、ヨウシアはすんっと洟を啜って、勢いを付けて立ち上がった。生乾きだが、窓際にかけていた服も着られないほどではない。

「これ、どうぞ」
「そなたの名前を」
「お教えできません」
「何故?」

 着替えを受け取ってくれない彼に必死に押し付けるが、ヨウシアが彼を脱がせることも、着せることも、体格差からして完全に無理だった。追いかけて来る彼から逃れるためにバスルームに入って鍵を閉めた。

「口付けが嫌だったのか? 私が気に入らないのか?」
「着替えてこの部屋から出て行ってください」

 拒んだと思われるのは胸が痛くて、ぽろぽろと涙が零れた。湯気とあのひとの残り香のする濡れたバスルームの床に座り込んで、膝を抱えてヨウシアは声を殺して泣いた。
 しゃくりあげる声が彼にも聞こえたのかもしれない。

「すまない……だが、私はそなたを諦めるつもりはない」

 今日は帰ると告げて、着替えて彼がいなくなったのを確認して、ヨウシアは濡れた服で泣き腫らした顔で、バスルームから出てきた。

「僕はヨウシア……ヨウシアです……お名前くらい、お伝えしたかった」

 誰もいなくなった一人だけの部屋。
 二年間ここで暮らして、慣れたはずだったのに、突然に現れた美しいひとが、消えてしまっただけで、ヨウシアまで消えたいほどに胸が痛く、濡れた服で床の上に座り込んだままで泣きじゃくる。
 オメガに産まれたかった。
 そうでなければ、自分をアルファだと確固たる自信を持てる容姿に産まれたかった。
 そうすれば、あのひとはヨウシアの性別を間違えたりしなかった。
 恋をすれば幸せになれるのだと思っていた昨日までの自分を殺したいくらいに、ヨウシアは沈み込んでいた。
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