潔癖王子の唯一無二

秋月真鳥

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不憫大臣編

5.大臣の限界

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 王子に伴侶が見つかった。
 お互いにコミュニケーション不足で、オメガかベータの少女と思われていた伴侶のヨウシアは、この国の王族の末端のオメガが嫁いでいった隣国の貴族の子息で、アルファだった。オメガの王子は早速身体を繋げてしまったらしく、腰の立たないヨウシアを抱き上げて意気揚々と戻って来た。
 まだ15歳だと判明したヨウシアは、即結婚するというわけにはいかず、16歳になるまでは婚約という形になったのだが、その後の王子の物言いが酷かった。

「お兄様ったら、そんなに嫉妬深くて、ヨウシア様に嫌われてしまうのではないの?」
「ヨウシアは私を嫌ったりせぬ。そなたもヨウシアを気軽に名前で呼ぶでない」
「困ったお兄様ね。それで王位を継げるのかしら」

 妹の王女と話しているのを聞いて、マティアスは倒れそうになった。

「潔癖症で、異国の要人と握手をするたびに手袋を替えているようなお兄様が、本当に国王になれるとは思えないわ」
「そうだな。そなたの言う通り、国王という地位に、私はなりたいとも思っておらぬ」

 王子が国王になると思っていたからこそ、マティアスは必死に伴侶を探した。結婚しないと国王として即位できないからこそ、マティアスも自分の結婚を我慢して、王子のために東奔西走した。
 それなのに、王子はあっさりと王女に王位継承権を譲ってしまうという。

「ようやく結婚して王位も継げるようになるのに」
「どうして、あなたはそんなにも勝手なのですか」

 女王と共に頭を抱えたマティアスに、女王が胸を張って宣言した。

「わたくしが成人して結婚して王位を継ぎます。そもそも、潔癖症のお兄様に王位は無理だったのですわ」
「そうしてもらえると助かるな。さすが、私をよく分かっている」

 六年間も王子に仕えて、何も分かっていないのはマティアスの方だった。王位につきたくないのならば、そう言ってくれれば、結婚をこんなに急かすこともなかった。マティアスだって自分の結婚を我慢することもなかった。
 燃え尽きて真っ白になっているマティアスに、女王から非情な命令が下される。

「次は王女の結婚相手を探してください」
「もう、無理……」

 限界を超えたマティアスはその場から泣きながら走り去っていた。
 王宮の外に出て、庭でしゃがみ込んで泣いていると、マティアスを探す声がする。探し出されてしまえば、また新しい任務を押し付けられて、ヴァルネリとの結婚が遠くなる。ただでさえ、マティアスはあの高圧的な王子の恐怖に耐えながら、胃を痛めて、六年間も我慢した。
 もう限界だ。
 薔薇の茂みにしゃがみ込んで泣いているマティアスを、ふわりと抱き上げたのは、ヴァルネリだった。ハニーブロンドの髪がお日様に透けてきらきらと輝き、青い瞳が凪いだ海のように穏やかにマティアスを見ている。

「女王陛下の御前から逃げ出したんだって? 大丈夫なの?」
「大丈夫じゃない! もう、全然、大丈夫じゃない! もう嫌だ! なんで、俺ばっかり、ヴァルネリさんと結婚もできずに……」
「約束、覚えてる?」
「や、くそく?」

 泣きわめいてヴァルネリにしがみ付いたマティアスに、ヴァルネリが耳元に唇を当てて、そっと囁く。

「どうしても嫌になったら」
「ヴァルネリさんが嫌になったんじゃない! 別れないでください」
「そっちじゃなくて」
「そっちじゃない?」

 嫌になったらいつでも別れて構わないというヴァルネリの言葉が先に思い出されて、捨てられるのかと必死に抱き付いて泣いてしまったマティアスの顔を、ヴァルネリが清潔なハンカチで拭いてくれる。

「僕、王子様ほどじゃないけど、若干潔癖気味で、他人に触るのに抵抗があったんだ」
「ヴァルネリさんが?」

 出会ったときに吐いたものをジャケットで受け止めてくれたヴァルネリが、潔癖気味だなんて、マティアスは全く知らなかった。胸で泣いて涙でシャツを濡らしても、洟が付いても、ヴァルネリは気にすることがない。顔だって今のようにきれいに拭いてくれる。

「だから、王子様の気持ちは分かるっていうか、ちょっと同情していて、決心するのが遅くなっちゃったんだけど」
「別れないで!」
「別れないよ。二人でここから逃げて、結婚しよう」
「ふぁ!?」

 抱き上げられたまま、ヴァルネリはマティアスを女王の御前まで連れて行く。女王と王女が苦い顔で待っている部屋に入ると、ヴァルネリははっきりと断言した。

「僕が王位継承者として担ぎ出されるのはご遠慮願いたかったので、王子様の結婚までは待っていましたが、叔母様、王女殿下、いい加減に僕の恋人を僕に返してください」
「ヴァルネリ、もしかして、大臣と?」
「彼は僕が分け与えられる領地に連れて帰って、結婚式を挙げます。王子様の世話で、彼の身体はぼろぼろです。静かな療養地で二人で過ごします」

 いつまで経っても結婚しない王子の従兄のヴァルネリも、女王の頭を悩ませていたらしい。ヴァルネリ本人から申し出があって、あっさりとマティアスは大臣の任を解かれて、ヴァルネリの元へ輿入れすることに決まった。
 家に挨拶に行くと、女王から通達が来ていた両親は、マティアスの結婚を泣いて喜んでくれた。

「王家のヴァルネリ様の元に輿入れなんて、名誉なことだ」
「家のことは、従妹が養子に来てくれるから大丈夫よ」

 安心して表舞台から去って、療養して来て良いと言われて、マティアスはずっと重石が乗っていたような胃が、ようやく解放された気がした。

「華やかな貴族社会は、俺には不似合いだったんです」
「田舎の療養地で、身体を休めようね」
「ヴァルネリさんと結婚するために頑張っただけだったのに、大臣に選ばれてしまって」
「つらかったね。よく頑張ったね」

 抱き締めて止まらない涙を拭いてくれるヴァルネリに、マティアスは上目遣いに問いかけた。

「あの……ヴァルネリさんのこと、抱いても……」

 大胆過ぎたかもしれないと顔を赤らめて口ごもるマティアスに、ヴァルネリが耳元に唇を寄せる。吐息が甘くて、マティアスは身体をぶるりと震わせた。

「マティアスくんの誕生日頃に発情期が来るはずなんだ。それまでに、マティアスくんは、体調を整えること」
「はい!」

 目の前に釣られたご褒美のためならば、マティアスも頑張れる。
 馬車に荷物を積んで、王都より北の方にある静かな領地に、マティアスとヴァルネリは移り住んだ。春だがまだ外は寒く、小雪が降る日もあるという。それも初夏の頃には雪も降らなくなって、庭の緑も息を吹き返す。
 暖かな部屋の中で、ヴァルネリと過ごす日々は、穏やかだった。

「僕が王族なのに料理ができるのを、不思議に思わないんだなぁとは気付いてたんだよね」
「そういう趣味なのかと思ってました」
「僕も王子と同じで、他人が触れたものはあまり食べたくないんだ。でも、厨房の使用人にそれを言うのは申し訳ないから、できるだけ自分のものは自分で作るようにしてるの」

 王子のように厨房にマスクと手袋を徹底させるわけではなく、自分が厨房に出向いて、自分のものは作ってしまうというヴァルネリ。一緒に暮らし始めてから、マティアスは三食ヴァルネリの作るものを食べていた。
 王子ほど酷くはないが、同じ潔癖症でも、ヴァルネリと王子は全く違う。

「俺が吐いたのは……」
「マティアスくんは平気だったから、これは運命だと思って」
「俺も、ヴァルネリさんが一目で運命だと思いました」

 お互いに運命だと思っていて、両想いだったのに、触れ合えない期間が長すぎて、マティアスはまだこれが夢ではないかと思ってしまう。手を伸ばして触れると、ヴァルネリは暖かさを持って確かにそこにいる。
 三食ヴァルネリのご飯を食べて、体調が戻って来た春の終わりに、マティアスとヴァルネリは結婚した。

「せっかくだから、発情期にマティアスくんで、ここをいっぱいにして欲しい」

 うっとりと下腹を撫でるヴァルネリのフェロモンの香りは濃くなって、発情期が近付いているのがマティアスにも分かっていた。
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