異世界無宿

ゆきねる

文字の大きさ
615 / 624
第二十八章 梅雨が明けるまで

第六百話 イズミのモーニングセット

しおりを挟む
早朝。
イズミは屋敷の厨房の一角を借りて料理をしている。
材料や道具は厨房の物を拝借し、1人でぶつくさ言いながら慣れぬ手つきで料理をしている。
勿論、材料代と道具のレンタル料金は支払う事になっているので、安心して欲しい。
ちゃんと良心的な価格を提示された。

「イズミは何を作るつもりなんだ?」

「アタシも何も聞いてないねぇ」

食堂からイズミの姿を覗き込むベリアとオリヴィアだが、この位置からでは何を作っているのかは見る事が出来ない。

「モーニングセット、らしいぞ」

「モーニングセットねぇ…って!?」

ベリアは全身の毛を逆立てながら、背後から聞こえた声の主を確認する。
長い黒髪と恐ろしい程に蒼白い素肌、整った美顔は思わず息を呑む程に綺麗な少女だった。

「…ええと。どちら様です?」

「アヤツとは少し前に知り合ってな。料理を振る舞ってくれると言うから、遠路遥々やって来たのだ」

少女は自らの名を名乗る事無く厨房へと入ると、料理人達や調理台をすり抜けてイズミの元に向かう。
料理人達は少女の存在に気付いていないようで、何事も無かったかのように調理作業をしている。
そんな異様な光景に目の前にして、2人は言葉が出て来なかった。

「イズミよ。モーニングセットの内訳を教えたもう」

「簡単な男料理ですよ。トーストにベーコン、スクランブルエッグか普通の焼きかはお好みで。それに野菜とドレッシング、あとスープ。後はジャムとかバターも用意します」

「ではスクランブルエッグとやらにしようかの。ドライフルーツは無いのか?」

「…デザート枠で出しましょうか」

「デザートならケーキでも良いが、朝食とは別の方が良さそうだな。今回はドライフルーツをデザート枠で頼もうか」

「わかりましたよ」

まだお目当ての魔道具…ドライフルーツメーカー…は試作品も出来ていないので、ドライフルーツとドレッシングとジャム等はマスタングに実体化してもらう。
今回はバターとチーズも一緒に実体化を頼んでいるが、これにはちゃんとした理由がある。

取り寄せしきれなかったのだ。
ゲヘナがイズミに料理を振る舞えと言い出してから、イズミはどんな料理を出すかを決めて何とか準備を始めたが、残念ながら店仕舞いの時間は過ぎてしまっていた。

料理を食べる人の好みが分からないので、先ずはスクランブルエッグを作る事にする。
材料は卵を3つと塩を少々、牛乳とバターだ。
バターは有塩でも無塩…食塩不使用と言えばよいのだろうか…でもどちらでも良い。
目指すはふわとろである。

ボウルに卵を割り入れて牛乳と塩を入れる。
分量ははるか昔の記憶を辿れば、牛乳が20mlギリギリ無かった位のはずだ。
塩は試しに2つまみ程入れてしっかり混ぜる。
次にフライパン…借りた物は深底みたいな感じ…にバターを入れて魔石調理器の上で熱して溶かしてゆく。
火加減が分かりにくいので、ジッと調理工程を観察している料理人の1人に声をかけ、中火くらいに調整してもらった。

スクランブルエッグはここからが勝負だ。
フライパンに混ぜた卵液を注ぎ、縁が気持ち固まってくるのを待つ。
木製のヘラを使い卵液の外側からフライパンの中央へ集めるような動きでまとめ、素早く事前に用意していた皿へと盛り付けた。

「出来ればバジルやケチャップを用意したい所だが…此方にケチャップが存在してるか分からないからな。今回はバジルと黒胡椒だけで良いか」

薄切りのベーコンも軽く焼き終えて皿に盛り付け、新鮮なレタスも数枚乗せる。
食用のプチトマトはマスタングが実体化した物だが、料理長が言うには似たような食べ物は偶に手に入るらしい。

最後に黒パンをトースターで3分焼いて、別皿に盛り付けて食堂へと持ってゆく。

「はい、おまちどうさん。直ぐにスープも用意しますんで」

スープもこれまたマスタングで実体化したものだが、コーンポタージュである。
こればかりは時間がかかるのでマスタングの力を借りたが、材料が揃うならば自作してみたいところだ。

「ほほう…して。イズミならどう食すのだ?」

「私ならですね」

イズミは黒パンの上にベーコンとスクランブルエッグを乗せる。

「レタスを乗せても良いですが、最初は卵とベーコンですかね。少々行儀が悪いと言われるかもしれませんが、手で持ってガブッと食べるのが私は好きですよ」

ゲヘナはイズミの言った通りにパンを手に取ると、勢い良く齧り付いた。

「おぉ!黒パンの持つ味わいと香りに、薄切りのベーコンが合う。何よりこの卵の柔らかさはなんだ!?口の中でとろけるようだ」

パンとベーコンとスクランブルエッグ、この組み合わせはイズミにとって理想の朝食のパターンの一つだ。
こうして喜んで食べてくれるのは嬉しいものである。

「このスープも素晴らしい、なんと優しい味わいなのだ」

用意していたベリーのジャムをパンに塗って食べたり、トースターで焼きたての黒パンにバターを塗って食べたりしていると、ゲヘナは用意していたパンをあっという間に食べ終えてしまった。
温かいコーンポタージュをすすりながら食事を満喫した満足感で天を仰いでいる。
その間にイズミはドライフルーツを小皿に盛り付け、テーブルに水と一緒に置いた。

「このドライフルーツは良いのぉ。瑞々しい果実に齧りつくのも良いが、この甘さや旨さが凝縮したような一口、堪らんな」

「それは何よりです」

「馳走になったな、これは今後の食事代も兼ねた礼だ。これからも美味な料理を期待しておるぞ」

「…料理のレパートリー、ほとんど無いんですけど」

テーブルに何かを置いたゲヘナは、そんなイズミの言葉を無視するかのようにして消え去ってしまった。

「よし、取り敢えず片付ける…か」

イズミが空になった皿をまとめようとした時、凄まじい気配を察知して動きが止まる。
ゆっくりと振り返ってみると、食べる気満々のベリアとオリヴィアの熱い視線が向けられているのが分かった。
その隣には何時から居たのか分からないフラウリアの姿もあり、厨房からはイズミの作った料理が気になって仕方の無い料理人の姿もチラホラと見受けられる。

「コイツはアレか…作らないと駄目なやつだな」

「流石はイズミ、話が早くて助かるぜ!」

ベリアは尻尾をブンブンと振って椅子に座る。
こうなると未来は変えられないので、イズミは腹を括って厨房へと移動を始める。

「取り敢えず聞くが、食べてみたい方は挙手願います」

スッと挙げられた手を数えると、30名程になってしまった。
料理人もだが屋敷の従者達も興味を抑えられなかったようだ。

「イズミ様、我々も手伝わさせて頂きますので」

「…大変助かります」

手伝いを買って出てくれた数名の料理人と一緒に、イズミはモーニングセットを作り始めた。
しかし、そんな単純な話で終わる事は無く。
モーニングセットを食べた者達がまだ朝食を取っていない者達に【今日だけ特別なモーニングセットなる料理が出る】と宣伝しまくり、結局イズミ達はモーニングセットを昼前まで作り続ける事になるのだった。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

やさしい異世界転移

みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公 神洞 優斗。 彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった! 元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……? この時の優斗は気付いていなかったのだ。 己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。 この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。

もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。 異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。 ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。 残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、 同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、 追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、 清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……

僕だけ入れちゃうステータス欄 ~追放された凄腕バッファーは、たまたま出会った新人冒険者たちと真の最強パーティーを作り上げる~

めでめで汰
ファンタジー
バッファーの少年カイトのバフスキルは「ステータス欄の中に入って直接数字を動かす」というもの。 しかし、その能力を信じなかった仲間からカイトは追放され迷宮に置き去りにされる。 そこで出会ったLUK(幸運)値の高い少女ハルと共にカイトは無事迷宮から生還。 その後、カイトはハルの両親を探すため地下迷宮の奥へと挑むことを決意する。 (スライム、もふもふ出てきます。女の子に囲まれるけどメインヒロインは一人です。「ざまぁ」もしっかりあります)

不死身のボッカ

暁丸
ファンタジー
逓信(ていしん)ギルドに所属する甲殻人ボッカ。歩荷(ぼっか=運搬人)だからボッカと素性を隠す特急便の運搬人。 小柄な身体に見合わぬ怪力、疾風のスピードと疲れ知らずのスタミナで、野を越え山越え荷物を運ぶ。 逓信ギルドの運搬人になったのは、危険な迷宮には入りたく無いから。面倒と危険を避けてすんなり仕事を終わらせたいのに、時にギルド支部長に命じられ行きたくも無い魔獣狩りの運搬人として駆り出される。 割とチートな身体能力を持ちながら、戦闘能力はからっきしで過剰な期待はされたく無い。こんな殺伐とした異世界生活なんかとっとと終わらせて眠るように死にたいと願う、そんな<不死身の歩荷>のお話。 ※種族名とか用語は前作と共通にしてますが、別の世界の物語です。世界観も若干違います。 ※「歩荷」とは一般的にいう「ポーター」のことですが、長距離運送も兼任しています。 ※作者が設定厨なので、時々本筋に関係ない解説回が入ります。 ※第16回ファンタジー小説大賞にエントリーしてみました。

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

処理中です...