異世界無宿

ゆきねる

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第二十八章 梅雨が明けるまで

第六百一話 調理器具を買え

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イズミが厨房から解放されたのは、ポケットに仕舞っていた腕時計を見る限り14時を回っていた。
実際には昼前にはほとんど終わっていたのだが、モーニングセットに関する細かな話し合いがあったからだ。

具体的には、卵の使いすぎ問題だったり香辛料はほとんど使えない問題だったりだ。
個人の料理であれば問題無いが、振る舞ったモーニングセットが思いの外好評だったが為に、料理長達は普段の料理に組み込むべきかを検討すると言う名目でイズミに相談を持ち掛けてきたのである。

その結果、イズミは好みであるスクランブルエッグからサニーサイドアップに変更するのはどうかと提案した。
いわゆる目玉焼きである。
料理長達は卵焼きにはオーバーイージー、つまり両面焼きが基本と教わっているようで、サニーサイドアップとオーバーイージーのどちらがモーニングセットに適しているかで軽く議論になった。

「こればっかりは、個人の好みもありますので」

料理長達との話し合いを終えたイズミは借りていた調理器具を洗ってから返却したのだが、料理長からこう切り出された。

「イズミ様は、旅路ではどのような調理器具を使っているのです?」

「それは…普通の冒険者の皆さんとさして変わりませんけど」

イズミが使っている調理器具のほとんどは、ベリアが冒険者生活で使っていた物と似たような物を購入して使っている。
旅路で料理に拘るかと言われると、必要ならマスタングで実体化しているので余り気にもしていなかったのだ。

「アイテムボックスをお持ちなら、調理器具も一通り持っていた方が良いと思います。毎回レンタルするのも面倒でしょうし、使い慣れた道具の方が気兼ね無く使えますから」

「そうですね…余り凝った料理をする趣味は無いのですが」

「持っているといないのとでは、何かと事情も変わりますよ?」

旅先で火だけ借りるのか全て借りるのか、これは地味にお金がかかると言われてしまった。
特に借りた調理器具を壊してしまったら、弁償問題に発展するからだ。

「面倒な話にならないように、事前に策を講じる事は重要です。それに私が想像するに、イズミ様は道具に何かしらの拘りがある方だと思いますので、購入しておくのがよいかと」

「そう言われると…そうですねぇ」

イズミは疲れた両手を軽く労りながら、料理長の助言を聞いたのだった。


翌日。
イズミはオリヴィアと共に光の協会へと移動し、何度目かの料理練習をした。
数種類のメニューを一緒にこなした後で、イズミはロレッタ以外の面々を部屋から追い出す。

「すみませんが、ロレッタさんと個別に話をする必要がある事案でして。まぁ、直ぐに終わりますから」

光の協会の面々は渋々と言った様子で部屋から出てゆくのを確認したイズミは、皿の片付けが終わり綺麗になったテーブルの上にある荷物を並べてゆく。

「イズミ様、こちらは?」

「少し遅れましたが、この前の酒盛り対応の報酬です。出処は察してください」

「分かりました…このワンドはセリーヌに渡していた物と似ていますね」

「形状は違いますが、用途は概ね同じだと思います。此方では詳しく調べてはいないので、必要に応じて調査をお願いします」

ロレッタは見た目で気に入ったワンドを大切そうに抱きしめると、他の荷物を丁寧に仕舞う。
仕舞い終えたのを見届けてから、部屋の外にいた面々を部屋内に入れ込んだ。

「終わりました」

「イズミさん、今度は何をしたんです?」

「私は特に何も。後はロレッタさんに任せましたので」

「えぇ!?」

リーベルトからの質問攻めを上手く避けるべく、イズミはロレッタにパスをしてから光の協会を後にする。

「オリー、ちょっと大通りに寄るぞ」

「何か物入りかい?」

「ちゃんとした調理器具を持っておこうと思ってね」

「今後も料理を作ってくれるのかい」

「旅路では交代制になるかもだが、皆が使えるのを用意しておこうって魂胆だな」

近くの馬車置き場にマスタングを停めて大通りにある道具屋に入店すると、店員に聞いて調理器具の売り場へ案内してもらう。

「手前にある商品が言わば家庭向けで奥に入ると専門向けになります」

「具体的な違いは?」

「主に使われている素材や純度、耐久性に出てきます。専門向けだからと言ってお客様ご自身の調理スタイルと合うかどうかは、我々としても判断に悩むところであります」

直ぐに熱が通って欲しいのか、じっくりと熱を通したいのか。
これは火加減の調整でも出来るが魔法で微調整が出来ない場所では、この調理器具選びの段階で決める事もあるそうだ。

家庭によっては強火を用意するのが大変だから、フライパンは直ぐに熱が伝わる薄型を買う。そんな感じらしい。
薄型だから雑に扱うと直ぐに駄目になるかと言うとそんな事も無く、ヒュミトールで購入出来る調理器具はどんな安物であってもドワーフ族が独自で定めた基準を満たしていると言う。

その基準とは。

「例えばですが…熱したフライパンを冷水に浸すを200回繰り返しても変形や破損をしない事、錆が浮いてきても直ぐに取れる事、持ち手部分は使用者が火傷をしない様な処置を施す事、とかです」

「頑丈でメンテナンスもしやすく、安全に使えるような基準なんですね」

「一部専門向け商品では、別の基準を独自に設けている物もございます。例えばこちらです」

店員が持って来たのは、直径が20cmくらいのフライパンだった。
持たせてもらうとかなり重い。

「このフライパンは【ロングボウを射たれても防げる】をテーマに製作されました」

「物騒ですね」

「製作者がAランク冒険者にロングボウを射ってもらい、貫通しない防御力である事を証明しております…勿論、このまま鈍器として扱っても何一つ問題はございません」

「フライパンとしてはどうなんです?」

「熱くなるまでに他の商品と比較してもかなり遅いですが、その分冷えるのも遅いので…余熱調理に適しているとかでご購入なさるお客様もおります」

「そうですか」

イズミはオリヴィアと相談した上で、比較的オーソドックスな商品を選択して購入した。
イズミは1人から2人向けのサイズでも良いと考えたが、オリヴィアは旅路が3人なのだから4人用の物があるべきだと言うので、最終的に両方購入した。

特に料理に使う包丁は種類も豊富で価格もピンキリだったので、別日にベリアも連れて買いに来る事にした。
刃物の類は自分よりもベリアの方が良いセンスをしている、そう判断したからである。

ちなみにだが、今回の買い物でイズミが何気に気に入っているのは、500mlは入りそうな鉄瓶だ。
コーヒーを淹れるのに使いたいとか思っているが、現時点でコーヒー豆は見つかっていない。
必ず見つけ出してやると心に決めつつ、店を後にするのだった。
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