異世界無宿

ゆきねる

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第二十八章 梅雨が明けるまで

第六百話 イズミのモーニングセット

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早朝。
イズミは屋敷の厨房の一角を借りて料理をしている。
材料や道具は厨房の物を拝借し、1人でぶつくさ言いながら慣れぬ手つきで料理をしている。
勿論、材料代と道具のレンタル料金は支払う事になっているので、安心して欲しい。
ちゃんと良心的な価格を提示された。

「イズミは何を作るつもりなんだ?」

「アタシも何も聞いてないねぇ」

食堂からイズミの姿を覗き込むベリアとオリヴィアだが、この位置からでは何を作っているのかは見る事が出来ない。

「モーニングセット、らしいぞ」

「モーニングセットねぇ…って!?」

ベリアは全身の毛を逆立てながら、背後から聞こえた声の主を確認する。
長い黒髪と恐ろしい程に蒼白い素肌、整った美顔は思わず息を呑む程に綺麗な少女だった。

「…ええと。どちら様です?」

「アヤツとは少し前に知り合ってな。料理を振る舞ってくれると言うから、遠路遥々やって来たのだ」

少女は自らの名を名乗る事無く厨房へと入ると、料理人達や調理台をすり抜けてイズミの元に向かう。
料理人達は少女の存在に気付いていないようで、何事も無かったかのように調理作業をしている。
そんな異様な光景に目の前にして、2人は言葉が出て来なかった。

「イズミよ。モーニングセットの内訳を教えたもう」

「簡単な男料理ですよ。トーストにベーコン、スクランブルエッグか普通の焼きかはお好みで。それに野菜とドレッシング、あとスープ。後はジャムとかバターも用意します」

「ではスクランブルエッグとやらにしようかの。ドライフルーツは無いのか?」

「…デザート枠で出しましょうか」

「デザートならケーキでも良いが、朝食とは別の方が良さそうだな。今回はドライフルーツをデザート枠で頼もうか」

「わかりましたよ」

まだお目当ての魔道具…ドライフルーツメーカー…は試作品も出来ていないので、ドライフルーツとドレッシングとジャム等はマスタングに実体化してもらう。
今回はバターとチーズも一緒に実体化を頼んでいるが、これにはちゃんとした理由がある。

取り寄せしきれなかったのだ。
ゲヘナがイズミに料理を振る舞えと言い出してから、イズミはどんな料理を出すかを決めて何とか準備を始めたが、残念ながら店仕舞いの時間は過ぎてしまっていた。

料理を食べる人の好みが分からないので、先ずはスクランブルエッグを作る事にする。
材料は卵を3つと塩を少々、牛乳とバターだ。
バターは有塩でも無塩…食塩不使用と言えばよいのだろうか…でもどちらでも良い。
目指すはふわとろである。

ボウルに卵を割り入れて牛乳と塩を入れる。
分量ははるか昔の記憶を辿れば、牛乳が20mlギリギリ無かった位のはずだ。
塩は試しに2つまみ程入れてしっかり混ぜる。
次にフライパン…借りた物は深底みたいな感じ…にバターを入れて魔石調理器の上で熱して溶かしてゆく。
火加減が分かりにくいので、ジッと調理工程を観察している料理人の1人に声をかけ、中火くらいに調整してもらった。

スクランブルエッグはここからが勝負だ。
フライパンに混ぜた卵液を注ぎ、縁が気持ち固まってくるのを待つ。
木製のヘラを使い卵液の外側からフライパンの中央へ集めるような動きでまとめ、素早く事前に用意していた皿へと盛り付けた。

「出来ればバジルやケチャップを用意したい所だが…此方にケチャップが存在してるか分からないからな。今回はバジルと黒胡椒だけで良いか」

薄切りのベーコンも軽く焼き終えて皿に盛り付け、新鮮なレタスも数枚乗せる。
食用のプチトマトはマスタングが実体化した物だが、料理長が言うには似たような食べ物は偶に手に入るらしい。

最後に黒パンをトースターで3分焼いて、別皿に盛り付けて食堂へと持ってゆく。

「はい、おまちどうさん。直ぐにスープも用意しますんで」

スープもこれまたマスタングで実体化したものだが、コーンポタージュである。
こればかりは時間がかかるのでマスタングの力を借りたが、材料が揃うならば自作してみたいところだ。

「ほほう…して。イズミならどう食すのだ?」

「私ならですね」

イズミは黒パンの上にベーコンとスクランブルエッグを乗せる。

「レタスを乗せても良いですが、最初は卵とベーコンですかね。少々行儀が悪いと言われるかもしれませんが、手で持ってガブッと食べるのが私は好きですよ」

ゲヘナはイズミの言った通りにパンを手に取ると、勢い良く齧り付いた。

「おぉ!黒パンの持つ味わいと香りに、薄切りのベーコンが合う。何よりこの卵の柔らかさはなんだ!?口の中でとろけるようだ」

パンとベーコンとスクランブルエッグ、この組み合わせはイズミにとって理想の朝食のパターンの一つだ。
こうして喜んで食べてくれるのは嬉しいものである。

「このスープも素晴らしい、なんと優しい味わいなのだ」

用意していたベリーのジャムをパンに塗って食べたり、トースターで焼きたての黒パンにバターを塗って食べたりしていると、ゲヘナは用意していたパンをあっという間に食べ終えてしまった。
温かいコーンポタージュをすすりながら食事を満喫した満足感で天を仰いでいる。
その間にイズミはドライフルーツを小皿に盛り付け、テーブルに水と一緒に置いた。

「このドライフルーツは良いのぉ。瑞々しい果実に齧りつくのも良いが、この甘さや旨さが凝縮したような一口、堪らんな」

「それは何よりです」

「馳走になったな、これは今後の食事代も兼ねた礼だ。これからも美味な料理を期待しておるぞ」

「…料理のレパートリー、ほとんど無いんですけど」

テーブルに何かを置いたゲヘナは、そんなイズミの言葉を無視するかのようにして消え去ってしまった。

「よし、取り敢えず片付ける…か」

イズミが空になった皿をまとめようとした時、凄まじい気配を察知して動きが止まる。
ゆっくりと振り返ってみると、食べる気満々のベリアとオリヴィアの熱い視線が向けられているのが分かった。
その隣には何時から居たのか分からないフラウリアの姿もあり、厨房からはイズミの作った料理が気になって仕方の無い料理人の姿もチラホラと見受けられる。

「コイツはアレか…作らないと駄目なやつだな」

「流石はイズミ、話が早くて助かるぜ!」

ベリアは尻尾をブンブンと振って椅子に座る。
こうなると未来は変えられないので、イズミは腹を括って厨房へと移動を始める。

「取り敢えず聞くが、食べてみたい方は挙手願います」

スッと挙げられた手を数えると、30名程になってしまった。
料理人もだが屋敷の従者達も興味を抑えられなかったようだ。

「イズミ様、我々も手伝わさせて頂きますので」

「…大変助かります」

手伝いを買って出てくれた数名の料理人と一緒に、イズミはモーニングセットを作り始めた。
しかし、そんな単純な話で終わる事は無く。
モーニングセットを食べた者達がまだ朝食を取っていない者達に【今日だけ特別なモーニングセットなる料理が出る】と宣伝しまくり、結局イズミ達はモーニングセットを昼前まで作り続ける事になるのだった。
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