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第一話 公開処刑
しおりを挟む仮面を外すことは、もうない。
名を名乗ることも、
赦しを乞うことも。
それらはすべて――
処刑台の上に置いてきた。
私は一度、死んだ。
だから今は、裁く側にいる。
鐘の音が、王都の広場に重く響いていた。
祝福のための音ではない。
裁きの始まりを告げる音だった。
石畳の中央に設えられた高壇。
そこに立たされているのは、公爵令嬢リリアーネ・アルフェルト。
手枷は冷たく、指先の感覚を奪っている。
だが寒さよりも――
この場に集められた人々の視線のほうが、よほど鋭かった。
「――これより、裁きを執り行う」
そう宣言したのは、王国第一王子ジークフリート・ヴァルフェルド。かつて、私の婚約者だった男だ。
「被告、リリアーネ・アルフェルトは――」
淡々と読み上げられる罪状。
聖女への嫌がらせ。
王子毒殺未遂。
王家転覆を企てた大罪。
どれ一つとして、事実ではない。だが、そのことを知っている者は、この広場には一人もいなかった。
「以上の罪状により――死刑を宣告する」
群衆が、ざわめく。
罵声。
嘲笑。
石が投げられ、唾が飛ぶ。
「悪女!」
「恥を知れ!」
「死ね!」
かつて、微笑みを向けてきた顔ばかりだった。
私は、何も言わない。
弁明を許されていないからではない。
――言葉が、最初から裁きに含まれていないと知っていたからだ。
証言台に立った使用人は、目を逸らした。
父は沈黙を選び、
母は泣いているだけだった。
誰も、私を守らない。
「最後に、何か言い残すことは?」
形式的に問われ、私はゆっくりと顔を上げた。
ジークフリートと、目が合う。
彼は、微笑んでいた。
――ああ。もう、終わりなのだ。
「……私を、ここへ追いやった方々に」
一拍置いて、静かに告げる。
「必ず、報いがありますように」
それは呪いではない。
誓いでもない。
ただの――事実になる予定の言葉だった。
「では、神の御名のもとに」
白い衣を纏った聖女が進み出る。
清らかな声で祈りを捧げ、処刑人が合図を待つ。
その瞬間、私は思った。
――神が本当にいるのなら、どうして、こんな裁きを許すのだろう、と。
刃が振り下ろされる。
痛みは、一瞬だった。
視界が暗転し、音も、感覚も、すべてが消える。
――これで、終わり。
誰もが、そう思った。
だが。
次に私が目を覚ましたのは、
冷たい石床の上だった。
低い天井。
祈りの気配も、神の気配もない。
教会の地下安置室。
心臓は、確かに止まっていたはずなのに。
指先に、感覚が戻る。
「……生きている?」
否。
私はもう、生きてはいない。
その証拠に――私の周囲で、空間が歪んだ。
見えない扉が開き、私は自然に“そこ”へ足を踏み入れていた。
そこは、家だった。
外界から切り離された、私だけの空間。
誰にも観測されず、
誰にも侵されず、
誰にも壊されない場所。
中央には、小さな箱が浮かんでいる。
青い光を放つ、封印の箱。
中に収められているのは、
まだ誰にも知られていない――
真実と証拠。
理解した。
これは逃げ場ではない。
隠れるための場所でもない。
裁きを成立させるための、安全圏。
私は箱に手を伸ばす。
触れた瞬間、
淡い光とともに魔力が静かに応えた。
――裁定魔法、起動条件確認。
罪状と証拠が一致したときのみ、
裁きは始まる。
感情は不要。
私怨は排除される。
「……なるほど」
神は、私を赦さなかった。
だが――裁く役目を、押しつけてきたらしい。
私は仮面を手に取る。
仮面をつけた瞬間、姿が変わる。
もう、今までの顔で名乗ることはない。
名を捨て、身分を捨て、感情を置いて。
私は外界へ戻る。
今度は――裁く側として。
絶対に赦さない。
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