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第二話 教会地下 ――神ではない奇跡
処刑は、確かに成功していた。
刃は正確に振り下ろされ、首骨は一撃で断たれ、血は石畳に落ちる前に聖別布へ吸われた。
処刑人の技量に、迷いはない。王国式の公開処刑として、これ以上なく“理想的”な執行だった。さらに、教会による最終確認が行われている。
心臓は止まり、呼吸は完全に途絶え、魔力循環は崩壊。
魂の反応も、ない。
聖女が用いたのは、魂位階確認のための高位聖術――生者であれば必ず残る“魂の余熱”を探る魔法だった。
だが、そこには何もなかった。
肉体は器となり、魂は、確かに抜け落ちている。
少なくとも――そう記録されるはずだった。
「……運べ」
短く命じたのは、王都大聖堂付き神父、マティアス。
彼は穏健派と呼ばれる立場の聖職者で、
王家にも聖女派にも深く与しない、記録と儀式を重んじる“中立”の人間だった。
奇跡を疑いはしないが、同時に、奇跡を濫用する者も信用しない。
だからこそ、処刑後の確認と記録を任されている。
白布に覆われた遺体は、声もなく担架に乗せられ、大聖堂の裏手へと運ばれていく。
地下安置室。
それは、大聖堂のさらに下、祈祷室と墓所の中間に位置する場所だ。
祈りの声は届かず、だが完全な墓でもない。
神に返す前の肉体を、一時的に置くための空間。
言い換えれば、神からも、人からも、
一度切り離される場所だった。
「公爵令嬢リリアーネ・アルフェルト。
罪状、反逆未遂。刑、死刑。処刑完了――」
マティアスは淡々と記録をつけながら、一度だけ、遺体を見下ろした。
若い女だった。
公爵家令嬢。王国を揺るがす悪役の限りを尽くしたとされる罪人。
その顔は、思っていたよりも幼い。
顔色は白く、首元には、処刑の痕がはっきりと残っている。
だが、その表情は――安らかでも、苦悶でもなかった。
「……妙だな」
神父は、無意識に眉をひそめた。
死体というものは、もっと“終わって”いる。
力が抜け、存在感が薄れ、ただの物になる。
だが、この女は違う。
まるで――何かを待っているようだった。
「……気のせいだ」
自分に言い聞かせ、マティアスは白布を整え、形式的な祈りを捧げる。
「主よ。この魂に、裁きを――」
その言葉が、途切れた。
――指が、動いた。
ほんの、わずかに。
錯覚だと思いたかった。
だが次の瞬間、遺体の胸が、かすかに上下する。
そして――首元の裂けた皮膚が、ゆっくりと、白い肌へと戻っていく。
縫合でも、治癒魔法でもない。
傷そのものが、最初からなかったかのように消えていく。
「……は?」
声を上げようとして、喉が凍りついた。
息ができない。
声が出ない。
祈りの言葉も、助けを呼ぶ叫びも、空気にすらならなかった。
あり得ない。
心臓は止まっている。
魂は確認済みだ。
聖女自身が断言している。
処刑は、完全だった。
空気が――
歪んだ。
地下安置室の中央で、見えない“裂け目”が生じる。
光ではない。
闇でもない。
ただ、そこに在ってはいけない何か。
白布が、ふわりと宙に浮く。
「やめろ……!」
だが神父の祈りは、何の意味も持たなかった。
遺体が、起き上がる。
目が、開いた。
その瞳には、生者の温度はない。
だが、死者特有の濁りもなかった。
――静かすぎる。
「……生き返った、のか……?」
否。
マティアスは、理屈ではなく、本能で理解した。
これは奇跡ではない。
神の業でもない。
何かが、役割を間違えた。
遺体――
いや、女は、ゆっくりと立ち上がる。
その足元で、床が歪み、空間が折り畳まれていく。
「……っ」
見えない扉が、開いた。
女は、一度だけ、周囲を見回した。
その視線が、マティアスを捉える。
責めるでもなく、助けを求めるでもなく。
ただ――記録するような目だった。
次の瞬間、女の姿は、消えた。
地下安置室には、白布だけが落ちている。
……いや。
遺体が、ない。
「……っ、そんな……」
マティアスは震える手で、その場に膝をついた。
神は、この場にいなかった。
だが確かに、何かが“始まった”。
それが、良いものであるはずがないことだけは――
嫌というほど、理解していた。
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