皆様覚悟してくださいませ。偽聖女の義妹から全て取り戻します。今まで受けた仕打ちは倍にしてお返し致します。

くろねこ

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王太子と、日光浴


屋敷の奥庭に足を踏み入れた瞬間、空気が変わる。それは結界のように張りつめたものではない。むしろ、逆だった。

湿り気を帯びた風。
土の匂い。
深く、安定した生命の気配。

庭そのものが、呼吸している。

その中心に、少女がいた。

――オリビア・ヴェルトリナス・ハーベルト。

淡い色のドレスを纏い、浮遊した丸いベッドのようなものに身を預けている。姿勢はだらしないほど緩やかで、背中は完全に預けられ、片脚は無造作に伸ばされていた。日光浴、という言葉がこれほど似合う姿もない。

だが、その無防備さは錯覚だった。

白磁のような肌。
陽を受けて淡く輝く金髪。
閉じかけの瞳でさえ、瞬き一つで空気の質を変えるほど澄んでいる。

何より――彼女は、守られている。

否。
中心にいる。

オリビアを囲むように、木々が生い茂っていた。

不自然なほど近い距離。
それでいて、絡み合わない。

太い幹は背後に立ち、盾のように影を落とす。細い枝は天蓋となり、日差しを細かく砕く。葉は、彼女の呼吸に合わせるように、わずかに震えていた。

――ざわり。

王太子一行が一歩進んだ、その瞬間。庭の木々が、一斉に動いた。枝がしなる。葉が裏返り、風の向きが変わる。地中で根が軋む音が、確かに伝わってくる。

威嚇ではない。
攻撃でもない。

ただの、意思表示。ここから先は、許さない。王太子は、自然と足を止めた。背後で、文官ルドヴィクが眼鏡を押さえる。

「……成長速度が異常です」
「樹齢が揃っていないのに、根の張り方が同調している」

武官カイは剣に手をかけるが、抜かない。
抜けない。ここで刃を向ければ、敵意ではなく“拒絶”に包まれる。本能が、それを理解していた。その中心で。

オリビアが、ゆっくりと目を開けた。まぶたが上がるだけで、空気が一段澄む。

「……あら」

眠たげで、柔らかな声。

「立ち止まってくれて、助かりました」
「この子たち、急に驚かすと拗ねるので」

彼女が指先で、すぐ横の幹に軽く触れる。

 ――とん。

その瞬間、幹が微かに震え、枝葉がさらさらと音を立てて揺れた。触れられたことを、喜ぶように。王太子は、息を吸った。

これは祈りではない。
祝詞も、儀式もない。

ただ、共に在るだけ。

「……君が、オリビアだな」

名を呼ばれ、彼女はクッションに身を預けたまま首を傾ける。

「そうですけど、御用ですか?」

その視線は、王太子だけを見ていない。庭全体を、人と自然を分けずに捉えている。

「ここ、私の庭なんです。勝手に踏み込まれると、嫌がるので」

――ざわり。

言葉に応じるように、二人の間の地面から、若い枝がすっと伸びた。

数十センチ。
だが、それで十分だった。

文官ルドヴィクが低く呟く。

「……殿下。これは守護ではありません。完全な同調です」

王太子は、しばらく庭を見ていた。

枝の揺れ。
葉の擦れる音。
土の匂い。

それらすべてが、オリビアの呼吸と微妙に合っている。理解した瞬間。彼の口元が、わずかに緩んだ。

「……はは」

抑えた、小さな笑い。だがそれは失笑でも皮肉でもない。純粋な、興味。

側近たちが息を呑む。この笑い方を、彼らは見たことがなかった。

「素晴らしいな」

王太子は、はっきりと言った。目が、完全に輝いている。

「これは聖女でも、魔術師でもない。神殿の管理対象でもない」

一歩も踏み込まず、身を乗り出す。

「君は――現象だ」

文官が慌てる。

「で、殿下……その言い方は――」

「分かっている」

王太子は楽しそうに笑った。

「だからこそ、だ」

庭を見る。
木々が、その笑いに反応するように葉を揺らした。

「これは面白い」
「実に、面白い」

完全に、研究者の目だった。武官カイが小さく呟く。

「……殿下が、こんな顔をされるのは久しぶりです」

「安心してくれ」

王太子はオリビアを見る。

「今日は捕まえに来たわけじゃない。捕まえられる気もしないが」

にやり、と笑う。

私はクッションの上で寝返りを打つ。

「それはどうも。連れ去られるの、嫌いなので」

「だろうな」

王太子は、堪えきれずに声を立てて笑った。

「ははは!」

その瞬間、庭の空気が軽くなる。枝が少し下がり、葉が陽を通す。

――歓迎。

王太子は見逃さない。

「……は」

心底楽しそうに息を吐く。

「好かれた、らしい」

「多分、敵意がないって分かっただけです。この子たち、正直なんで」

「君もだろう?」

即答だった。私は、くすりと笑う。

「さぁ?」

王太子は満足そうに頷いた。

「いい。実に、いい」

そして、はっきり告げる。

「守られているのではないな」

一歩も踏み込まず、境界の外で。

「君は――大地に、直接影響を与えているようだ」

その言葉に応じるように、芝がわずかに色を濃くする。幹が、きしりと鳴る。否定ではない。肯定だ。

「寝てるだけなんですけどね。この子たちが、勝手に元気になるだけで」

「それが一番厄介だ」

王太子は苦笑する。

「君は王家にとって、脅威ではない。未知だ」

木々が、ざわりと肯定した。王太子は、深く頭を下げた。礼として。好奇心として。
未来への期待として。

「理解しようとするなら」
私は目を閉じたまま言う。
「歓迎します」

葉擦れの音が、やさしく重なる。この場の主が誰なのかを、はっきり示すように。王太子は確信した。

この少女は、奪えない。
閉じ込められない。
命令できない。

近づくなら――理解するしかない。

そして木々は、その判断を、何度も葉を揺らして肯定していた。






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