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エピローグ
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王都の空に、朝の鐘が鳴り響いた。
白い霧が立ちこめ、街路の石畳が光を受けて淡く輝く。
花びらのように舞う陽の粒が、まるで祝福のように街を包み込んでいた。
リリーは鏡の前に立ち、胸の奥を静かに整える。
純白のドレスの袖を通すと、布のひとすじひとすじがまるで“約束”を編み込むようだった。
肩に落ちる髪の先に、微かに昨夜の香りが残っている。
そのことに気づいて、頬が少しだけ熱くなった。
「リリアンヌ様、お時間です」
侍女の声に、リリーは小さく頷いた。
深呼吸をひとつ。
ドアの向こうには、祝福の光が待っている。
長い回廊を歩くたびに、靴音が静かに響く。
胸の奥が高鳴るたび、幼い日の声がよみがえる。
――『君が僕の剣でいてくれるなら、僕はどんな敵にも負けない。』
アシュレイが言った、あの約束。
その言葉が、今ようやく本当の意味で報われる。
扉の向こうで、鐘の音がもう一度鳴った。
その先に、銀の髪と紫紺の瞳を持つ“彼”がいる。
リリーは静かに唇を結び、前へと一歩を踏み出した。
――純白のドレスを身にまとったリリーを、両親が嬉しそうに見つめていた。
彼らにも、きっとたくさんの心配をかけたのだろう。
父と母へ軽く会釈し、はにかんだように笑う。
その笑顔に、両親は涙を浮かべながら花嫁の後ろ姿を見送った。
少し離れた場所には、よそ行きのドレスを着て栗色の髪をふんわりとまとめた親友――レベッカの姿があった。
アシュレイを伴って歩くリリーのもとへ、彼女は小走りに近づく。
「アシュレイ殿下、お初にお目にかかります。レベッカ・ハーウィンでございます」
いつになく畏まった口調で深くお辞儀をするレベッカに、アシュレイは穏やかに微笑んだ。
「顔を上げてくれ。君がレベッカか。リリーから話を聞いている。――ありがとう。彼女の力になってくれたそうだね」
レベッカは軽く会釈を返し、
次の瞬間にはいつもの猫のような笑顔を浮かべてアシュレイを見上げた。
その表情を見て、リリーは“あ、また何か言うつもりだ”と内心で焦る。
「アシュレイ殿下。殿下は――完璧少女リリアンヌと、ドジっ子騎士リリー、どちらがお好きなのですか?」
まるで王子に聞くとは思えない率直さだった。
試すような瞳がアシュレイをまっすぐに見上げている。
そしてリリーは、ふと息をのむ。
――それは、かつてレベッカが自分に向けて言った言葉とまったく同じだった。
「リリー、私はね。完璧少女リリアンヌ様のファン!
でも――ドジっ子騎士リリーのことも好き。多分、そういうことなのよ。
きっとアシュレイ王子も……」
あのときと同じ調子で、レベッカは明るく笑う。
その笑顔の奥に、少しだけ涙の光を隠して。
アシュレイは小さく息を吐き、
そしてその瞳をまっすぐにリリーへ向けて言った。
「君は面白いことを言うね。……でも、そうだな。
僕はリリーなら何だっていいんだ。
完璧であろうと、何もできなかろうと。
――リリーなら、何でもいい。」
その言葉に、レベッカは満足そうに笑い、胸を張って言った。
「ええ、私も同じです!」
リリーは思わず吹き出し、そして胸がきゅっと温かくなった。
彼女を強く抱きしめ、耳元で小さく囁く。
「ありがとう、レベッカ。」
鐘がもう一度鳴る。
花びらが舞い、空が金色にきらめく。
逆転の女神ノルティア――
リリーとアシュレイは女神の気まぐれにつきあわされたのかもしれない。
だがノルティアの存在がふたりの関係を変えたのだ。
逆転、という運命のいたずらが、
あの頃の二人の歩む道をここまで“面白い”ものにしたのだ。
きっと逆転の女神ノルティアは、微笑んでいるだろう。
とても“面白い”ものを見たのだと、
まるで観劇を楽しむかのように。
完
白い霧が立ちこめ、街路の石畳が光を受けて淡く輝く。
花びらのように舞う陽の粒が、まるで祝福のように街を包み込んでいた。
リリーは鏡の前に立ち、胸の奥を静かに整える。
純白のドレスの袖を通すと、布のひとすじひとすじがまるで“約束”を編み込むようだった。
肩に落ちる髪の先に、微かに昨夜の香りが残っている。
そのことに気づいて、頬が少しだけ熱くなった。
「リリアンヌ様、お時間です」
侍女の声に、リリーは小さく頷いた。
深呼吸をひとつ。
ドアの向こうには、祝福の光が待っている。
長い回廊を歩くたびに、靴音が静かに響く。
胸の奥が高鳴るたび、幼い日の声がよみがえる。
――『君が僕の剣でいてくれるなら、僕はどんな敵にも負けない。』
アシュレイが言った、あの約束。
その言葉が、今ようやく本当の意味で報われる。
扉の向こうで、鐘の音がもう一度鳴った。
その先に、銀の髪と紫紺の瞳を持つ“彼”がいる。
リリーは静かに唇を結び、前へと一歩を踏み出した。
――純白のドレスを身にまとったリリーを、両親が嬉しそうに見つめていた。
彼らにも、きっとたくさんの心配をかけたのだろう。
父と母へ軽く会釈し、はにかんだように笑う。
その笑顔に、両親は涙を浮かべながら花嫁の後ろ姿を見送った。
少し離れた場所には、よそ行きのドレスを着て栗色の髪をふんわりとまとめた親友――レベッカの姿があった。
アシュレイを伴って歩くリリーのもとへ、彼女は小走りに近づく。
「アシュレイ殿下、お初にお目にかかります。レベッカ・ハーウィンでございます」
いつになく畏まった口調で深くお辞儀をするレベッカに、アシュレイは穏やかに微笑んだ。
「顔を上げてくれ。君がレベッカか。リリーから話を聞いている。――ありがとう。彼女の力になってくれたそうだね」
レベッカは軽く会釈を返し、
次の瞬間にはいつもの猫のような笑顔を浮かべてアシュレイを見上げた。
その表情を見て、リリーは“あ、また何か言うつもりだ”と内心で焦る。
「アシュレイ殿下。殿下は――完璧少女リリアンヌと、ドジっ子騎士リリー、どちらがお好きなのですか?」
まるで王子に聞くとは思えない率直さだった。
試すような瞳がアシュレイをまっすぐに見上げている。
そしてリリーは、ふと息をのむ。
――それは、かつてレベッカが自分に向けて言った言葉とまったく同じだった。
「リリー、私はね。完璧少女リリアンヌ様のファン!
でも――ドジっ子騎士リリーのことも好き。多分、そういうことなのよ。
きっとアシュレイ王子も……」
あのときと同じ調子で、レベッカは明るく笑う。
その笑顔の奥に、少しだけ涙の光を隠して。
アシュレイは小さく息を吐き、
そしてその瞳をまっすぐにリリーへ向けて言った。
「君は面白いことを言うね。……でも、そうだな。
僕はリリーなら何だっていいんだ。
完璧であろうと、何もできなかろうと。
――リリーなら、何でもいい。」
その言葉に、レベッカは満足そうに笑い、胸を張って言った。
「ええ、私も同じです!」
リリーは思わず吹き出し、そして胸がきゅっと温かくなった。
彼女を強く抱きしめ、耳元で小さく囁く。
「ありがとう、レベッカ。」
鐘がもう一度鳴る。
花びらが舞い、空が金色にきらめく。
逆転の女神ノルティア――
リリーとアシュレイは女神の気まぐれにつきあわされたのかもしれない。
だがノルティアの存在がふたりの関係を変えたのだ。
逆転、という運命のいたずらが、
あの頃の二人の歩む道をここまで“面白い”ものにしたのだ。
きっと逆転の女神ノルティアは、微笑んでいるだろう。
とても“面白い”ものを見たのだと、
まるで観劇を楽しむかのように。
完
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