聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)

蒼あかり

文字の大きさ
9 / 13

~9~

しおりを挟む

 ローズが聖女に就任してからどのくらいの月日が経っただろう。
 未だにティアナは王子クリストファーの婚約者に据え置かれている。
 早く、一刻も早くこの地位から降りたいと願っているのに、それが認められることはない。


 聖女と行動を共にするようになってから、クリストファーが王子としての執務を疎かにするようになってきた。
 そしてローズもまた、祈りを捧げ聖女としての務めを行う事が少なくなってしまっている。

 このままでは、この国の安寧が保てなくなってしまう。

 現に、最近では国内で自然災害が増えるようになってしまった。
 聖女と言えど、その祈りが完璧であるわけではない。
 だが、人命にかかわるような災害はここ何百年も発生していない。それは聖女の祈りがあったからこそ。
 それなのに、最近頻発する自然災害を引き起こしたのはその祈りの量と質であろうことは、関係者なら皆が知ることだ。




 女王の執務室で、我が子である王子に尋ねる。

「今日、ここにお前を呼んだ理由がわかりますか?」
「いえ、私は自分の役目として聖女をきちんとお守りしております。何も不都合などありません」

 女王は深いため息をついた。そこには女王ではなく、母としての顔に戻り息子に語り掛ける女王がいた。

「クリストファー。確かに聖女をお守りするようにとは言いました。しかし、常に一緒にいろなどと頼んだ覚えはありません。それに、聖女にそれ以上の務めを強要することもおやめなさい。先日も夜会に参加したと聞いています。それは聖女の役目の範ちゅうを超えています。しかも、私への報告すらなかった。聖女を管理するのは神殿であり、国の長である私です。お前に決定権などありません」
「それは……。ローズが、いや聖女様にも夜会のような華やかな様子を教えて差し上げたくて、それで。勝手なことをいたしました。申し訳ありません」

「昨今の国の状況をお前は知っているのですか?」
「状況?」

「最近では聖女とともに行動し、執務も満足にしていないお前では知らないのも無理はありません。
 最近、国中で自然災害が増えています。人的被害が出た地域もあります。
 ここ何百年もそんなことはなかった。常にこの国は穏やかに守られていたというのに。
 ……最近、聖女が祈りを捧げる時間も、質も落ちていると神殿から報告を受けています。

 聖女の祈りなど、所詮はただの見せ掛けだとでも思っているのでしょう。国の多くがそう思っていることは知っています。
 私にも事の真意はわかりません。だが、守られていたことも事実です。
何百年も平穏でいられたものが突然消え失せ、苦行を強いられるようになったら、その矛先は間違いなく聖女に向くことになります。さらには神殿に、そして国に向くことになる。
 人間の心などそんなもの。平和な時は何も考えなくとも、辛い時にその矛先を他人に向けたくなるものだから。それを抑えるにはきちんとした行いが必要になるのです。今のお前たちにはそれがない。そんな者を国は守れるはずがないことはわかりますね?」
「それは……」

「これから聖女に会う事は控えなさい。あなたは執務に集中し、聖女にもきちんとその職務を務めさせなさい。そうでなければ、国は聖女を守れない。
 聖女がその立場を辞したあとも、国はその者を支え続けます。それは、人生をかけて国を、民を守り続けてくれた者への恩賞です。
 務めの足りぬものに礼をするほど、この国は愚かではありませんよ」
「それを拒否したら……?」

 女王は目を瞑り、深いため息をもう一つ吐いた。
 
「クリストファー。お願いだから、母をこれ以上失望させないでちょうだい」

 クリストファーは母であり、国の頂点に立つ女王に何も言い返すことができなかった。



 女王は苦言を呈した。このままでは貴族も民も納得をするわけはないと。互いに己の職務を全うするようにと。
 だが、若い二人の間に灯り始めた愛の火は、邪魔が入れば入るほど燃え上がるものだ。
 それを知っているからこそ、女王は二人の仲を見ないふりをしてきたのだ。

 婚約者をないがしろにする行為が許されるはずはない。だが、優しくてすこしばかり臆病で、国を導く強さの欠ける一人息子にそれを補うだけの強さと賢さを持った娘をあてがう。
 そうしてこの国は持続できるのだと、母は自分の息子の弱さを十分理解していた。
 だからこそのティアナだったのだ。
 
 ティアナとの婚姻は必須だ。だが、クリストファーは必ずその婚姻に否を示してくるに違いない。それを無視すればローズを側室にと声を上げてくるだろう。
 もしそれを認めなれば、ティアナとはきっと白い結婚を通すのだろう。
 それでは世継ぎが産まれず、国中に混乱を招いてしまう。
だからとて、聖女とは言え所詮平民。その血を王家に交わすわけにはいかないのだ。


 決断する時が早まった。女王はそんな気がしていた。
 

 
 それからしばらくは大人しく執務に精を出していたクリストファー。
 だが、人目をかいくぐってはローズの元に足を運んでいることなど女王はちゃんと知っている。もはや予断は許されない。一人息子が馬鹿な真似をする前に事を治めなければと、女王は少し焦っていたのかもしれない。爪が甘かったのだ。



 女王主催の茶会が、王宮内の庭園で開かれた。
 
 本来であれば、この茶会で聖女ローズを女王自らが貴族夫人達に紹介するはずだったのに、クリストファーの勝手な振る舞いで夜会が先になってしまった。
 すでに貴族達との顔をあわせている聖女は、平民としての持ち前の明るさと図太さで上手に溶け込んでいるようだ。
 そしてその横には、この国の王子であるクリストファーがピッタリと張り付いている。
 女王は全てを諦めたようにそばを離れると、二人を放置した。

 そして、この茶会に合わせ急遽帰国したアシュトンにより、ティアナはエスコートを受け参加していた。

 あれから何度か夜会にも茶会にも顔をだしたティアナだが、やはり味方がいると言うのは心強いものだと感じる。

「アシュトン。一緒にいてくれてありがとう」
「僕でよければずっとそばにいるのに。本当だよ」

 真剣な声色に見上げた彼の表情に嘘は感じられない。

「無理よ。私は今の役を下ろさせてはもらえないもの」

 寂しそうに俯くティアナの手を強く握り、アシュトンは「大丈夫」とささやいた。
 
 会場のざわめきと、心地よい音楽の調べに安心しすぎていたのかもしれない。
 今日は女王主催の茶会だ。まさか、女王のいる前で無体なことなど起こすはずが無いと、そう油断をしていたのだ。


 ティアナとアシュトンの背後から声が聞こえる。
 以前なら恋焦がれて聞きたくて仕方のない声がティアナの名を呼ぶ。

「ティアナ……」

 最近では名を呼ばれることもなく、いつも「君」などと呼ばれていたのに。
 その声に、先に反応したのはアシュトンだった。
「殿下、お久しぶりです。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
 振り返り礼をしながらクリストファーを見つめる。
 その目には今までのような親近感など籠ってはいない。

 ティアナも振り返れば、そこにはクリストファーと聖女ローズが固く手を結び、真剣な顔で立っていた。そして、覚悟を決めたのだと感じた。 
 でも、それをティアナが許すわけにはいかない。簡単に許して良い訳がない。
 何があっても無言を通すことを決意した。



 そして、クリストファーからの婚約解消である。
 ティアナの中にあったクリストファーへの想いなど、とうに枯れ果てている。
 それでも国の為、民の為、家のために耐えてきた。それがやっと解放されるのだ。
 ティアナは心の底から喜びを感じていた。

しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

「身分が違う」って言ったのはそっちでしょ?今さら泣いても遅いです

ほーみ
恋愛
 「お前のような平民と、未来を共にできるわけがない」  その言葉を最後に、彼は私を冷たく突き放した。  ──王都の学園で、私は彼と出会った。  彼の名はレオン・ハイゼル。王国の名門貴族家の嫡男であり、次期宰相候補とまで呼ばれる才子。  貧しい出自ながら奨学生として入学した私・リリアは、最初こそ彼に軽んじられていた。けれど成績で彼を追い抜き、共に課題をこなすうちに、いつしか惹かれ合うようになったのだ。

あなたが婚約破棄したいと言うから、聖女を代替わりしたんですよ?思い通りにならなくて残念でしたね

相馬香子
恋愛
わたくし、シャーミィは婚約者である第一王子のラクンボ様に、婚約破棄を要求されました。 新たに公爵令嬢のロデクシーナ様を婚約者に迎えたいそうです。 あなたのことは大嫌いだから構いませんが、わたくしこの国の聖女ですよ?聖女は王族に嫁ぐというこの国の慣例があるので、婚約破棄をするには聖女の代替わりが必要ですが? は?もたもたせずにとっととやれと? ・・・もげろ!

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

婚約破棄された聖女は、愛する恋人との思い出を消すことにした。

石河 翠
恋愛
婚約者である王太子に興味がないと評判の聖女ダナは、冷たい女との結婚は無理だと婚約破棄されてしまう。国外追放となった彼女を助けたのは、美貌の魔術師サリバンだった。 やがて恋人同士になった二人。ある夜、改まったサリバンに呼び出され求婚かと期待したが、彼はダナに自分の願いを叶えてほしいと言ってきた。彼は、ダナが大事な思い出と引き換えに願いを叶えることができる聖女だと知っていたのだ。 失望したダナは思い出を捨てるためにサリバンの願いを叶えることにする。ところがサリバンの願いの内容を知った彼女は彼を幸せにするため賭けに出る。 愛するひとの幸せを願ったヒロインと、世界の平和を願ったヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(写真のID:4463267)をお借りしています。

婚約破棄されたので、聖女になりました。けど、こんな国の為には働けません。自分の王国を建設します。

ぽっちゃりおっさん
恋愛
 公爵であるアルフォンス家一人息子ボクリアと婚約していた貴族の娘サラ。  しかし公爵から一方的に婚約破棄を告げられる。  屈辱の日々を送っていたサラは、15歳の洗礼を受ける日に【聖女】としての啓示を受けた。  【聖女】としてのスタートを切るが、幸運を祈る相手が、あの憎っくきアルフォンス家であった。  差別主義者のアルフォンス家の為には、祈る気にはなれず、サラは国を飛び出してしまう。  そこでサラが取った決断は?

聖女は記憶と共に姿を消した~婚約破棄を告げられた時、王国の運命が決まった~

キョウキョウ
恋愛
ある日、婚約相手のエリック王子から呼び出された聖女ノエラ。 パーティーが行われている会場の中央、貴族たちが注目する場所に立たされたノエラは、エリック王子から突然、婚約を破棄されてしまう。 最近、冷たい態度が続いていたとはいえ、公の場での宣言にノエラは言葉を失った。 さらにエリック王子は、ノエラが聖女には相応しくないと告げた後、一緒に居た美しい女神官エリーゼを真の聖女にすると宣言してしまう。彼女こそが本当の聖女であると言って、ノエラのことを偽物扱いする。 その瞬間、ノエラの心に浮かんだのは、万が一の時のために準備していた計画だった。 王国から、聖女ノエラに関する記憶を全て消し去るという計画を、今こそ実行に移す時だと決意した。 こうして聖女ノエラは人々の記憶から消え去り、ただのノエラとして新たな一歩を踏み出すのだった。 ※過去に使用した設定や展開などを再利用しています。 ※カクヨムにも掲載中です。

「君の代わりはいくらでもいる」と言われたので、聖女をやめました。それで国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。

木山楽斗
恋愛
聖女であるルルメアは、王国に辟易としていた。 国王も王子達も、部下を道具としか思っておらず、自国を発展させるために苛烈な業務を強いてくる王国に、彼女は疲れ果てていたのだ。 ある時、ルルメアは自身の直接の上司である第三王子に抗議することにした。 しかし、王子から返って来たのは、「嫌ならやめてもらっていい。君の代わりはいくらでもいる」という返答だけだ。 その言葉を聞いた時、ルルメアの中で何かの糸が切れた。 「それなら、やめさせてもらいます」それだけいって、彼女は王城を後にしたのだ。 その後、ルルメアは王国を出て行くことにした。これ以上、この悪辣な国にいても無駄だと思ったからだ。 こうして、ルルメアは隣国に移るのだった。 ルルメアが隣国に移ってからしばらくして、彼女の元にある知らせが届いた。 それは、彼の王国が自分がいなくなったことで、大変なことになっているという知らせである。 しかし、そんな知らせを受けても、彼女の心は動かなかった。自分には、関係がない。ルルメアは、そう結論付けるのだった。

処理中です...