白百合の君を瞼に浮かべて

蒼あかり

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 レイモンドが王都に着いてから数日後、アーサーの元に使いの者から報告が上がる。
 黒髪の男から話を聞いたアーサーは、飲みかけのティーカップを思い切り壁に投げつけた。ガシャン!と音を立てて砕け散る破片を踏みつけながら、窓辺に飾ってあった花瓶の花を握りしめると、それも投げ捨てるように床に叩きつけた。
 反動で飾り棚から花瓶がゴロンと落ちるが、それは割れることなくゴロゴロと黒髪の男の足元へと転がっていく。

「ふざけた真似をしてくれるじゃないか。人が下手に出ていれば調子に乗りやがって。
良いだろう。誰の者にもならないなら、その願い叶えてやろうじゃないか。
 美しい花は美しいままでこそ、その価値も上がるというもの。枯れて萎れる前に、この手で手折るのもまた一興。なあ、そう思わないか?」
「さようでございます。花は美しいうちに刈り取る方が、その価値も上がるというものでございます」
 
 黒髪の男はアーサーの言葉に返事を返すと、音もなくその場を立ち去った。

 一人残されたアーサーは、口もとに弧を描くと窓の外を見つめた。しかし、その瞳には外の景色は映されてはいない。瞳は空虚に視線の合わないまま、何もない一点を見つめていた。
 そして彼の掌からは握りしめた花の棘で出来た傷から、鮮血がポトリ、ポトリと床を染め上げていた。




 王都に戻ったレイモンドはしばらくの間、身の周りに警戒をしながら過ごしていた。
 しかし何の動きもなく大人しい様子に、まだ報告を受けていないのだろうか?と考える。
 そんな時、アーサーの周りがにわかに慌ただしくなり始めた。
 あれ以来、なるべくアーサーの近辺には近づかないようにしているためか、情報が今一つ入ってこない。それでも感じる違和感と、騒々しさ。
 人の出入りも激しさを増す中、レイモンドは騎士隊の執務室で書類仕事をしているとデリックがやって来て、
「おい。アーサー殿下がお呼びだぞ。お前、何やったんだ?」

 デリックの言葉に、やっと来たか遅すぎるくらいだろう?と、ため息を吐きながら
「何もやってませんよ。しいて言えば自分の気持ちに正直になったくらいです」

 そう言うと、まだ聞き足りなそうなデリックを無視して、アーサーの部屋に向かった。

 アーサーの私室の前まで来ると、護衛の騎士が扉の前に控えている。
「殿下からの呼び出しだ」声をかけると「聞いております。どうぞ」と、その身を扉の前からずらした。
『コンコン』ノックをすると、中から黒髪の男が現れ「どうぞお入りください」と手を部屋の中に差し出した。差し出された手を頼りに室内に入ると、レイモンドの姿を見るなりアーサーが飛びかかるようにその胸ぐらを掴んできた。

「お前! アリシアをどこにやった?!」

 レイモンドよりも少しばかり背の低いアーサーを見下ろせば、その顔は真剣で余裕などないように見える。
『彼は今なんと言ったか?』レイモンドはてっきりこの前の一件でその責を問われるものと思っていたので、彼の言った言葉がうまく呑み込めないでいた。
 
「アリシア様がなんと?」
「しらばっくれるな!! お前以外に誰がアリシアを連れ去ると言うんだ?」

 掴んだ騎士服をギリギリと締め上げるも、鍛え上げたレイモンドにダメージは少ない。
 
「アリシア様がいなくなったのですか? いつ?」

 その言葉を聞くと、アーサーはレイモンドの騎士服から手を離し、ドンッとその胸を強く押した。頭がうまく追いついていないレイモンドは、一、二歩足元をふらつかせながら
「お答えください。アリシア様がいないのですか? なぜ? どうして?」
 今度はレイモンドがアーサーに詰め寄る。

「答えてください。アリシア様はどこに行ったんですか?」
「わからないからお前に聞いているんだろう! 馬鹿か?!」

「あなたは一体何をしていたんですか? いつも見張るように彼女の周りに人間を置いておきながら、結局はこの様だ。あれほどまでに彼女に執着しておきながら、なんなんですか!やるならしっかりと、どんな物からも守り切るくらいのことをして見せたらどうなんです。アリシアにもしものことがあったら、一体どうするつもりなんですか!?」

「貴様! 俺の前でアリシアの名を呼び捨てにするなど、どういう了見だ!」
「今まではあなたがアリシアの名を呼ぶことを嫌がるから、皆で気を使っていただけのこと。しかも、あなたはもう彼女の婚約者でもなんでもない。ただの第二王子でしかない。
 私はアリシア本人から名を呼んでくれと言われた身です。あなたにとやかく言われる筋合いはない!」

「それが騎士隊員が王子に向かって言う言葉か?不敬罪で首をはねることもできるんだぞ」
「やればいい。あなたの脅しなど怖くはありません。元より国と王家に捧げた命だ。アリシアの無事さえ確認できれば、それだけで思い残すことなどありませんよ」

 レイモンドの真剣な瞳を真正面に見据えたアーサーは、言葉を発することができなかった。怯んだアーサーの脇を通り抜け、レイモンドは扉の前まで来る。
 それを見たアーサーが追いかけ、レイモンドの肩を掴む。

「覚えておけ、アリシアは誰にも渡さない。必ず手に入れる」
 自分の肩に置かれた手を払いのけると、
「アリシアの心は彼女自身の物だ。誰のものでもない」

 そう言うとアーサーを一睨みし、部屋を出て行った。


「うぅううう、あぁあああぁぁぁー-あああ!!!」

 レイモンドが部屋を出るとすぐに、アーサーの叫びとも呻きともつかぬ声が聞こえてきた。部屋の前で控えていた護衛が驚きたじろいでいるも、レイモンドは振り返ることなく歩き出した。

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